四十一話-策略
アスカはこうして一通り話し終えて相手の出方を窺った。
実にくだらない、最高につまらない作戦だ。さぁ否定してくれたまえ。そんな期待をして微笑を称える。
仁志は黙って考えを巡らせた。いくつも質問したいのを堪えて、重要と思わしきことを選ぶために頭の中で仮定と否定を繰り返す。
どのルートで考えを巡らせても、彼が行き着く答えは一つだった。
「……腑に落ちんな」
「そうですか?」
アスカは期待の眼差しで仁志の言葉を待つ。仁志は若干の嫌悪感を覚えつつ、気持ちを落ち着かせようと意識的に丁寧な話し方を心掛けた。
「まず、なぜ一箇所に集まるような真似をする? 消してくれと言っているようなものではないか」
「さぁ。単純にあなた方の能力を知らないのでは?」
「随分と適当な物言いだな」
仁志の表情は晴れない。アスカは手振りをつけて言葉を続ける。
「物資や人材をこちらに集めて、準備を整えてから改めて村を襲うつもりなのでしょう。水使いが現れたことで、こちら――いえ、裏邸の形勢は芳しくありません。だから第二の計画として、準備しておいたアジトを使って二度目の機会に賭ける……そんなにおかしな話でしょうか」
「君はそう聞いているのか」
「いえ! 残念ながら私は組織から信用されておりませんので、詳しい話は知らないんですよねぇ」
悪びれることもなくアスカはそう言った。仁志は疲れたようにため息をつく。アスカがそんなことを言い出したら、ここで聞いた話を何も信用できなくなる。
「ですが、この機を利用しない手はないのでは?」
「……いや、もう一つ気になることがある」
仁志は疲労のあまり考えなしに首肯しかけて、慌てて首を振った。もう一度目に力を入れて眼光を鋭くする。
「君たちは紅南の家の方だけじゃなく、ワシらの家の側からも現れたそうだな。であればこちらの入り口も封鎖しなければならないだろう。これに言及しなかったのは意図的か、あるいは不要な理由があるのか、どちらだ」
「あぁ、そのことですか。一旦は大丈夫ですよ」
アスカが「大丈夫」と言っても何も安心できない。意味深な言葉を並べてへらへらと笑いながら、深い話を聞こうとすれば「詳しい話は知らない」などと言って躱してくる男だ。
顔をしかめた仁志に、アスカは変わらず微笑みかける。
「こちらにはツクモ様がいらっしゃいますから」
アスカの発言に仁奈の目の色が変わる。
ツクモという名前に反応したか。やはり彼とは密接な関係があるのだな、とアスカは確認しつつ、彼女の視線は無視して目を合わせないようにした。また下手に突っかかられても面倒だ。
「ご指摘の通り、異世界に通ずる道は2つ。こちらの家と、紅南の家の近くに入り口があります」
アスカは左手の指を2本立てて話した。
視界の隅で仁奈が「言うな」と言わんばかりにきつく睨んでくるので、アスカはその一方が仁奈の部屋に繋がっているのだとは言わなかった。
もし口を滑らせたら首が飛びそうである。まぁそのときは、アスカの命が仁奈に狙われるとともに、侵略者と繋がっている可能性があるとして仁奈の命も仁志に脅かされるかもしれないけれど。
「私たちが拠点としているのは紅南の家に繋がっている裏邸と呼ばれる場所。対して、ツクモ様が拠点にしているのはこの家に繋がっている邸という場所です」
アスカは少し言葉を選ぼうとして天井を見上げたが、途中で面倒になって考えるのをやめた。
2本指を立てたまま左手をゆらゆらと揺らす。
「まぁ、端的に言えば厄介なんですよねぇ。勧誘の甲斐あって一応協力関係にはあるのですが、仲間と言うほどの信頼関係はありません。お互いに近づき合いたくないと思っているのが実情です。ですから彼がいる限り、この場所が裏邸のアジトにされることはないかと」
「……待て、さっきから何を言っている? どういう意味だ?」
仁志の視線は希子の方に向けられた。化物がこの場所を使っていることは仁志にとっては初耳だ。
どう言い逃れしようかと頭をフル回転させる希子に、仁志はもう一度「おい」と声を掛けて返事を催促した。
「その……、そうだ。助けてもらったのよ。そのお礼にこの場所を貸してるの」
「……一体何を考えている」
「んー、ほら。私、一人でこの家に残っていたじゃない? 彼がいなかったら危なかったのよぉ。だから、命の恩人には何かお返ししなきゃって思って?」
「自分が何をしているかわかっているのか!?」
仁志のここまでの大声を聞くのは久しぶりである。仁奈と希子はビクッと肩を震わせ、アスカはスッと人差し指を唇に当てて静かに仁志を諭した。
「希子。お前は利用されているんだ。目を覚ませ」
「まぁ、アスカさんのお話では彼が抑止力になっているんでしょう? いいじゃない、ウィンウィンの関係ってことで」
「いいはずがないだろう」
仁志は頭を抱えて黙り込んだ。
希子は無責任に「大丈夫よ」と言うが彼女の大丈夫も今の仁志には安心材料にはならない。
しばらく呆然と考え込んだのち、仁志はゆっくりを頭を振った。
「何もこちらの入り口を封鎖しなくていい理由にはなっておらん。つまりワシらは化物に挟み撃ちにあっているということだろう。そのツクモとやらもワシは信用できん。何から手をつけるべきか……」
「えぇ、まぁそうですねぇ。警戒が不要とは申し上げません」
アスカはそう言ってチラリと仁奈の方を見た。仁奈が一瞬殺気を纏う。
アスカは適当な微笑みを返して仁志の方に向き直った。
「しかし下手に攻撃するのもおすすめはできませんよ? 触らぬ神に祟りなしと言いますし。ねぇ」
仁奈は何も言わず無表情にアスカを睨んでいる。
仁志の「なぜ?」という問いは適当にはぐらかされた。アスカは意味深に横目で仁奈のことをチラチラと見ながら、仁志には「さぁ」と返事するのだった。
「まぁ、こちらのことは一旦後回しでいいと思いますよ? そうですねぇ、あなたも一度ツクモ様とお話してみればいいかもしれません。案外気が合うかもしれませんよ」
アスカがそう言って笑っても、仁志はまだ納得がいかなかった。ツクモを信用する根拠に欠けている。
仁志は震える手で杖を握って、深く深く息をついた。
納得がいかないのは仁奈も同じだった。暗い表情のままじっとアスカを見つめる。
「わからないわね。私はあなたのことが信用ならないわ。ツクモのこと傷つけたと思えば敬ってみせたり、紅南のことだって、味方なのかと思えば秘密をバラしたり」
「おや、あなたも同じようなものではないですか? 普通に振る舞っているように見えて節々に大きな殺意が見える。得体のしれない恐ろしさがあります」
「それはあなたが相手だからよ」
そう言った仁奈のこめかみがピクリと動くと同時に、アスカは一歩下がって緊張を高めた。
口を閉ざした2人の瞳にはお互いの一挙一動だけが映る。深い呼吸とともに白い吐息が視界を僅かに悪くする。
このままでは家を壊しかねない。見かねた仁志と希子が止めに入って、2人はようやく元に戻った。
「……何も疑われるようなことはありませんよ。私は自分がやりたいようにやっているだけです」
「そう」
仁奈はアスカのことを静かに見つめ続けた。
アスカは少しだけ居心地の悪さを感じた。先程までとは少し違う。何かを見抜かれてしまうような。
「きっと何も無いのね」
仁奈が呟く。アスカの表情が強張った。
「可哀想な人。本当は紅南のことだって全然興味ないんでしょう」
仁奈は心から悪意を込めて言った。ニヒルな笑顔を浮かべてアスカを睨む。唾でも吐き捨てそうな様子である。
希子が再び止めに入っても仁奈はアスカを睨んだままだった。
アスカは何も言い返さない。ただ深く息をついて、仁奈を無視して仁志の方に笑顔を向ける。
「概ねお伝えしたつもりですが、何か他に聞きたいことはございますか?」
仁志は数ミリ目を見開いた。何か想定外のことがある、といった表情だ。
「本当に全て話したのか?」
「全てではありませんが、まぁ、必要なことは」
「……空という少年については何か知っているか?」
「あぁ、紅南とよく一緒にいますから存じておりますよ。ですがあなたにお話しするようなことは何も」
そうか、と仁志は呟く。その表情はやはり納得しているとは言い難い。杖を握る手が冷える。
「ともあれ、最後の時は近い。ぜひとも準備を進めることをおすすめしますよ」
アスカは嘘っぽく笑ってみせた。仁志は思い詰めたような表情のまま、「わかっている」と絞り出した。




