06/スヴェン・ラインハルト
エルゴから、オリハルコンのベンチ台と、バーベルを作ってもらった。
台はさすがに、オリハルコン剥き出しだと使い勝手が悪い。アルミラージの毛皮を敷いて使用する。
プレートは特別に、300キロまで作った。
気前のいいドワーフだ。
「さて……」
俺は、ベンチ台の前で準備運動をする。
全盛期の俺は、270キロを1レップが限界だった。
今、10歳の俺はどれくらい持てるだろうか?
まずは、60キロからやってみよう。
何せ久しぶりのベンチプレス、怪我をしないようにゆっくりアップをして行こう。
会いたかったよ……ベンチプレスちゃん。
60キロ──、80──、100──、120──150──、180キロ──。
黙々とこなす。
ん? ──んん!?
おいおい、10歳で180キロが余裕とか、自分でも驚いてしまう。どこまで行けるか試したくなるものだ。
250はどうだ?
────9、────10回。
「マジで!? い、いけた!」
な、なら……、300キロは、行けるだろうか?
「おい、筋肉! やるのかい!? やらないのかい!?」
俺は自分の筋肉に話しかける。
「やーるーよッ!」
大胸筋をピクピク動かして応える。
その後、今の筋肉とのやり取りを誰かに、見られてはいないかと恐ろしくなり周囲を見渡す。
大丈夫だ、誰もいない。
それからプレートを追加し、300キロの重量にセット。
生唾を飲み、緊張感が走る。
────いざ、参る!
「ふん! ゔーん……ん!」
バーベルがしっかりトップまで上がった。
──8──、9──、10!? できた〜!
しかも、新記録を余裕で達成だと!
まだまだ伸びしろしかない。
これはプレートが全然足りなくなる。
あとからブロンズで追加注文をしよう、夢しかない。
魔物の肉のおかげか? はたまたこの世界の肉体のおかげか? 俺は10歳で前人未到を到達したのだ。
本当に人間なのか? 少し魔物化してたりしてな……、ははは……。
「エレイン。シャルちゃんが遊びに来たわよ」
裏庭にルイーダが入ってきて言った。
「シャルロットが? 中に入れてあげて」
と、ベンチ台に寝たまま言う俺。
「ウフフ、2人共ォ〜本当に仲がいいわね」
ルイーダは冷やかし混じりの笑みをこぼす。
シャルロットが、今日も遊びに来たらしい。
仲がいいというか、単純に友達がお互いしかいないから仕方ないのである。
「あ──そ──ぼぉ──!」
腕を後ろに組み、ひょこっと顔を出すシャルロット。
「いらっしゃい。ちょっと待ってね。あと2セットやるから、そこで10分くらい待ってて!」
「うん!」
シャルロットは端っこで座る。
「……フン! フン……フン!」
俺はバーベルを上げ下げする。
「頑張れ〜」
大きな瞳を見開き、小動物の様な顔で、俺がベンチプレスをしている様をじっと見守っている。
大体いつもこんな毎日だ。
さて、今日は何をしようか?
◇◇◇◇◇◇
俺とシャルロットは、シエーナ街の市場に向かった。遊ぶと言っても当てがない。
街をぶらぶらしたり、たまに筋トレを教えたり、図書館に行ってシャルロットの魔力を、どうやって引き出すのかを考えたり、水辺で水を眺めていたり、学校がない時は、こんな子供らしい日常を満喫している。
本当は、高タンパクの魔物を探しに冒険とかしたいのだけど、流石に純情エルフのシャルロットには、まだ言い出せないでいる。
「────おいッ!」
街を歩いていると突然、後ろから呼び止められた。
振り返ると、そこには同じ年頃の青い髪の少年が仁王立ちをしてこちらを睨んでいる。
げッ……、こいつ……スヴェンだ。なんのようだ……?
「や、やぁ……、スヴェン。なんのようかな?」
同じクラスでも俺達は、スヴェンと喋った事がない。
クラスでも人気者だが、いつも俺達の事を何も言わず、睨んでいる。
今、この瞬間もリアルタイムで俺達を睨んでいる。
まじでなんなんだよ。いつもいつも、会う度に睨んでくるとか……。
シャルロットは無言で俺の袖をギュッと握り、一歩後ろに隠れた。
「相変わらず、ポンコツ同士でいつも連んでるんだな。何してんだよ?」
ほぼ初めましてで、いきなり喧嘩腰。本当に勘弁してくれ……。
「穏やかじゃないね」
俺の言葉にキッと、更に睨み返してきた。
「そ、それでなんの用だい?」
俺とした事が、一瞬たじろってしまった……。
「用がないなら僕達は、行かせてもらってもいいかな?」
「昨日は、ドワーフに腕相撲如きで勝ったからといって、調子に乗ってんじゃないかと思ってね」
世紀末の、雑魚キャラみたいな絡み方してくるんじゃねーつの!
「俺はずっと前からお前が気に入らなかった」
「い、いきなり何かな」
「ジレン先生の子供のくせに剣術もやらず、甘やかされてノウノウとしやがって!」
「えぇーと……」
「おまけに学校では、わけわかんねぇポーズばっかとりやがって!」
「そ、それで?」
「いつかぶちのめしてやろうと思ってたんだぜ? 俺と決闘しろよ」
「穏やかに行こうよ。シャルロットも怖がっているし。ね?」
決闘だって? ようは喧嘩だな。
はっは〜ん。読めたぞ。
こいつジレンコンプレックスだな? ジレンに憧れるあまり息子の俺が、気に食わないのだろう。
昨日の活躍で嫉妬心が更に爆発してしまったみたいだ。
「ついてこいッ!」
「や、やめようって……」
「近くの空き地で決闘しようぜ。その魔力なしのポンコツブスの前で、けちょんけちょんにしてやるよ」
今、シャルロットをブス呼ばわりしたのか?
ムカついたかも……。
「おい、言い過ぎだぞ。豆もやし」
そしてこの世界には、豆もやしは存在しない……。
「あん? 豆もやし? 何だそれ?」
「ヒョロヒョロって言ったのさ」
「な、なんだと〜!」
スヴェンが、詰め寄って来る。
「何だよ」
おでことおでこが、当たる距離でガンの付け合いが始まる。
「シャルロットに謝れよ!」
「あ? 魔力なしの出来損ないにか?」
「この野郎! もう一度言ってみろ!」
俺は、胸ぐらを掴む。
俺の事はいい……。
しかし、親友を侮辱された事は、我慢ならない。
シャルロットが、日々どんなに苦しんでいる事か……。
それでも、その不憫さと向き合って戦っている。
魔力を持たずして産まれた。そんなエルフの苦しみも、わからないでシャルロットに対する侮辱は許せない。
「エレインやめようよ……、帰ろう……」
「今のは許せない。わからせてやる」
「お前が、俺にか? 何をわからせるって?」
「シャルロットの侮辱は取り消せ」
「やってみろよ。着いてこい!」
俺は、先に行こうとするスヴェンの肩を掴む。
思わず加減が、狂い指が肩にめり込む。
「痛ッ!?」
「あ、ごめん」
「なにすんだよ。この馬鹿力が!」
スヴェンが、俺の胸を突き飛ばした。
「来いよ。お前が勝てば、土下座でもなんでもしてやるよ」
土下座? そんな物では、生ぬるい。
手初めに、ジャンプ・スクワットを1000回させてやる。
そして明日、地獄のような筋肉痛の中で、バービー・スクワットを更に、1000回やらせよう。
終わりなき筋肉痛の地獄に、のた打ち回るがいい。
「フフフッ」
「え、エレイン? どうしたの? 何か怖いよ」
シャルロットが、俺の笑みを不気味がる。
「何でもないさ。絶対わからせる方法を思いついただけ」
「わ、わ、私の事は大丈夫だから、気にしてないから……、帰ろうよぉ……」
シャルロットは、不安そうに袖を引っ張る。
俺はかまわず、スヴェンについて行った。
気が済まなない。
仕方なくシャルロットも袖を掴んだまま、しぶしぶついてくる。
「ね、ねぇ……、エレイン」
「大丈夫、大丈夫だから」
俺は、シャルロットの頭を優しく撫でる。
スヴェンは、神童と謳われる程の実力者らしい。
ジレンの剣術教室でも、ダントツの才能と実力を見込まれている。
何度かジレンが、言っていた事がある。
しかし、いくら剣術が達者だろうと、流石に10歳のガキンチョにやられる俺ではない。
剣術も魔法もできないが、なんといっても筋肉がある。繰り返すが、筋肉があるのだ。筋肉は裏切らない。絶対にだ!
空き地に着くと、隠していたのかスヴェンは、木刀をどこからか2本持ち出してきた。
「そらよ!」
俺に向かって片方を投げよこす。
「そいつを使わしてやるよ」
スヴェンは、構える。
「僕はいらない。剣術はできないからね」
10歳の平均タンパク質量は、7000前後だ。
スヴェンは将来が約束された剣士だけあって8500と、ちょっとだけ、平均より高い。
しかし、たったの8500だ。エルゴは3万だった。それに比べて8500なんてチョロい。
「私のタンパク質量だ53万です(そう思ってるだけ)」
「あ?」
スヴェンが睨む。
「なんでもない」
シャルロットが、端っこで心配そうな表情で俺を見ている。
「構えろよ!」
スヴェンが、剣を縦にかっこよく構えるのに対して、どうしていいかわからなかった俺は、大好きだった漫画のキャラを真似る。
両手で力コブを作り花◯薫のポーズをとった。
「奇しくも同じ構えだね……」
俺は、ニヤリとして何故か敵側のセリフを言った。
「ぜ……、全然違う! な、なんだよその変なポーズ! 馬鹿にしてんのか!?」
スヴェンは顔を真っ赤にしている。
「バカになんかしていない」
俺がからかっていると思ったらしい……。
困ったお坊ちゃんだ。
「君を殴る。後悔するなよ?」
「後悔? はぁ? 俺が?」
────と、その時!
「ナ、ナ、ナイスバルグ!」
唐突に、後ろからシャルロットが、恥ずかしそうに小声混じりで発した。
「え、え、え、エレインの筋肉、キレてるよー!」
モジモジしながら、彼女なりの応援をしてくれている。
「え、え、え、エレインの二頭筋が、マルタのようだよー!」
顔が真っ赤だ。俺の筋肉は、罪深い。
スヴェンは目をかっ開いて、わけがわからないという顔でシャルロットを見ている。
「おい! あの魔力なしは、何言ってんだよ。頭でもおかしいのか?」
スヴェンは、思わず俺にも聞く。
「魔法をかけてくれてるのさ。君にはわからないだろうけどね」
「はぁ? あんなポンコツな詠唱聞いたこともない。寝言は、寝てから言え」
「魔力がなくたって、かけられる魔法があるんだよ」
才能に恵まれた君にはわからないだろう……。
◇◇◇数週間前◇◇◇
「────やーい! 魔力なし!」
「エルフのくせに魔力なし!」
「ポンコツエルフー!」
「うぇぇぇーーん──、えーーんうぁぁ──ぁぁん!」
またシャルロットが、いつもの3人組にいじめられていた。
「またお前らか──!」
俺は3人組に向かって、いつものようにラリアットでぶっ飛ばした。
「くそ!」
「化け物め!」
「モンスターみたいなバカ力しやがって!」
「ミノタウロスめ!」
「「「バーカ、バーカ、バーカ!」」」
3人組は、いつもの様に逃げて行った。
「大丈夫シャルロット?」
「ぐすん……ぐすん……、エレイン……ありがとう……うぇぇぇぇ────ん!」
「ほらほらッ泣かないで見てごらん! ダブルバイセップス!」
いつもの様にビルダーのポージングで、広背筋を見せつけてシャルロットをあやす。
「う……う……、わかんないよぉぉぉぉぉ──! うぇぇ──ん」
シャルロットは、また泣いてしまった。しかし俺は、めげない。
「ほら、見て、ここの腹筋。1、2、3、4、5、6LDKかい!」
「…………」
それから、少ししてシャルロットは、話す事ができるくらいに落ちついた。
「あのね。毎日魔力がつくように本を読んで瞑想もしてるし、魔力が高まるようにお祈りもしてるの……」
「うん」
「でも、全然つかない」
「うん」
「いつかエレインや、みんなの役に立てるような立派な魔法使いになりたいの!」
「うん」
「でも、このままじゃ役に立てない……」
「そんな事ないよ。気にし過ぎだよ」
「せめて補助魔法だけでも、使えるようになりたいの……」
筋トレの補助に付いてくれた方が、俺はありがたい、なんて口が裂けても言えない。
シャルロットは、本当に苦しんでいるのだ。自分に何ができるのか、いつも自分がどうあるべきかを模索している。
弱い自分と向き合い、受け入れる事が、どれだけ立派な事か、まだ彼女はわかっていない。
「魔力がなくてもかけられる魔法が、あるんだよ!」
「魔力のいらない魔法? それは私でもできる?」
「もちろんさッ!」
「本当!?」
「異国の筋肉の大会でわね。自分の応援している人に向かって筋肉を褒めるんだ」
「褒める?」
「そう。褒める事は存在そのものを承認してあげられる魔法の様なものさ」
◇◇◇ビルダーの掛け声◇◇◇
審査員に応援している選手のアピールポイントを見落とさせないように大声で選手を褒める。
そう褒める事によって選手にも、自信がみなぎる。自信のある選手はどんどんアピールできるようになっていく。
◇◇◇◇◇◇
「人は、褒められると自信がつく。シャルロットも褒められると頑張れるだろ?」
「あッ、お料理とか褒められると、もっと美味しくなる気がする!」
「その通り。魔力がなくてもかけられるバフだよ」
「私もそれ覚えたい!」
──そうして、数々のビルダー用語をシャルロットの頭に叩き込んだ。
シャルロットは、目を輝けせながら掛け声を覚えていった。
◇◇◇◇◇◇
「──スヴェン、俺はお前を許せない!」
「はん!」
「お前は、才能を持って生まれた剣士だ。それは俺も認めているよ」
俺は、スヴェンを指差した。
「でもな! シャルロットの、産まれ付きもった不憫との戦いを知らないだろ?」
「んなもん知るかよ。お前と同じ負け犬だろ」
スヴェンは、笑い出した。
「戦ってもいない奴が、戦っている奴を笑うなァァァ────!」
「ッ!?」
その時、スヴェンの表情が変わった。
今のスヴェンは、いじめの対象として俺を見ていない事が一目でわかった。
スヴェンにもスイッチが、入ったのだろう。明らかに先程とは目付きが違う。
スヴェンは、俺をいじめの対象ではなく、【敵】として認めた。顔が本気だ。雰囲気もガラリと変わったのが、肌で感じ取れる。
俺は、この顔をよく知っている。
「……くせに……」
スヴェンが、ボソボソと言う。
「なに?」
聞き取れない。
「なんにも知らないくせに!」
そう叫ぶスヴェンの顔は、紛れもなく全てかけて挑む試合直前のアスリートの顔だ。
「叩きのめしてやるエレイン!」
「本気でこい、スヴェン、ぶっ飛ばす!」
俺は、一目散にスヴェンに特攻を仕掛けようと駆け出す。
流石は、未来が約束された剣士。
反応が早い。
俺が、来るタイミングに合わせて剣を高々と上げていた。
あれは──、スヴェンの魔法だな!?
──どうするエレイン!?