第10話 魔導書を求めて
「死者の魂を呼び寄せるのって、具体的にどうするの?」
アメリからの依頼を受けた日の晩、死者の魂を呼び寄せるための具体的な作戦を練っていた。オリヴァーが尋ねると、バーナードはベッドの上で寝転がりながら答える。
「死者の魂を呼び寄せる方法を記した魔導書を師匠が持っていたはずだ。まずはそれを手に入れる」
「師匠って、アナベル様のこと?」
「ああ。とりあえず、師匠の屋敷から魔導書をかっぱらって」
「なーんだぁ。それならアナベル様に直接お願いしてみよう!」
「……は? 直接?」
のほほんと微笑むオリヴァーを凝視しながら、バーナードは身体を起こす。わけが分からないといった反応だ。
固まるバーナードをお構いなしに、オリヴァーは行動を起こす。目を閉じて両手を組み、精神を研ぎ澄ませた。
「アナベル様……聞こえますか? オリヴァーです。いまお話できますか?」
「おい! 何やって」
「邪魔しないで。いまテレパシーでアナベル様を呼んでいるんだから」
バーナードが口を挟んだせいで集中力が途切れた。再び精神を研ぎ澄ませてから、念じ続けた。
しばらくすると、がらんと空いた空間にピリッと電撃が走る。最初は一筋だった光は次第に数を増し、徐々に人影に変わっていった。
赤紫色の長い髪に、月のような金色の瞳。薄紅色の唇は、にやりと笑みを浮かべていた。西の大魔法使いアナベルが姿を現した。
「なっ……なんで、あんたが……!?」
バーナードは、尻尾を後ろ脚の間に巻き込んで警戒する。アナベルはそんな反応すら楽しむかのように微笑みながら、落ちついた声色で話し始めた。
「久しぶりだな、バーナード。いい子にしてたか?」
「うーん、どうですかねー」
バーナードの代わりに、オリヴァーが首を捻りながら答える。昼間の一件を告げ口することはなかったが、オリヴァーの反応で大体は察したようだ。
「お前が人間に戻る日は、まだまだ先のようだな」
アナベルは、やれやれを肩をすくめた。一方、いまだに状況が掴めないバーナードは、オリヴァーとアナベルを交互に見つめる。
「お前ら……なんで連絡を取り合ってるんだよ!? いつからそんなに親しくなった!?」
「お前の素行を報告してもらうためだ。お前は知らないかもしれないが、私達は結構頻繁に連絡を取っているんだぞ? 言うなればテレ友だ」
「なんだよ、テレ友って!?」
「テレパシー友達の略だ」
アナベルとオリヴァーは、「ねーっ」と顔を見合わせる。親し気に笑い合う二人を見て、バーナードはガルルルッと唸った。
「俺の知らないところでコソコソと……」
バーナードはキッと目を吊り上げて、オリヴァーを睨みつけた。怒りを露わにするバーナードを面白そうに眺めながら、アナベルは両腕を組みながら話を続ける。
「まあ、多少の悪さはあるようだが、大きなトラブルは起こさずに旅を続けているようで安心した。最初にバーナードからオリヴァーを紹介された時は、二人で世界征服でもするつもりなのかと心配していたからな」
「あはは! 世界征服なんてするわけないじゃないですか!」
オリヴァーは冗談と受け止めて笑い飛ばしたが、アナベルとバーナードは一切笑っていなかった。
「お前ほどの魔力量があれば、世界征服も不可能ではないからな」
「これほどまでに強い魔力を持った人間はなかなかいない。魔力量だけで言えば、私達大魔法使いにも匹敵するだろう」
「二人とも大袈裟だなぁ。僕はただ、魔力コントロールが苦手なだけですから」
謙遜しているわけではない。オリヴァーは、自分の能力にとことん無自覚だった。
「まあ、それはさておき、オリヴァーから連絡をよこすなんて珍しい。一体何があったんだ? 世間話でもしようってわけではないのだろう?」
「はい。実はとある魔導書をお借りしたくて」
それからオリヴァーは、一連の出来事をアナベルに伝えた。アナベルは腕組みをしながら、何度も頷く。
「事情は分かった。魔導書を貸し出すのは問題はない」
「ありがとうございます! 助かります!」
交渉成立だ。オリヴァーは嬉しそうに微笑む。魔導書が手に入れば、クエスト達成に一歩近付くことになる。
喜ぶオリヴァーを眺めながら、アナベルはすっと目を細めた。
「魔導書で思い出したが、昔、バーナードの想い人の魂を呼び寄せたことがあったな」
「おい! 余計なことを言うな!」
バーナードはいまにも噛みつきそうな勢いで、アナベルを威嚇する。それでもアナベルは楽しそうに微笑むばかりだった。
「あの頃は可愛かったのに、どうしてこうなったんだろうな?」
「知るかよ!」
「まあ、犬の姿も可愛いけどな」
「喧嘩売ってんのか!」
テンポよく言い合いをする二人を眺めながら、オリヴァーは首を傾げる。
「師匠の想い人? そんな話、初めて聞いた」
バーナードに想い人がいたなんて初耳だ。二十年以上も生きているのだから想い人がいたっておかしくはないけど、バーナードは過去の話をまったくしないからピンと来なかった。
だけど魂を呼び出したということは、その人はもうこの世には……。あれこれ想像を巡らせていると、バーナードは面倒くさそうに吐き捨てた。
「忘れろ、いいな」
これ以上、踏み込むなと線引きされたような気がした。微妙に気まずい空気を断ち切るかのように、アナベルは話題をもとに戻す。
「魔導書の件は了解した。明日の朝に執事に届けさせる」
「はい。よろしくお願いします」
「それじゃあ、私はそろそろ失礼するとするか。夜更かしは美容の大敵だからな」
「おやすみなさい。アナベル様」
アナベルは、ひらひらと手を振りながら姿を消した。オリヴァーは名残惜しそうにアナベルのいた場所を眺める。
「行っちゃった。アナベル様って、いつ見ても綺麗だよね」
オリヴァーが何気なく口にすると、バーナードは複雑そうに目を細める。
「騙されるなよ。あの女、若く見えるけど実際は70過ぎの婆さんだからな」
「え……」
◇
翌朝。オリヴァーが床で眠っていると、部屋の窓からトントンと音が響いた。その音で目を覚ます。
「んん? なにー?」
ベッドですやすやと寝息を立てているバーナードを横目に、オリヴァーはカーテンを開けた。陽の光に晒されて目を細める。顔を上げると、燕尾服を着た黒髪の若い男が宙に浮いていた。
「あ! 貴方は!」
「アナベル様の執事のルークと申します。魔導書をお持ちしました」
ルークは礼儀正しくお辞儀をすると、魔導書を差し出す。まさか早朝に窓から手渡しされるとは思っていなかったから、オリヴァーは驚きを隠せなかった。差し出された魔導書をおずおずと受け取る。
「あ、ありがとうございます」
「礼には及びません。では、私はこれで」
もう一度お辞儀をすると、ルークはパッと姿を消した。なんだか神出鬼没な不思議な人だ。
ルークから受け取ったのは、黒色の表紙に金色の文字が刻まれた分厚い魔導書だ。もしこれで頭を叩かれたら堪ったもんじゃないだろう。まさに凶器にもなり得る分厚い書物だった。
オリヴァーは、ベッドでぬくぬく寝ているバーナードに駆け寄る。
「師匠! 魔導書が届いたよ!」
「うーん……るせえなぁ……」
バーナードは鬱陶しそうに返事をするばかりで、起きようとしない。オリヴァーは、溜息をつきながらベッドに座って魔導書を開いた。
サッと目を通してみたが、内容が複雑過ぎてまるで理解できない。
「ダメだ……。全然分かんない……」
解読することを諦めて、魔導書をぽーんと放り出す。ベッドに放り出された魔導書は、運悪くバーナードの腹の上に落ちた。
「ギャンッ!」
重い魔導書が腹に直撃して、バーナードは悲鳴をあげる。意図せず攻撃してしまい、オリヴァーはすぐさま謝った。
「ごめん、師匠! わざとじゃないんだ!」
「くっ……お前、覚えておけよ……」
バーナードは恨めし気にオリヴァーを睨みつける。噛みつかれそうな気配を感じながら、オリヴァーは慌てて話題を変えた。
「それよりさ、魔導書をチラッと読んでみたんだけど難しすぎるんだよ! 師匠は分かる?」
「どれ、見せてみろ」
オリヴァーはページをめくって、バーナードに魔導書を見せる。バーナードは、じっと魔導書を読み込んでいた。
「何が書いてあるの?」
「死者の国や魂の概念なんかが書いてある」
「なんか難しそう」
概要を聞いただけで、拒否反応を起こした。そんなオリヴァーを横目に、バーナードは淡々と説明する。
「魔法ってのは、原理を理解していないと上手く発動しないんだ。死者の魂を呼び寄せるには、その辺の概念を理解していないとできない」
「師匠は魔導書に書いてあることが分かるの?」
「まあ、大体。丸一日読み込めば理解できるだろう」
「おお、さすが偉大な魔法使いだ」
オリヴァーは素直に感心していた。
バーナードはこう見えて、頭の回転が速い。魔力自体はそこまで強くないが、あらゆる魔導書を読み込み、多様な魔法が使える強みがあった。
彼の素行を知る者からすれば信じられないことだが、バーナードは努力家タイプだ。魔力量でごり押しするオリヴァーとは正反対なタイプと言える。
「本当はお前にも原理を理解してもらいたいところだが、今回はじっくり説明している暇はねえ。俺が主体になって魂を呼び寄せるから、お前は魔力供給をしろ」
「魔力供給? 師匠に魔力を送り込むってこと?」
「ああ。あいにく俺には魂を呼び寄せるほどの魔力はない。だけど、お前から魔力を分け与えてもらえば実現できる」
「なるほど! そういうことなら、ジャンジャン魔力を送り込むよ!」
キラキラした瞳で拳を握るオリヴァーを見て、バーナードはブルブルッと震える。
「……お前がジャンジャン魔力を送りこんだら、俺は死ぬ。加減をして、少しずつ送り込めよ」
死ぬという言葉を聞いて、オリヴァーは笑顔を引っ込める。
「気を付けるよ……」
「頼むぞ、マジで……」