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平和主義者の食人鬼共生奮闘記  作者: 冷瑞葵
二 銘々の胸裏
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十九話-楽多

 楽多は表情を強ばらせただけで、その場を立ち去ろうとはしなかった。空と仁奈はほぼ同時に立ち止まる。2人はそうして楽多の前に立ち塞がるや否や、口々に質問した。


「心配していたのよ。なんでこんなところにいるの?」

「あの火事はどういうこと。なんで逃げたの」


 楽多は愛想笑いをしようとして、片頬をわずかに引きつらせた。余裕なく視線を漂わせて、気持ちばかりの愛想笑いも保てぬまま困ったように辺りを見渡す。


 楽多の視線の行く末を追った空は、楽多の返答より、彼の隣の存在へと関心が移った。

 パステルカラーの和服風衣装を纏った年端も行かない少女。空と目が合った彼女は、楽多と同じように顔を強ばらせて空を一点に見つめる。


「なんでここに……拐われたんじゃ」


 空は質問を少女に向けつつ、微かな疑心を持って楽多の方を盗み見た。


 楽多の隣にいるのは、アスカやコテツと会ったときにいた、目隠しの少女だ。ただ、今は目隠しをしておらず金色の丸い瞳がはっきり見えている。

 楽多は小さく「知ってんのか?」と少女と空の顔を見比べる。純粋に驚いたようなその様子は、後ろ暗いこと――例えば、彼女を拐うとか――をしているようには見えなかった。

 空は楽多の反応に半ば安心しつつ、警戒心を少女へと移動させる。


 空は状況を飲み込めずにいた。何から問えばいいのかわからなかった。

 なぜ彼女がここにいるのか。どうやって逃げてきたのか。何のためにここに来たのか。そもそも彼女は何者なのか。

 彼女の立場がわからない以上、下手に行動するわけにはいかない。


 空がじっくり観察して、時間ばかり過ぎていく。

 冷風で皆の頬が凍てつき始めた頃、少女はしびれを切らしたように楽多に弱々しく縋った。


「なんか睨んできます……怖い」

「――は!?」


 思わぬ反応に、空が声をあげる。少女はほんの一瞬口角を上げて、すぐに泣き出しそうな顔に戻った。


「ほら、怒ってきました! 助けてくださいぃ」

「ちょっと待ってよ。君、そんな弱気じゃなかったでしょ」


 思わず言い返して少女に詰め寄ろうとした空を、仁奈でさえ止めにかかる。

 空は下手に深追いすることはなかったが、代わりに十分すぎるくらいの不服な眼差しを少女に向ける。少女は楽多の影で、薄汚いほくそ笑みを浮かべていた。

 少女の闇など知らず彼女の盾となった楽多は、空に諭すように語りかける。


「どういう関係か知らねぇけどさ。彼女も被害者だ。奴らに拐われて、命からがら逃げてきたらしい。あまり怖がらせないでやってくれねぇか」

「それが命からがら逃げてきた人の表情(かお)?」


 空はせめてもの抵抗をと冷たく言い放った。

 楽多は空の言葉を受けて後ろを振り返る。そのタイミングで、少女は眉をハの字にして上目遣いになりながら身をすくめた。

 楽多が空に向き直った途端に少女はクールな表情へと一変したので、空は顔をひきつらせた。楽多は何も知らないままだ。


「ねぇあなた、どこから来たの?」


 いっそ距離を置こうとして下がった空に代わって、仁奈が空の目の前へと一歩踏み出した。優しさの裏にある威圧感に、着物の少女は、おそらく素で、後退りしてたじろぐ。


「どこから来たの? どうやって来たの? どうして来たの? 聞きたいことは山ほどあるわ。教えてくれるかしら」

「……あなたに教えられることはありません」


 仁奈は問いながら少女に視線を合わせるため膝を屈ませたが、少女はサッと楽多の後ろに隠れてしまった。仁奈はそのまま立ち上がらずに、楽多へと向き直った。


「知ってることを教えてちょうだい」


 声のトーンは、少女に向けたのと同じく子守唄のような優しいものだった。しかし、やはり同様に、命令ともとれる強さがある。

 楽多は無言の圧に負けて言葉を濁らせながら口を開く。


「……この子のことは、俺もよくわかんねぇ。俺もさっき会ったばかりで。でも放っておけないだろ。子供が一人でこんなとこに……」

「ミヅキっていいます。子供じゃないです」


 楽多の影に隠れたままで、少女――ミヅキが言葉を遮った。

 強く断言してしまったのを悔やむように、3人の視線を浴びたミヅキの表情は必要以上に固くなっていた。少女の思わぬ発言に驚いた各々は「楽多だ」「仁奈よ」「……空」と自身の呼び名を口にしたが、ミヅキは楽多の後ろで注意深く視線を巡らせて、それ以上声を出そうとはしない。


「ともかく、詳しいことはわかんねぇし、あんまり深追いもしたくねぇから」


 楽多はミヅキを背中にうまく隠してやって、話を切り上げようとした。


 仁奈も空も、楽多が議論から逃げていることを察知しながら、次の言葉を決めかねていた。

 楽多からどうやって真実を語らせればいいのか2人は思案する。4人の息遣いが互いの警戒心を浮き彫りにする。


「……それで、君は何を燃やそうとしたの」


 先に思考を諦めたのは空だった。空の続く言葉を察知した仁奈が後ろ手で牽制するが、空は無視して言葉を続ける。


「あの炎は巻物のものでしょ。なかなか消えなかったのは、何かを燃やし尽くすためか、僕に侵入させないためか。とにかく君が出し続けてたんでしょ。なんで」


 楽多の表情が、一瞬にして影に変わる。口を結んで返答はしない。

 空は一言も返されなかったことにムッとして、さらに質疑を重ねた。


「昨晩は家に帰って、何をしていたの。家族はどうしてるの」

「空!」


 一線を越えてしまったと判断して、仁奈が半ば乱暴に空を引き下がらせようとする。それでも空は無視を続けて、その場に留まった。

 楽多の顔はいっそう暗くなった。暗くなるところまで暗くなって、地底からの呻きに似た声が出る直前、ミヅキに服の裾を引っ張られて我に返った。

 空にはそれが納得いかなかった。楽多を引き留める存在が正体不明の子供であることが不満だった。彼を襲った出来事を予測できてしまっているので、なおのこと腑に落ちなかった。


「その子は君の家族じゃないでしょ」


 思わず口にしてしまう。それが楽多にとってどれほどの棘となるか量れずに。

 ミヅキがまた裾を引っ張るので、楽多はどうにか冷静に戻れた。一瞬浮き上がったこめかみも平面に戻る。


「お前に何がわかるんだよ」


 冷静になってもなお、楽多のその言葉は止めることができなかった。そして、その言葉は今度は空に鋭利な棘として襲いかかる。


「家族なんて知らないのに」


 楽多は続けて愚痴る。言葉の最後は控えめに、目に見えて小さくなっていった。

 空は何も言い返さなかった。気まずい静寂が訪れる。


 しばらくして、ミヅキが楽多の裾をまた引っ張った。それが合図となって、楽多が立ち上がる。


「……悪い。しばらく放っといてくれねぇか。心ん中グチャグチャで、もう訳わかんねぇんだ。頭冷やさせてくれ」


 空も仁奈も、引き留める言葉を知らなかった。それが肯定と捉えられたか、2人の目前を熱風が襲う。

 思わず目を閉じて熱が収まるのを待つ。恐る恐る目を開けると、そこにはもうミヅキも楽多もいなくなっていた。

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