さーんじゅ
遅くなりました。ちまちま頑張ります……。
さて。なんでか知らんが聖女試験を受けることになってしまったキャロルだったが、案の定というかなんというか、やっぱり全力で困っていた。
「聖女ってなんなん……? え、まじでわからん……」
自室の自習机で、頭を抱えながらひとりでぶつぶつと呟いている。内容はともかく、その姿はまるで、世界の命運を憂う清廉な聖女かのような、清らかさと誠実さを兼ね備えた、神々しい美しさだ。
「聖女……せーじょ……セージって名前の草あったな……なんか天然石の浄化とかそんな感じで有名な……え、花粉症効くっけ? ……持っとらんな……買うか? ……どこで買えんねやろ……ほなら天然石も買うか……そういや水晶の洞窟とか誰かなんか言うてへんかったっけ……もぎって来るか……」
だがしかし当の本人の脳内も、可憐な口から飛び出る言葉も、紆余曲折、二転三転、七転び八起きし、さらには思考さえもがあちこちへ飛び回り、ランバダを踊り出しそうなほど好き勝手に自由行動してしまっていた。聖女どこいった。そしてもぎ取ろうとするな。どこへ行く気だ。やめなさいアンタ淑女でしょ。
本当に、外見と中身が驚くほど乖離してしまっているが、彼女のこの儚さや神々しさは、成長するにつれて開花したものなので、本人には自覚が全く無かったりする。なんでなん。
「洞窟行くなら装備いるやんけ……作業着? ドレスとか邪魔でしかなさげやんな……兄者にも来てもらおかな。聖女の兄ですぅ~ゆーたらどこにでも入れたりせんやろか」
聖女。それは神のために祈りを捧げ、神の声を聞き、人々を救済する、なんか、あの、そんな感じの女子限定職業である。
とはいえ、その在り方は国によって違う。マスコットキャラクター兼アイドルだったり広告塔としてしか機能していない国もあれば、人柱の如く働かされるブラックな国もあるし、なんならただの称号な国すらもある。
しかしその兄だからといって優遇されるかは分からんので普通にやめといた方がいいと思う。
「うーん……その前にワシ聖女ちゃうんよな」
一応魔力が存在している世界なので、聖に属する光系の魔力を持っていれば、誰でも聖女になれるとは思う。
回復や癒しの魔法が使えること、清らかな人間性、そして、皆に憧れを抱かれるほどの美しい外見。
国によっては、その基準はある程度違うものの、そこらへんは共通だったはずである。
そして、それはそう。
「いや、聖女試験て、なにするん……?」
そこは、まぁ、うん、知らん。
なにせ本当に国によって違うのが聖職者の扱いや在り方である。
例えば春の国は、香水や化粧品などが特産のため、やることはそれの宣伝と慰問、つまりほぼアイドル。
夏の国は魔道具生産と絹織物が主な収入源である為、聖女との共同制作みたいななんかそんな感じが多く、むしろ職人。
そして今キャロルが留学に来ている冬の国はというと、地下資源が特産である為、宝飾品や宝石を使った服飾など来て宣伝する、つまりやることはモデルやパリコレみたいなアレ。
そして、肝心の秋の国の聖女の役割なのだが、キャロルの知識には何も無かった。
そもそも、秋の国の歴史や特産の話を聞いていても、聖女の部分に行く前に冬の国へ留学にきてしまったので仕方ないかもしれない。
「あぁー! せやせや。知らんなら調べたらええやん」
だいぶ昔の漫画表現の如く、右の握り拳の小指側を左手のひらへとポン! とハンコみたいに置きながら、キャロルは呟いた。本人は全く覚えていないが、やっぱり前世はアラフォーだったのかもしれない。
そのままキャロルは鼻歌混じりに席を立ち、自室から出る。
サマリーには聖女について調べに図書室行ってくるー、と宣言し、簡単な準備を終えてから出発した。
時刻は午後4時。あと2時間で夕食である。
2時間あれば多少調べられるやろ! と無駄に楽観視しているキャロルだが、何故だろう。嫌な予感しかない。
そしてキャロルが辿り着いた図書室は、留学生たちの予習復習のためにと寮に併設されている、主に勉強するための施設である。つまり。
「なんでこの図書室誰もおらん上に無駄に腹減る匂いしとんねん」
もぎゅーとキャロルの腹が鳴る。
それもそのはず、図書室は寮の食堂の厨房がめちゃくちゃ近い場所に作られているのである。しかも、ここは留学生のための寮。そして、他国から留学に来れるような人材は基本的に高位貴族が多く、彼らの肥えた舌を満足させられるような料理が作られている。つまりこの図書室、厨房で作られているハチャメチャに美味い様々なお料理の匂いが直撃しているのである。
こんな所で食事前に勉強なんて誰が出来るというのだろうか。
「うぐぐぐぐ……せ、聖女の本……どこや……」
良すぎる匂いの充満する図書室内をウロウロするキャロルだが、まったく集中出来ないために本を見つけることが出来ずに居た。
「はっ……! これはクリームソースの匂い……!? てことは今日はシチュー……? それともクリームパスタ……?」
右往左往していたキャロルの鼻腔をくすぐるとても良い匂い。そしてその匂いに釣られないキャロルではなく、思わずくんかくんかと犬のように匂いを嗅ぎながら小さく独り言を呟く。
「あ、玉ねぎの焼けるいい匂いもしてる……! え、なんやこれ、郷土料理とか……?」
ぐむぅ、という音がキャロルの腹から聞こえてくる。さっきから腹に何を飼ってるんだこの令嬢。
「あ、サン・ディスノウの郷土料理本だ。………あ、これうまそう。『リラ・ディーア』っていうんや……………へえぇチーズ……ほほうにんにく……ふむふむ……」
キャロルがつい手に取ってしまった本には、地球でいうジョージアのシュクメルリによく似た料理が載っていた。違いは、焼いた玉ねぎとこの世界では『リラ』と呼ばれる小さいパスタが入っていることだろうか。地球でいうクスクスが似ているかもしれない。
濃い目のクリームソース×パスタ×にんにく×たっぷりのチーズである。詳しく説明しなくてもご理解頂けるだろう。カロリーはうまいのである。
お好みでじゃがいももどうぞ。
ぐぎゅうううう、とキャロルの腹が鳴く。なんだか切なそうな鳴き声である。
「は、ふぇ、ぃっぐしゅ! うぃぷしゅ! っばしゅ!」
ふと、袖で口元を隠しながら何度かくしゃみをして、キャロルは気付いた。
「っぶちゅん! あかん、ワシ埃にもアレルギーあるんか。ひっぐしゅ! あ、どないしよ、ヴェール置いてきた」
そもそも、図書室にそんなに埃があるかと言われれば、そんなにはない。しかし、相手は砂にも負けているキャロルである。垂れそうになる鼻水をずびずびと吸い込んで、手に持っていた郷土料理本を元の場所に戻す。
「ん?」
ふと、視線の先になんだかはみ出た本を見つけた。戻す時に慌てていたのか、斜めにはみ出たその本は、明らかにジャンル違いに見える。というか。
「雑誌やんけ。なんやなんや、エロ本か?」
淑女にあるまじきニヤケ顔で、なんかちょっとワクワクしながらそれを抜き取った。……いや淑女がエロ本読もうとすんな。
「おぉお?」
そのままの流れで表紙を見たキャロルは不思議そうに声を上げる。
「ワシの婚約者の王子殿下やんけ。えー、なにこれ……、ルピフィーンいち良い男に迫る……迫ってどうすんねん……いやしかしめっちゃイケメンやなこれ」
雑誌の表紙を飾る己の婚約者の姿に、色んな意味でドキドキしてしまったらしいキャロルだが、どうせなら乙女的な意味でドキドキしていて欲しいところである。
しかしキャロルにそんな乙女的可愛げが存在しているのか怪しいので、諦めておいた方が良さそうだ。
「知り合いが雑誌の表紙とか、なんか変な感覚するわー。はーべっくらこいた」
知り合いっていうか自分の婚約者である。もうちょいこう、なんかあれよ。お前の婚約者やろ。
「いっぐちゅん! あかん、もう無理や帰ろ」
服の袖にクシャミを吸い込ませ、もきゅる〜、と可愛く鳴く腹を押さえながら、キャロルは全てを諦めてスンとした顔でどこか遠くを見つめた。
そのまま雑誌を元の場所へ戻し、図書室を後にしたのだった。
「お嬢様、図書室で何か分かりましたか?」
「うん! なんかめっちゃうまそうな料理あるよこの国!」
「え、聖女のことについて調べに行ったのでは」
「え?」
「……お嬢様?」
「いやちゃうねん! あの図書室めちゃめちゃええ匂いすんねやもん! もう腹減って腹減って調べ物どころちゃうねんて!」
「え、絶対忘れてましたよね」
「…………えへ」
なんというか、案の定な結果である。




