表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/76

59/ラスト・ティアーズ


 遠い記憶を思い出す。

 失う感覚が蘇り、手が震えた。

 私の目の前にいるこの男は、私にレイシスを思い出させた。

 私を殺さず、誰も死なさず、ネクロムを継承すると言うのだ。

 この状況下で……。私よりも弱いこの男が……。

 何の犠牲も払わず、この修羅場を乗り越えて魔王に挑むと言うのだ。

 その甘さを捨てぬ限りお前はここから先へは行けぬ。

 私の屍を超えて行かねばならぬ。

 私は500年の時を超えて、お前の様な男を待った。

 このバルムンクに宿ったネクロムの継承に相応しい男を待ち続けた。

 わからないだろ? この永遠とも呼べる孤独。

 私は、はるか昔に死を望んだ。

 本来であるなら500年前に、あの時に、私は死にたかった。

 しかし生き残った、私にそれは許されない。

 レイシスの、仲間達の、その無念を背負った以上は使命を果たす。

 私達の無念を託せる人間をずっと待った。

 

 なのに……。

 なのに、この男は犠牲を払う覚悟を持たないと言うのだ。

 私は憎い。

 どれほどこの時を待ったか……。

 この男はそれを、私達を、踏み躙った。

 なのに、なんだその目は?

 

 何1つ恐れも抱かず、そのちっぽけな力で、覚悟を持たずして、成し得ると信じ切る、貴様のその目はなんだ?

 無知ゆえの勇敢さか? それは無謀と言うのだ。

 憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。


「お前は殺さない、アレスも守る、ネクロムも継承する、それが俺の覚悟だ」

 

 その甘さが許せぬ。

 私の全てを踏み躙った貴様が許せぬ。

 そうか……ならいっそ殺してしまおう。

 もう私は何も望むまない。

 私の時間は500年前に止まってしまった。

 もう秒針が動く事はないのだろう。

 動かすには遅すぎた……。

 

「ならば死ねジレン。私がアレス共々終わらせてやる。貴様らはここで終わりだ」

 

 私は怒りのなすままに覇気を撒き散らした。

 ジレンに斬りかかる。

 

 ここで何もかも終わりだ。

 もういい……。

 

「弁えろ! 貴様のそのちっぽけな力では何1つ成し得ないッ! 後悔に打ちひしがれ、そして死ねッ!」

 

 剣と刀のぶつかり合う。

 激しい剣戟が鳴り響く。

 

 もう、お互いに引く事はない。

 この先に待つのは、ただの殺し合いだ。

 

「知っている。俺の力はちっぽけだ──」

「無謀とわかって挑むか? それを勇気と錯覚したか? 笑わせるなッ!」

 

 剣で足を突き刺さす。

 太ももから血が噴き出す。

 しかしジレンは怯まなかった。

 

「──俺には鍛えた、この脚がある」

 足に突き刺さったネクロムを手で握り込み引き抜く。

「なッ──」

 なんだ? なんのつもりだ?

 

「俺には鍛え続けた、この腕がある」

「それが、なんだと言うのだ」

「積み上げ続けてきた肉体だ」

「だからなんだ?」

 なんだその目は……。

「俺には守りたいモノがある」

「だから、なんだと言うのだ!」

 

 そんな目で私を見るな!

 

「俺には成すべく大望がある!」

 ジレンは力任せに回転斬りを放つ。

 斬るではなく殴る様に刀をぶつける。

 

「血迷ったか? それでは斬れるモノは斬ぬわ!」

 回転斬りを受け流し、腹に蹴りを入れた。

「──ッ!」

「俺には鍛え続けたこの腹がある」

 蹴りを耐え、そのまま力任せに刀を振り回す。

「チッ──」

 なんなんだその目は!

 何を考えている?


「それでは何も斬れぬぞ? 落ちぶれたか? そんな力任せに振り回すだけとは情け無い!」


「俺には──」

 それでもかまわず、回転し続け殴る様に刀を一心不乱にぶつけてくる。

「──譲れない想いがあるッ!」

 

 二刀の刀は火花を散らし、見る見る刃こぼれをしボロボロになって行く。

 

「うおぉぉぉぉ──ッ!」

「愚か者めが、その様な──ッ!?」

 

 小刻みだった振動に不意に高い金属音が走った。

 ネクロムに異変を感じ視線を向ける。

 

 ──ヒビ?


「俺には守りたいモノがあるッ!」

「だからなんだと言っ……」

「うおぉぉぉぉ──ッ!」

 ボロボロになった2本の刀で力一杯殴りつけてくる。

「ば、ばかな……」

 

 ネクロムの刀身が歪み、軋み音がしたかと思ったその刹那。

刀身が軽いガラスを砕いたかのような音を立てて、砕け散った。

 

 魔剣が折れただと!?

「俺が積み重ねた、全てが勇気だッ!」

 

 砕けて散っていく剣の破片がキラキラと散りばめられて行く。

 それを目の前に瞬き1つが長い時間のように過ぎていく。

 バルムンクの聖なる力とネクロムの呪いが2つに別れた。

 その刹那、レイシスの後ろ姿がネクロムに重なった。

 

 ──あぁ──待って……行かないで……。

 私を1人にしないで──。

 ネクロム、お前も私を置いて行くの?

 待って──1人にしないでッ!

 

 レイシスが振り向いた様な気がした。

 あぁ──レイシス──。

 レイシスの面影が重なるネクロムに手を伸ばす。

 

 ネクロムとバルムンクはそれぞれジレンの刀に宿って行く。

 ジレンは刀を投げ捨てた。

 私の体を強く引き寄せる。

 

「あっあっ……」

 涙はとうの昔に枯れ果てたはずなのに……。

 冷たい滴が頬をつたう。

 

 だって……。

 

 だって、この男はこんなにも力強く、そして優しく私を抱きしめてくれるのだもの……。


「あぁ──うぅぅ──」

 息が止まる程、私を強く抱き締めた。

「あとは任せろ」

 たった一言を言い放つ。

「うあぁぁぁぁぁぁぁ──ああぁぁぁぁ──ッ!」

 涙が止まらない。

 今だけは……。

 今だけはその胸を濡らさせてもらおう……。

 ジレンの刀に宿ったネクロムは目を細めていた。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇


「完敗だ。私の負けだ」

 その後、俺達はレイチェルの寝ぐらにもどって休んでいた。

「これで肩の荷も降りた」

「寂しいですか?」

 アレスがニコッと笑う。

「馬鹿を言うな。貴様らの顔を見なくなってせいせいする」

「またまた〜」

「なぁ、剣王よ」

「今日から貴様が剣王だ」

「俺は剣王でも剣聖でもない。ただのジレングランデだ」

 レイチェルが少し驚いた顔をした後、鼻で笑った。

「全てが終わったら俺の街に来ないか?」

「…………」

「俺達と暮らさないか?」

「何の戯言だ?」

「もう500年近くこんな所にいるんだ。飽きただろう?」

「…………」

「俺の生まれ育った街を見せてやる」

 

 カッカッと後方から杖で叩く音がした。

「ルイーダさんと言う者がありながら他の女を口説くようになったのねジレン」

「かぁーこんないい女と修行していたのかよッ、ずりーよ!」

 後ろを振り向くとマーリンとフィンが立っていた。

 

「マーリンさんッ! フィンさんッ!」

「よぅ! アレスも元気そうじゃないか」

「お前たちも修行を終えた様だな」

「楽勝よッ!」

「あれ? エルザさんは?」

 マーリンとフィンが顔を合わせて笑う。

「船酔いで死んでますわよ」

「あらら……」

「ははははっ!」

 

 俺はレイチェルの元に歩いた。

「約束だ。必ず迎えにくる」

「ば、ばかを言うな!」

「ルイーダもきっと話し合い手が出来て喜ぶさ」

「……バカもの……」

「約束だ」

「もう〜ジレンさんキザ過ぎますよー!」

 アレスが冷やかす。

「事は成ったようね……」

 マーリンがレイチェルに近づく。

「これも全ての貴様の計画通りか?」

「あらッ何の事でしょ〜、私は何も知りませんよ」

「フッ、つくづく食えぬ女よな」

「お互い様でしょう?」

 似ているな、この2人。

「じゃあレイチェルさん。お世話になりました」

 アレスが丁寧に頭を下げた。

「貴様ら……死ぬなよ」

「もちろんですとも! 魔王討伐隊は僕達で終わりにしてみせます」

 皆がゾロゾロ出て行く。

「あ、そうだレイチェル」

「なんだ?」

「もうネクロムも無くなってしまって暇だろ?」

「それがなんだ?」

「これを預かっておいてくれ。きっといいヒマ潰しになる」

「おぉ、おぉ……」

 レイチェルは少し困った顔をした。

「必ず迎えに来る。じゃあな!」

 フッと鼻で笑ったレイチェルの手元には、エレインの筋トレノートがあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本作品に興味もっていただきありがとうございます。
【作者からのお願いです】 皆様のブクマ、評価が作家への原動力になります。 少しでも「いいな!」て思ってもらえたならばブクマや評価をよろしくお願いします。評価するところは、下の☆のところにあります。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ