最終話
ついに来た。ジョーが核心を突く。
「やっぱり、これが怪しいな。」
子供たちは、再び壁の亀裂の前まで戻り、相談していた。
奥の部屋の探索は空振りに終わっている。それは当然で、最初からそこには何もなかったのだから。しかし、フリッツは言う、なかば予想していたと。
「ここをただの洞窟だと思わせたいのだとしたら、隠し扉なんかで通路をふさいだら逆効果になってしまう。何もないということが重要だったんだ。すぐに行き止まり、探索のしようがない、と侵入者をがっかりさせて、速やかに退去願うのが目的だろうからね。」
さらに続ける。
「それを踏まえれば、通路を隠してはいけない、しかし、誰もその先を確かめようとはしないという条件を満たさなければいけない。」
フリッツは両手を使い隙間の幅を確かめる。
「この亀裂の幅だと金属鎧をつけたまま通るのは不可能だね。盾は言うまでもなく、武器や背負い袋も邪魔になる。ここで大切な鎧や装備をといてまで、この隙間を進もうとする冒険者がいるかな?」
「よしっ、決まりだな。」
ジョー、ベス、フリッツの三人が連なって、狭い通路へと消えていく。それを見届けたマスターは、配下のモンスターへと指示を出していった。
「亀裂の通路の襲撃ポイントで待機中のバイパーさんは撤収、くれぐれも子供たちとは接触しないように注意。」
「カナヘビさんは、追跡を再開。それほど接近しなくていいから気づかれないで。」
そして、少し長めに息を吐く。
「はぁぁぁ、まいったね、たいした洞察力だ。」
知恵比べは子供たちが一枚も二枚も上手だった。彼らは、マスターの思惑を正しく見破った。
ただ一つだけ、彼らに推し量れなかったものがある。それは、この亀裂の通路の長さだった。
べスは頑張った。
圧迫感のある狭く暗い空間で、どこまで続くかわからない不安に抗いながら、通路の半ばほどまでにも達していたのだから。しかし、体力の限界はやってきた。とうとううずくまりぐったりとして動けなくなった。
「マスター!」
「わかってる、”迫りくる壁”の6番から8番までを急いで開くんだ!」
マスターに魔力を注がれたダンジョンが、数十年の時を経て、再びその機能を取り戻す。
子供たちは見た。
それは、こんなところまで踏み入った子供たちにとって、のぞんでやまない光景だったろう。
行く手を阻んでいた壁が音を立てて退いていく。
目の前に道が開けていく。
物理的に。
堅い岩肌の壁が動いていた。狭い隙間だった空間が、幅広の通路へと様変わりしていく。
そして、隠されていた扉が開いて、迷宮の主が姿を見せる。
声をかけられた子供たちは驚愕した。
「よく頑張ったな、もう大丈夫だ。」
今、子供たちは、ダンジョンの最深部にいる。
目を輝かせたフリッツが、コアを質問ぜめにしていた。
物怖じしないジョーは、マスターが召喚したリビングアーマーに、ホットミルクのおかわりを要求し、武骨な手で、温めた牛乳にはちみつを溶かしているのを面白そうに見ている。
「ふぇっ、ぐすっ、うぅぅ・・・」
まだ少しぐずっているベスを、
「偉かったね、良い子だぞ。」
苦労してなだめるマスターの声が、ダンジョンの最奥の部屋で途切れることはなく。
その日より、子供たちによって、ダンジョンは乗っ取られました。
いや・・・
「ポケットに詰め込んで、連れ去りたい。」
「あ~れ~。」
ダンジョンコアの悲鳴が上がる。
フリッツの仕業だった。
「コアさん!」
叫びはしたものの、マスターは、マスターで、べスに拘束されている。
「べス、マスターは置いていきなさい、マスターは。」
ジョーがなだめるも。
「うー、うー、いーやー!」
「もうっ、しょうがないなあ、ちゃんとひとりでお世話できる?」
「うん!」
「ジョー、ちょっと待てっ!」
壊滅が目前だった。