今までの人生の中で
「変な夢だったな」
目を瞑りその夢を思い出す。
それは……ある男がルーアンの枕元に立った。男かどうかも分からない。
人の形をした黒い靄だったからである。
声の質感から勝手に男だと思っていた。
最初は処刑が早まったのか……それとも誰かが殺しに来たのか程度に思っていた。これで抵抗しても面倒なだけだ、と黙って寝たふりをしていた。
「選択肢を持ってきた」
その靄は静かにそう告げた。
ルーアンの想定していた事象ではない。
びっくりして咄嗟に目を開ける。その靄は自分を覗き込んでいた。
「お前は誰だ。俺を殺しに来たのではないのか」
その靄は笑っていた。
「間違いない、ある意味私はお前に死を与えに来た。だが選ぶのはルーアン、お前だ」
「──どういうことだ、何かの取引か?」
ルーアンはその靄を疑う。
こんな状態になって仲間に処刑されようという状況なのに、仲間を裏切るという選択肢はなかった。
その選択肢を提示した瞬間、ルーアンは相手を殺していたであろう。
そう教育されていた。
「キミの人生はキミの選んだものではない、『仕方がないもの』だったが、それでもキミのしてきたことの正当性にはならない。しかしキミには人生に於いて抗える分岐点も道もなかった。そんな不憫なキミに、私から選択肢を与えよう」
ルーアンは無言だった。
この靄の言っている言葉が理解できないのだ。
確かに自分にはこんな人生しかなかった。
選ぶポイントや、人生の転換期、分岐点などもなかった。
いやあったのかもしれないが……ルーアンには分からなかった。
靄はそんなルーアンには構うことなく続ける。