彼女の懺悔、彼女の後悔
投稿の順番をミスってます。読み辛くてすみません。
これは7話です。
▷▶▷
「......ふう。だいたいは話せたかな」
紅茶を一口飲んで、光さんは一息ついた。
正直なところ、意外だった。
この話からすると、光さんは自分がお金持ちなのを嫌がっている。その上、あまり考えたくないが、光さんが人気者すぎるせいで、川崎先輩は......
「...その後の話もしておくね。あの後、私も先輩の後を追って、死のうと思った。だけど、先生たちがすぐ連絡しちゃって、私も屋上から連れ出されて......気がついたら家のベッドで寝てた。
しばらくは警察とかが来て、話を聞き出そうとしてきたけど、何にも言ってない。抜け殻みたいに意識もほとんどなかった気がする。...あんまり覚えてないけど。
でも、学校には行った。私がいなかったら、色々噂をして、変な仮説が立っちゃったりするでしょ?逃げられなかったんだよ。...この学校から。
それでも、傷なんて一向に癒える機会もないまま、進級して。...何してたんだろうってやっと我に返った。どんなことしてたか全く覚えてなくてさ。普通の中学生ライフなんて、青春なんて、とっくの昔に捨てちゃったから。
それで初めて、優羽香ちゃんと同じクラスになって、いじめられてることに気づいた。
許せなかった。誰がいじめられていようと、また同じ思いをしたくなかった。...他人でもね。
だから、優羽香ちゃんも助けたいし、いじめてる奴も嫌い。殺したいほどに」
残酷な話だ。愛した人が死んでなお、学校に行かなくちゃいけなくて、助けを求めることもできなくて...。
一人でどれだけ悩んで、苦しんで、そんな感情さえも押し込んで笑っているなんて。
私には、わからない。彼女の心の傷がどれほど深いものなのか。
それは、彼女の顔を見ても、100分の1ほどしか伝わって来ないだろう。
大きくため息をつき、光さんは背もたれに体を預けて天井を仰いだ。
「わかってたんだ。川崎先輩を殺したのは、私だって...」
「それは違うんじゃないか?今の話だと、お前は手を出してないだろ。それとも、いじめに加担していたのか?」
「そういうことじゃないよ。確かに、私はいじめについて何も知らなかった。...知らなかったから、何も出来なかった。無知は、罪だよ...」
「光さん...」
エルも腕組みをして、彼女の話に耳を傾ける。
きっと、これは彼女なりの懺悔だと思う。少し遅い、本当に向き合えてからの。
「それに...私が、先輩と付き合っていなければ、いじめはエスカレートしなかった。いつからいじめられていたかは知らないけど、何にせよ、私がいなければ、先輩は苦しんで死なずに済んだ」
体を持ち上げ、下を向いた彼女は話し続ける。今、どんな気持ちなのか、憶測を巡らさずともわかってしまった。
「どうしてあの時、一緒に死ななかったんだろう。屋上に出入りは出来るけど、柵は高くなって乗り越えられないし...。ついて逝った方が、幸せ、だった、のに...!」
初めて、彼女の感情が見えた。
大粒の涙を流している。声も震え、言葉を淡々と紡ぐことも難しくなった。
「逝かないで、ほしかった...!もっと、長い間、幸せだって、思っていたかった...!!居場所のない私に、居場所をくれたのは、彼だけなのにぃ...!」
私の前だったから、出来るだけ耐えていたかったのだろう。
だけど、思い出してしまえば、いつでも傷は再び痛みを増していく。
手の甲で懸命に拭い続けてはいるが、ボロボロと絶えず涙は溢れては机や彼女の服に染みを作った。
見知らぬ川崎先輩に思いを馳せる。
光さんを地獄から救ってくれた、川崎先輩。
きっと優しくって、光さんにとって天使みたいに思えて......
「あ......」
ああ、なんだ。
一緒だ。
私と光さんは、反対で、同じなんだ。
「...?優羽香、ちゃん...?」
言葉を用意するより先に、体が動いた。
光さんの隣に行って、光さんの震えている手を握った。
痛かっただろう。苦しかっただろう。その辛さは私にはわからないけど、まだこぼれ続けている涙や、今の嘆きは、ちゃんと伝わっている。
「光さん...あの、死にたいとか、言わないでください。私にとっての光さんは、光さんにとっての川崎先輩と同じなんです」
「どういう、こと...?」
「ええっと...つまり、光さんは学校で人気だったけど、嫌だった。でも、先輩の存在が救いになったってことですよね?それと同じで、私も学校のいじめから救われてる。おんなじなんですよ、私と光さん」
ぎゅっとより強く、手を握る。思いが、言葉以外のところでも伝わるように。
「...だから、光さんが死んじゃったら、私も光さんと同じ絶望に落とされてしまう。それって、本末転倒ってやつじゃないですか?」
光さんの手の震えが、少しずつ止まっていった。
「光さんは、私に川崎先輩と同じ運命を辿ってほしくないから、助けようとしてくれたんじゃないですか?もし違ったら、勝手にそう解釈しておきます。だから、」
小さく下唇を噛んだ。もっと、言葉にするんだ。思いを、伝えるんだ。
「だから...その、簡単に命を棄てないで。私で良ければ、力になりますから。もっと、生きたいって思える世界を、私達で作りましょう」
不器用に、笑ってみた。
「何、それ...ちょっと、難しそう」
「簡単ですよ。私達の周りだけでも変えればいいんです。私も光さんのために、頑張ってみますから」
光さんは、一層泣きそうな顔をしたと思ったら、ニッっとぐちゃぐちゃの顔でも、笑ってくれた。
言葉がまとまってなかった気がするけど、伝わったならいいか。
もう一度微笑み返し、自分もちょっともらい泣きしていたことを隠した。
「......」
(素晴らしい友情だこと)
「ふふ、光さんの泣き顔、ちょっと不細工」
「う、うるさいなあ。優羽香も笑い方練習しといたら?」
(...いつ壊れるかも知らないクセに)
◇◆◇
私とエルは、光さんが泣き止むまでしばらく待った。
少し経って、光さんは表情も明るく、顔をあげた。
「...はい、これでお終い!わかった?もう一回説明しようか?」
「いや、いい。十分だ。ちゃんと回収もできたしな」
「回収...?」
感傷に浸っていたのも束の間、エルがとんでもない暴露をした。
「ちょ、エル!ダメだよ!何言ってんの!?」
エルの服の裾を掴み、ボリュームを落として食ってかかる。
「いや、目的は達成したし、もういいかなって」
『いいかなって』って...なぜそんな軽い感じで言ってんの!?
「よくないよ!これ私の今後の学校生活に関わるんだけど!!」
「ちょっと2人共、さっきからなんの話?」
「あ、いや、これは......」
マズイ。思っていたより大声が出てしまっていたのかもしれない。光さんは不思議そうな顔で覗きこんできた。
答えることができず、口ごもると、エルは丁度いいとばかりに鼻を鳴らした。
こいつ...私のボキャ貧ぶりを知ってて...
「ああ、こっちも少し説明したいことがある。...と、思ったが、まだ気配がするな。光、お前に兄弟はいるか」
「兄弟?いないけど?」
「そうか。じゃあ、人型の猫は?」
「......は?」
人型の猫?一体何を言っているのか、いまいち掴めなかった。
「えっ!?......っと...ど、どういうこと、かな?」
だが、光さんは思い当たる節があるみたいだった。めちゃくちゃ声が上ずっている。
「そのままの意味だ。人に近い姿をしてて、猫耳の生えたやつだ......別に、見つけて何しようってわけじゃない。そいつとも同じように話がしたいだけだ」
「う、う~ん......」
「......ねえ、エル、ふざけてるの?そんな人いるわけないって。光さんを困らせちゃダメだよ」
こそっとエルに耳打ちする。二人が常識外れな会話をするせいでちょっとわからなくなってるけど、たぶん当たり前のことを言っているはずだ。
「...もう1つの『種』の気配がする。それと、こいつの情報を得た時、唯一本心が通じる相手がいるらしい。そいつが『種』持ちで間違いない」
『種』...。そういえばそうだ。私たちはただ光さんの家に遊びに来たわけじゃなく、私を含めて5人が持つ『悲劇の種』を集めているんだった。
光さんの身内に、その『種』持ちの子がいるなら、私たちにとっては好都合なのだけど...
ちらっと光さんを見る。まだどうしようか頭を捻ってうんうん悩んでいるようだ。時々「でも...」やら「やっぱり...」やら「あの子がどうするか...」とかの呟きが聞こえてくる。
何故そんなに会わせるのを躊躇しているのかはわからないが、急かしてはいけない。きっとその子は人見知りとかで、馴染みにくい人なのだ。
「あー、光さん...その...無理なようなら、強要しませんので...」
「いいのか?『種』集めが先伸ばしになるとお前にも負担になるぞ?」
「ぐっ......ち、ちょっとエルは黙ってて!!」
ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべ、また私の反応を楽しむエル。くっそ、今度絶対仕返ししてやる。
「う~ん......よし、決めた!」
ポンと両の掌を合わせ、光さんが長い思考の世界から戻って来た。
「私、あの子のこと、2人に紹介するよ」
「ええっ!?だ、大丈夫なんですか?あの、本当に無理はしないでほしいんですけど...」
「ああ、それは助かる」
エルは特に気に止めてないが、私には無理を押し付けたようにしか思えない。もし心の底では嫌がっていたらどうしよう。
「心配しないで。無理はしてないから。ただ、ちょっと気になってね、さっきから話してる、『タネ』?のこととか、エルのこととか。あと、2人の本当の関係とか、ね?」
バッチリウインクをキメて笑いかける光さんに、苦笑いを返してしまう。バレてたのか、本当の姉妹じゃないこと。
どうする?と問うようにエルと顔を見合せる。たぶん、大して大事なことでもないので、話してもいいと言っている気がする。
「じゃあ...情報交換、しましょうか...」
「待った」
何から話そうか悩む暇なく、光さんは右の掌を広げて見せる。
「その前に、優羽香ちゃんの敬語、直してもらおうかな?」
「へぇっ!?」
「ちょっと歯痒いっていうか、距離感あるなって思っちゃうから。エルには使ってないんだし、直せるよね?」
「え、いや......」
とんでもない提案。思わず目をそらしてしまう。
光さんにタメ口!?無理無理無理絶対に無理!!だって、忘れかけてたけど、相手は私がいくら手を伸ばしても届かないくらいの人気の高さを持ってるんだよ!?
そんな人の家の床を踏み、机を挟んで話をして、って絶対にあり得ないシチュエーションにいるんだよ!?これ以上境界線を越えるようなことはしないようにしなくちゃいけない。そろそろ青山さんにド突かれそうだから、勘弁してほしい。
なんとか断ろうと光さんの目を見た。
けど、その顔はさっきまでとは違う。どっちかっていうと、怒ってるような目をして、私を睨んでいた。
「あのさぁ、優羽香ちゃん...私に対して無礼だからとか思って、断ろうとしてるでしょ。その顔がそういってる」
「え...?いや、あの...」
違いますよ。私は光さんを鈴鳴家の子として見ているんじゃなくて...。
そう言おうとした。だけど、言えなかった。
だって結局、それは光さんの取り巻きと同じだ。自分とは違うから、特別扱いしようとしていることに、変わりはない。
「優羽香ちゃん、私との約束、忘れちゃったの...?」
約束。光さんの素性を知っても、『変わらない』約束。
「......」
「変わらないでって言ったよね...?約束してくれるって......優羽香ちゃんには、優羽香ちゃんだけには、変わってほしくないの」
光さんの目の奥に、確かな強い想いを感じた。
「自分勝手な我が儘だけど、優羽香に、あいつらと同じようにしてほしくないんだ」
「...わかった。出来るだけやってみるね」
私が頷けば、満足そうに笑ってよし、と呟いた。思ったより単純かもしれないな、この人。
「ねえ、光。予定の時間より、遅い。何、してるの」
ガチャっといきなり扉が開いたかと思ったら、人が容赦なく入って来た。
桃色の髪に青い目。私より少し背が高い。茶色のフードつきのワンピース(というだろうか?ファッションに無知なせいでわからない)を着ている女性。服装的に使用人ではないだろう。
「......あれ...?」
思わず目を擦る。
気のせいだろうか。フードの上から髪色に合わせた猫っぽい耳が、一対生えているように見える。
たぶん、そういうコスプレをする人だ。そうに違いない。
勝手に自分を納得させ、光に目をやる。一応、説明がほしい。
「あ、ごめん愛華。ちょっと話が長引いて...。まあ、丁度よかった。二人に紹介しときたいから」
「え、紹介って...丁度いいってことは...」
なんとなく察しがつく。これは、エルを嘘つきだと断定するには、早かったのかもしれない。
「はい、はじめまして!私の友達の、猫代 愛華です!仲良くしてあげてねっ♪」
友達。人型の猫。彼女の名前......
全てのピースが、私の中でピタリと合った。
この人、コスプレとかじゃないかも......
「.........」
警戒しているのか、愛華さんは何も話そうとしない。
「ほら、挨拶して。大丈夫だよ。この人達は私の友達だよ?何もしないよ」
「......今、私のこと、変だと、思ったでしょ」
淡々と喋る人だな、と思いつつ、警戒を解かない愛華さんに睨まれ、少し顔が引きつる。
「い、いや、珍しい人だなって思っただけですよ...ええっと...その、そういうの苦手なので...睨まないでもらえます...?」
鋭い目付きで睨まれ、思わず身がすくむ。まさに蛇に睨まれたカエルとかいうやつだ。
「もう、ダメでしょ。初対面の人睨んじゃ。ほら挨拶だよ!あ·い·さ·つ!!」
「うぐっ......ハジメ、マシテ...」
光に強引に頭を押さえつけられ、しぶしぶと言った感じに挨拶される。そんなにしてほしくないんだけど...。
「はい、よく出来ました♪じゃあ、二人も軽い紹介を...って、エル?もしも~し、大丈夫?」
「ん?なんだ、呼んだか?」
「うん、呼んだ。どうかしたの?」
「いや、ただの考え事だ。...で、そいつが猫族のやつか」
椅子を引き、エルと一緒に立ち上がる。入り口近くで乱れた髪を手櫛で整える愛華さんに、手を差し伸べる。
「あ、あの、私、平井優羽香っていいま」
「ねえ、猫族のこと、どうして、知ってるの。お前、何者」
「あの...」
「まあ、ちょっと落ち着け。何もお前をとって喰おうってわけじゃないんだから」
「ますます、怪しい。さっきから、お前から、禍々しい力を、感じてる。何を、隠している。危害を、加えるなら、容赦、しない」
「ええ...」
「なんだ、やりあうつもりか?言っておくが、お前の魔力がどれ程あったところで、私には勝てないと思うが?」
「...!魔力の、ことまで...!やっぱり、お前、怪しい...私の、何を、知って...!」
「はい、そこまで!」
「喧嘩両成敗!」
二人の間に張り詰めていた空気を、私がエルの頭を軽く叩き、光が愛華さんの頬をつねって断ち切る。過去に敵でもあったのかっていうくらいだったが、原因は愛華さんの警戒心とエルの胡散臭さだろう。まるで子供の喧嘩だ。
「二人とも、もっと仲良くして!初対面は相手のこと睨んじゃダメって言ったばっかりでしょ、愛華!」
「んむ......」
「エルもだよ!そもそも会いたいって言ったのそっちなんだから。喧嘩腰じゃ警戒もしちゃうって!」
「は?いや、元はといえばあっちが喧嘩腰だったから」
「言い訳ダメ!」
もう一度エルの頭頂にチョップを喰らわせる。
互いにむすっとした顔で不満げではあったが、改めて自己紹介を済ませ、応接室の席に着いた。
「あの、愛華さん......あ~...。敬語って使うべきかな?」
「あ~、別にいいよね?使われると機嫌悪くなるし」
「......いい、けど。私の方が、一応、年上...」
「いいって!敬語ない方が私も楽だし、それで!」
「えと...わ、わかった」
ちょっと何か言いたげだったけど、とりあえずスルーしておくことにした。
聞きたいことは山ほどあったが、数個に絞って聞いてみよう。
「じゃあ、まず...猫族って一体なんですか?」
愛華は私と目を合わせず退屈そうに答える。そんな態度にちょっとだけ凹んだのは内緒だ。
「...猫族は、昔、滅びた、一族の、こと。私は、その、生き残り。猫族は、魔術を、使える。猫族は、私以外に、いない。終わり」
「は、はあ...」
わかったようなわからないような。私への対応が雑すぎて、曖昧な返事しか返せない。
「じゃ、じゃあ次の質問。魔術って、何?」
「これのこと」
ビュンっと何かが頬をかすめ空を切る音。
一瞬わけがわからなくて声も出せずに固まる。
光も同じように口を開けて固まっている。
エルは私の背後を見て「...すごいな...」と呆然と呟いた。
ゆっくり後ろを振り返ると、机上にあったはずの花瓶が床に転がっていた。
私の感想は一言。
「......マジで...?」
「まじ、じゃない。魔術、だ」
垂れ袖の右手を顔の横でぷらぷらさせながら、冷静にツッコミを入れられた。