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平和主義者の食人鬼共生奮闘記  作者: 冷瑞葵
二 銘々の胸裏
50/50

四十八話-忠告

「いた!」


 紅南は思わず大きな声を出した。冷たい風が湿ったくせ毛を乱す。


 仁志から空を警戒しろと釘を差されたにも関わらず、自身の怠慢から空を見失ってしまった。


 思えば楽多は空の奇妙な姿など知らないのだ。空が適当に何か言いくるめたら疑問を抱かないまま彼を置いていくだろう。


 深い事情を知らない他の人たちに断って、紅南は空を探し始めた。普段マイペースな紅南と言えどもさすがに責任は感じていた。


 広い家の中を散々探し回り、手掛かりが掴めずに裏山まで登って、それでも足取りを掴めずにいた。

 朝日が登るまでは意地でも探すつもりでいたが、他にどこを探したらいいものか見当がつかない。


 途方に暮れて暗闇の中後ろを振り返ると、そこに見覚えのある後ろ姿があった。


 屋根の上。

 そう言えば、先日妙な様子の彼を発見したときも同じように屋根の上に佇んでいた。まるで村全体を観察しているように。


 薄ら寒い無表情を称えた彼は、紅南の叫び声を聞いて徐ろに振り返った。

 徹底的なまでの無関心。慌てて向かってくる紅南を微動だにせず迎え入れる。


 体力のある紅南が到着時に息を切らしていたのは疲労からではない。

 動悸とともに口の中が乾燥して、平常心を失いそうになる。


「な……なんで黙って抜け出したの!?」

「それが本当に聞きたいこと?」


 小馬鹿にしたような笑みと返答。その声は空と同じはずなのに、紅南には全くの別物に聞こえた。


「――あなたは誰?」


 紅南のいつもより低い声は緊張で震えている。

 空の姿をしたその人は紅南の目を真っ直ぐに見て微笑んだ。感情の全く乗っていない微笑である。


「オレは神上将高」


 あっさりと名乗ってきたことが紅南には少し意外だった。もっと問答が続くと思っていたから、次の質問など用意していない。


 次に何を言おうか悩んでいると、将高は音もなく一歩前に出て紅南の顔をじいっと見つめた。

 蛙が虫を見つめ狙いを定めるような不気味な眼力に、紅南は逃げることもできずたじろいだ。


「人間じゃないね」


 将高のその一言で紅南は一気に緊張を高めた。

 この将高という人間のことが全くわからない。どこまでの情報を得ているのか、一体何者なのか。

 彼の問いに不用心に答えていいのだろうか。


「なんでここにいるの?」


 「なんで」? 紅南は将高の言葉に硬直した。

 なんでって言われても。咄嗟に言い返そうとしたが、これが情報収集のための罠かもしれないと考え直して言葉を飲み込んだ。


 紅南は自分がここまでの警戒心を他人に対して抱いていることに驚いていた。

 アスカに対してだって、彼の態度に戸惑ってこそいるものの、ここまで警戒しているわけではない。

 将高の底知れなさを本能が拒絶している。紅南は急く本能を腹の底に押し込んで平静を装った。


 将高は紅南に返答の意思がないと見なしてそっぽを向いた。その瞳に夜の闇が映る。


 紅南は将高の一挙一動を注意深く監視した。何を企みがあるのなら、自分が責任を持って止めなければならない。

 将高は攻撃の素振りは見せず、小さく口を開いた。横目で流し見するように覚めた眼差しで紅南に視線を送る。


「鬼がこの村を襲ったんでしょう? 道具風情がよくやるよね。それか、指揮者でもいたのかな」

「……ど、どういうこと?」


 想定外の言葉が並べられて紅南は聞き直すしかなかった。

 将高は再び説明し直してやることはなく、村の方をじっと眺めている。その表情は心なしか楽しんでいるように見える。


「時空の切れ目を裂いたんだね。強引なやり方だけど、これだけ大々的な侵略を計画したのなら勝算はあったのかな」

「何を言ってるの?」


 将高はやはり答えない。

 時空の切れ目とはなんだ。道具ってどういうこと。指揮者って何?

 質問が頭の中でグルグル回る。紅南は脳内をうまく整理することができず、苦し紛れに随分前に置いてけぼりにしていた質問を絞り出した。


「――あなたの目的は何」


 紅南の問いに、将高はんーと考える素振りをした。機械的に首を傾け、隙を見せるふりをしながら視線は真っ暗な村の方向へ向けている。


「君たちと同じだよ」

「同じ?」

「うん。いや、少し違うかな。オレはここまで大規模で衝動的な侵略をしようというわけじゃない。もう少し慎重に――」


 淡々とした将高の声にはどこか狂気が混ざっていた。快も不快も、良心が痛む音も感じられない人間の音が連なっていく。

 耐えかねて紅南は声を上げた。


「ちょ、ちょっと待って! 私は侵略なんか望んでない!」

「へぇ? でも君は――」

「あなたも、侵略なんて考えてるなら、絶対やめて!」

「……面白いね」


 将高は涙目になって顔を歪ませる紅南を見てほくそ笑んだ。そこに善意は微塵もない。


「そっか。実は会いたい人がいたんだけど、君に協力してもらうのはやめておいた方が無難そうだ」

「会いたい人?」

「うん。さっきは間が悪くて会えなかった」


 将高はそれ以上説明しなかった。無表情を崩してニヤニヤと笑うその表情の向こうで、ろくでもないことを考えているだろうことは紅南にもわかる。


 紅南は一つ息をついた。彼とはここで話をつけた方がいい。野放しにしてしまったら、何をするかわかったものじゃない。


「あなたは――何なの?」


 紅南は自分の心が凍っていくのを感じた。将高のニヤけ顔はすうっと消えていって、数秒の間に再び無表情に戻った。


「さっきも言ったよ。オレは神上将高だって」

「空はどこ」

「……何のことかな」

「空は、あなたみたいに急にいなくなったり、侵略を楽しんだりなんてしない!」

「あぁ、そういうこと」


 将高はつまらなさそうに吐き捨てた。精一杯の睨みを効かせる紅南に、無表情で向き直る。


「ねぇ、君のことも教えてよ。オレのことは教えたんだからさ」

「……私は神下紅南。私の目的は――みんなで話し合って、仲良くすること」

「ふーん、面白いね。それで? 空ってやつが友達だったの?」


 紅南は黙って頷いた。将高は仄かに口角を上げて紅南を嘲笑してみせた。


「それは、オレが気を失っている間に一時的に生じた仮初めの人格だ。オレがこの体の主人格。空なんて最初から存在してない」

「空と話をさせて」


 将高の想定に反して紅南は頑固だった。

 だから、存在しないと言っているだろう。そんな不満よりも、可笑しさが将高の心にフツフツと湧いてきた。


「何それ、『話し合い』ってやつ? それで偽物()ともオレとも仲良くしようって?」

「そうだよ。あなたが私と友達になってくれるなら、私はあなたとも話がしたい」

「アハハ! 嫌だよ! 鬼と友達なんて!」


 将高は心底可笑しそうに腹を抱えて笑ってみせた。

 紅南は自身の心にヒビが入るのを感じた。極力動揺は見せないように全身に注意を巡らせて表情を変えないよう努める。


 将高はひとしきり笑った後、ハァとため息を付いてまた無表情に戻った。暗い瞳の中央に、今度は紅南を映す。


「わかった。勝負といこうか。時が来るまで、オレは眠っていてあげる。その間に空とやらと話せばいい。それで平和を勝ち得たら君の勝ち。どう?」

「――なんで、そんなこと」

「双方に勝ち筋があった方が面白いからさ。ほら、君の『話し合い』と同じだよ」


 全然違う。紅南は文句を言いたいのを押し殺した。せっかく譲歩してくれたのが水の泡になったら困る。

 将高は紅南の感情をある程度読み取ったうえで僅かに笑ってみせた。若干おどけた調子で最後の言葉を告げる。


「そうだ。勝負を公平に進めるために一応伝えておくよ。君たち、君の家を消して鬼に勝とうとしてるんでしょう」

「――え!?」

「あれ、聞かされてないんだ」

「き、聞いてない……」


 紅南はしどろもどろになって首を振った。将高は怪しく笑う。


「やめておいた方がいいよ。それは悪手だ」


 将高からの衝撃の情報を処理するのに時間がかかっていた紅南は、続いた彼の発言をぼーっと聞いていた。


「じゃ、オレはこれで」


 将高の発言で紅南は我に返った。

 紅南の目の前で、将高――空の体は足から崩れ落ちていった。


 慌てて空を抱きかかえた紅南の目に、僅かな光が届く。その光は村中を照らし、夜空を照らした。

 また朝が来る。

ここまでお読みくださりありがとうございます。

四十八話の公開をもって、毎週更新は一旦ストップします。ストックが無くなったためです……。

次話からは第3章となります。よろしくお願いいたします。葵

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