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S.S.Z.K  作者: 輝生天決
1/1

エピソード1 神出鬼没

「じゃあお互いの自己紹介から始めますか。」

攫われた王女の救出の為、選ばれたメンバーが出発の日に王城のホールに集まった所である。

「まずは私からね。っていっても全員知ってると思うけど、この王国アスガルドの第二王女、サイビよ。歳は17歳。刻技(こくぎ)は<才色兼備>になるわ。」

髪は金茶色でポニーテール、やや幼い顔立ちだが目つきはきつく、スタイルは良いが胸は若干薄目に見える。身長は165cmくらいだろうか。その服装は王女様というより騎士に近い。短めの所々スリットが入った巫女の様な服、そしてその上に肩当て、胸当、小手を纏い、腰巻きには装飾の施されたレイピアが付けられている。

刻技(こくぎ)とはこの世界で個々が持つ固有スキルの事だ。刻技は必ず四文字熟語になっていて、霊珠と呼ばれる小さな水晶玉を持つと刻印が浮かび上がる事から刻印の技という事で刻技と呼ばれている。この世界では産まれた時からこの刻技を持つのだという。またこの霊珠はその刻技、及び奥義を使えるかどうかを指し示す指標にもなっており、全員その霊珠が埋め込まれた霊珠環と呼ばれる腕輪を身に着けている。

「じゃあ次は俺達かな。」

そう言って少年2人が顔を見合わせる。

「俺は勇二(ゆうじ)。1週間前この世界に召喚された異世界人だ。見て分かるかもしれんが双子で、こっちは兄貴の一成(かずなり)。二人とも17歳、刻技は俺が<英雄豪傑>、兄貴が<起承転結>だ。よろしく。」

「ども。」

双子だけあって顔はそっくりだが、勇二が身長180cmで肉付きも良く、圧迫感があるのに対し、一成は身長172cmでどちらかというと痩せ型な為、貧弱そうに見える。小さい頃はよくどっちがどっちか間違われたものだが、徐々に体型に差が付き始め、高校生になってからは一成が短髪、黒髪なのに対し、勇二は長髪、茶髪なので完全に間違われる事はなくなった。

そんな経緯など知る由もない3人は見た目ではなく英雄という言葉に勇二に関心を持ったようだった。

この世界に召喚された日、二人はこの世界についてや召喚された理由の説明を受けた。それを簡潔にまとめると、この国の王女が攫われたが、それを公には出来ない事情があり兵士を動かせない為、異世界人の力を借りたいという事だった。当初渋っていた二人もそうしなければ元の世界に帰れないという言わば脅しに近い宣告に引き受ける事を了承した。二人はその翌日から6日間の訓練を経て今に至る。この辺りのエピソードはまた別に語られる事もあるだろう……多分。

召喚された時、二人は学生服であったが今はこの国の平民の衣装を纏っている。流石にその服では目立つだろうと渡されたものだ。ギリシャ神話に出てきそうな質素な服だったが、意外と素材はしっかりしている。二人共服は同じだったが、勇二が背中に大剣を背負っているのに対し、一成は弓矢を背負っていた。出発前に武器庫から好きな武器を選んで持っていけと王国から支給されたものである。選んだ武器に性格が出ているなと訓練の教官であったゲイパにはからかわれた。

「一成と勇二ね。刻技と名前に関連がないから覚えにくいわね。」

サイビがぼやく。後から聞いた話だが、この世界では生まれ持った刻技から名前を付ける風習があり、刻技を覚えれば名前も関連して覚えやすいという独特な側面があった。

「面倒だから一号と二号って事でいいかしら?」

「良い訳あるか!」

「それは止めてもらえると助かる……。」

勇二は怒り、一成は苦笑した。小学生の頃から二人は性格の違いからどっちが兄でどっちが弟だかわからないといった風評を受けていた為、名前に良い思い出がなかった。

続いて男が自己紹介を始める。

「私の名はシンメイだ。刻技は<真相究明>。今回の旅での姫様の護衛と馬車の騎手を務める様に王から言われている。歳は18だ。よろしく頼む。」

「ああ、よろしく。」

「よろしくお願いします。」

握手を求められ一成と勇二はすかさず応じた。

彼もそれなりに身長があるが勇二より僅かに低いようだった。横長な帽子を被り、映画の西部劇に出てくるガンマンと海賊を足して2で割ったような風貌をしていた。ただし、腰に付けているのは銃ではなくナイフだった。そもそもこの世界に銃はないのだが。

「あたしはイショウ……19よ。ガチャ教の神官をしてるわ。刻技は<医食同源>。治療と食事は任せて頂戴。個人的には切り刻む方が好きなんだけれど。フフフ。」

「お、おう。」

「あ、うん。よろしく……。」

彼女のおおよそ神官とは思えない言動に一成と勇二はこの挨拶だけでたじろいだ。

そもそも彼女の容姿、服装はどう見ても彼らが思い描く神官のそれじゃなかった。テレビで観た過去の日本で流行ったというボディー・コンシャス……通称ボディコンそのものだ。しかも持っているのは杖ではなく大鎌だ。一成は現代社会ではこういうの何て言うんだっけ?ヤンデレ?いやデレてはいないか。メンヘルかなどと考えていた。

「ガチャ教はね、この国で信仰されてる宗教なんだけど特に規律はないの。」

二人の困惑した様子を察したサイビがフォローする。

「なあ。気になったんだけどガチャって()()ガチャか?」

()()がどのガチャか知らないけど、この国ではくじを引く機械の事よ。」

「やっぱそうなんか。」

意外な現代社会との共通点に二人は驚く。

「ほら、この世界では皆それぞれ一人一人違う刻技を持つでしょ?その当たり外れが神様が入れたくじを引くみたいだって言われてんのよ。」

「けっ。何がくじだ。運命は自分で切り開くものなんだよ!」

その瞬間、イショウが動いたと思いきや彼女の大鎌が勇二の首元5cm手前につけられていた。

「お、おい。何の真似だ……。」

勇二は慌てて後ろに退く。

「あなたは知らないのよ。能力の無い人間がどういう想いで生きているか。同じ事をしても出来ない悔しさ、虚無感……でも世界は勝手に優劣を決めて順序付けする。それがどれだけ苦痛な事か。」

「はーい。ストップ、ストップ。」

慌ててサイビが割って止めに入る。

「イショウ、あなたが世界に不満を持ってるのは仕方ないけど、彼は異世界から呼んだ貴重な戦力よ。勝手な事をしてもらっては困るわ。」

「……そうね。ごめんなさい。少し熱くなってしまったわ。」

彼女は鎌を下す。

「俺こいつ、苦手かもしれん。」

勇二は珍しく一成に弱音を耳打ちした。

「怖いけど……いい人じゃん。人の為にあそこまで怒るなんて。」

などと冷静に振舞っていたが、少なからず一成は動揺していた。今、彼女が言った事は一成が勇二に感じている劣等感そのものであった。


「さて、じゃあそろそろ行きましょうか。」

少し陰鬱になったメンバーの雰囲気を打ち消す様にサイビは一行を促した。

城を出て城門前に止めてあった馬車にそれぞれ乗り込んでいく。

「それで、行くのはいいけどその攫われた姫様がどこにいるのか分かってるのか?」

城下町を抜け外壁の検問所を辺りで勇二が切り出す。

「西の砦ね。まず西の都トスエウで宿を取って明日着く予定よ。」

「何でそこにいるとわかるんだ?」

「姉様がいなくなって私達も何もしていなかった訳じゃないわ。各地の兵の駐屯地に伝令を送った。でも西の砦からだけは一向に返事が返ってこない。」

「おいおい。兵の駐屯地なんだろ?攫った奴らが兵を全滅させたって言うのか?だとしたら相当手練れ揃いじゃねえか?」

「どうなのかしらね。まあどうせ戦うしかないのだから一緒よ。」

馬車は野を駆け、やがて森に入っていく。

「この道……懐かしいわね……。」

ふいに幌から顔を出しイショウがポツリと呟く。

「ああ、<大願成就>様もこの道から魔王討伐に向かったのよね?」

「そうね……1年ほど前だったかしら?(まこと)、ユイソ様、私、シンメイの4人で。」

「誠?ああ、それが<大願成就>の名前?ユイソ様ってのは?」

一成が尋ねる。大願成就が先だって魔王討伐の為に呼ばれた異世界人である事はこちらの世界にきてから聞いていたが、ユイソという名前は聞いた事がなかった。

「今助けに向かってる私の姉様よ。刻技<唯我独尊>でユイソ」

「へー、そうなんだ?って刻技<唯我独尊>?仏様みたいだな。」

「私にはその仏様というのがわからないけど……何なの?仏様って?」

「えっと……まあ、俺達の世界では神様みたいなもんだ。違いは俺にもよくわかんねえけど。」

「神様?……流石にそれは大袈裟でしょ。」

そう言ってサイビは笑った。

「でも確かにあの人は優しすぎた。毎日毎日魔族の被害を悲しんで泣いてた。だから<大願成就>様が召喚されて魔王討伐に向かう時、自ら志願してついていったって聞いたわ。あの人こそ真の聖人なのかもね。」

誰に言うでもなく遠い目をして語るサイビは物思いに耽っている様だった。

「凄いな。普通王女様が魔王討伐なんていかないだろ。」

「そうなの?あなた達の世界では王女ってどういう印象なの?」

「どうって……そりゃ、お金があって上品に着飾って優雅に過ごして王子様と結婚するとか……え、この世界では違うのか?」

「私達の世界は、生まれ持った刻技で大体役目が決まるからね。それは王女でも一緒よ。そんな遊んでていいって事はないわ。」

「はー俺達の世界とはえらい価値観が違うんだな。勉強しなくても刻技で就職出来んのか。めっちゃ良くね?なあ、勇二?」

「そうだな。誰かさんみたいに勉強も運動も出来ねえ人間にはいい世界なんじゃねえか?」

「お前……ちょっとは兄貴の顔をだな……。」

「同じ顔なんだが?」

「おっけー。俺が悪かった。出来の悪い兄貴ですんませんね。」

「分かればいいんだよ、分かれば。」

「むぅ」

バツが悪くなった一成は話題を変える事にした。

「でも<大願成就>と魔王って相打ちになったんだろ?よく皆、無事に帰ってこれたよな。」

「無事に決まってるじゃない。あたし達は何もしてないんだから。」

「何もしてない?」

「ええ……。」

「どゆ事?」

「公にはされてないんだけど、本当は<大願成就>様以外の3人は魔王に会うどころか魔族領にすら入ってないのよ。」

「置いてかれちゃったからね。」

「はあ?ごめん、意味が分からんのだけど。」

「あいつ勝手に一人で魔王倒しに行ったんだよ。」

会話を聞いてたらしいシンメイが馬を操りながら思い出したかの様に怒りをぶつける。

イショウとシンメイの説明によると事の成り行きとしては4人が西の砦で休息し、いざ魔族領へ向かおうとしたその日、突如<大願成就>こと誠が消えたとの事だ。困った3人はとりあえず、西の砦で待機する事にしたが、数日待っても一向に帰ってこない。ところが不思議とそのいなくなった日からぱったりと魔族の侵攻が無くなった事で人々は勇者が魔王を倒したと噂する様になってしまった。そして……

「相打ちになった事にして名声を得た訳か。」

「でも根拠はあるのよ。実際魔王軍はそれから一切攻めてこないし、魔物が国境を越えようとすると魔族が止めてる様だしね。だとすると魔王亡き魔族が人間を恐れていると考えるのが普通じゃない?」

「<大願成就>と戦ってこりごりした魔王が止めているだけという可能性もあるんじゃねえの?」

「それならむしろ人間を滅ぼそうとするんじゃない?滅ぼせばもう攻められる事もなくなるんだから。」

「まあ確かにそうだな。」

その時、急に馬車が止まった。馬のいななく声が響く。

「何、どうしたの?」

「まずい。野盗の待ち伏せらしい。馬がやられた。」

そう言うやいなや幌を突き破り矢じりが顔を出す。

「きゃ。」

「やばい。外に出るぞ。」

勇二の言葉に全員飛び出す様に下車する。幌には次々と矢が刺さっていく。

「皆、私に近寄って!」

サイビの言葉に全員が反射的に近寄る。

「備の字、守備!」

賊の矢は脱出に気付いたのかサイビ達の方に飛んできたが、その途端、見えない壁があるように矢が全て落ちていく。

「ちっ。刻技の効果か。」

台詞と共に矢を放っていたらしき盗賊達が姿を現す。

刻技は必ず熟語でなければ発動しない。また造語でも発動しない。この辺りの説明もまたいつか語られる事だろう……多分。

「素直にやられてくれてれば痛い目を見ずに済んだのに。馬鹿な奴らだ。」

「……あんた達、誰に向かってこんな事してるのか分かってんの?」

「あん?誰だって構わねえよ。どうせ金を頂きゃおさらばだ。……お?でも姉ちゃん、中々の上玉だな。ちょいとベッドで可愛がってやろうか。ぐふふ。」

「……下劣な。」

サイビは汚い物を見る目で厳しい眼差しを盗賊達に向ける。

そんな中、一成は別の意味で感心していた。

「うはー。すげえ。本当にいるんだ。こんな負けフラグ立てる奴ら。」

「あ?てめえ何言ってやがる?」

「いやあ、今時そんな台詞吐く悪役、中々いねえよ。いやもう天然記念物じゃねえかな。こんなキャラ出したら作家が恥ずかしくなるレベル?」

「訳わかんねえ事言って馬鹿にしてんじゃねえぞ!」

「あ、馬鹿にしてんのは分かるんだ?」

「ぶっ殺す!」

盗賊が一成に向かって走り出すのと同時に

「二字、豪傑」

それまで黙っていた勇二がすっと動く。その動きはまるで風。気付いたら吹き抜けていた……その場に居合わせたメンバー全員がそんな印象を抱いた。

「安心しろ。()()()だ。」

次の瞬間、6人いた盗賊達は膝から崩れ落ちた。

「両刃って生け捕りには不便だな。これなら木刀も貰っておくべきだったか」

誰も生け捕りにしてとは言ってないけど……4人はそう思った。


「それでどうするんだ?」

苛立ちを隠せずに勇二は問い詰める。

「どうもこうも……歩くしかないでしょ。馬はともかく、もう荷台がぼろぼろで乗れないんだから。」

幸いというべきか、馬はイショウの刻技、<医療>で一命を取り留めた。しかし怪我は治っても失った血は元に戻らない。歩かせる事すら困難な状況だ。

「いや、そっちじゃない。こいつらだ。」

一本の木にロープで巻き付け、猿轡をかませた盗賊達は意識はあるようだが、既に覚悟を決めたのか大人しくしていた。

「そうね……折角誰かさんが生かしておいてくれたから、収監所送りにしたい所だけど……。」

サイビは困ったという素振りをする。

「荷台もなければ連絡手段もない。街についたら衛兵に通報してきてもらうしかないわね。それまでこいつらが生きていられればだけど。」

「んー!」

ふざけるなと言わんばかりに盗賊達が唸るが当然無視する。

「人間、水さえあれば1週間は生きれるって聞いたぞ。」

「縛った状態でどうやってこいつら飲むのよ。それに私達の分もそれほどある訳じゃないわ。」

一成がうろ覚えの知識を披露するが、あっさり論破されてしまった。

「あ、水なら出せるわよ。」

はっ?と惚ける二人を無視し、イショクは盗賊達から数cm離れた地面に触れる。

「源の字、水源!」

あっという間に木を囲むように水路が出来あがる。

「へー便利なもんだな。」

と感心する一成だったが、本人はそんな事ないわとそっけなく答えた。もしかしたら照れてるのかもしれない。

「じゃあ、盗賊達はここで放置していくとしてだ、西の都はここからどれくらいなんだ?シンメイとイショウは西の都に行った事があるんだろ?わかるか?」

改めて勇二が切り出すと、シンメイとイショウはお互い顔を見合わせたが、

「ごめんなさい、分からないわ。」

イショクはあっさり匙を投げた。それを受けてシンメイが答える。

「そうだな……あの時は馬を使って何も起こらない状態で夜遅くに着いたからな。距離的には半分は越えたはずだが、ここから歩くとなると着くのは深夜だろう。」

「昼飯食ってから出たのがここにきて痛いな。」

もう少し早く出とくべきだったんじゃないのかというニュアンスを込めて勇二がぼやく。

「でも食べないで出たら固いパンを食べる事になるのよ。そんなのごめんだわ。」

「……もしかしてそんな理由で昼からの出発にしたのか?」

「そんな理由って何よ。昔から()()()()()()()()()()()って言うでしょ。」

「あ~うん。」

「……そうか、それは悪かった。」

一成と勇二はそんな言葉聞いた事なかったが、要は()()()()()()()()()()()のこの世界バージョンなのだろうと勝手に理解し突っ込むのをやめた。

「じゃあ深夜まで歩き続けるのか?流石にそれは……きつくねえかなあ?」

体力に自信のない一成は想像するだけで既にうんざりしていた。

「幸い、そういう事態も想定して馬車にはテントも積んであるわ。それを持ってある程度歩いたら野営しましょう。」

「じゃあ、ま、それでいくか。後、こいつらに他に何か必要なものあるか?」

「まあ朝がちょっと寒いかもしれないけど、毛布に余分はないから我慢してもらうしかないわね。少しロープを長くすれば水は飲めるでしょうし、後は食料を食べさせておけば衛兵が着くまではもつでしょ。今の私達にはそれが限度よ。むしろ感謝して欲しいぐらいね。」

「……誰が食料をこいつらに食べさせてやるの?」

一成の問いに全員一瞬固まったが、次第に一人に視線が向いていく。

「あ、あたし……?」

イショウが顔を引きつらせてたじろぐ。

「だってあなたが食料担当じゃない。神官なら盗賊にも慈悲をかけるもんでしょ?こいつらも女の子に食べさせて貰えるなら嬉しいでしょうし。」

「うう……いっそ楽にしてあげましょうか。」

「うおい。駄目駄目。」

言って鎌を構えるイショウをの腕を一成が止める。勿論イショウは冗談のつもりだったが、盗賊達はうーっと唸り声をあげた。

「一成。手伝ってあげて。」

見かねたのか、思いつきか、サイビが提案する。

「ええ?俺が?」

「何よ?何か文句ある?」

「……ないです。」

異世界にきてもこういう扱いなんだなと一成は悲しくなった。

一人一人猿轡を一成が外し、イショウが盗賊に食料を食べさせてる間に馬をどうするかを残り3人で相談し、途中でへばられても困るという事で置いていく事が決まった。馬も木に繋ぎ、餌を置いて5人は再出発する。歩きつつ一成がふと気が付く。

「なあ、誰かがきてあいつら釈放するって可能性ないか?」

「……やっぱり殺しとく?」

鎌を構えるイショウに

「……このままにしとくか。」

一成はあっさり諦めた。

「心配しなくても大丈夫よ。今は王都と西の都を往来する人はほとんどいないから、まず誰かに発見される事はないわ。」

一成が納得出来るようにサイビが補足する。

「何でだ?」

「儲からないからよ。一年前までは魔族が襲ってくるから兵士や賞金稼ぎで街が潤っていたけど魔族がこなくなったら兵士も賞金稼ぎも必要ないからどんどん人が減った結果、商売もどんどん廃業して人がいなくなっていった訳。今じゃ西の都も廃墟寸前じゃないかしら。」

実際の所、ここまでの行程でほとんど人とすれ違っていない。城の辺りでこそ何人かとすれ違ったが森に入ってからは一人も見かけていない。

「あ、あとさっきみたいに野盗が出るからかもね。」

「そうだ、何で野盗が出るなら討伐隊出さないんだよ?被害が出てるんだろ?」

「出したわよ!でも盗賊が軍隊相手に戦いを挑むと思う?行く度、姿くらまして終わりだからキリがないのよ。結果、各自で傭兵を雇ってもらうのが一番効率がいいって事になったの。」

「……何だかなあ。」

釈然としない話だったが、筋は通っている。一成は黙り込んだ。

代わりに勇二が口を挟む。

「なあ、ちょっと今の話聞いてて思ったんだが、今回の一件とそれ関係あるんじゃねえか?」

「え?」

「だから王女さんが誘拐されたんだろ?で、西の砦から連絡がないからそこにいると踏んで今から行く訳だろ?だったら盗賊が王女を人質に砦を占拠してて身代金を要求するとかって線もあるんじゃねえか?」

「……あんた思ったより頭いいのね。でもそれはないと思うわ。」

「何でだ?」

「ん~。」

サイビは何かに悩んでいる様だった。何かを言いたいけど言い出せずにいる……そんな様子が見てとれた。

「ほ、ほら。もう攫われてから2週間も経ってるでしょ?身代金目的ならとっくに要求がきてなくちゃおかしくない?」

「その使者が何か事故に巻き込まれたとかさっきみたいに別の盗賊に襲われてやられたとか……てか身代金じゃないなら何の為に攫ったんだよ?」

「そんな悪党が考えてる事なんて私が知る訳ないじゃないの!でも例えばお父様に何か要求を飲ませるとか、単にお姉様が好きとかかもしれないし……。」

「おい、やばくねえか、それ!殺されてたり、その……やられちゃってたりするかもしれねえんだろ?」

流石にしどろもどろで話す勇二の言葉の意味を理解し、サイビも動揺した様だった。

「だ、大丈夫よ。ああ見えてお姉様強いし、そんな簡単に悪党に屈する人じゃないわ!」

そこにシンメイが口を挟む。

「姫さん、もう話した方がいいんじゃねえか?」

「シンメイ!」

シンメイは任せろと言わんばかりに手でサイビを制した。

「実はな、もう身代金の要求はあったんだ。」

「そうなのか!?何で言わなかったんだ?」

当然の疑問を勇二は口にする。

「それがとんでもない額でな、流石に国王も娘の為だけにそんな額は払えんと。でもだから見捨てたなんて体裁が悪いだろ?だからこっそり私達を派遣して取り返そうって事さ。」

「おー。そういう事かよ!なんだよ、最初からそう言ってくれればいいのによ。」

「ご、ごめんね。黙っとく様にお父様に口止めされてたもんだから……。」

「おーけーおーけー。それじゃあしゃあねえよな。よっし俄然やる気が出てきたぜ。」

そう言い歩くスピードを上げる勇二。

その様子を3人の後ろから見ていた一成は眉をひそめ、イショウは苦虫を噛んだ様な顔をしていた。


「この辺りかしらね。そろそろ野営の準備をしましょ。シンメイ、テントを出して。」

「あいよ、姫さん。」

数時間歩き、大分日が暮れた頃、街道脇にほど良い空き地を見つけたサイビがシンメイに指示すると、彼は背負っていた荷物から折りたたまれたテントらしき物を手早く出していく。

「一号と二号は辺りから枯れ木を集めて。完全に日が落ちて暗くなる前に火を起こさないといけないから。」

「あいよ。」

「へいへい。」

「あまり遠くに行って迷子にならないでよ?更に面倒な事になるから。」

「わーってるよ。」

「いやもうそういうフラグいらないから。マジ言うの止めて。」

サイビの注意に勇二と一成が答えて辺りを探っていく。サイビには一成の言葉の意味はわからなかったが無視する事にした。

「じゃあ私とイショウは料理の用意ね。」

「そうね。」

サイビに促されたイショウが刻技を唱える。

「食の字、食材!」

するとそこには元が何の生物かわからない肉、食べられるかも分からない見たことない魚、色とりどりの野菜が出現した。

「……ねえ、素朴な疑問なんだけど……。」

「何よ?」

「これを今から料理するより最初から調理された<食事>を出せば良かったんじゃないの?」

「……そうとも言うかもしれないわね。」

「ちょっとおおお……。勘弁してよね……。」

「いいのよ、そういう細かい事は。美味しければ。」

サイビは頭を抱えて座り込んだ。

刻技は一字ごとに効果時間と再刻時間と呼ばれるクールタイムがある。効果時間はスキルによってまちまちだが、再刻時間は必ず6時間になっている。この再刻時間中は霊珠が光彩を放ち明るい状態となっており、使えない事が分かる様になっている。だから次に刻技で<食事>を出すには6時間必要という事になる。流石にそれを待つほど空腹が耐えられない。

これが一成か勇二であれば<和食>か<洋食>を思い浮かべ出しただろう。

だがこの世界には和食、洋食という概念が存在せず、イショウには想像が出来ない。

刻技は想像出来ない事は実現しない。それは刻技の訓練を受ける者が最初に学ぶ事だ。それはつまり言葉を教えた所で意味を理解しなければ使えないという事だ。

「大丈夫!大概のものは焼けば美味しいのよ!」

「そう……じゃあ私は野菜を切ろうかしら。」

既に半分諦めた様にサイビはそう言うと辺りを見回し、平たい石を見つけるとサイドポケットからハンカチと折り畳みナイフを取り出した。平たい石は拭き、まな板代わりに、ナイフは包丁代わりである。

料理などした事のないサイビだが、それなりの料理を毎日食べているので当然サラダがどう盛られたら美しいかは大体分かる。綺麗に大根と人参が笹切りに仕上がっていく。

それと同時進行でイショウは背負っていたリュックから鍋を取り出す。いわゆる中華鍋で底の浅い三角錐に似た形の鍋だ。

「そんなの持ってきてたの?」

横目で様子を見ていたサイビが驚く。

「便利なのよ、この鍋。焼く事も煮る事も出来るし、いざとなったら盾にも出来るのよ。」

「……確かに便利ね。」

盾は無理では……とサイビは思ったが、一瞬でわざわざ否定しても仕方ないと思い直し、突っ込むのを止めた。

イショウは手頃な石を拾ってはそれを円状に置いてゆく。簡易釜戸だった。

そこへ幸い、フラグが発動する事もなくどっさり枯れ葉枯れ木を集めた一成と勇二が戻り、それらを入れた。

「火がいるな。」

そう言うと勇二は枯れ木に枯れ木を擦り始める。

「こういうの見るといかに俺達が楽な世界にいたかって実感するな。」

「全くだ。でも帰れないんだから仕方ないだろ。」

一成の嘆きに同意しつつも勇二は現状を受け入れてるようだ。

悪戦苦闘の末、点いた火をふうふう息を吹きかけながら釜戸に入れる。そこにイショウが鍋を乗せ、更に肉を入れた。

魚を木の枝で串打ちし、かまどの火で焼いていく。辺りは肉と魚の焼ける匂いが充満し、徐々に全員の食欲を掻き立てていった。

「めっちゃ美味そうな匂いがするな……。」

一つ目のテントを建て終わったシンメイが匂いに釣られて作業を覗き込む。

「ちょっとシンメイ、とっとと組み立てないと完全に暗くなるわよ。」

「大丈夫だよ、姫さん。焚火の火でも充分出来る。」

「たくっ。」

しょうがないわねといった感じでサイビはほっとく事にした。

「出来たわ。」

芸術作品かのような盛り付けがされたサラダに一同からおおっと感嘆が漏れる。

「こっちも出来たわ。」

焼けた肉と魚を厚紙に乗せイショウが並べていく。こちらの世界版の紙皿といった所だろうか。

「いただきます!」

一同は次々と出来た食事に口をつけていくが、次第にその表情が曇っていった。

「なあ、これ味薄くね?」

一成が決定的な一言を放つ。

そう、彼女達は致命的な事に気が付いていなかった。

「考えてみれば調味料を持ってきてなかったわ……。」

しばらく誰も一言も発さずに黙々と食べ続ける姿がそこにはあった。


「起きて!夜襲よ!」

その声に勇二は跳ね起き、枕元に置いてあった剣を握り咄嗟にテントから飛び出た。

焚火の僅かな明かりの中、剣を打ち合う音が響く。辺りはまだ暗い。食事の後、一行は交代で見張りを立て仮眠を取る事にし、今はサイビとシンメイが見張り番をしていた。

目をこらすとシンメイとサイビは既に戦っていた。

いかにも盗賊といった服装の長身の男と小太りの男。

「究の字、究極!」

「才の字、才女!」

シンメイとサイビがそれぞれ刻技を発動する。

どちらも身体能力が強化される刻技だ。長身の男が振り回す長剣をシンメイはダガーで捌き、小太りの男が放つ何やらヌンチャクと鎖鎌を足して2で割った様な……強いて名付けるなら鎖棒だろうか。それをサイビはレイピアでいなしていた。

「遅いわよ、二号」

戦いつつも勇二の姿を視界の端に捕らえ、サイビが声をかける。

「誰が二号だ。俺には勇二という名前があんだよ。」

言いつつ剣を構えるが、二人が激しく動く為、手が出せずにいる。

「もうこの際二号で良くない?刻技にちなんでエイゴとかでもいいわよ。」

「二号ってのはな、俺の世界では猿か愛人って決まってんだよ。」

「……何それ。」

勇二は笑いを誘う様軽く返したつもりだったが、想いとは裏腹にサイビの声は暗かった。

(?)

何かまずい事言ったか?と思ったが今はそれどころでもない。

「ちっ。おしゃべりとは随分余裕だな。」

サイビの相手をしている盗賊が話しかけてくる。

「当たり前よ。盗賊にやられるほど私は落ちぶれてないわ!とっとと帰ったらどう?そろそろ私も寝たいんだけど?」

「いつまでそんな事言ってれるか楽しみだな。」

盗賊はそう言うとくっくと笑う。

「明の字、照明!」

シンメイが攻防の隙を使い、刻技をテントにかけた事でテントは白く光り辺りを照らしだした。とはいえまだ視界が万全とは言い難いが、多少視界がひらけた事でもう一人、勇二は奴らの後ろに女性が佇んでいる事に気付いた。

「おやおや。こっそり不意打ちしてやろうと思ってたのに見つかっちゃったねえ。」

呑気な物言いとは裏腹にその目つきはするどい。

歳は20代後半といった所だろうか。長い赤い髪に赤い中世の騎士のような軍服。到底盗賊とは思えない服装だが、言動から戦っている男達の仲間である事は想像出来た。

「……にしても究極に才女かい……全員相手はこいつらにはちょっと荷が重いかねえ……。カイカイ、ジャキョク一旦下がりな。」

「へい。」

「あい、姉さん。」

発言からするとこの女性がリーダーなのだろう。呼ばれた二人の盗賊がシンメイ、サイビと距離を取り女性の横まで下がる。期せずして3対3で向かい合う事になった。

「一応確認なんだけどね。あんた達かい?あたいの可愛い部下達をやったのは?」

「昼間の連中の事か?」

勇二が問いかけると、女は明らかな憎悪をその顔に浮かべた。

「やっぱりあんた達のしわざかい。よくもやってくれたね!あいつらの仇、取らせてもらうよ!あんたたち、気張りな!」

「へい。」

「悪い子にはおしおきが必要だな。」

「さて、あたいはどいつの相手をしてあげようかねえ……。」

女はシンメイ、サイビ、勇二を順に眺めつつ値踏みをしている様だった。

「よし!決めた!二字、鬼神!」

ただならぬオーラを纏った……と感じた瞬間にはシンシュはシンメイの目の前にいた。

「っ!早い!」

「なんだい?<究極>と言う割には大した事なさそうじゃないかい?この神出鬼没の大泥棒シンシュ様が相手してあげるから冥土の土産に覚えておきな!」

すかさず飛びのいたシンメイだったが、左手に痛みが走る。シンシュの伸ばした鞭が左手を捕らえていた。思わず左手のダガーを落としてしまう。

「ちっ。面倒だな……。」

「教えてあげるよ。神の恐ろしさをね!」

「シンメイ!」

「おっと!嬢ちゃんの相手はこの俺、奇々怪々のカイカイ様だ!」

反射的に駆け寄ろうとしたサイビにカイカイが切りかかる。寸前でサイビは立ち止まり、目の前を剣が空を切る。

「邪魔よ!色の字、色盲!」

「ぬお、くそ見えねえ。」

視界を失くし、下がるカイカイをすかさず追いかけサイビは蹴りを繰り出す。カイカイは体勢を崩し吹き飛ぶ。

そこへもう一人の盗賊、ジャキョクであろう男が放った棒がサイビに襲いかかるが、攻撃が届く前に勇二が剣ではたき落とした。

「ふん。そんな余計な事しなくても別に避けれたわよ。」

「さいでっか。」

「……でもありがと。」

素直じゃねえなと思いつつも礼を言われた事に勇二はへへっと照れる。

吹き飛んだカイカイを庇うようにジャキョクがこちらを睨みつつ立ち塞がる。何かカイカイに小声で話しかけているようだが、よく聞こえない。

「一号はどうしたのよ!」

いつまでもこない一成を思い出しサイビが問いかける。

「兄貴の事だからまだ寝てるだろうな。」

「この状況で何でまだ寝れんのよ!」

「知るか。俺に聞くな。」

「起こせるスキル持ちが寝てるとか馬鹿じゃないの!」

「それに関しては同意見だ。」

「何なの?この騒ぎは……。」

突然の背後からの声に二人は驚くが、それはイショウだった。寝ぼけていた彼女は次第に事態を理解して慌てているようだった。

「どうやら無粋な輩が出たようね……。全員無事?」

「ああ、今の所はな。すまん、兄貴を起こしてくれ。ぶん殴ってもいいから!」

「分かったわ。」

そう言いイショウはテントに向かう。

まさか本当にぶん殴るのだろうか……と頭をよぎったが、今はそれどころでもない。

「奇の字、奇跡!」

カイカイが刻技を唱える。どうやらサイビに見えなくされた視力を回復しただけではなく、身体能力も飛躍しているようでおっしゃあなどと腕を振り回している。

「奇跡の使い方、間違ってねえか?」

「俺達に回復出来る能力なんてこれぐらいしかないからな。ま、むざむざやられるよりはマシってこった。」

「こっちとしては早くやられといてくれると助かるんだけどな。」

「小僧、覚えときな。大人ってのはな、無理だから出来ませんと言ってちゃ仕事にならんのよ……と。」

「よ」の辺りで消えた様に見えたカイカイの奇襲を勇二の目前でサイビがレイピアで受け止めていた。

「二号、これでさっきの借りはチャラよ。」

「別に貸した覚えはねえけどな。まあ、サンキュー」

「ほー流石、<才女>。これを止めれるのか。」

サイビはカイカイの言葉には答えず、鍔迫り合いをしつつ勇二に問いかける。

「あんた、いつまでぼーっとしてんの。とっとと刻技使いなさいよ。今使わなくていつ使うのよ。」

「明日」

「……殴るわよ。」

「わーった、わーった。悪かった。」

サイビの鬼の形相に勇二も流石にやりすぎたと反省する。

「おいおい、人を無視していちゃついてんじゃねえよ!」

「なっ!?誰がいちゃついてんのよ!」

カイカイの思わぬ野次にサイビは動揺し、持っていたレイピアを弾かれてしまった。

「しまった!」

「二字、<英雄>!」

サイビの隙をカバーする様に勇二が刻技を発動する。

「なんだあ!?」

カイカイはその覇気に気圧され間合いを取る。

ジャキョクも勇二の脅威を感じたのか刻技を発動する。

「強の字、強化!」

どうやら自分にではなくカイカイにかけたようだ。

それを受けて再びカイカイが勇二に突進するも今度はあっさり止められる。

「マジかよ……強化した<奇跡>受け止めた奴は久しぶりに見たぜ。」

()()だしな。」

刻技の威力はイメージに依存するが、使用する固有刻技の文字数により補正がかかり威力が倍増する。イメージが同等な場合、使用する刻技が1文字の場合、威力は2文字の半分にも満たない。仮に1字<奇跡>+1字<強化>が1+1とすれば2字<英雄>は3であり到底かなうはずがなかった。ただしあくまでイメージが同等の場合であり、実際には<奇跡>や<強化>のイメージが<英雄>を大きく上回る可能性はあったが、盗賊である彼らにそこまでの想像力がなかったというのが実情である。

「……じゃあこっちも2字でいってみるか。」

カイカイが不敵な笑みを浮かべる。

「2字、怪奇!」

その途端、カイカイが異形と化した。腐れ果てた肉体、眼球は飛び出て全身皮膚が爛れた姿……いわゆるゾンビだった。

「いやあああああ。無理!無理無理無理無理無理ぃぃぃぃ。」

叫ぶと同時にサイビは敵に背を向ける様にしゃがんでしまった。

「お、おい?サイビ?」

「私、駄目なの!子供の頃、腐乱死体見てからああいうの苦手なの……。」

もはや最後の方は小声でよく聞き取れない程だった。

「いや、冷静に考えろ。どう考えても刻技で見た目を変えただけだぞ。」

「一緒よ!」

一緒なのか……勇二には理解出来なかったが明らかに狼狽し、もはや勇二の声は届いていないようだ。

「ま、女はそれぐらいの方が可愛げがあるってもんか。」

などと自分に言い聞かせて納得する。

ゾンビと化したカイカイが勇二に襲いかかる。ゾンビとは思えないスピードではあるものの勇二には特段さっきまでと強さは変わらない様に思えた。

「なんだ?見掛け倒しか?」

勇二は拍子抜けした。

「ちっ。普通の奴なら逃げ出すんだがな。」

実際2字とはいえ、この場合の威力は()()()()()として反映される為、強さとしては変わりないのだが、そういった理屈をカイカイは知らずに能力を使っていた。略奪をする分にはこの姿の彼を見ればほとんどの者が逃げ出す為、戦う必要もなかったというのが原因である。

「……そろそろ片付けるか。おっとそういやお前もいたな。」

勝機が見えない相方を救うべく、ジャキョクも攻撃に加わる。突然の加勢だったがそれでも勇二はなんなくかわし、攻防を続ける。

「……気に食わねえが、どうやら手加減して勝てる相手じゃなさそうだな。おい、あれをやるぞ。」

「くそ、こんなガキにあれまで使う羽目になるとはな。」

「なんだよ、まだあんのか?時間の無駄だからさっさとしろよ。」

挑発とも取れる言動にカイカイとジャキョクは憤慨する。

「あんま舐めた事言ってんじゃねえぞ、小僧!」

「食の字、浸食!」

ジャキョクが刻技を唱えると、なんとジャキョクの身体がゾンビとなったカイカイと同化していく。

「うげ、マジかよ……。」

まるでゲテモノを見ているような心境に勇二は気持ち悪くなっていく。

「驚くのはまだ早いぞ。肉の字、受肉!」

重なった身体から腕が二本生え、足が二本生える。首から二つの頭という何とも形容しがたい姿に勇二は戦慄を覚える。ここでタイミング悪くシンメイがテントにかけた刻技の照明の効果が切れ、また明かりが焚火のみになった事で不気味さが増した。更に運悪く暗くなった事でサイビがハッと思考を取り戻し、振り向いて声にならない声をあげたかと思えば今度は気を失った。

「全く何してんだか……にしても、何だよ、随分化け物じみてきやがったな。」

「ほざけ。これで攻撃力は実質2倍!そして更に……怪の字、怪力!」

「強の字、強化!」

「おいおい、シャレになんねえぞ……。」

「早く全力出しとかねえと、一瞬で終わっちまうかもなあ!」

意趣返しと言わんばかりにカイカイは挑発する。素直に従うのも悔しいが、そんな事を言ってる場合でもないと判断し勇二も刻技を発動する。

「二字、豪傑!」

<英雄>+<豪傑>。これが実質勇二の最強形態となる。後は四字、奥義<英雄豪傑>があるだけだ。奥義は4つの霊珠が点灯している間のみ一回だけ使用出来る最終技だ。つまりそれで片を付けられなければ実質負けに等しい。

「一閃!」

勇二がゾンビの脇を駆け抜ける。剣は間違いなくゾンビの腹を捕らえたはずだった。しかし切り裂いた手ごたえはない。一応血を噴き出しているものの皮一枚といった所のようだ。

「なんつー硬さだ……こいつはちいとやばいか?」

流石に勇二に焦りが生じてくる。

「はあっーはっは。最初の勢いはどうした?小僧!」

振り向いたゾンビの4本の腕が2組共にパキパキと指を鳴らす。

「おらあ!おらおらおらおらおらおらおら。」

まるで某漫画のような乱打をゾンビが繰り出してくる。勇二は剣で払い、あるいは避け凌ぐが、一歩、また一歩と後退し防戦一方と化す。

「弱の字、弱体!」

ダメ押しとばかりにジャキョクが刻技を発動する。

「まだ、あんのかよ!」

「終わりだ!吹っ飛べや!」

「ぐごあっ。」

踏み込んだゾンビのアッパーを腹にくらい勇二は数メートル宙を舞って地面を転がる。

(こんなのどうしろってんだよ……。)


「勇二。お前、一騎当千と百戦錬磨どっちが強いと思う?」

「あん?そりゃ一騎当千じゃねえのか?」

訓練の合間、突然質問してきたゲイパに答える。

「何故そう思う?」

「何故って、一人で千人を相手に出来るのと百戦勝てるだけなら一人で千人相手に出来る方が強いのは当然だろ?」

「そうだな。実際この二人が手合わせして百戦錬磨が一騎当千に勝った事はない。だが、これは単純にそう思い込んでるだけなんじゃ。」

「本当は百戦錬磨の方が強いっていうのか?」

「いや、そうじゃない。百戦錬磨の意識の中に百が千に勝てるはずがないという先入観がある限り、何度やっても百戦錬磨が一騎当千に勝てる事はないだろう。だが、例えば……そうじゃな……お前達を召喚した千客万来と百戦錬磨ならどうじゃ?百戦錬磨が負けると思うか?」

「いや、負けねえだろ。」

「何故じゃ?千どころか万の字も入っておるのじゃぞ?」

「いや、千客万来に戦闘のイメージねえし……。」

「そう、そういう事なんじゃ。」

「はあ?どういうこったよ。」

「百戦錬磨も百戦した相手の中に一騎当千がいたと()()()()()()勝機はあるんじゃ。要するに()()()()()()()()()()()()()()()()勝敗を分けておるのじゃ。」

「そんな簡単な事でか?」

「はっはっは。簡単か。頭では理解出来てもそれが簡単に出来ないのが人間ってもんじゃがな。まあ、もしこの先、とてつもない化け物がお前達の前に立ち塞がったとしても決して負けると思わない事じゃ。それを忘れなければ勝機はある。いいか。英雄とは()()()()()()()()()()()()()英雄なのじゃ。」


「……そうだったな、先生。」

ほんの4日かそこら前の事なのに何だかもう随分昔に聞いた気がする。

「お、まだ立ち上がるのか?しぶてえ奴だ。マジで死んでも知らねえかんな!」

「……死ぬ?冗談はよせよ。どこの世界にモブにやられる英雄がいるんだよ。流石三流悪役はおつむが足んねえな!」

「こん糞ガキャあああああ。ジャキョク構うこたあねえ。もうやっちまうぞ!」

「おう。四字、弱肉強食!俺に力を寄越せ!」

その呼びかけに応じるが如く、近隣から何やらビー玉かと思う様な小さい球が次々ゾンビに吸い込まれている。どうやら文字の如く自分より弱い生物から少しずつ力を奪い取る刻技らしい。

「これで消えろ!四字、奇々怪々!名付けて呪詛怨霊葬送波!」

直径二メートルはあろうかという巨大な気の塊が勇二に向かって放たれる。そのスピードはそれほど速いものではなかったが、地面をえぐりつつ進むその様はとてつもない威力を容易に想像させた。

「四字、英雄豪傑!」

勇二の剣が球体を捉える。しかしそれに押される様に徐々に後退していく。

「無駄だ!四字でも弱体化した今のお前にそれを防げるはずがねえ!」

「……防ぐ必要はねえんだよ……。」

自信満々に言い放つカイカイにぽつりと勇二が答える。

「は?何だ?何か言ったか?念仏でも唱えてんのか?」

「英雄はいつだって……未来を切り開くもんだろうがよおおおおおおおおおお!」

一瞬、傍目には剣がめり込んだ様に見えた。しかし次の瞬間、球体は真っ二つに割れ、それぞれ空の彼方へと飛んでいった。

「な、なんだとお。」

「破邪封刻光明剣!」

そのまま振り切った剣から光の波がゾンビに高速で飛んでいく。光はゾンビの中央、カイカイとジャキョク二人の首の間から股間までを切り裂いた。

「ば、か、な……。」

「安心しろ。命に別状はない。切ったのはお前達の業……うぐっ。」

「だ。」と終わるはずだった決め台詞は背中を襲った激痛に遮られた。膝から崩れ落ちた勇二は首だけ捻り、その正体を見ようとしたが、そのまま倒れてしまった。

「おやおや。まさか一人であいつらを倒すなんてねえ……あたいがあんたの相手をするべきだったかね。」

「ぐっ、シンメイはどうした?」

声からその正体が神出鬼没ことシンシュであると察した勇二は問いかける。

「シンメイ?ああ、あの究極の坊やの事かい?安心しな。そこで眠ってもらってるよ。」

そう言って後方を振り返る。その視線の先にはテントに寄りかかる様に倒れているシンメイの姿があった。

「ちっ……くしょう……が……。」

イメージで力は増しても身体ダメージがなくなる訳ではない。今の勇二には自力で立ち上がる力はなかった。

「随分てこずらせてくれたけどね……これで終わりだよ!」

そう言ってシンシュが振り上げた鞭は振り下ろされる事はなかった。

「転の字、転倒!」

「なっ!?いっ……たぁたたた。」

シンシュは足を滑らせ、尻餅をつく。

「……おせーんだよ、バカ兄貴。」

「何言ってんだ。秘密兵器は最後まで取っておくもんだろ?」

「は?永遠にベンチ温めてる秘密兵器がなんだって?」

「はあ?ふざけんな!……まあいい。その件はこのオバハンを片付けてからにしてやる。」

「誰がオバハンだ!ふざけんな!あたいはまだ20代なんだよ!」

「結の字、結着!」

シンシュが手をついて立ち上がろうとするより一瞬早く一成の刻技が発動する。

「な、なんだい、こりゃ。」

まるで粘着シートに張り付いたゴキブリの様に、シンシュの手足、尻は地面に絡み離れない。

「イショウ、サイビは大丈夫?」

そんなシンシュは無視し、一成はイショウに尋ねる。

「気を失っているだけで外傷はなさそうよ。」

イショウはサイビを懐に抱きかかえ、全身に目を走らす。

「そっか。じゃあシンメイがやばかったらシンメイを先に回復してやって。」

「いいの?その女、任せて?シンメイ倒すほどの手練れなのよ?」

「んーまあ危なくなったらきっと出来の良い弟が助けてくれんじゃねえかな。」

「……とてもそんな状態には見えないけど……分かったわ。でも、その前に……源の字、光源!」

暗かった辺りがまた少し明るくなる。

「お、サンキュー。」

親指を立て、グッドポーズを取るとイショウもグッドポーズを取りつつシンメイに向かう。

「……おい、兄貴。()()()()()弟はとても助けれそうにないのだが?」

「わーってるよ。まあそこで寝とけ。()()()()兄貴が活躍する姿をな。」

「ほー。俺の知ってる兄貴は毎回フラグを立てては回収してた気がするんだがな。」

「知らんな。過去は忘れた。」

()()()()()なんだよ!」

「……黙って聞いてりゃ随分あたいも舐められたもんだね!」

苛立ちを隠そうともせず、シンシュが会話に割り込む。

「出の字、脱出!」

まるで身体に洗剤でも塗り付けたようにシンシュはスルリと立ち上がった。

「あらら。まあそうだよねー。流石にこれで終わっちゃくんねえか。」

「ふざけた事を……あんた、あたいは神なんだよ!神にそんな攻撃が通じると思ってんのかい!」

「はっ。何が神だか。刻技に神の字が入ってるだけだろ。」

「……ちっ。こういうハッタリが効かない奴が一番めんどくさいねえ……。」

「ハッタリ?それでハッタリかましてるつもりなのか。ぜんっぜんあめえ!ハッタリ歴17年の俺様舐めんな!」

「……いやそれ何の自慢にもなってねえぞ……。」

勇二のツッコミを一成は無視して続ける。

「いいか!ゲームの世界じゃなあ!神様なんてチェーンソーで一撃なんだよ!」

「な、なんだってえ!?……ってどこの世界で何で一撃だって?」

「あ、そうか。この世界にゲームもチェーンソーもねえわ。」

勢いに釣られて驚くが、シンシュには全く理解出来なかった。

「なあ……それク〇ゲーじゃねえのか?」

「おい、馬鹿、やめろ!名作なんだぞ!」

理解し冷静に突っ込む勇二を一成は慌てて静止する。

「いい加減におし!」

意味不明の会話で翻弄されていたシンシュの怒声がこだまする。

「どこまでもふざけたガキ共だね。もういい!子供だから手加減してやってりゃ付け上がりやがって。二度とその減らず口を叩けない様にしてやる!」

「没の字、埋没!」

「承の字、不承!」

ほぼ同時に刻技を発動する。

(……え?)

シンシュは何が起こったのかさっぱり分からなかった。というか何も()()()()()()()()分からなかった。何て事はない、一成は読んでいたのだ。シンシュが<鬼神>を使った時、一成はまだ寝ていた。そしてその後も教えてもらった訳ではない。だが、散々神を名乗っておきながら<鬼神>を使ってないはずがないと一成は踏んだ。そしてさっき出を使えば後は没で攻撃してくる事は明白だった。そして<不承>は全ての刻技の効果を無効化する能力を持っていた。しかしあくまで()()()()()であって直接攻撃されれば関係ない。一成は賭けに勝ったのだ。

「起の字、再起!」

「ひぃぃい。」

一成はシンシュが固まった隙をつき畳みかけたつもりであったが、今度はそれが裏目に出た。恐怖に駆られたシンシュが振り回した鞭が思いっきり一成にクリーンヒットしてしまう。

「いってえええええええええ。」

たまらずのたうち回る一成。それを見てシンシュが冷静さを取り戻す。

「な、なんだい、脅かしやがって。何も起きないじゃないかい!」

「いいえ。()()()()。」

「ひっ。」

「動かないで!動いたら刺すわ!」

「……ちっ。しくったねえ……。」

レイピアを背中に突き付けられてシンシュは両手を少し上げた。

そう。一成の再起は意識を失っていたサイビにかけたものだった。そもそも一成の刻技は支援向きなものばかりで攻撃に使える様な刻技など皆無なのである。

「一号、動ける?」

「動きたくない……。」

動けないじゃなく動きたくないなのが嘘がつけない一成らしさではあったが、サイビには通じない。

「シンメイの荷物の中に縄があるはずよ。それでこいつらを縛って。」

「人の話聞いてる?」

「……さっさとしないとあんたから刺すわよ?」

「わーった、わーったよ。」

一成は渋々走り出す。そんなやり取りを見ていたシンシュが尋ねる。

「……あんた、どっかのお嬢様なのかい?」

「そんな事、あなたが知る必要ないわ。」

この状況であれば教えた所で困りもしないが、助かりもしない。わざわざリスクを増やす必要もないとサイビは瞬時に考えた。

「ふーん……。ねえ、あそこに転がってるのゾンビかしらねえ?」

シンシュの視線の先には勇二の攻撃により分離し、気絶しているカイカイとジャキョクの姿があった。サイビはちらりとそちらを見て、顔を青ざめた。

「いやああああああ。」

サイビは絶叫と共に再度頭を抱えうずくまってしまう。気絶していたサイビは勇二とカイカイ、ジャキョクの戦闘の成り行きを知らない。よく見れば単なる気絶と気付いたのかもしれないが、先ほどのゾンビが脳裏に焼き付いており、咄嗟にゾンビと思い込んでしまった。

「四字、神出鬼没!」

「!しまった。」

サイビが顔を上げた時にはそこにいたはずのシンシュの姿はなかった。その空間に向かいレイピアを振り回すが、虚しく空を切るだけだった。騙されたと悔やむが後の祭りである。

「あーっはっはっは。世間知らずのお嬢様は簡単に引っかかるねえ!」

高笑いが響き渡る。サイビは声の聞こえてくる方角を見るが、そこに彼女の姿はない。どうやら完全に姿を消す効果である事に間違いなかった。

「よっくも色々やってくれたね!さ~て、どいつからギッタギッタに懲らしめてやろうか!」

「それはこっちのセリフだ。さっきの借り、返させてもらう!」

いつの間にかサイビの元にはシンメイが駆けつけていた。多少傷が見えるものの動く分には問題ないようだった。イショウは勇二の元に向かい<医療>を発動していた。シンメイより勇二の方が深刻だと判断したようだ。

「シンメイ!無事で良かったわ!」

「無事でもないですけどね。まあ話は後で。今はこの盗賊を懲らしめるのが先です。」

「はっ。あたいにコテンパンにやられた坊やに今更何が出来るってんだい。」

「そもそも私の専門は戦闘じゃないのでね……二字、真相!」

そう、彼が王に派遣された一番の理由はこの刻技にこそあった。隠された真実を暴き出すこの刻技は幾度となく完全犯罪と呼ばれた事件を解決してきた。台詞と共に辺りをぐるりと見渡す。その顔が一点を見つめて止まる。

「そこだ!四字、真相究明!」

刻技<真相>が自分だけが理解するのに対し、真相究明は相手の刻技そのものを無効化し、周囲に知らしめる。当然、神出鬼没も例外ではない。それは神出鬼没と言われる怪盗ルパンがホームズに正体を明かされるのと同じなのかもしれない。

相手が見えてないと思い、物音を立てない様に慎重に近づいていたシンシュは突然シンメイが自分の方を向いた事でびっくりし足を止めた。その姿は刻技によって破られ、徐々に全員の目がシンシュに向けられていく。

「……え?……ええ?ま、まさか見えてるのかい?本当に?ありえないだろ、そんな事!」

シンシュは半狂乱でスススと横に移動するが、全員の視線もそれに合わせて移動する。

「真実はいつだって白日の下に。真相究明の名にかけて!」

「いやいらねえから、そういう某少年探偵みたいなセリフ。」

得意満面のシンメイに縄を持ってきた一成が突っ込みを入れる。一成はさて、と一息つきシンシュの方へ近づいていく。

「ひ、ひぃ!じゃ、じゃあそういう事で~!」

後方に向かって駆け出すシンシュ。それを見たサイビが声を上げる。

「逃がしちゃ駄目よ!捕まえて!」

言われて一成は背中に背負っていた弓矢をつがえ放つ。狙いは足!……だったが矢は明後日の方向へと飛んでいく。その間にシンシュとの距離は開いていく。

「だー。何やってんのよあんた!」

サイビが怒鳴る。そんな事言われても俺別に弓が得意でもねえしと一成はごちる。

(くっそ、しゃあねえ。これは使いたくなかったが……やるしかねえ!)

一成はそう心に決めると最後の刻技を発動する。

「四字、起承転結!」

(?)

シンシュはその途端、違和感を感じた。なんだか身体がスースーする。まるで水浴びをする直前の空気が肌に触れる感じ……。シンシュは走りながら視線を下へと向ける。そこには当然あるはずの物がなくなっていた。そう、彼女は()()()()()()()()

「jhがおいfjがんvごいdhzxごい@js」

声にならない声を上げるとシンシュはうずくまって慌てて胸と股間を腕で隠す。そこに縄を持った一成が近づいていく。

「いや、これはやましい気持ちはなくてだね……。何でこんな効果なのか俺にもよくわかんねえんだけど……でも、しょうがないよね……逃げるんだから仕方なくやっただけなんだよ、うん。で、逃げるといけないから早く縄をかけないとねえ……。」

ぶつぶつ言いながら近づく一成は興奮し息が乱れ、ただの変質者にしか見えない。

「わ、分かった。降参!降参するから!それ以上近づくんじゃないよ!いや、ごめんなさい。謝る、謝るから許して!お願い!やめて!近づかないでー!」

もはや涙声になりつつ懇願するシンシュに一成は一歩ずつ近づいていく。もはや目が一瞬でも見逃すまいと瞬きすらせず見開いている。

「何してんだ、このむっつりスケベ!」

イショウに回復してもらった勇二が猛烈なダッシュからの飛び蹴りをかます。どわ~と叫びながら一成は吹き飛ぶ。遅れて到着したイショウが刻技を発動する。

「同の字、同体!」

イショウの姿が消え、イショウの服がその場に落ちるとシンシュ……というか同化したイショウがそれを着衣しだした。慌てて勇二は後ろを向く。

「イショウの衣装……なんてね。」

クククと含み笑いをこぼすイショウに笑うべきなのか勇二は思考を巡らせたが、結論は出ぬまま固まっていた。

「もうこっち見ても大丈夫よ。さ、刻技の効果が切れる前に早く縄で縛って頂戴。抵抗されると面倒だわ。あと私のドレスを一着お願い。同化が解けると私が裸になるから。」

「お、おう。」

イショウの心配は杞憂に終わり、シンシュはもはや事後の様に呆けて抵抗する気力はとうに失せていた。

シンシュの口からイショウの声がする違和感に戸惑いながらも勇二は一成が吹き飛んだ際に落とした縄を拾い上げシンシュの腕を後ろ手に縛り、両足首にぐるぐると縄を巻いた。

「サイビ、彼女の服を持ってきて貰っていいか?流石に俺が女性の服を取りには行くのはやばい。シンメイは運ぶの手伝ってくれ。」

「わかったわ。」

「了解した。」

勇二がシンショの両脇に腕を入れ、抱え込む様に持ち、シンメイは足を持ってテント近くの大木まで運ぶ。その後、倒れているカイカイとジャキョクも同様に縛り、同じ場所まで運ぶと3人を木に括り付けた。

程なくしてイショウの同化が解けると、サイビが庇う様にしてイショウを隠し、男性陣を後ろに向かせイショウに着衣させた。

「……まあ見られた所で構わないけどね。減るもんじゃなし。」

「こっちが困るのよ。一人危ない奴もいるみたいだし。」

あっけらかんと言い放つイショウにサイビは釘を刺す。

「俺の事かよ!」

背中を向けたまま一成が抗議する。

「あんた以外に誰がいるのよ!何なの、あの刻技は!」

「俺だって()()()あんな効果だとは思わなかったよ!それに結果的に足止め出来たんだからいいじゃねえか!」

「始めは?やっぱり知ってたんじゃないの!」

「こいつ訓練の時もこれやって女の子泣かせたんだぜ。」

勇二も会話に割って入る。うわー最低とサイビとイショウがドン引きする。

「誤解だって!知らなかったんだからしょうがねえじゃねえか!誰が<起承転結>が服を消す刻技だなんて思うんだよ!」

「どうだかね。」

半信半疑といった感じでサイビが突き放す。

さて、と前置きをおいて勇二がシンシュの前に立つとぴくって彼女が反応する。

「あんた達、変な事したら舌噛んで一生呪ってやるからね!」

「しない、しない。」

一成は手を振るがまるで威嚇する犬の様にシンシュは睨みつけていた。

「おいこら、小僧共、姉さんに手を出したらただじゃおかねえぞ!」

カイカイとジャキョクも騒ぎだしてしまった。

「あーもう、ちょっと話を聞くだけだよ!静かにしろって。」

怒声に顔をしかめながら勇二は冷静さを装う。

「人殺し共の言う事なんて信用出来るかい!」

「人……」

「殺し……?」

シンシュの言葉に一成と勇二は顔を見合わせ、やがて一成がポンと手を打つ。

「あー仇ってそういう……。」

「昼間の奴らの事ならあいつら生きてるぞ。」

「……は?……生きてる?……嘘ついてんじゃないだろうね!」

「ああ、まあ縛って放置してるからずっとそのままだったらやばいかもしれんが、水も飲ませたし2日ぐらいはもつと思うぜ。」

「……なんだい!そうなのかい!最初からそう言えばこんな恥ずかしい想いをしなくて済んだじゃないかい!何でもっと早く言わないんだい!」

「いや、そっちが勝手に勘違いしたんだろ、ややこしい言い方しやがって。」

逆切れに流石に勇二も少し苛立ってしまう。

「どっちにしろ、あんた達は全員お縄なんだから生きてたって同じよ。精々処刑まで数日一緒にいれるだけね。」

サイビが冷酷に言い放つ。

盗賊達が意気消沈し、うなだれる姿を見て一成と勇二はなんだか切なくなってしまった。

「なあ、何でこんな事してんだ?そんなすげえ能力持ってるんならよ、まともに働きゃいいじゃねえか。」

「……あんた、もしかしてこの世界の人間じゃないのかい?」

何気ない勇二の疑問にシンシュは訝しげに勇二を見つめ、逆に質問をぶつけてくる。

「ああ、俺と兄貴は異世界からきた。そっちの三人はこっちの世界の住人だけどな。」

勇二はそう言ってサイビ達を見る。

「そうかい。だから知らないんだね。」

「何をだ?」

納得したかの様に目をふせたシンシュに勇二は更に問い詰める。

「あたし達はまともに働けないのさ。」

「?何で?」

意味がわからず勇二はサイビ、シンメイ、イショウの三人を次々見るが、三人共気まずそうに視線を逸らした。

「あんた達、こっちの世界にきた時にその霊珠環と一緒に留め具を貰ったんじゃないかい?」

「ん?これの事か?」

勇二は霊珠環の裏を見る。そこには銀色の留め具が鈍く光っていた。霊珠環は4つの水晶を固定している金属製の台に皮のベルトがついていて、皮のベルトの先にはフックがついている。これを留め具で止めて固定していた。

「その留め具はね、色で階級が分かる様になってるんだよ。金は王族関係者、銀は特権階級、銅は一般市民、黒は奴隷もしくは追放者さ。見えないだろうが、あたい達は黒さ。」

そう言ってシンシュは霊珠環の裏を見せようとするが縛られていて思う様に動かない為、断念した。

「この世界の人間は産まれてすぐに持っている刻技を調べられ、選別されんだよ。そのほとんどは一般市民になるけどね。でも稀に役に立ちそうな刻技持ちが産まれ、その時点で特権階級が与えられる。産まれた赤ん坊の階級が親より上なんて話は珍しくない。逆に怪しい刻技持ちは街から追放するか奴隷にするかを審議される。」

「は?ちょっ、ちょっと待て。怪しいってだけで追放か奴隷にしかなれないってのか!?」

「そういや国王も例外があるとかなんとか……ああ、だからガチャだって事か!」

いきりたつ勇二とは裏腹に一成は冷静に分析しイショウを見る。イショウが頷く。

「なあ!本当なのか?サイビ!」

まだ信じられないとばかりに勇二はサイビを問い詰める。

「……本当よ。この人達はまだ()()()で済んだから追放で済んだんでしょうね。これがもし、例えば<悪逆非道>みたいな犯罪臭しかしない刻技だったら今頃収容所で奴隷生活よ。」

サイビはやれやれと諦めた様に認めた。

「産まれてすぐにか!?」

「そうよ。」

「そんな馬鹿な話があってたまるか!」

「……貴方達の世界がどうなのか知らないけど、この国ではそれが()()なのよ。実際こうして犯罪だってしてるんだし、むしろ殺されないだけマシじゃない?」

「何が()()だ!頭おかしいんじゃねえのか!」

勇二は剣を構えると彼らを巻いていた縄を切った。次いでシンシュの足の縄をのこぎりでも引くかの様にこちらも切る。それを見た一成は勇二の意図を察し、

「腕は俺がほどくわ。」

と声をかけた。

「ちょ、ちょっと!何してんのよ!」

慌ててサイビが声を上げるが二人は無視して次々縄をほどいていく。

全ての縄をほどくと、シンシュ、カイカイ、ジャキョクの三人は何か信じられない物を見ている様な目で唖然としていた。

「あんたら。逃げていいぞ、馬鹿らしい。でももう人は襲うなよ。どっか人がこない様な場所で畑でも耕すんだ。いいな?」

「そんなの許される訳ないじゃない!犯罪者なのよ?こいつらが約束を守るって保証がどこにあるのよ!」

「……こいつらをそうさせたのはお前達じゃないのか?こいつらには更生するチャンスをやるべきだ。なーに、俺達は()()()()()()()()()。そうだよな、兄貴?」

「ん?……ああ。よく寝たな。何だか盗賊と戦う夢を見た気がするわ。」

諭す勇二にサイビが抗議するが、二人はすっとぼける事にした。

「あんた達……この借りはあいつらを助けたらきっと返すよ!じゃあな!」

シンシュ、カイカイ、ジャキョクの3人は気が変わらぬ内にとばかり走り出す。サイビは一瞬、自分が再度捉える事も考えたが、思い返してみればこの二人がいなければ勝ててないのだと剣を収める。

「あーもう、知らないわ!寝よ寝よ。今度はあんた達が見張りだからね!」

サイビはふてくされた素振りを見せつつテントに向かう。

「へいへい。」

「ま、興奮で寝れそうにないから丁度いいわ。」

一成と勇二は苦笑いしながらサイビを見送る。

「では私めも寝ますかな。」

わざとらしく宣言してシンメイもテントへ向かう。

「お前ももう一度寝ていいんだぞ、イショウ。」

「ではお言葉に甘えて。」

促した一成だったが、イショウはテントには戻らず何故か一成の隣に座り一成の肩に頭を乗せる様に目を瞑る。

「おい……何してんだ?」

「何って……続き?」

「バ、何言ってんだ!お前!」

「……おい、どういう事か説明してもらおうか?兄貴。まさか人が戦ってる時に変な事してた……何て言わないだろうな?」

指を鳴らしながら勇二が近づく。

「いや、俺なんもしてねえって!こいつが勝手に俺の布団に入ってきて引っ付いてきただけなんだよ!別に俺はやましい事はしてねえ!」

「えー?股間がびんびんに膨れてたわよ?」

「それは生理現象だ!大体なんで起こすのに布団に入る必要があんだよ!」

「起こそうとはしたんだけど中々起きてくれないからちょっといたずらしようかなと。」

「何でそうなるんだ!いいか?俺達のいた世界では女の子はそんな事しちゃ駄目なんだ!」

「ええ?でも抱き着いてきたじゃない?」

「そ、それは寝ぼけて抱き枕と勘違いして。おい、やめろ勇二!誤解だ、誤解。いてて耳を引っ張るな!」

こうして一行はそれぞれ交代で仮眠を取り、翌朝出発する。西の都、トスエウに着いた頃には昼頃となっていた。


お読み頂きありがとうございました。これが初投稿になります。いや、正直舐めてましたね。世の小説家の方々はこんなに苦労してるのかと思い知らされました。仕事の合間合間に1章書くだけで一か月を費やしました。自分の語彙力の無さも痛感しました。はてさて2章はいつ出来る事やら……。また読んで頂けたら嬉しいです。ではでは。<(_ _)>

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