98話 作戦開始 叔父:マルキシオス領主 プロモニス 視点
叔父:マルキシオス領主 プロモニス 視点
・・・・アトリー達が作戦のために空に上がる少し前・・・・
「しかし、もう隠す事なく敵意をあらわにしてくるとは、つい昨日までは平気でこちらに密偵や工作員を潜り込ませようとしてきた相手とは思えないね。我が国を相手に公爵家の一族だけで挑んでくるのは、よっぽど今回の援軍の戦力に自信があるのか?」
自領が有する国境砦の一室の窓から、帝国側の国境砦の城壁内に、こちらを威嚇する様に広がる敵兵の野営地を眺めつつそう呟いた私に、今日一緒に砦入りしたアトリーがゆったり茶を飲みながら答える。
アトリー「そうでしょうね。幼なくとも“レッサーフェンリル“、四足歩行の魔物中では脅威度ランク上位に入る強力な“狼型“の魔物で、“聖獣・フェンリル“の仔共ということもあって、そこら辺の魔物達よりかなり頭が良くて賢いですから、教育者から戦闘の手解きや魔法の使い方などを教わっているでしょうし、それを考えるとかなり厄介な相手になるんじゃないですか?」
「うむ、確かにな、魔物の中でも賢い魔物は厄介だな・・・しかし、アトリー、それ全部が“神器“って本当かい?」
アトリー「え?あ、はい、そうですよ。・・・そう言えば、ニモスおじ様は僕のこの格好初めて見るんでしたね」
「あぁ、私は3年前の“送還の儀“には出席してなかったからね・・・」
(アトリーのこの姿を最初見た時は余りの神々しさに息をするのを忘れる程だったが、この姿を見ているとアトリーが3年前におこなった“送還の儀式“その晴れ舞台で、アトリーの命を狙い大怪我を負わせたと言う大事件の話をどうしても思い出してしまう。
その時の話で、儀式の際も装いの全てが“神器“だと聞いていたが、それでもこの防御力の高い“神器“達をも貫いた“邪神“の剣とはどれほどの威力だったことやら、そして、その攻撃を受けて傷ついたアトリーの痛みや恐怖、そんな壮絶な経験をしたその時のアトリーの心情はとても私には想像もできない。
その事件を聞いた時は我が家で“邪神教の殲滅“が目標に打ち立てられ、他国から侵入してきていると思われる信者達を、これ以上国内に侵入させる事をよしとせず、見逃す事なく捉えるために、港や帝国側からの入国審査での入国許可の基準を高く引き上げた事もあったな・・・
今は少し落ち着いてきたが、その時の経験から入国目的の怪しい物達を見分ける目が鍛えられたのか、今回の件でも帝国側の密偵や工作員の特定に役立った。
だが、今回の件にもまたその“邪神教“が少なからず関わっていると分かっているのに、作戦のためとは言え、アトリーを狙ってきた者達の前に、狙われている本人を目立つ様に着飾らせて立たせなければならないのは、どうも複雑な気分だ。本当はアトリーにこんな事をさせたくないと言うのが本音だが・・・)
と、私が少々以前の事件を思い出し、複雑な気分になっていると・・・
アトリー「そうでしたね、元々、僕のこの格好を知ってる人って意外と少ないはずなんですが、この格好するのがここ最近多くなってきてる気がするんです。だって今日で今年に入ってかれこれ3回目なんですよ?だから、誰がこの格好を知ってて知らないか分からなくなってて…
それに僕的にはこの“神器の祭事服“そう頻繁に着るものじゃないと思ってたんです。それが今回みたいに大勢の人も前でこの姿なる事になってちょっと恥ずかしいんですが、それでもこんな状況ではありますが、以前お見せできてなかったマルキシオス家の人達に見せれたのは、良かったと思ってしまって、ちょっと複雑な気分です」
と、言って、私の心情を読み取ったのか、話題を逸らして少し困った顔をして笑って首を傾げていた。
「ふふっ、マディラが目を輝かせて喜んでいたからね。私もその晴れ姿が見れてとても嬉しいよ」
(大変な思いをした本人に気を使わせてしまったか、私もまだまだだな・・・)
私を気遣い、話題を逸らした事に気づき、すぐにアトリーの話に乗っかり、マディラの話をすると先程の少し困った様な表情も、すぐに優しく穏やかなものになったアトリー、そんな優しい甥っ子の様子に気を使わせてしまった事を反省した。
シリー「ふふっ、確かに、マディラはアトリーにベッタリでしたね。よほどこの格好のアトリーが気に入ったのでしょう、そう思うと朝から支度した甲斐があったわね、アトリー」
アトリー「そうですね。マディがお気に召してくれて安心しました。それに僕の専属達がとても気合を入れてましたからね、ふふっ」
今回の件で王都での仕事で忙しいラトの代わりに、アトリーに付き添って来ている私の妹で、アトリーの母親であるシリーと楽しく笑い合う2人、そんな仲の良い2人を微笑ましく思いながら、マジマジとアトリーのこの姿を見ていると、
(確かに今日は朝から領都の屋敷で磨かれて、支度が整ったアトリーのこの姿に屋敷の全員が息をするのも忘れて見惚れていたし、跪き祈る者もいた、マディラなんて私達がこちらに転移するまでずっとアトリーの側から離れず見入っていたぐらいだものな・・・)
と、私もその時の自分の娘の様子を思い出し少し苦笑いしてしまった。
そうして、少し雑談をしていると、私達の使っている部屋に帝国側に放っていた密偵から連絡が入ってきたと、マルキシオス領、国境都市アミナにある、この国境検問所、“アルクス・シノロアミナ砦“の守護を任せている騎士団・団長が、その密偵からの連絡の紙を持って室内に入ってきた。
団長「失礼致します、閣下、密偵より知らせが入りましたのでお持ちしました」
「あぁ、ありがとう団長」
団長「!、シトリス様、何故こちらに!?」
シリー「まぁ、騎士団長、お久しぶりですわ、今日は少々こちらに用事があって来ましたのよ」
団長「そうですか。ですが、今この砦は安全と言い難いので、早急に避難なさってください」
シリー「それはなりませんわ。「っ!」今この場所が危険なことは重々承知の上です。今回の件、私の可愛い息子が関わっている以上、我がデューキス公爵家も無関係ではないのです。なので、今日、私はマルキシオス侯爵家の人間としてではなく、デューキス公爵家の公爵夫人として援助の提案をしに来ていますの。だから私は避難するわけにはいかないのですよ」
団長「!・・・そうでしたか、ご子息が・・・」
「騎士団長、すまないね。そう言うことだから、シリーがこの砦にいる間の警護は団長に任せる。頼んだよ」
団長「はっ!畏まりました!シトリス様の身の安全はこの私が必ずやお守りするとお誓い致します!」
シリー「ふふっ、ありがとうございます。お兄様に“騎士の兄様“♪」
団長「おぉ!シトリス様に久しぶりに“騎士の兄様“と呼ばれるとはやる気が出て来ますな!」
今の騎士団長は私達が幼い頃から騎士として我が領地の騎士を務めていて、出身もこの砦街だったことから、同じ平民達とも交流が深く信頼されている、それこそ彼が10代で入団した当初は領都での訓練が義務付けられていたので、私も5歳から同じ訓練を受け、共に切磋琢磨していた為、実力もしっかり把握しているので頼り甲斐もある。それにシリーもその頃から同じように、父から引き継いだ力の使い方を学ぶため、訓練場に顔を出していたので、この団長は平民ではあるが私達にとっては友人や兄の様な親しい存在だ。
団長「・・・して、そちらに居られるのはその件のご子息?で、ございますかな?」
「「「!」」」
「ほう、よく気づいたな。流石、この砦を守護する騎士団長だ」
シリー「まぁ♪アトリーのこの状態に気づくとは本当に凄いですわ♫」
“ご子息?“と性別に少々怪しい疑問符がついた問いかけだったが、ここに来る前から気配をほぼ消していて、最初からいる事を知っていないと分からないほどの気配しかなかったアトリーに、ちゃんと気づいていた団長は流石だと感心した。アトリーやシリーも気づかれるとは思ってなかったんだろう、少し驚いた表情をした後にニコニコ笑顔で挨拶をした。
アトリー「ふふっ、すみません。お気づきなられるとは思わなかったので、ご挨拶もせずに失礼しました。僕はデューキス公爵家当主が三男、アメトリン・ノブル・デューキスと申します。本日はお世話になります」
団長「!!・・・・・こ、これはご丁寧にどうも、自分は国境検問所、“アルクス・シノロアミナ砦“の騎士団、団長を任されております、“デイル・アルムム“と申します。以後お見知り置きを・・・」
挨拶をされてやっとハッキリとしたアトリーの姿を認識したのか、数秒硬直した後、照れたように上擦った声で挨拶を返す、デイル団長に私達兄弟はつい笑ってしまった。
そして、その後はデイル団長が持ってきた密偵からの報告書を受け取り、中身を読むと・・・
「ふむ、やっと公爵家の者達が砦入りしたのか・・・それに中身が不明の怪しい荷馬車数台も砦内に入っていくのを確認されたと・・・」
(これは確実に例の“レッサーフェンリル“達を乗せた荷馬車だろうな、だが、その中身の確認はできなかったか、何頭が砦の中に入っていったか知りたかったのだが・・・冒険者の依頼として潜入した密偵には砦の城壁の中までは流石に入ることはできなかったか・・・)
密偵には帝国側の重要人物が国境砦に入ったら、その人数や持ち込まれたものなどを確認できる範囲で調査するようにと伝えていたのだが、今回のこの紛争は急に仕掛けられたものだったため、こちらが送り込む事ができた密偵は数が少なく、重要な施設に潜り込むことができなかった。そんな中、送られてきた知らせにダンシャンスー公爵家の紋章が入った馬車が2台、それにはダンシャンスー現公爵と前公爵がそれぞれ乗って、国境砦に入った事と、それに加え、数台の荷馬車が入城審査もされずに砦内に入った事を怪しみ、報告書に上げて来ていた。
その荷馬車についての詳細は把握する事はできなかったが、この騒動を起こした張本人達が現場入りした事が確認できただけでも良しとするしかなかった。
そんな、報告書の内容をアトリーやシリーにも話すと、2人も急な調査でそれだけ分かれば十分だと言って、納得していた。
そして、この知らせを受けて、作戦の実行を区切りのいい時間の午前10時とし、アトリーは打ち合わせ通り、先に空に上がり、待機する事になった。
シリー「アトリー、気をつけてね、それに母様はちゃんと見守ってますからね」
アトリー「母様、母様もお気をつけて…、でも、作戦がどうのようになっても、真っ先に母様の元に戻りますので、そうご心配なさらないでください」
砦の中心にある中庭で、シリーが心配そうにアトリーの服装の乱れを整えつつ声をかけ、その言葉に笑顔で言葉を返すアトリー。
「では、アトリー、手筈通りに・・・」
アトリー「はい、ニモスおじ様。また後で・・・」
「あぁ、後でまた会おう・・・」
その後はシリーがアトリーの従者に何かを言い含めたり、私も聖獣様方に挨拶をしたりと、それぞれ言葉を交わし終えた所で、アトリーが向こうの魔力感知に掛からない方法として編み出した“風属性“の“飛行魔法“を使い、中に浮いた。そして、ゆっくり上昇しながら“隠蔽スキル“の効果を高め、みるみるうちに姿や魔力も気配も全て消えていき、とうとう私達には認識できなくなり、空へと消えていったのだった・・・
「さぁ、時間になったらまずは向こうに手紙を出そうか・・・」
こうして、私達の作戦は始まった・・・・