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第11話 優しい魔法使い

「ねえ、見て! あの子、犬に本を読み聞かせてる」

「本当だ~! 可愛い~!」


 芝生で覆われた広場の木陰で、オリヴァーとバーナードは魔導書を読んでいた。

 バーナードの前脚ではページがめくれないため、代わりにオリヴァーがページをめくっていた。傍から見れば、犬に本を読み聞かせているような状態だ。

 若い女性達からクスクスと笑われて、オリヴァーは恥ずかしそうに本で顔を隠す。


「うう……なんか恥ずかしい。絶対に犬馬鹿だって思われてるよ」

「気にするな。それよりさっさとページをめくれ」

「はいはい……」


 言われた通りにページをめくるも、オリヴァーにはさっぱり内容が入って来ない。


「師匠は内容が分かるの?」

「ああ、大体の原理は理解した」

「やっぱり凄いや……」


 あらためてバーナードに感心したオリヴァーだった。


 しばらく広場で読書をしていると、お昼の時刻を知らせる鐘が鳴り響く。オリヴァーはパタンと魔導書を閉じて、立ち上がった。


「そろそろランタン設置のクエストの集合時間だ。行こう」

「あーあ、面倒くせえなぁ。そっちは大した金にならないんだから、引き受けなくても良かっただろ」

「そうはいかないよ。人手が足りなくて困ってるんだから。それにクエストを達成すればマナだって貯まるよ?」

「けっ! これだからお人好しは」


 面倒くさがるバーナードを説得しながら、オリヴァーは集合場所へと向かった。



 クエストの依頼人である役場の職員から説明を受けた後、クエストの参加者達はランタンの設置を始めた。

 カボチャのような形をしたオレンジ色のランタンを吊るしていく。大通りを跨ぐように建物と建物の間にランタンが吊るされると、町中は一気に華やかになった。


「おーい、こっちの柱にも紐を括りつけてくれー」

「はーい、ただいまー!」


 クエスト参加者の男性から声をかけられて、オリヴァーはすぐさま駆け寄った。大きな杖を掲げると、宙に浮いた紐とランタンは手を使わずとも柱に括りつけられた。


「この位置で大丈夫ですか?」

「ああ、バッチリだ! それにしても魔法は便利だねぇ。梯子を使わなくても高い場所まで届くんだから」


 男性は感心しながら吊るされたランタンを眺めていた。


「これくらいお安い御用です。僕にできることがあれば、何でも言ってくださいね」

「おお、頼もしいや!」


 男性は、がっはっはと豪快に笑った。

 ふと、バーナードの首輪に付いた小瓶に視線を向けると、オレンジ色の雫が一滴注がれた。ランタン設置を手伝ったことでマナが貯まったようだ。


「良かったね」


 声を潜めながら伝えると、バーナードは「当然だ」と言わんばかりにふんっと荒い鼻息で返事をした。


 その後もランタン設置を手伝っていると、三つ編みを揺らしながらアメリが通りを歩いていることに気付く。


「おーい、アメリー!」


 オリヴァーが大きく手を振りながら呼びかけると、アメリもこちらの存在に気付いて近寄ってきた。


「何やってるの?」

「ランタン設置のクエストだよ。町中にランタンを吊るすのを手伝っているんだ」

「魔法を使って?」

「うん、そうだね」


 そう答えると、アメリは目を細めながら微笑んだ。


「貴方はいつも人助けのために魔法を使っているのね」


 思いがけない言葉をかけられて、オリヴァーはきょとんとする。だけどすぐに穏やかに微笑みながら頷いた。


「うん。魔法って、人を幸せにするためにあると思っているからね」


 あまりに純粋な言葉を聞いて、今度はアメリが目を丸くする。しばらくオリヴァーを凝視した後、呆れたように苦笑いを浮かべた。


「一体どんな育て方をしたら、こんなに純粋な子に育つのかしら? 実家が大富豪で何不自由なく育ったとか?」


 アメリから質問を投げかけられると、オリヴァーは決まりが悪そうに頬をかく。


「あー……。実は僕も、よく分からないんだ」

「どういうこと?」


 きょとんと首を傾げるアメリに、オリヴァーは正直に伝えた。


「記憶がないんだ。二年前に師匠と出会ったことは覚えているけど、それ以前の記憶はまったく」


 オリヴァーは、少し離れた広場に視線を向ける。そこではバーナードが子ども達に追いかけ回されていた。


「オリヴァーって名前も、オリーブの木の下で倒れていたからって師匠に名付けてもらったんだ。だから僕は、本当の名前も、年齢も、どこに住んでいたのかも分からない」


 オリヴァーは背中を丸めながら視線を落とす。いつもの朗らかな雰囲気はなく、悲壮感が漂っていた。その様子を見て、アメリは神妙な面持ちで口を開く。


「これは、もしもの話だけど……」

「ん?」

「もしも貴方が、悪い魔法使いに酷いことをされて、そのうえ記憶まで消されたとしたら?」


 思いがけない質問を投げかけられて、オリヴァーは固まる。アメリは澄んだ瞳を向けたまま追求した。


「それでも貴方は、優しい魔法使いのままでいられるの?」


 頭から冷や水を浴びせられたかのような感覚になった。オリヴァーはあらためて自分の境遇について考える。


 過去のことを思い出そうとしたことは何度もある。夜、眠りにつく前に幼い自分の姿を想像してみた。どんな家に住んでいて、どんな家族に囲まれていて、どんな暮らしをしていたのか。だけどそれは全て空想で終わり、過去の記憶に結びつくことはなかった。


 いくら考えたって分からない。だから次第に、思い出そうとすることを放棄していた。

 だけどアメリが言うように、自分が悪い魔法使いに騙されて、いまの状況に陥っている可能性もある。

 全てを知っても、自分は自分のままでいられるのか? 何があっても変わらないという保証は、どこにもなかった。


 言葉に詰まらせていると、アメリは慌ててフォローする。


「ごめんなさい! こんな話をしても仕方ないわよね!」


 早口で謝ると、アメリは三つ編みを揺らしながら踵を返す。


「それじゃあ私はこれで。クエスト、頑張ってね」

「……うん」


 空っぽなまま返事をして、アメリの背中を見送る。しばらくぼんやりしていると、子ども達から解放されたバーナードが戻って来た。


「まったく、酷い目にあったぜ」


 バーナードは、声を潜めながら愚痴を零す。オリヴァーはその場でしゃがみ込み、バーナードのふわふわとした背中を撫でた。


「どうした? 暗い顔して」

「うん、ちょっとね……」

「んだよっ。何かあるならはっきり言え!」


 バーナードに促されると、オリヴァーは自嘲気味に笑った。


「僕は、何者なんだろうね……」

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