三十ニ話-希子
突如扉が開き光が差し込む。部屋にいる面々は、そこでようやく先程までの苦しい空気に紛れて静かに足音が近づいてきていたのだと気付いた。
3人が視線を向けた先にいたのは、仁奈に似た面影を持つ老婆である。
自身の身長の半分以上はある銃を担いで、懐中電灯片手に仁奈そっくりに微笑んでいる。
「あら、仁奈。帰っていたの」
声の主は大宮希子。仁奈の祖母だ。
装備に似つかわしくない晴れ渡る笑顔をして帰宅した孫を出迎える。
仁奈は外向きの顔をやめてほんの少し口をへの字に曲げた。
「おばあちゃん、3人のこと匿ってるって、この前帰ったときに教えてくれればよかったのに」
「うーん、そうもいかないじゃない? ほら、おじいちゃんに怒られちゃうでしょ。それに……」
希子はチラッとミヅキの方を見た。ミヅキが頭を振ると、希子は言葉をそこで止めて穏やかに強かに笑った。
仁奈は静かに祖母を睨むが、効いている様子はない。
それどころか希子は「ところでお腹空いてない? お菓子余ってるのよね」などと呑気に言ってまた部屋を出ていこうとする。
仁奈は慌てて引き留めた。
「ツクモのこと、何か隠してるんじゃないの?」
「あら」
希子は意外だという風に目を見開いてもう一度ミヅキと楽多の方へと視線をやった。
ミヅキは小さくまた首を横に振った後、そっぽを向いて我関せずといった調子で済まし顔をした。置いてけぼりを食らっている楽多は何も言えずに呆然としていた。
希子はその様子を見て、相変わらず笑みを浮かべたまま、一瞬の間を置いて人差し指を口に当てた。
「ナーイショ!」
「おばあちゃん!」
「だぁって、あの子も言いたくないって言うし」
「……それは肯定ってこと?」
「さあ。どうかしらね」
仁奈は拗ねた子供のような顔をした。希子は笑顔のまま揺るがない。
仁奈が絞り出すような声で「ちゃんと答えてよ」と言うと、希子は初めて僅かに困り眉になった。
「私から話すべきことではないわ」
穏やかな物言いと慈愛に満ちた眼差しは、希子が笑顔の裏に持っている本性を示しているかのようだった。
それに対峙する仁奈も口を結んで眉間に皺を寄せて、こちらも優等生の仮面に隠された本性を見せている。
「おばあちゃんって、昔からそうよね。何でもない顔して、昔から何か隠してた」
「んー、そーお?」
「大体、向こうから話してくれるわけないじゃない。だからおばあちゃんに聞いてるのに」
「案外わかんないわよ? 焦りは禁物。ね!」
そういうところだ。そういうところが昔から不服だったのだ。
仁奈はまだ納得がいっていなかったが、言い返す言葉もなくてただ口を尖らせた。鼻歌でも歌いそうな祖母にじっと睨みを利かせながら。
不機嫌な表情を見せるのはもう一人。楽多はようやく我に返って覇気のない声で呟いた。
「……本当に、あいつが仁奈の言う『ツクモ』って奴なんスか」
楽多の不信感に満ちた眼差しは希子と仁奈の2名に向けられている。
希子は仁奈の方をちらりと見ておおよその状況を理解した。少し厄介なことになったわね、と笑顔の裏で思いつつ楽多に向き直る。
「それも私が話すべきことじゃないわ」
「なんで、そんな普通なんですか?」
「普通?」
希子は純粋に意味がわからず聞き返す。それが意図せず楽多の焦りと警戒を増幅してしまった。
「なんでそんな冷静なんスか? だって、あいつは化物で、ずっと2人のそばでコソコソしてて、それで、今はこの場所を奪ってアジトに使ってるんスよ? なんで平然と協力してるんですか!? なんで、なんでそんな、ヘラヘラしてられるんですか!?」
希子は楽多の言うヘラヘラとした表情で、眉を気持ち八の字に寄せた。
珍しく視線を四方に動かし、楽多と仁奈の顔を見比べて顔を強張らせる。ミヅキの方にも視線をやったが、ミヅキは口を閉ざし何も反応を見せなかった。
最後は楽多の恐怖にも似た怒りを見て、希子は長考の末に変に明るい声で答える。
「もう慣れちゃったのよ! 実は私、前から彼の正体知ってたから!」
希子のその言葉は3人に衝撃を与えた。
口をあんぐりと開けた3人の中で、大声を上げたのは仁奈である。
やっぱりそうなるわよね、と希子は準備していたように仁奈の方を向いて苦笑いした。
「どういうこと!? ツクモの正体知ってたの? 私だけ知らなかったってこと!?」
仁奈は希子の胸ぐらを掴みそうな勢いで祖母に迫っている。
仁奈があまりに大声で叫ぶので、他の2人はかえって冷静になって怒声の上がる場面を眺めていた。気持ちとしては仁奈に共感できるため一層止めに入りにくい。
「それが、おばあちゃんが昔から隠してたものってこと?」
「まぁ、そうなるわねぇ」
「何それ、わけわかんない!」
仁奈の泣き叫ぶような声に、ミヅキと楽多は内心「隠れて逢瀬を重ねていたあなたが言えることではない」と思ったが、口には出さないでおいた。
仁奈はせっかく結わいている髪がボサボサになるくらい頭を掻きむしって、時折顔を覆いながら言葉にならない小さな呻き声を出していた。端から声を掛けられる状況ではない。
希子は冷や汗をかきながら、気を取り直すように笑顔を作り直した。
他3名には当然ながら笑顔はない。希子は住み慣れた家でアウェイな空気に苛まれ、引き攣った笑顔を極力自然に見せる。
「まぁまぁ、落ち着いて。ね、お茶でも飲んでゆっくり話しましょうか」
ほんのわずかな間の沈黙。仁奈は動きを止めて希子の発言を咀嚼した。
希子に向けられた張り詰めた空気が一瞬殺意に似た冷たさを纏う。
希子は笑顔を崩さない。仁奈は混乱を敵意に変えて祖母に真っ直ぐ向けていた。
「そんな気分になれると思う?」
「仁奈、そんなに怒らないで。別に仁奈を除け者にしてたわけじゃないのよ。ただ……」
「ねぇ、それだけの問題じゃないの、わかってるでしょう」
仁奈の問いかけに希子は笑顔で返す。
仁奈は唇を噛んで、次の言葉を言う前に覚悟を決めた。
「おばあちゃんがツクモの正体を知っていて、彼と協力しているのなら、今回の侵略について前もって把握していた可能性があるわ」
「……怖いこと言うのね。私がこの村を襲ったとでも言いたいの?」
希子はやはり笑顔のままだ。だがその笑みに若干の陰が差したことに、見る者はすべて気付いていた。
希子が今回の侵略について事前に知っていた。楽多とミヅキは2人揃って体を強張らせる。
仁奈の言葉が何を意味するのか、確かなことはわからない。ただ、希子が純粋な村民側の人間ではないということはほぼ確実と言っていい。
「質問で返さないで。ちゃんと答えて。知ってたの?」
仁奈は臆することなくピシャリと言った。
希子はなかなか答えようとしない。痺れを切らした仁奈が「おばあちゃん」と再び声を掛けると、希子はふうとため息をついた。
「言ったでしょ? あまり私の口から言うものじゃないと思うの」
「誤魔化さないでちょうだい。大事なことよ。答えて」
「んー、仁奈は、私が信用ならない?」
「この状況ではそう言わざるを得ないわね」
希子は「それもそうね」と言って諦めたように笑った。
なぜ反論してくれないのだと言わんばかりに睨みつける仁奈は、数度の浅い呼吸の後に降参してブツブツと本当の答えを述べる。
「……いえ、信用の有無は置いておいても、敵と決めつけるのは早計だと思う。考えてみればおかしかった。私もおじいちゃんもあの日に限って外出してた。おばあちゃんの指示でね。おかげで2人とも無事だった。もしあの日私が自分の部屋にいたら、私は助からなかったでしょうね。私の部屋から彼らが来たんだから」
「そう。気付いてくれてよかった」
苦虫を嚙み潰したような顔をする仁奈に対して、希子はどこか晴れ晴れとしていた。仁奈は歯ぎしりをして、苦しそうに最後の本音を絞り出す。
「それに……、私は、ツクモのことを信じたい」
「そう」
希子の返事は無関心なようにも温かいようにも感じられて、仁奈は自分が出した結論が正しいのか判別できなかった。
仁奈がまだ葛藤の最中にいる間に、希子は手を叩いてパッと乾いた音を鳴らした。そうして勝ち誇った顔で花が咲いたように笑う。
「ならこの話はこれで終わりね!」
仁奈の不満がすべて解消されたわけではない。楽多の不信感も何も解消していない。
希子は彼らに引き留められる前に、「じゃあお菓子を用意してくるわね!」と言ってとっとと部屋の外へと踵を返してしまった。




