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七話-信用

「逃げたぁ?」


 楽多が素っ頓狂な声を上げる。

 それはそうだろう。彼女が逃げる理由なんて見当もつかないし、彼から見たら逃げてきているのはむしろ少年の方だ。


 少年は楽多の反応に少し不機嫌になりながら、順を追って説明する。

 彼女の化物に対する反応がおかしいこと、傷が不自然に治っていること、明らかに何か隠しているらしいこと等々。

 それに対する楽多の反応は、実に簡素で冷たいものだった。


「でも、紅南はお前をずっと守ってくれてたんだろ?」


 この返答で、少年はさらに不機嫌になった。

 でも、でも、と繰り返しながら必死に説得を試みる。


「明らかにおかしいよ! 彼女は何か知っている! 知ってて隠してるんだ!」

「んー、あいつも隠し事得意なようには見えないけど」

「裏切るつもりかもしれない。何か力をもらってるんだよ!」

「おいおい、落ち着け餅つけ」


 楽多は苦笑して頭を掻いた。涙目の少年に、なるべく落ち着いた声で、小さい子に諭すように言葉を続ける。


「いいか? 紅南はお前を傷つけようとしたか? 俺たちを苦しめようとしたのか? 紅南は、お前が目覚めるまでそばにいてくれたんじゃないのか?」

「でも……!」

「それにな、落ち着いて考えてみろ。この、何? 炎を出す変な巻物、くれたのは紅南だぜ。『私はこの子を見るから、これで村を守ってほしいの』って、自分から言ってきたんだ」

「それは……」


 少年は言葉に詰まった。それは、確かに違和感がある。あるいは、巻物の副作用を知っているとか、何が何でも少年のそばにいる必要があったとか――。


「ちょっと疑いすぎだって。ま、記憶喪失とやらなら、疑心暗鬼になるのもわからなくはないけどさぁ」


 呆れた表情の楽多は、嘘をついているようには見えなかった。だからこそ、少年は納得いかなかった。


「でも……じゃあ、彼女があの人外を養護するのは?」

「紅南が戦い嫌いなのは昔っからだしなぁ」

「傷がすぐ治ってた!」

「怪我知らずで色んなとこ駆け回ってたのよく見てるし」

「埋葬を1人で終わらせたんだよ?」

「あいつ結構体力あるんだよな」


 楽多はテンポよく答え、曇りなく笑ってみせる。少年はそんな楽多を幽霊でも見るような目で見ていた。よくもそんな曖昧な言葉で受け入れられるものだと、尊敬の念さえ抱く。


「なんの解決にもなってない」

「そっかなぁ」

「でも――でも、なら、あの仁奈って女の人は?」

「何? 仁奈にもなんかあんの?」


 尋問がまだ終わらないことを知ると、楽多の表情は陰った。苦笑というより失笑に近い表情になる楽多だが、少年を止めることはできない。


「彼女も――何か隠してるみたいだった」

「そりゃ、みんながみんな俺みたいに初対面で隠し事なしってのは難しいだろうからなぁ」

「そんなのわかってるけど――2人とも、正体を隠してるって感じだった!」

「正体って」


 楽多のケラケラとした笑いが響く。

 「そんな大それた話になるのか」とひとしきり笑った後、少年の真っ直ぐすぎる瞳を見て気まずそうな咳払いが続いた。




「いや、ごめん。お前にとっちゃ一大事だよな。まぁ落ち着けって。大丈夫だから」


 少年は小さく肩を上下させ、今にも溢れんばかりの涙を目に溜めている。楽多が深呼吸を促しても、荒い呼吸はなかなか収まらない。

 十数回吸って吐いてを繰り返してようやく落ち着いたのを確認し、楽多は極力優しくなだめた。


「俺はさ、やっぱ誰も疑いたくねーんだわ。紅南のことも、仁奈のことも、お前のことも。な?」


 納得している顔ではないが、少年からの反論はない。楽多は続ける。


「みんないいやつだよ。俺たちは10年くらい前に引っ越してきたんだけど、みんな優しく迎えてくれて」


 遠くを眺めて穏やかに話す様は、さながら縁側に佇む老爺のようだった。その言葉の節々に愛が滲む。

 少年は、静かに次の言葉を待っていた。


「農業始めるにしてもさ、何もわからない俺たちに手取り足取り教えてくれたんだ。……ま、そのときのスパルタ教育のせいで、こんな体になっちまったんだけどな!」


 楽多は思い出したようにガハハと笑った。忘れた頃に聞かされた叫びにも似た大声に、少年は顔をしかめる。

 そんな少年の変化を見ていたのかどうか、楽多は音量をひとつ下げて続けた。


「特に、紅南と仁奈は年も近かったから兄弟もろとも世話になってんだ」

「兄弟?」

「そう。大天使。俺、弟と妹がいるの。写真見る?」


 楽多は少年の返事を聞く前にポケットへ手を伸ばした。ほどなくして少年から明確に断られ、泣く泣く手を定位置に戻す。


「紅南には弟と妹と遊んでもらったこともあったな。仁奈とは2人で学校のリーダーやってさぁ。本当、すごいやつなんだよ。今だって、不安だろうに」


 不安? それはそうだろう。今不安を覚えない人なんていない。むしろ、もともと特殊な村だからか何か知らないが、パニックが起こっていない現状が異常じゃないのか。

 ――少年は質問しなかった。口を開きかけたが、どこか憂いを含んだ楽多に、投げかけることはできなかった。

 初めて見た感情の理解に少年が手間取る間に、楽多は溌剌たる表情に戻っている。


「ともかくさ。考えすぎだって! みんなお前の味方だから。ちゃんと話聞いてみな?」


 少年は頭の切り替えに時間がかかっていた。

 何かを言い返さなければ。しかし何を。

 不十分な頭で考えた反論は、やはり苦し紛れなものとなる。


「――僕だって疑いたいわけじゃない」


 絞り出すような、自分自身にさえ十分に聞こえないような声。

 それが本心か否かは、彼自身にもわからない。それで余計に彼は口をつぐんだ。

 彼は未知の状況で簡単に他人を受け入れるほど素直ではなかったし、それを十分に見直せるほど大人ではなかった。


 しかし彼のごく小さな呟きを、楽多は聞き逃さなかった。


 彼は不敵に笑う。


「言ったな?」




 楽多は慣れた手付きでスマートフォンを取り出す。未知の物体の登場に、少年は1歩後退りした。


「――何それ」

「んー、これ? スマホって言って……ちっちゃい魔法だから『スマホー』なのかな? よくわかんないけど、色々できるやつ」

「……何それ」


 2人して首をかしげる。魔法、というのは少年にも直感的に理解できた。要は巻物と同じようなものだ。

 少なくとも武器などは飛び出してこなさそうだと判断して、少年は恐る恐るそれを覗きこんだ。


 どこかで見覚えがある。


 少し考えてすぐに思い当たった。デザインや大きさこそわずかに異なるものの、紅南がウエストポーチに入れていたものによく似ている。

 あのときは、説明は省略されてしまったが。


 そうか、あれは魔法だったのか。この村は特殊だと聞いているから、村人はみんなこの「スマホー」とやらを持ち合わせているんだろう。

 少年は一人納得して、大きく頷く。それを見て安心したらしい楽多も、少年に負けないくらい大きく頷く。


「直接話聞くのが一番だろ。人を疑わない秘訣は、ちゃんとコミュニケーションを取ること。これ、楽多パイセンからのアドバイス」

「は!?」


 キラキラ移り変わる画面と忙しなく動く楽多の指を注視していた少年は、思いがけぬ言葉に口をあんぐりと開けた。


 この板から彼女らが飛び出してくるのか? あるいは、意思がここに移るのか?

 再び警戒を強める少年に、楽多は「2人に居場所を確認してるだけ」だと説明する。


 「ほら」と見せられた画面に残るログを、しかし、少年は読み取ることができなかった。


「お、さすが仁奈は返信が早いな。えっと、仁奈は目宮さんのところにいるって……場所わかるかな? 多分お前が寝てたとこに近いはずだけど」

「ちょ――待って、聞いてないよ」

「こういうのは思いついたときにやるもんなの」

「思いついてない!」


 読めないながら、楽多が話をどんどんと進めているのは少年にもわかった。


 少年の抵抗虚しく、楽多は画面に文字を打ち込んでいく。こんなところで体格差が不利に働くとは、夢にも思っていなかったろう。

 結局少年は何もできないまま大方話がついて、スマートフォンの画面は暗くなった。


 楽多は少年の肩をポンポンと叩く。逆効果になってしまって少年は一層の抵抗を試みるが、またも体格差には抗えず無理やり村の中央部を向けさせられた。


「紅南からは返信ないけど、目宮さんのところに行くように伝えておいたから」

「勝手なことを!」

「大丈夫、俺が保証する」


 楽多は最初のときのように、グッドマークを力強く突き出した。


「あいつらはいいやつだ。大丈夫。万が一にも……いや、億が一にも何かあったら、そのときは俺が責任持って何とかする」


 何とかって何? 少年は眉をひそながら、強くそう念じた。読み取り能力のさほど高くない楽多は、抗議の声が上がらないことを確認して少年の背中を押す。


「ここは俺が守ってるから。早く行ってこい!」


 勝手に話を進められて、抗う間もなく森の外へ追い出される。結局、何も解決していないし、大した情報も得られていない。大きな不満を詰め込んで、少年は最後にめいっぱい叫んでやった。


「やっぱり君とは合わない!」

「え!?」


 捨て台詞とともに、呆然とする楽多を残して、少年はもと来た道を力任せに戻っていった。

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