二十九話-推理
仁奈は2人に続いて隠れるように自分の家に入り、見慣れた居間へと侵入する。
自分の家なのにこんなにコソコソとして、妙な気分だなぁと思いながら仁奈は周囲を見渡してみた。
20人くらいゆったりと過ごせそうな広めの部屋だ。
数日前、化物たちがやってきた日の夜に帰ったときはもう少しガラスが散乱していたり、種々の割れ物や武具が置いてあったりして混沌としていた。
あのときと比べると少し整理が行き届いている気がする。
「さて、と」
仁奈はニコッと笑って手を叩いた。
対するミヅキと楽多は重々しい表情で仁奈の笑顔を異国のもののように眺めている。
「ともあれ一度休みましょう。色々あって疲れちゃった。2人も……」
仁奈は冷え切った座椅子を引き出して2人に着席を勧めたが、楽多もミヅキも無防備に座る気にはなれず、椅子は寂しく放っておかれることとなった。
重たい空気の中で仁奈は笑顔を取り繕う。
「じゃあ、本題に入ろうかしら。おばあちゃんはあなた達の協力者ってこと? この前帰ってきたときはそんなこと言ってなかったと思うけど」
楽多は一瞬戸惑ったように視線を逸らした。しかし、すぐに一息吸って仁奈にしっかり向き合い、はっきりした声で言葉を紡ぐ。
「希子さんは元気にしてる。本当だ。だから大丈夫」
「うん、それはいいのよ。心配はしてないわ」
仁奈はあっけらかんとした様子だった。
嫌に淡々としている仁奈に楽多は言葉を失う。
仁奈はしばらくして楽多の視線に気づき、フフッと余裕ありげな笑みを浮かべた。
「だって随分綺麗にされてるし。それに、おばあちゃんのことよ。いざとなればライフルで応戦するに決まってる」
ニコニコと笑いながら、仁奈はズドーンと撃つジェスチャーをしてみせた。
いっそ狂気じみたその様子にミヅキと楽多は口をつぐみ、距離をおいて彼女を見守る。
「ね、改めて、これまで何があったか教えてくれる? それとも聞かないほうがいいかしら。あなた達がいつどうやって会ったのか、とか」
笑顔を崩さず探りを入れる。仁奈の質問にはミヅキはもちろんのこと、楽多も何も答えない。
仁奈は楽多の口がほんの一瞬開いたことを見逃さなかった。
仁奈は表情を変えないようにしながら黙って楽多の方を見続けた。
返答は期待しない。彼の表情から自分の推測が合っているか推理する。
楽多の家族はあの侵略者達に殺された。そしてそれを発見した楽多は、経緯は分からないけれど、家ごとすべて燃やした。
ミヅキと会ったのはその前後ではなかろうか。
つまり、ミヅキは家族や守るべきものを無くした楽多の目の前に姿を見せ、見事自身を楽多の次の庇護の対象とした。
楽多は「ミヅキちゃんを一人にはできない」と言ったが、実際のところ彼女にまんまと乗せられているのだ。
仮にこの考察が合っているとして、ミヅキは楽多周りの事件にどれだけ関わっているのだろうか。
最悪の事態を想定するのならば、ミヅキは化物達による侵略の手助けすらしている?
仁奈は息をつき、考えすぎだと自分自身を戒めた。
きっとこの子はそこまで頭が回るわけじゃない。人の善意につけこんで助けてもらうのが関の山だ。
人々を従えるほどの頭脳と話術を持ち合わせているのなら、今ここで黙りこくって仁奈の方を睨みつけてはいないだろう。
同じように、人を操る超能力を持っていないと推測できる。もしそんなことができるなら仁奈自身がとっくに操られているだろうから。
そもそも、楽多と接触したのは本当に彼女の意思なのだろうか。
仁奈は一つ自分なりの答えを導き出していた。そして、その仮説が仁奈にとって何よりも大事なものだった。
暗い顔で固まってしまった楽多の方を改めて見つめる。
「2つだけ確認させて。楽多がミヅキちゃんに会ったとき、あの化物は一緒にいた?」
「え? ……うん」
「そう」
仁奈の淡白な返答には深く重い空気が乗せられていた。
その口元は確信を得たように不敵に笑っている。仁奈が笑っているのはいつものことではあるが。
「もう1つ。この場所をアジトにしたのは楽多の提案じゃなくて、元々ミヅキちゃん達が使ってたんじゃないかしら」
「あ、あぁ。2人に案内された先がここで」
仁奈はいよいよ満足げに笑った。楽多には、その笑顔がどこか悲しそうにも見えた。
続きを言い淀んだ楽多に代わって口を挟んだのはミヅキだった。
「何が言いたいんですか、さっきから」
「あら、ただの確認よ。ここがアジトになっている理由……つまり、おばあちゃんがあなた達に協力している理由が分かるかと思って」
「は?」
「楽多が加わるより前から協力してるのなら、何か他の理由があるかもしれないじゃない? 3人の中で村人は楽多だけのはずなのにね」
仁奈のその言葉には言い様のない圧があった。
ミヅキが一気に警戒するのを見て、仁奈は少し態度を柔らかくする。
「ミヅキちゃん達はこことは違う世界から来たのかしら?」
「え、えぇ、はい」
「そこには鬼みたいな人たちがいて、人間を襲ってるんじゃないかしら」
「なんでそれを」
ミヅキは事実上の肯定をして、慌ててキュッと口を結んだ。仁奈はやはり不敵に微笑む。
それにしても簡単に口を滑らせてくれるなんて、やっぱりこの子はただの子供だと仁奈は確信を得つつ冷静にミヅキの動きを観察した。
ミヅキが楽多の影に隠れようとしても楽多は一歩下がったところで呆然と問答を眺めている。
一瞬険しい顔を見せたミヅキにずいと顔を近づけて、仁奈は笑いかけた。
「1つ確認したいんだけど」
もう既に2つ確認しただろう。ミヅキはそう思ったが口にはしなかった。
自分は楽多のようにはいかない。絶対に答えてやるものかと口を一文字に結ぶ。
「あすか」
そうして準備していたミヅキですら、仁奈の発した3文字にギクッと肩を震わせてしまった。
仁奈は真剣な瞳に笑顔を貼り付けてミヅキの返答を待っている。
どうやら聞き間違えではないらしい。仁奈は確かに彼の名を口にした。
「アスカっていう化物について知ってる?」
「な、なんで」
「そう。そうなのね。ふふ」
ミヅキがはっきり返答する前に、仁奈はすべての謎が解けたとでも言いたげに含み笑いをした。
その笑い声には仄かな怒りが含まれていて思わずミヅキは姿勢を正し拳を握りしめる。
笑ったまま何も言ってこない仁奈に堪りかねて、ミヅキは楽多の顔をじっと見つめた。
ようやく楽多は仁奈の前に割って入り、ミヅキは三歩ほど仁奈から距離を取ることができた。
「仁奈、何を知ってるの?」
楽多は疑るように尋ねた。そして、自身の方に視線をよこした仁奈を見て思わず身構えた。
楽多を見上げる仁奈の瞳はどこかギラギラと輝き、彼女の表情は覚悟を決めた人のそれのようにスッキリとしている。
楽多が何も言えずにいると、仁奈はふっと表情を緩ませ、自然な笑みを見せた。
「私ね、昔アスカに会ったことがあるの」
その言葉に、幽霊でもみるような視線を向けたのはミヅキだった。
そんなはずはない。だって、アスカと仁奈は生きている世界が違うのだから。
ミヅキは最初そう考えて、いや、と思い直した。
今回ミヅキや化物達が世界間を渡ったように、以前アスカが気まぐれにこちらの世界に来ていないとも限らない。
彼ならやりかねない。たちの悪い好奇心ばかりが原動力の男だ。手段さえ確立されていればその場の勢いで行動してもおかしくない。
ミヅキは小さくため息をついた。しかし、次に仁奈から発せられた言葉はミヅキの想像とは違っていた。
「私、2回だけ向こうの世界に行ったことがあってね」
ミヅキと楽多はすっかり固まってしまった。
たしかに逆が可能なのだから、近江谷村の方から世界を移動できるとしても驚くべきことじゃないのかもしれない。けれど、実際に目の前にすると言葉を失ってしまう。
目を丸くする2人を見て、仁奈はにっこりと微笑んだ。
「少し昔話をしてもいいかしら」
楽多とミヅキの返事を待たず、仁奈は一息吸ってぽつぽつと話し始めた。




