にーじゅはち
「ねーねーサマリー、なんか殿下変じゃね?」
「お嬢様が関わるとだいたい変になってますよ、あの殿下」
キャロルの言葉に対して、侍女サマリーは事もなげに言い放った。一国の王子に対してあまりにもひどい言いようではあるのだが、なにも間違っていないのでなんというか、なにも言えない。
そしてこれは蛇足情報ではあるのだが、サマリーの『キャロルの侍女』という仮面がはがれるのは、キャロルの前だけ。つまり、彼女の口が悪いのもキャロルだけしかいない今限定なのである。
「そうなん? でも話しかけずに遠くからずっと見てくるんやで」
「お嬢様が見てない時はだいたいそうでしたよ」
「そうなん!? ほな変違うか……」
納得しかけたキャロルだが、そこでふとなにかを思い出したサマリーが、改めて口を開いた。
「あ、でもお嬢様にそれを気付かせているのは確かに変かもしれませんね」
「お、ほなやっぱ変なんか、殿下」
「はい。普段通りに変です」
「え、まってどっち?」
果たして、殿下は変なのか変じゃないのか。普段からあんまり周囲の確認をしていないキャロルには判別が難しそうである。…………いや、自分の婚約者くらい見とけよ。
あと殿下は殿下で何をしているのだろうか。
「それよりもお嬢様、そこ曲がりました」
「アイエエエなんでえええ?」
サマリーに指摘されたことで手元を確認したキャロルは、見事に歪んだ刺繡の薔薇の花、その縁取りを見て謎の声を発した。むしろなんでここまで気付かなかったのか分からないほど、ぐんにゃりした線である。そんなになるくらいの余所見をしていたにも関わらず、なぜか無傷。普通は針を指に刺してしまいそうなものなのに、なぜだろう。野生の勘とかだろうか。
「集中しないからですよ。刺繍とはそういうものです」
「えぇー! オカンはこんなならんやんけ!」
「ベテラン淑女とピヨピヨ淑女を同列に語ってはいけませんお嬢様」
それはそう。
「そんなんゆーたかてしゃあないやん! 殿下変やったもん!」
「でも、このハンカチはその殿下に贈るためのものでございましょう?」
「うぐぐぐぐ……」
頑張って糸をほどきながら唸るキャロルに、サマリーはというと呆れたように息を吐いてから、改めてキャロルを見た。
「それにしても、いったいどういう風の吹き回しなんです? 殿下に手作りの贈り物なんて」
「んー……、ワシさあ、殿下にちゃんと『好き』って言ったこと無かったから」
キャロルが、今度は目を離さずにちっくちっくと針を進めながらそう呟くと、サマリーは一旦キャロルを見て、そしてもう一度見た。
「……、……ええ!?」
「なんで二度見?」
「え、あの、お嬢様、あの殿下をお慕いしておられたのですか」
もっともな疑問すぎて八億回くらい頷きたい。
「お慕いっていうか、好きだよ普通に」
「それは、親愛の?」
「ちげーわ! 恋愛!」
「れんあい……………恋愛!?」
「そーよ! 恋愛!」
完全に、世の女性がいう『そうよ』ではなく、江戸っ子の『そうよ』の発音である。貴族令嬢であることの前に、そもそも女子の自覚はあるのだろうか。
「え、……本当に?」
「うん! たぶん!」
にこやかに断言しているが、ここにきてそれは正直やめてほしい。はっきりしろはっきり。
「……たぶん?」
「え、だってワシ恋愛したことないねんもん」
だってじゃない。
「……ええと、お相手のことを思って切なくなったり、どきどきしたりするのが恋愛だと聞きますが……」
「え、そうなん? んー……せつなく……?」
「悲しくなったり、会いたくなったり……」
サマリーの言葉を反芻して首を傾げているキャロルだが、お気付きだろうか。考えている時点で心当たりがないのだということに。
「……セレスタミン様ならあるな……」
「なるほど、とうとうお嬢様にも花開く時期が来たということですね」
ぽつりと小さく呟いたキャロルの言葉は、案の定、普通に聞き間違えられた。
「んぇ?」
「こうしてはいられない、新しいドレスの予約へ行ってきます」
「え? ちょ、ま、なんでえ?」
そりゃそうやろ、とは思うのだが、キャロルには理解出来なかったらしい。不思議そうな声と表情で、なぜだか地味に張り切るサマリーを見送ることしかできなかった。
ちなみに、サマリーは優秀な侍女なので、主であるキャロル優先の思考しかしないがゆえの行動である。
つまり、彼女は単純に口が悪いだけで、殿下に対する悪意など一切ないのである。それはそれでたちが悪いかもしれないが、キャロルの前でだけなので問題はなさそうだ。…………たぶん。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
なんでか知らんが、サマリーが真剣に色んなドレスを注文しとったけども、それよりもワシ、たぶん好き? な殿下にって刺繡頑張ってたんよ。ドレス別にいらんと思うねんけど何したかったんやろ。ほんまよー分からん子やわ。
ほんで、なんでそんなんするんかっていうと、あの、アレ。なんだかんだで殿下とずっと一緒におったから、ここしばらく一緒ちゃうくて、うーん。なんかそんな感じのアレ。
猫脱げんかったから素のワシちゃうけど、なんかあの時の殿下思い詰めてた感じしたしな。
なのでまぁ、うん。好き? な人には手作りの贈り物するもんやってオカンゆーとったから、なんかそんな感じよ。日頃の感謝的な、なんかをね、伝えたかったんやっけ。忘れた。なんかそんな感じやったやろ理由。多分。知らんけど。
マフラーとか重すぎるしハンカチくらいがええやろ知らんけど。
そんなこんなでなんとか刺繡は形になって、いい感じのなんかアレになったので、次の日殿下に持っていくことにした。
「あ、殿下。本日も馨しい花の香をお纏いですわね」
「えっ、キャロル……、いったいどうしたんだい?」
登校したらなんでか教室着く前に殿下がいたので、声をかけて挨拶する。
この挨拶毎回思うけど意味わからんよな。かぐわしい花の香りってどんなんや。しかもそれで『はなのか』って、なんか『初七日』思い出すわ。……なんなんか知らんけど。
そもそもワシ匂いとか全然分からんのよな。むしろ殿下ってどんな匂いすんのか地味に気になる。絶対ええ匂いすんねやろな。気になる。
あれ、ていうか殿下なんで挙動不審なん? まあええけど。
とりあえずでポケットにインしてたハンカチを差し出す。
「あの、わたくし、殿下にこれをお渡ししたくて……、その……」
「これは…………?」
突き出したハンカチを取って、不思議そうに確認する殿下の顔面、今日も無駄にイケメンなんだが。ほんま不思議やわー、なんでこんなイケメンがワシのこと気に入っとるんやろ。
まぁ受け取ってくれたのでヨシ! とは思ったけど、急に渡されたら意味わからんと思うので、頑張って説明しとこうと思うます。ワシえらい。
ほんで朝にハンカチそのままポッケ突っ込んで来たけどシワになってなくてよかったよかった。
「恥ずかしながら、殿下に贈りたくて刺してみたのです。まだまだ未熟で、母のようには出来ませんでしたが……」
その点オカンってすげーよなあ。最後まで線キレイだもん。
「……ありがとう、キャロル……」
殿下の感極まったみたいな声で思い出す。
おおっと、いかんいかん。ワシ令嬢やったわ。
殿下の顔面見てて忘れてた。ベール越しでも良く見えるのマジ殿下さまさまやわ。
「お礼を言うのは、わたくしのほうです」
なんだかんだでドチャクソ世話になっとるもんな。殿下おらんかったら留学なんて出来とらんし、兄者も嬉しそーに勉強出来てないもん。
「…………え?」
「思えば、殿下はいつもわたくしに御心を示してくださっていました」
こんだけ猫可愛がりされてれば、そりゃー分かるよ。なんか知らんけど溺愛されてるって!
「ですが、わたくしは殿下になにも返せていません。こんなことすら満足に出来ないわたくしですが、可能であれば、その御心に報いたいのです」
ワシが出来ることあったら言ってな! ってだけのことが令嬢言葉になったらこんだけ長くなるとかなんなん。ホンマまどろっこしいわー。
「そうか、キャロル……きみの覚悟は分かったよ。……では、ひとつだけ、お願いしてもいいだろうか」
「わたくしに出来ることでしたら、なんなりと」
お、さっそくお願いか。なんやなんやー? ばっちこーい。
「聖女試験を、受けて貰えないだろうか」
「……………………へ?」
ごめんちょっと何言ってるか分からない。




