86話 野外実習7 学生は見た!? Fクラス担任教師 ザック・ウチーチリ視点
何も無かった空間から多数の生徒達が急に現れ、驚いたり、怪我をして泣いていたり、何かに向かって叫び声をあげていたりと場が混乱する中、透き通るように凛とした声がその場にいた全員の耳に届いた。
デューキス君「森の中にいた人達、29人はここに全員“テレポート“させました、残り10名の居場所は今から言いますので、先生達が手分けして呼びに行ってください」
「「「「「はっ??」」」」」 「「「「「えっ・・・」」」」」
この時、何が起こったのか分かってない僕達に、デューキス君はなんてことないと言った風に慌てた様子も無く冷静な表情で淡々とそう言ってきた。その言葉にこの場にいた誰もが呆然とした表情を向けていたのは確かだった・・・
デューキス君「ソル、怪我人の手当てを…先生方は男女2人の組を2つ作って、今から僕が言う場所を順番に回って残りの人達、10名を急いで回収しながら軍施設にいる軍人さん達にも声をかけて連れて来てください。残りの先生方は先ほど話した通り、馬車をすぐに動かせるように準備なさってください」
ソンブラ君「畏まりました・・・」
「「「「「・・・・・・」」」」」
ソンブラ君「怪我した人達はコチラに集まってください、・・・急いで!!」
「「「「「ッ!!」」」」」
副学園長「先生方も!」
「「「「「は、はい!」」」」」
呆けていると、続けて指示を出してきたデューキス君、その指示にすぐに動き出したソンブラ君とは対照的に、いまだに何が起こったのか理解できてない僕達、ソンブラ君の呼びかけにもすぐに反応できていない生徒達にソンブラ君の喝が飛ぶ、そこでやっと我に帰った教師の僕達に副学園長からも喝が飛んできた。大事になりそうだった生徒の捜索が一瞬で解決したのだから、呆然としても仕方ない事だったが、まだやる事がたくさんあるので僕達は急いで動き出した・・・・
そうして、今、目の前で起こったことの理解が追いつかないまま、僕達教員勢は支持された通り男女2人の組を2つ作って、デューキス君に言う場所へ向かい、まだ戻って来ていない生徒達を探しに行って、残った教師達とソンブラ君で急に戻ってきて混乱している生徒達の怪我を見て治療したり、何があったかなどを聞きながら各クラスの長馬車まで連れて行ったりしていると・・・
男子生徒「せ、先生、お、俺、さっきまで森の中にいたんだけど、な、なんでここに戻って来てるんだ??そ、それに森にいたあの魔物達はなんだったんだ!?俺達、さっきまでその魔物に殺されそうになってたんだぞっ!?」
「落ち着いて、落ち着いて、ここはもう安全な場所だから、魔物は森が変化して“ダンジョン“になった影響で凶暴になっていたんだよ。「えっ!?」だから今、ここから脱出する準備をしているんだ・・・だから、今は落ち着いて、長馬車に戻ろう」
先程まで魔物に襲われて大きな怪我をしていた彼は、うまく状況が飲み込めなくてまだ混乱していた。興奮気味に話す彼を宥めながら馬車の方に向かい、ゆっくり今の状況を話す。
男子生徒「っ・・・“ダンジョン“?・・・だから、温厚なはずの魔物達があんなに襲って来たのか・・・あっ!!先生!た、大変だ!!」
「ん?どうした?」
男子生徒「お、俺!魔物に襲われた時、あの森の“ダンジョン“の中にまだ人がいるの見たんだ!!早く助けに行かないと!!」
「ま、待てっ!森の中に人?同じ学園の生徒じゃないのか?」
男子生徒「いや!違う!制服着てなかった!それに大人だった!!結構人数もいたんだよ!!だから早く助けに行かないと危ねぇ!!」
「大人?軍人か?・・・(学園の野外実習前に軍人が森の中で大人数で訓練なんてしないよな?見回りか?)・・・その大人の人達はどこで見かけた?教えてくれたら先生が探しに行ってくるから、君は長馬車で待機しているんだ、分かったね?」
男子生徒「っ、・・・分かった・・・その人達は森に入って・・・・・・・」
家庭に問題があり家族仲が悪いようで、その家で抑えられた苛立ちの反動なのか学園では言動が荒いが、もともと素直で優しく面倒見のいい男子生徒の彼が、急に慌てた様子で変化していく森の中で魔物に襲われながらも人を見かけたと言う、最初は悪ノリで勝負と言って入って行った他の生徒かと思って聞いたが、彼が見たのは大人数の大人達だったと言って来た。僕はその話を聞いて少し違和感を覚え、“こんな時に森に本当に人がいるのか?“と思い、この時は半信半疑だったが、まだ本当に森の中に人が取り残されているなら、今の状況は非常に危険なので探しに行かねければならない、そう考えて、彼を落ち着かせてその場所を教えてもらった。
すると彼が話してくれた場所はここから真っ直ぐ森に入って、数分歩いたところに、少し独特な形をした岩があり、その近くの森が少しひらけた場所で目撃したと話してくれた。彼の言った場所はこの森の中心部分に近い場所だった、僕はそんな場所で大人が大人数で何をしていたのかと不審に思いながらも、彼を長馬車に乗せて席につかせた。そして、この事を副学園長や他の教員達に報告、相談しようと長馬車から降りていると、ちょうどいいタイミングで軍施設から生徒達と軍人達を連れて戻って来た先生達がいた。
(丁度いい、森の中に軍人達が何人いるか聞こう・・・)
「すみません。ちょっとお聞きしていいですか?」
と、軍施設から避難してきた軍人に声をかけ、事情を話すと・・・・
軍人1「!?それは本当でしょうか?本日は野外実習の為、森にはまだ誰も入ってはいないはずです。生徒達がくるのに我々軍人が訓練していては危ないですからね、入ったとしても、生徒達の安全確保の為に野外実習の授業が始まると同時に見守りの役が中に入る手筈でした。なので、今日はそれ以外で森に入ることは禁止されているんですが・・・」
「えっ!?・・・それじゃあ、生徒が見た人は?・・・・」
軍人2「見間違えじゃないんですか?その生徒は魔物に襲われていたんですよね?」
「そうですが・・・でも、そんな状況で見間違いますでしょうか?・・・」
軍人から得た答えは“「誰も入っていない」“だった。むしろ誰も入らないようにしていたと、それならば、何故そんな所に人が?と言う話になり、生徒の見間違いではないかと言う話まで出てきて、それはそれで、あの状況下で大勢の人を見間違うと言うのも変な話だと、そう話していると、
Bクラス担任「その話と似たような話がこちらの生徒がしています。なので、まだ森の中に人がいるのは本当のようですよ」
と、先程まで僕と同じように生徒達を落ち着かせて、馬車まで連れて行ったりしていたBクラスの担任教員が、他の生徒達から同じ話を聞いたと話に入ってきた。
軍人2「それは、本当ですか?そちらも、何かの見間違えとかではなく?」
Bクラス担任「いいえ、見間違いではないでしょう。それを目撃したのは獣人族の生徒なので、彼らの身体能力は人族の生徒達より何倍も優れていますから、そう簡単に見間違うことはないです。それに魔物と戦っていたその生徒達と違って、彼らは戦っていたわけではないですし、むしろ助けに入ろうとして、それを見かけたそうです・・・」
軍人1「獣人の生徒の目撃ですか、そうなると話は変わって来ますね・・・」
森の中で人を目撃したのが獣人族の生徒と聞き、本当かどうか見極めきれてなかった軍人達や他の教員達も、本当の事かもしれないと真剣に考え始めていた。
(僕も半信半疑だったけど、魔物に襲われていた訳でもない獣人族の生徒が、その人達を見掛けたのだったらそれは確定に近いな・・・)
僕にその話をしてくれた生徒の話を全く信じていなかった訳ではなく、魔物との戦闘中の勘違いかもしれないと思う所も大いにあったため、こうして、他の生徒からも証言も出てきて、その証言者が人族の何倍もの身体能力を誇る獣人族だったことで、確証が持てる話となってきた。
(森の中にまだ人がいることは確定したのはいいけど、それは軍人じゃないってことになるよな?・・・じゃあ、今、この異変の起きている森の中にいる、大勢の人達とは・・・どこの誰だ???)
と、そう考えた自分と同じことに思い当たった他の人達も険しい表情になり、僕達は顔を見合わせた。
副学園長「この騒動を起こした犯人達でしょうね・・・」
「「「「「!!」」」」」
顔を見合わせていた僕達の後ろからそう断言して来た副学園長に、誰もが驚いた顔をしていたが、その言葉をよくよく考えてみると納得のいく答えになった・・・
(・・・確かに、それ以外の理由でこの状態の森の中で逃げずにとどまっている人はいないか・・・)
軍人1「では、どういたしますか?我々が森に入って捕らえて来ましょうか?」
Cクラス担任「捕らえたとしても、今の状況では我々もまだこの場から出る事ができていないのですよ?どこでその犯人達を拘束して置くのですか?生徒達もいますし、この場からの脱出ができて、“ダンジョン“の変化が落ち着いた後に捕らえに行ってもいいのでは?」
Dクラス担任「それだと犯人達も逃げてしまっているのでは?」
メーチ先生「どうだろうな?“ダンジョン“の魔物達の強さにもよると思うが・・・」
軍人2「それより、“ダンジョン“がいつ落ち着くかと言う問題もあるのでは?」
副学園長「そうですね・・・、捕らえて、尋問したいところですが、生徒達もいますし、犯人達の正確な人数が分かっていません、今は人員に限りがあるこちらから、この状態の森に入るのは得策ではないでしょう」
軍人3「確かに、こちらは生徒達の安全も考慮しなければなりませんからね、でも、脱出後に人員を揃えて捕縛に行くとなると、かなり時間がかかります・・・そうだ!先程お聞きした生徒達を連れ戻した魔法はもう一度使えないのでしょうか?それを脱出後に使って犯人達を捕まえることはできませんか?」
「「「「「あ!!」」」」」
森の中にいる奴らが犯人だと確定できたのはいいが、次はその扱いに困ることになった。今すぐに捕まえに行くか、脱出できて、この場が落ち着き、生徒達の安全が確保できてから捕まえるべきでは?と、その他にも多数意見が出てきた中、静かに話を聞いていた副学園長は生徒の安全と、こちらの人員の少なさを挙げて、今すぐに拘束することに難色を示した、すると、1人の軍人が先程、森の中にいた生徒達に起こった現象、いや、使った魔法をもう一度使う事はできないのかと聞いてきた。
(そうだ、もう一度あの魔法が使えるならば森の中の犯人達を一斉に移動させる事ができる!そして、移動してきた犯人達を軍人達と我々教員勢で一斉に捕まえる事ができすはず!)
と、思っていると・・・
ソンブラ君「多分、無理ですね」
副学園長「やはりそうですか・・・」
軍人3「それは何故でしょうか?」
近くで怪我をしていた生徒達の治療をしていたソンブラ君が、僕達の話を聞いていたのか、急に話に割り込んで来て、今の話の案は無理ではないかと言ってきた。それを聞いた副学園長も、彼が無理だと言った理由に思い当たる事があったようだ。そして、その無理だという理由に見当がつかない人達で、その代弁をしてくれたのは先程の案を出してくれた軍の人だ。結構、年が若い彼は素直にその理由を聞いてくれたので、同じ事が聞きたかったのか僕や他の教員達も同意するようにみんなで頷いていると、ソンブラ君が簡単に理由を話してくれた。
ソンブラ君「理由は簡単です。僕達が上手くここから出れたとして、向こうがまだ森の中、正確には“ダンジョンの中“にいたなら、“ダンジョンの外“から“ダンジョンの中“のものを転移させる事はできないからです。そして、脱出が問題なく成功したとして、その上で“ダンジョン“の生成も問題なく完了できる保証はないんです、脱出にために生成中の“ダンジョン“の結界を壊すと、“ダンジョン“その物が壊れる可能性の方が高いんです。なので、脱出した際に“ダンジョン“が壊れた場合、森の中にいる犯人達が無事だとも思えません」
「「「「「あっ!」」」」」
その話を聞いて僕達は根本的な事を忘れていたとやっと気づいたのだった・・・
ソンブラ君「それに、先程、生徒達を連れ戻した時に犯人達の存在をアトリー様が見逃すとも思えませんので、犯人達は多分、気配や魔力などを隠蔽する魔道具を持っていると思われます。それも“ダンジョン産“のアトリー様ですら感知できない、効果が強力な一級品を持っているはずです。そうなると今から犯人達をここに呼び寄せるのは無理でしょうね・・・」
「「「「「!!」」」」」
Bクラス担任「・・・そう言えば、犯人達を目撃した獣人の生徒が、自分達の視界に入るまでその犯人達に気づかなかったと言っていたな・・・“隠蔽の魔道具“か確かにそれがあったら、獣人の彼らの感知すら誤魔化せるな、となると生徒達は彼らを運よく目視できたからこそ存在が確認できたのか・・・」
Dクラス担任「そしたら、犯人達の捕縛は無理ですね・・・我々が今から森の中に入って行っても、向こうは生徒達に目撃されたのは分かっているでしょうから、その場から移動しているでしょうし、感知系や索敵系のスキルにも引っかからないとなると、今の状況下で目視だけの犯人達の捜索は困難ですから・・・」
副学園長「ふぅ、どうにもならない事を長々考えていても仕方ないです。今は脱出のために素早く準備を進めて行きましょう!」
「「「「「はい!」」」」」 「「「「「はっ!」」」」」
ソンブラ君の話を聞いて、犯人の捕縛が絶望的だと分かってしまった僕達は肩を落とし落胆していると、副学園長が息をひとつ吐いて気持ちを切り替え、僕達に再び喝を入れてくれた。その喝が入った僕達は再度入念に脱出のための準備をし始めたのだった・・・
ソンブラ君(まぁ、アトリー様が本気を出したのなら犯人達を見つける事は容易いでしょうが、今は、そんな事より、ここからの脱出に集中していただきたいので、教えたりしませんけどね。それに、犯人達を捕まえるのはアトリー様の仕事ではなく、我々、“影“の仕事ですから、犯人達が森にいることをアトリー様には伝えるつもりもありませんし・・・)
と、密かにそんなことを考えながらソルドアは、脱出の為に瞑想しながら魔力を蓄え始めたアメトリンを見ているとは誰も気づきはしなかった・・・




