信号機
風がぽちゃんと鳴った気がした。車の中。轟々とひしめく風たちに耳を撫でられる様なそんな時だった。心の中には何というわけでもない頭と呼ぼうかそんなものが散らばっているのだ。そんな整然なんて言葉を想像もできないような心内だから窓を静かに開けていた。空気すら回らない様だと息が出来ない気がして。
ぽちゃん
その音はそんな頭たちに落ちるように囁いた。まるで老人が独り言つ様な静けさまで備えている様だった。言葉とも取れてしまうような音に頭はおろおろと四方八方散らばりとうとう集取すらつかないのではと思うのである。
ぽちゃん
さながら風は海を運んできたぞと呟かれた様にも感ぜられてしまう。しかし耳の方にたどり着くのはざあざあと酷く凡庸な風切音だけなものだから肩透かしにも思える。風切音は何を伝えるでもなくただ流れていく。そいつをあわあわ頭たちが捉えようとしているのが滑稽にも勇敢にも見えるのだ。そんな夜に風はまた一つ音を落とす。
ぽちゃん
信号機は赤くぼんやりとひかり、車の中には重力がぐぐっとかかる。板状の紐が軽く食い込んだ所で背後に引き戻され、少し顔が上を向くのだ。地面に埋まっていた空気を荒らした様な気持ちを置いていくようにぐるんと車を走らせる。光がするすると伝う様に流れ、ぐるぐる音を車は鳴らす。信号は緑色に移り変わっていた。
真空じゃ息が詰まる。