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平和主義者の食人鬼共生奮闘記  作者: 冷瑞葵
二 銘々の胸裏
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三十四話-追跡

 仁奈はアスカを追いかけて全速力で走っていった。仁奈が走ったところには電流が走り、木々が消えていく。


 アスカは四方に無作為に飛び跳ねるように逃げていた。


「なんで当たんないのよ!」


 仁奈の声は怒気を孕んでいながら泣き出しそうに裏返っていた。


 攻撃が単調なのだ、とアスカは思ったが口にはしなかった。

 何度も服の裾が突如消え去り、電流で手足が痺れる。しかしその攻撃パターンは単純で、素人にほかならない。

 反撃しようと思えばアスカは一瞬で彼女の首を取れるだろう。

 

 アスカは逃げながらなぜ彼女がこんなにも怒りをぶつけてくるのかと考えていた。

 恨みを買う覚えならいくらでもある。関わってきたあらゆる人に好かれていない自覚はあるし、そんなことはどうでもよかった。


 しかし彼女のことは記憶にはない。先ほど紅南が呼んだ「仁奈」という名前のほかにはほとんど何も知らない。

 あちらは自分の名前を知っていたようだから、どこかで接点があったのかもしれないが。

 興味のないことは記憶から抜け落ちる性質(たち)だ。一体どこで会ったのか、検討もつかない。


 さて、このまま逃げていても埒が明かない。ならば反撃するか。だがそれは紅南の意思に反する。


 アスカはひょいひょいと攻撃を躱し、ああでもないこうでもないと考えを巡らせた。


「話し合ってわかる雰囲気ではないですよねぇ」


 タハハ、と苦笑いをするアスカの髪の毛先が突然短くなる。

 今のは少し危なかった、と一層注意を凝らしたアスカは、右頬に触れる空気がほんの少し熱くなったのを感じた。


 理由もわからず本能的に左に飛び退くと、小さな爆発が起きたように何も無い宙に火球が現れる。


(雷の次は火ですか)


 こうも遠距離攻撃を組み合わされると少し面倒くさい。あの空という少年の巻物の力か。


 火と言えば、先日村の家の1つが燃え落ちた。あの家に関わる人間は果たして誰だったか。

 紅南の家の裏山が一部丸焦げになっていたのは関係あるだろうか。


 そういえばついさっき紅南は一人の少年に「心配していた」と伝えていたかもしれない。

 彼があのときの関係者か? 彼も自分を追ってきたのか?

 であれば、自分は知らないところで2つも恨みを買ってしまったらしい。まぁ、よくあることだ。


 アスカはそんなことを考えながら、次々に現れる電撃と火球を直感を頼りに避け続けた。

 今が冬であることは幸運だった。これが夏だったら、火が発生する前のほんの少しの気温の上昇を察知するのは難しかっただろう。


(しかし、少しやりにくい)


 雷と比べれば火による攻撃は幾分計算されていた。

 雷使いが轟く憎悪によって侵攻しているとすれば、炎使いは静かに燃える殺意をもとに確実に息の根を止めに来ている。


 このままでは攻撃が当たってしまうのも時間の問題かもしれない。

 アスカはそう考えて、少し離れたところへとジャンプして2人の方を振り返った。


「お二人とも、お待ちください。少しお話しませんか? 私に攻撃の意思はないんですよ」


 なんて言っても無駄でしょうけどね。

 アスカは内心毒づきながら表情筋をうんと働かせて笑顔を作った。


 化物姿での笑顔など不気味なだけだろうけれど、それならそれでいい。少しでも怯んでくれれば、体力を回復する時間ができる。


 だが意外なことに、アスカの言葉に2人は立ち止まった。


 仁奈はまだ怒り心頭という様子だが、楽多は幽霊でも見るような面持ちで戦意を失い、戸惑う表情で仁奈を横目に見て出方を窺っていた。


 雷や炎に焼かれた草木の灰が空気中に舞って火の粉の光に照らされる。

 その非常にゆっくりとした動きが、この緊迫した空気をかろうじて宥めていた。


 アスカは息を整えながら続ける言葉を探した。


「その、正直なところ、襲われる道理がわからないんです。どこかでお会いしましたっけ」

「は……?」


 アスカの発言に反応したのは仁奈だった。青筋を立ててそのまま一歩踏み込もうとするので、反射的に楽多が制止する。


 仁奈の怒りは収まらず、唇をわなわなと震わせてアスカのことを睨みつけた。

 アスカは何か言葉を間違えたらしいと思ったがひとまず平然を装う。


「10年くらい前のことよ。覚えていないっていうの」

「んー、10年前にこの村には来ていませんねぇ。人違いでは?」

「向こうでの話よ。ツクモと一緒だった」

「あぁ、ツクモ様ならもちろん知っていますよ!」


 様? 仁奈は訝し気な顔をした。傷つけておいて様付けとはどういうことだ?

 飄々としたアスカの態度からはその真意を読み取るのは難しかった。


「初めて会ったのがちょうど10年くらい前でしたかねぇ。そのときにあなたがいたんですか? すみません、興味のないことは覚えるのが苦手で」

「あなたはツクモのことを傷つけた」

「ん-、そういうこともあったでしょうねぇ。どれのことを言っているのでしょう?」


 アスカは特に悪びれることもなく乏しい記憶を辿った。

 ツクモに会いに行くことは何度もあったが、そのとき周辺にいた有象無象などいちいち覚えてはいない。何かほかにヒントがあれば別だが――。


「あぁ、思い出しました」


 アスカは口の端を引き延ばすような笑顔で、仁奈に照準を合わせて目を見開いた。

 獲物を見出した悪魔のような笑顔に、楽多は警戒を強めて仁奈の前に立つ。


「あなたのモノを消す能力、そのときも使いましたよね?」


 仁奈は「は?」と不機嫌に呟いて、少しの間押し黙る。


「……よく覚えていないわ」

「おや、そうでしたか。しかし証拠は残っていますよ。ほら」


 アスカは途中までしかない右腕を上げてみせた。

 状況を飲み込むまでに時間がかかる楽多の後ろで、アスカの意図に気付いた仁奈はアスカと同じように目を見開いた。


「思い出した。あなたがツクモを襲って、その後に私の方に襲ってきたから、咄嗟に右腕を消し飛ばしたの」

「えぇ、えぇ! そうですよねぇ。ずっと不思議だったんですよ。急に腕が消えたものだから」

「じゃあやっぱりあなたが」


 仁奈の憎悪が膨れ上がるのを背中で感じて、楽多は自分まで怒りに飲み込まれるような心地を覚えた。

 しかし、彼もそんなことで今更怖気づきはしない。


「じゃああんたは、仁奈を襲ったことを認めんのか?」

「え? えぇ。そうですね」

「なんでそんなに平然としてるんだ? あんた言ったよな。『襲われる道理がわからない』って。でも、あんたは、人を襲うのを何とも思わないくらいいっぱい傷つけまくってるのか?」

「あぁ、言われてみればそうですねぇ! 今は紅南に言われて傷つけないようにしてますけど」

「何だよ……それ。何だよそれ!」


 楽多はアスカのことを睨みつけた。殺意をその胸中に取り戻して。


 アスカは周囲の空気がまた暖かくなるのを感じた。

 立ち去ろうと思うが、どこにも暖気の切れ目がない。どうする? 上方に飛ぶか? しかし空中では身動きは自由に取れなくなる。


 色々な可能性を考えながら動けずにいるアスカの周囲で、火の粉がチリチリと音を立て始めたとき、アスカは背後に気配を感じてハッと振り返った。


 見覚えのある顔だ。こんなところで再会するとは。


 ジュッという音とともに、火の粉から燃え移った火は一瞬で掻き消された。それと同時にアスカに等身大の水球がぶつけられる。


 アスカは水の中、冷や汗をかくような感覚で不敵に笑った。


(水使いまで揃うとは)


 アスカの視線の先には何やら怪我をしている空が思いきり顔をしかめて立っていた。

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