101話 アトリーと言う神の降臨 叔父:マルキシオス領主 プロモニス 視点
「ふふっ、相変わらず心配性だねシリー、ちゃんと分かってるよ、無茶はしない」
そう言って心配するシリーを宥めて私は会合の為に決めた時間キッチリに砦の門から団長、副団長を連れてゆっくり歩いて出て行った・・・・
「2人とも、相手の言動に注意しておくように、少しでも不審な挙動があったならすぐに警戒体制に入れ・・・」
団長&副団長「「了解しました」」
砦の扉が完全に開き切る前に2人に念押しし、開いた扉からゆっくりと歩を進めると反対側にある帝国側の砦からも人が出てくるのが見えた。
(ふむ、あれはかなり老けているが見たことがあるな、一度、向こうのパーテイーで会ったことのある先代の公爵当主、アンビシオン・フォン・ダンシャンスーだな、確かあの方は50歳と言う若い年齢で当主の座を現公爵に譲ったあと、今回の事件を起こした“神狼教“に入信し公爵家との関係を一切絶ったと聞いていたが、本当はいまだに裏で繋がっていて、公爵家から援助を受けていたのか?それとも今回の件だけ協力関係を結んだのか?・・・まぁどちらでも良いか)
互いに国境にかけられた大橋の両端からゆっくり近づいていくと、徐々に相手の姿がはっきりと見えてくるにつれ、両方の砦から緊張感が高まってきているのを感じる。その緊張感や向こうから来る威圧にも怯むことなく、堂々と会談の場となる大橋の中心部にある丸く大きな広場にたどりついた。
「これはこれは、お久しぶりです。ダンシャンスー先代当主殿、前にお会いしたのは私が成人する前でしたので、かれこれ30年ほど前でしたかね、覚えておられますか?」
と、広場の円形の淵より前に進まずに軽い感じの挨拶をすると、向こうは忌々しそうな表情で苛立ちながらこう返してきた。
先代当主「ふんっ、私はそんな話をしに来たのでは無いのだよ。こちらの要望に応える気があるのか無いのか、それだけを聞きにわざわざ出てきてやったのだっ!大体、たかだか、侯爵家風情が私達、公爵家に手間をかけさせるとはな!」
そう言って、睨んでくる先代当主に私達は極力表情を変えず、和やかな雰囲気を心がけ言葉を返す。
「先代当主殿、そう言われましても、貴方もあの要望がすんなり通るとはお考えでは無いはずです。今回の会合でもっと現実的な要望を互いに出し合うのが目的で今この場にいらっしゃったのでは無いですか?私はそのつもりでこちらに出向いたのですが・・・」
先代当主「はっ!相変わらず鈍い一族だな!今更そんな話し合いなどしてどうなる!?私達はあの要望より低い提案謎するつもりはないぞ!」
こちらはあくまで和平協定を結ぶための交渉をするために出向き、紛争を避ける気持ちで対応しているのだが、向こうはもうあからさまに和平協定を受け入れる気はないと言った態度、和平協定に同意するための要望も妥協はする気は全く無く、むしろ今すぐにでも交戦したいと言った感じだ。
(昔会った時は傲慢そうではあったがもう少し話が通じる相手だったはずだがな・・・変な宗教に傾倒したから、ああもおかしくなったのか?)
この後も話し合いは互いが互いの主張を譲らない平行線のままで、先に進む様子がないと、向こうはもう苛立ちが頂点に至ったのか、こめかみに青筋を立てて興奮し今にでも攻撃を加えてきそうな空気のなってきた頃、先代当主について来ていた補佐役らしき人達のうち1人が、興奮する先代当主を宥め、何やら耳打ちをしだした。
すると最初は苛立ったまま話を聞いていた先代当主の表情がだんだんとニヤけた表情になり、時折こちらを嘲笑うように見てくる。
(おっと?これは・・・)
あちらの様子を静かに見守っていた私達は、先代当主の表情の変化を見て、これは自分達の待ち望んでいた展開になるのではないかと思った。こちらもニヤけそうになる表情を引き締め、眉間に皺を寄せて、向こうに喜んでいることを悟らせないようにした。
(ここで喜んでしまったら、作戦が台無しになってしまう、耐えねば!あ、後ろの2人は大丈夫だろうか?)
と、思って、後ろにいる2人の様子をチラッと伺うと、2人も自分と同じように必死に険しい表情を作り、向こうの態度の悪さに不快感があります。と言った雰囲気を作っていた。
(よし、大丈夫そうだな、後はアトリーに送る合図のタイミングを間違えないようにするだけだ!)
そう思っていると、向こうの話し合いが終わったのか、ニヤけた表情のままこちらに向き直り、いきなり首から下げていた笛のようなものを手に取り思いっきり吹いた。
ピィィーーーーーー!!!
「「「っ!?」」」
甲高い笛の音に私達は咄嗟に耳を塞ぐと、笛を鳴らした先代当主がこう叫んだ。
先代当主「さぁ!出番ですよ!!お前達!!」
ダッ! ダンッ!! ダダダダダダッ!!
「な、なに!?」
先代当主の言葉と主に、帝国側の砦の屋上から青白い体毛の大きな狼が橋に降りてきた、その後に続くように灰色の体毛をした普通の狼達が複数降りてきて、笛を鳴らした先代当主に向かって走ってきて、守るように取り囲んだ。
「「「「「ガゥッ!!ヴゥゥーーッ!!」」」」」
(ここで出してくるか・・・しかし、使役している狼の数が予想より多いな、砦の上にもいるのか・・・こちらの出方次第ですぐに襲い掛かれるような配置、これは前もって訓練でもしていたようだな、まぁ、当たり前か、元々、和平交渉を決裂させる気満々だったしな、でも、一応聞いておくか・・・)
「先代当主殿、これはどう言うおつもりですかな?」
先代当主「どう言うつもりも何も、私はお前達との和平など望んでいない!今、この時!この武力を持って!開戦を宣言する!!さぁ、私に全てを奪われる覚悟をしろ!!」
「「「「「うぉおぉぉぉーーーーっ!!」」」」」
唸り、威嚇してくる狼達、その狼達の先頭で一際体格が大きな青白い狼の“レッサーフェンリル“が、堂々とした佇まいで私達を睨み見下ろしてきている。
そんな中で私がした質問に先代当主は高らかに開戦を宣言した。その宣言で帝国側の砦からは向こうの兵士達の、興奮した大きな歓声が上がっていて、砦の至る所からいつでもこちらを攻撃できる体制に入った兵士達が見受けらた。
「本当にそれでよろしいんですね?」
先代当主「はんっ!ここまできて、まだ戦のための時間稼ぎをするのか?無駄なことだと何故わからない?お前達にはもう勝ち目はないんだっ!大人しく蹂躙されていればいいものをっ!いつまでもちまちまと無駄なことをするとは、さすが“異種族“の血を持った下賤の家だけあるなっ!」
「「「っ!」」」
副団長「なっ!!き、貴様ぁっ!!」 チキッ!
すっ・・・
最後の確認とばかりにした私の質問に、あまりにも傲慢で失礼な言葉を返してきた先代当主に団長と副団長が怒り、腰に装備していた剣に手を掛け、抜き放とうとしていた。私はすぐにそれを制するように右腕を横に突き出した。
団長「閣下!!」
「待ちなさい、まだ私達の出番ではない、先に今回の主役を呼ばなくてはね・・・」
(自分達が貶してきた異種族の血の集大成と言ってもいい存在の凄さを、今から身をもって思いしればいい・・・)
バッ!!
確かに激しい怒りを覚える発言の数々だったが、私は自分の怒りを抑え込み、今回の作戦の要で主役であるアトリーを呼ぶ為に、あらかじめ決めておいた合図をするため、横に差し出していた右腕を高く上にあげた。
「「「「「??」」」」」
誰もが私のしたことの意味が分からず首を傾げていると、それは、起こった・・・・
ゾォワッ!!! ズンッ!!!!
「「「「「「うぐっ!!!???」」」」」」
(っ!!!こ、これが今のアトリーの“神気“!“神力“を解放させた気配だけでこれほどの圧力がくるのか!?以前に感じた時よりかなり強くなっている、しかもこれは私達に直接向けられて無くてこの威力・・・)
ドサッ!ドサドサッ!
急に真上から降りてきた神の力の気配、“神気“にここら一体にいた生物達は言い知れぬ圧力と畏怖を感じ取り、魔力が低い者達は次々涙を流しながら膝から崩れ倒れていき、“レッサーフェンリル“を始めとした魔物や動物達は怯えその場でうずくまっていった。
(こ、これはやり過ぎたかもしれないな・・・)
チラッ
(っ!???ア、アトリー???)
強力な力の気配で誰もが身動きができない状況になっていた、その事で少々やり過ぎてしまったかと思い、その力の元であるアトリーの様子を伺ってみると、そこに居たのは確かに我が可愛い“甥“であったはずのアトリーが、先程までとは全く別の服装をしており、いつもとは全く別人のような、性別すら疑うような、表現が難しいほどの神秘さを纏った美しい姿で空から降りてきていた。
・・・・この時の状況を一言で説明するなら、まさに“神の降臨“だった・・・・
ふわぁ・・・
「ア、アトリー???」
アトリー「あ、ニモスおじ様はちゃんと分かってくれた?」
「あ、あぁ、アトリーだよね?そ、その格好は?」
アトリー「うーん、よく分かんないです。“神力を解放“したら服が変化してしまったんで・・・」
美しい白銀の髪を風になびかせ、神秘的な色合いのアメトリン鉱石の瞳には神々しさが溢れ出し、誰をも魅了する美しさと存在感に目が離せずにいると、静かに大橋の広場中央に降りてきたアトリー?に声をかけると、いつもと同じ明るく鈴が鳴るような可愛い声で返事が返ってきた。少しホッとしつつもさっきから気になってしょうがないその服装について聞いてみると、どうやらアトリーもその変化がなんなのかよく分かってない様子だった。
「そ、そうか、ま、まぁ、その服装もよく似合っているよ。とても神々しい・・・」
アトリー「わぁ、良かった!服装や気配が変わったから僕だって認識してくれるか少し不安だったんです!でも、ニモスおじ様はすぐに分かってくれて嬉しい♫ふふっ♬」
「うっ!!」(何んだその笑顔!我が甥が可愛すぎるんだが!?)
と、美しさと愛らしさが両立した笑顔で私に微笑み掛けてくるアトリーに、私は心臓を鷲掴みされたような衝撃がきて、胸を押さえていると・・・
ソルドア君「アトリー様、嬉しいのは分かりますが、その前にお仕事、お仕事、“現人神“としての威厳がなくなってますよ?」
アトリー「あ!そうだった、お仕事!・・・あれ??皆んな怯えちゃってる??」
後から降りてきていたアトリーの従者であるソルドア君が、嬉しそうにはしゃぐアトリーを止めて、本来の目的に意識を向けさせると、アトリーが本来の目的の“レッサーフェンリル“に目を向けた、おかげで可愛い笑顔を向けられて、ギリギリのところで心臓に支障が出そうだった私は、今、心臓が正常に機能し始めた。
そして、アトリーが見た先にいた“レッサーフェンリル“や狼達は、まだ、アトリーの“神気“に怯えて尻尾を股の間に入れて縮こまり、震えたままだった。その事に気づいたアトリーが不思議そうにしていると・・・
先代当主「な、何、何者、だっ!」
膝をつき、辛うじて意識を保っていた先代当主が畏怖を含む目で、息がしづらいのか途切れ途切れにアトリーにそう叫んだ。
アトリー「ん?何者って、・・・自分達が欲しがっている相手に向かって“何者だっ“て言うとか・・・まさか、貴方、僕の詳細な姿をよく知らない、とか?・・・」
急に現れたアトリーを誰何する先代当主に少し困惑した様子で答えるアトリー。
先代当主「な、何!?・・・まさか、・・・“デューキス公爵家の三男“?・・・」
(ふふっ、やはり驚いてるな、狙っていた相手がよもやこんな形で現れるとは思ってなかったんだろう。・・・いや、もしかして、本当にアトリーの姿を知らなかったとか無いよな?)
アトリーの返答に疑問符をつけるようにその正体に気づいた先代当主、まさか自分達の目的の人物が自ら目の前に現れると思っていなかったといった反応に、私は悪戯が成功した時と同じような満足感を覚えた。それとは別に少々相手の情報収集能力を疑ってしまった。
アトリー「正解!」
先代当主「やはり、お、お前が!!「ズンッ!」ぐっ!!」ドサッ!
「「「!?」」」
先代当主がアトリーの正体に気づき、捕まえようと思ったのか近づこうとした時、急に先代当主だけが何かに押しつぶされるようにその場で倒れ込んだ。その事に驚いた私達とは反対に、そんな事を気にする様子もなく周囲を見渡していくアトリーは、何やら気になったことがあったようだ。
アトリー「・・・それにしても、“神力“出し過ぎちゃった?殆どの人と狼達が気を失っちゃってる、ニモスおじ様は平気そうなのに・・・」
ソルドア君「それはしょうがないかと、アトリー様の“神気“を初めて感じている人にはかなりキツイでしょう。プロニモス様は一度アトリー様の“神気“を感じたことがお有りですし、今回は威圧対象からも外していらっしゃるからそんなに影響がなかったんだと思いますよ。それに、プロニモス様はアトリー様に害意が無いですから」
ソルドア君も目の前で起こった事は当たり前であるかのように気にする様子はなく、アトリーの疑問に簡潔に答える。
アトリー「あ、そう言うことか、身内でも僕の“神力“を見たことある人じゃないと最初は辛いもんね。それに僕の“加護の結界“の機能と同調して、僕に悪意がある人には威圧が強めにいってる感じがするよ。あぁ、だから、この人はもう立つ事もできなくなっちゃったんだね・・・」
そう言って、大橋の石畳に潰れたカエルのように倒れている先代当主に、冷たい視線を送るアトリーはまさに、矮小で愚物な人間に興味のかけらもない、と言った神々の視線のようだった・・・・
(もうすでにアトリーはこの人を敵として認定したのか…、神罰が降るのもそう遅くはないな。やはり、他人をかえりみない行動は、己が身に戻ってくるんだろう、先の勇者の格言で“因果応報“?だったか、まさにその言葉通りの状況が今なんだろうな・・・)
この時、私は、己の欲望にひた走ったこの先代当主達には、この後それを相応の神罰が降るのだろうとすぐに察し、哀れみの目でこれから起こることを見届けるのだった・・・・