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十一話-真実

――人を疑わない秘訣は、ちゃんとコミュニケーションを取ること


 少年は楽多のアドバイスを思い出していた。


 疑う疑わないの問題じゃなく、実際紅南は大事なことを隠していた。

 隠す隠さないの問題ではなく、紅南は侵略者たちと同類だった。


 それでも自身が彼女との対話を試みていることに、少年は少なからず驚いていた。


 彼女は少年が初めて会った化物(ひと)だ。

 右も左もわからない少年に寄り添ってくれた。村のことを教え、話し相手になった。


 やはり信じたいものなのだ。たとえ人ならざるものであっても。




「……改めて、神下紅南です」


 じっと見据えられて、紅南はぎこちなく挨拶した。

 知ってること、と言ってもほとんど思い当たらない紅南は、まず自身の生い立ちから語る。


「物心つく前から、ずっとここで暮らしてきたの。――正体を隠して」


 物心というものを少年は言語でしか理解できないが、ともかくずっと長い期間であるということは理解した。


「育ててくれたお母さんもおばさんたちも、みんな同じように――その――鬼だった」


 お母さん、おばさん。少年の心にない概念が続く。

 家族全員が鬼ということか。親が鬼なら子供も鬼になるものなのか。


 たどたどしい紅南の言葉を丁寧に消化しながら、少年は認識の差を埋めていった。


「でも、今日会った人たちはみんな知らない人だったよ」


 少年が訝しんでいるとでも思ったか、紅南は早口で言い訳する。

 少年は黙って続きを促した。


「私たちは、人を食べたりなんてそんな怖いことしない。普通に暮らしてた。みんなと同じもの食べて、普通に学校に行って、遊んで、みんなと一緒に生活してた」


 正体を隠して、だけど。直前の力強い論説が嘘のように、紅南は小さくぼやいて気持ちばかりうなだれた。


 そして紅南は黙ってしまった。少年がいくら待っても、次の言葉は出てこない。


「――え、終わり?」


 少年は思ったことをそのまま口にした。

 2人はパチクリとまばたきをする。


 紅南は少年の言葉を咀嚼しながら、ウーンと唸って天を見つめた。


「……君の親も、この村に紛れ込んでるってことだよね。今はどこにいるの」


 待つだけ時間の無駄だと判断した少年は、まだ彼女の口から聞けていないこと、かつ、彼女が知っていそうなことを挙げてやる。

 紅南は唸るのをやめて正面を向くと、わかりやすく眉をハの字にした。


「お母さんたちは今ここにいないよ。どこにいるかはわかんない……。ずっと会ってないし」

「ずっと?」

「うん、そろそろ7年かなぁ」


 指折り数えて肩を落とす紅南は、到底嘘をついているようには見えなかった。


 7年。それが彼女にとってどんな意味を持つのか、少年には想像できない。

 彼女がその悲しみに耐えていたことよりも、ほとんど会っていない人間の「正体を明かしてはならない」という言いつけを守る感性の方が、彼にとっては驚きだった。

 そしてそれ以上に、彼女が本当に何も知らないことに驚愕し、安堵とともに落胆も覚えていた。


「他に知ってることはないの」


 半ば投げやりに少年は尋ねる。


 今のところ、何も情報は得られていない。


 ……得られていないことはないが、得られたとすれば「化物は必ずしも敵ではない」という目の前の事実。

 これは、少年にはかえってやりにくい。

 余すところなく侵略者として始末できればいいが、そうもいかなさそうである。


 紅南はしばらく頭をぐりぐりと刺激している。ほどなくして、ポンと手を打つ音が響く。


「アスカに聞いた話なら……」

「アスカって」


 あの、終始胡散臭かった大柄な化物のことか。少年は貼り付いた笑顔を思い起こす。


 いや、彼は信用できない。情報を錯乱させてくるだけだ。聞かないほうがマシだ。

 直感的にはそう感じながらも、実際問題として他に情報を得られそうなものがない。


 少年は敗北者のため息をついた。

 それを見て、紅南は彼が聞く準備を整えたのだと判断する。


「アスカが言うにはねぇ」


 紅南は、天に浮かぶ文章を読み直すように視線を泳がせる。句点まで読んで、苦笑いを携えて少年に視線を戻した。


「ここじゃない、もう一つの『世界』があるんだって」




 早速現実離れした話だ。紅南は自分で言いながらも首を傾げた。

 しかし、前提知識の少ない少年は、さほど苦なく受け入れる。


「アスカとかあの女の子は、そこから来たんだって。……多分コテツって人も」


 絶望的な世界だな。口にこそ出さなかったものの、少年は嘆息した。


 あの胡散臭いアスカと、人間を軽視するコテツと、目隠しをした力ない子供が一緒の世界に住んでいる。

 各々の様子からして、着物の子供は化物に搾取される側の存在なのだろう。

 これが絶望的でなくて何であるか。


 紅南は何とか言葉を選んで、最も適切な表現を探りつつ情報を紡いでいく。


「それで、その場所は私たちみたいな――鬼、と人間が暮らしてて。鬼が、――えっと、トップに立ってるんだって」


 ますますひどい。言葉がいくら選択されても、状況の悲惨さは容易に想像できた。

 他人に冷淡な少年も、こればかりは一瞬顔をしかめる。


 「トップに立ってる」、その意味は、先の化物――特にコテツの様子から察することができる。

 要は、「支配している」ということだ。


 先の少女は「搾取されている」というよりは「搾取されなければならない」立場に置かれているのだと推定される。

 そのことを改めて考えて、少年はもう一度顔をしかめた。いっそ、彼女が臆せず彼らに敵意を向けていたことは称賛に値する。


 鬼に人間が支配されている世界。

 この村に訪れるかもしれない、最悪の結末。


 その世界での人間はどんな暮らしをさせられているのか。

 いや、この村を化物が襲ってきたことから考えるに、あるいは、すでに。


 憂鬱な気持ちを抑え込みながら、少年は次の言葉を待つ。


「それで、アスカたちはその鬼を倒して、こっちに来たんだって」

「――え?」


 少年はたまらず間抜けな声を上げた。


 話が変わってきた。


 その世界を支配しているのは、鬼。

 その鬼を倒したのも、鬼。

 そしてこの世界を襲ってきたのは、鬼。


 話が違う。


「……どういうこと?」


 紅南はまた首を傾げている。


「私もよくわからないの。あまり質問できなくて……」

「悪かったね」


 まるで、少年が来たせいで十分に話が聞けなかったとでも言いたげな物言いだ。――事実ではあるが。

 少年が不機嫌な相槌を打つので、紅南はフルフルと頭を振った。


「ちょっと待ってねぇ、今話を整理するから」


 できれば最初からしてほしかったな。

 憎まれ口は喉まで出かかって、すっと引っ込んだ。

 彼女の話を理解できないのは、話が支離滅裂だからではない。状況が複雑なのが悪い。


「えっと、そうだ、アスカ……と、コテツ? は隠れて暮らしてたんだって。だから、他の人間とか、あの女の子とも多分面識はないの」


 いや、彼女の話し方も悪いかもしれない。その情報はもっと早く言うべきだ。

 下手に話の腰を折っても仕方がない。少年は呆れつつも静止したままでいた。


「アスカたちと一緒に、たくさんの――その――鬼が隠れて暮らしてるらしいの」

「……たくさん?」

「うん、そう言ってた。それで、アスカたちとは別に2人くらいが、人間の近くに住んでるんだって」


 「たくさん」という情報に気を取られていふ少年は、続く言葉の理解に一拍遅れる。

 彼なりに情報を整理して、間違いのないようにゆっくりと言葉にしていく。


「ここではない世界があって、鬼2体が人間を支配している。その他の鬼は人間にバレないところで暮らしていた。そして隠れていた彼らは今、鬼2体を倒してここに来た」

「多分そう! ……正確には、うち1人はアスカたちの仲間だって言ってたけど」

「そう。残った1体は災難だね」


 少年は心のこもっていない慰めの言葉を吐いた。見知らぬ化物に同情するほど少年は優しくない。


 紅南は再び頭を悩ませている。話を整理しようとしているのだろう。

 少年は検算して、ひとつ、聞くべきことに思い当たった。


「その世界から、どうやってこっちに来るの」


 入り口が一箇所に限られているなら、そこを塞いでしまえば少なくともこれ以上敵を増やすことはないのではないか。

 逆にどこからでも現れるのであれば、もう手の打ちようがないとも言える。


 「えっとねぇ……」と記憶を辿った紅南は、アスカの一つの発言に至る。


「あっちと、あっち!」


 彼女が指差したのは、村の最北端、大宮家。そして、最南端、神下家の方向だった。

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