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平和主義者の食人鬼共生奮闘記  作者: 冷瑞葵
二 銘々の胸裏
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十八話-仁奈

「仁奈!」


 周囲への警戒を強める空とは違って、紅南は迷わず駆け出した。空は制止しかけたが、状況を判断して手を引っ込める。紅南は仁奈の横に膝をついて、慌ただしく彼女の状態を確認した。


「能力を使ったからってことかな。本当に、話に聞いた通り体力を使うんだね」


 空は一歩も動かずに、少し距離のあるところから声をかける。紅南は答えなかった。

 空もそれ以上声をかけなかった。紅南が眉にシワを寄せていて、それどころではないらしいことを認識したためだ。


 しばらくの間、紅南はせわしなく仁奈の全身に触れて右往左往していた。そろそろ何か言葉がほしいと空が思い始めた頃、紅南は戸惑った様子のまま空の方をチラリと見た。


「大丈夫。ちゃんと息してるし、怪我もない」


 紅南は最低限だけ告げて、何ができるでもないがまた仁奈に向き直った。同様の無意味な行動を繰り返す紅南を見かねて、空はそっと自身の胸に触れる。


「――巻物」


 空がポツリと呟く。紅南は戸惑う表情のままで空の方を振り返った。


「回復が少し早まるかもしれない」


 紅南はほんの少し首を傾けた。空は胸元に手を突っ込みながら、意図的に視線をはずした。呼気に集中しつつ一つ一つ言葉を紡ぐ。


「君たちに渡した他にもある。多分、同じような力があるんだと思う」


 空は適当に一つだけ取り出す。黄色い筒。

 三呼吸ほど置いて、紅南はようやく返答した。


「うん。使お」

「ん」


 空は興味なさげに生返事した。紅南に筒を容赦なく投げつけるも、紅南は造作なく背面でキャッチする。


 潜在的な力を遠慮なく発揮して、紅南は仁奈の下に巻物を広げた。仁奈の体が地面に接した瞬間、仁奈の手のひらに巻物が握られる。


 ――それ以外に、動きはない。


 紅南は変わらず脈をとったり体勢を変えたり、なすべき術を模索していた。


「ねぇ、どうしたらいいかなぁ……」


 窮した彼女が振り返ったとき、しかし、空はすでにいなかった。ぎょっとして、慌てて仁奈を抱き抱える。


「空!?」


 紅南は空がいたところへと駆けた。辺りを見渡せば、何のことはない。部屋の中に先に戻っただけである。


「ビ、ビックリしたぁ……」

「アスカっていう人はもういないの」


 紅南の心配をよそに、空は冷静な声で尋ねる。紅南は空が使っていた布団の上に仁奈を寝かせて、アスカはすでに帰ったと伝えた。空は「それならそれでいいや」と無関心に相づちを打つ。

 空も紅南も周囲に脅威がなくなったことを確かめて、腰を落ち着かせた。互いに様子を見合って、紅南が先に口を開く。


「外の様子はどう? あの火事とか、楽多とか」

「……あぁ、うん」


 紅南はゾッとして口をつぐむ。曖昧な返事が、語らずとも答えを示しているように思えた。

 空はまず、当たり障りのないことから報告することにした。


「火事は何とかなりそう。最初はなかなか消えそうになかったけど」


 空はそう言い、たまに目を泳がせて言葉を詰まらせた。少しして覚悟を決めたように視線の行き先を定める。


「楽多は、いなくなってた」


 紅南は息をのむ。何か言葉を発しようとして、結局吐息だけでその場を流す。

 空は深呼吸して、半ば苛ついたように言葉を続けた。


「わかる? いなかったんじゃない。死んでたんじゃない。()()()()()()()()()


 紅南はわけがわからないという風に首をかしげた。空はため息をつく。


「楽多はいたよ。ほぼ確実に。僕がたどり着く直前まで出火元にいた」

「出火元に?」


 空は深刻な顔をして外を見やる。それ以上自ら口を開こうとはしない。

 我慢しかねて、急かすように紅南は問うた。


「じゃあ、無事なの?」

「さぁね。見てないんだからわからない」


 身も蓋もない回答に、紅南は納得できなかった。紅南が怪訝な表情になったのを見て空は捕捉する。


「ともかく、この後また探してみるつもりだけど」


 空は紅南に視線を送った。「君はどうする」と暗に聞いている。紅南は目宮さんと仁奈に視線を送って、唇を噛みつつ頭を振った。

 空は当然だという風にうなずいた。心配そうにする紅南にろくな挨拶もせず、部屋を出ていく。


 紅南はまた一人残されて、彼女なりに険しい顔で目宮さんの顔を見守った。しばらく動けずにいた後、紅南は仁奈の方を見た。仁奈に巻物の効果があったのかどうか、回復の状態を確認したいと思ったのだ。


「あれ?」


 紅南は思わず腰を上げる。そこに仁奈の姿はなくなっていた。

 だが、焦りは杞憂であった。直後にウエストポーチが振動した。仁奈からの連絡である。

 空に着いていくから心配しないでほしいと、必要十分な最低限の情報が込められた文面が無機質に表示される。早まる心臓が収まらないまま、紅南は再び地に座った。


「まぁ……無事ならいっかぁ」


 そう口にして、紅南はスマホを投げ出して大の字に寝転んだ。




 外はまだ騒がしい。火は、事前に空が弱めていたこともあって、ほとんど消し止められたようだ。


 空は仁志がいないことを確認しながら慎重に回っていった。

 先ほどは、アスカを始末するように命令された。アスカと戦って無事で済む保証など微塵もないが、仁志にとっては些末なことなのだろう。

 アスカとは入れ違いだったので事なきを得たが、また仁志に会って面倒な命令を下されると厄介である。


 空は村人の奮闘には見向きもせず、山の中へと入っていった。うまく通り道を見つければ、きっと誰にも見られずに田中家の裏に行き着くことができる。


「待ってちょうだい」


 その言葉は騒然とした空気の中でやけに際立って、空の耳に届いた。

 不意打ちを受けた空は肩が顔につくほど身を縮こまらせて、慌てて振り返った。


 振り返った空は、しまったという風に固まった。そこには、すっかり回復した様子の仁奈がいた。

 仁奈はしばらく真顔で空を見据えていたが、2人の呼吸が落ち着いた頃、若干影がある柔らかい笑みを浮かべる。


「私も着いていっていい?」

「……なんで」

「正直に言った方がいいかしら。おじいちゃんに指示されたの。ね、着いていっていい?」


 空は舌打ちをした。大宮仁志に見つからないようここまで来たのに、思わぬ刺客がいるとは。

 仁奈は朗らかな面持ちのままで続ける。


「そうね……楽多を探すんでしょう? 私も楽多のことが心配なのよ。一緒に探しましょう。それじゃだめ?」

「どこから聞いてたの」

「火事がどうとか、楽多がいなくなったとかを、あなたが話している辺りからかしら。盗み聞きしてごめんなさいね」


 形ばかりの謝罪はしたもののあっけらかんとした仁奈の態度に、空は笑うこともできなかった。心の中で盛大にため息をつく。


「別に着いてくるのはいいけど。わざわざ君を守ったりしないよ」

「えぇ、大丈夫。なんだか力が溢れてくるの!」


 仁奈は可愛らしく胸の前で手を合わせて、楽しそうに笑った。

 空は呆れて、一瞥しただけで背を向けて歩いていってしまう。仁奈は跳ねるように着いていった。


「ね、能力のことを聞きたいわ。水を生み出せるのは巻物があるからなんでしょう? 巻物について教えて」

「それも祖父の指示で聞いてるわけ?」

「そうよ」

「バカ正直に答えると思う?」

「そうね、仲間であれば」


 一歩も引く様子のない仁奈に空はたじろいだ。逃げるように歩く速度を速めても、仁奈はしっかり着いてくる。いくら無視しても、仁奈は独り言のように質問を続ける。


「回復を早める効果もあるのかしら。手元に一つ置いてあったけど、私が今動けているのはそのお陰? 私にひとつくれたの? だとすれば、目宮さんがまだ眠っていることが疑問なのだけど。彼には使わなかったのね」

「本音は?」


 急に水を差されて、仁奈は目を丸くした。一瞬息をのんで、息を吐き出すと同時に微笑みを浮かべる。


「本音って? 情報が不足しているから、少しでも多くのことを知りたいの」

「本当に知りたいことを隠すために饒舌になってるとも感じるけど」


 仁奈は返事をしなかった。それはあからさまな肯定のようで、空はかえって訝しんだ。


 無言で腹の探り合いをしているうちに、空は視界の隅に見覚えのある色を発見した。ほの暗い雰囲気の森には不相応な、見覚えのある色だ。


「……楽多」


 仁奈と空の声が重なった。楽多はささやき声をしっかり聞きつけて、2人を見る。空と仁奈は逃げられる前に、無用な争いは休戦として、各々彼の方へと近づいた。

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