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第2色

 第2色



 時刻は七時過ぎ。夕陽の沈み切った街の片隅。都会とも、田舎とも言えぬ半端な街の、どちらかといえば都会側。そんな微妙な自宅に色上優季が帰ると、予定のない来客がお菓子を食べながらのんびり座っていた。というより、くつろいでいた。くつろぎを謳歌していた。

「ん、おかえり。遅かったね」

 それがさも当然かのように、その客はひょいと手を上げ、ひらひら振る。傍らには封の開いたお菓子の袋。それをぽりぽりと食べていた。反対の手では子犬くらいの、イタチともハムスターとも、人によってはキツネやネズミともとれる優季のペット、ハルと戯れていた。カナエ・ルルのそのくつろぎ振りは、おおよそ他人の家とは思えないものだ。

「ただいま」

 けれど、優季はそれを気にも留めない。よくあることなのだ。何かを咎めることも無く、荷物を適当においてお菓子を挟んでカナエのとなりに座る。

「今日もあそこ行ってきたの?」

「うん。もう日課みたいになってるよね」

「義務じゃないんだし、無視しても良いんじゃない? ろくなことないでしょ、あそこ。ていうか、あの人」

「んー、まぁそうなんだけど」

 他愛もない話を始める。晩御飯には少し早い。それまでの時間潰し。どうでもいい時間。だけど、何にも変わらない普通の特別。そんな感傷に優季は浸る。溺れる。

「ねぇ、優季って眼鏡似合いそうだよね。小動物感が増しそう。してみない?」

「突然どういうことなの……。眼鏡嫌だからコンタクトなんじゃん」

「知ってるけどさー、勿体ないじゃん? 可愛いものがもっと可愛くなるのは良いことだし」

 カナエはふふふと笑う。対して、優季は微妙な顔をしていた。

 可愛いもの。そのたった一言が、嫌に胸に刺さるのだ。高揚と嫌悪の螺旋を通るように。紙の表裏を引き剥がすように。

 悪戯に想起された思考を振り払うため、お菓子を一つ口に放る。軽快な音としょっぱさが口で混ざり合う。だが、やはり気持ちは沈んだままだった。

「そう言えば」

 不意にカナエが優季に顔を向ける。口に入っていたお菓子をしっかり嚥下してから、少しだけ神妙な顔で口を開く。

「優季、元気?」

「? 元気……だと思うけど」

 カナエの唐突な質問に、あぁ、と思い至る。最近何かと話題の流行り病の事だろう、と。

「大丈夫、なんて無責任なこと言えないけど、とりあえず元気だよ」

「そ。私も今は元気だから、心配しあいっこは無しでね」

 軽く呆れ顔で言う。どうせ言わないんでしょと顔に書いている。はっきりと、くっきりと。おそらく油性ペンで。

 心配性なのはそちらだろうと、優季は嘆息する。心配性で、頑固で、気が強く、そして寂しがりな人。桜色の長い髪が目を引く、浮世離れした少女。そんな風に、優季は視ている。生きづらいはずなのにそれを笑い飛ばす姿は、憧憬と同時に畏怖と嫉妬を覚えてしまう。それを悟られぬように友達を続けているのは、依存しているからだろう。

 カナエもまた、優季に依存している。故郷であるはずの此処は、自分を異邦人として拒絶していたから。馴染めないカナエは、馴染まない優季を必要とした。線を引いている優季を。線の向こうにいる優季を。

 危うい共依存は、それでも数年以上続いてしまった。これを笑うことも、嗤うことも出来はしないけれど。

「でもさ、悪魔だとか吸血鬼だとか、そんな噂もよく聞くよね」

 そう言われれば、優季も確かに大学で耳にしていた。犯人、というより原因が分かるまではそんな話も尽きないのだろう。伝聞は伝承になって、現実から幻想に変わっていくのだ。何にせよ、しばらくそういった類いは肩身が狭くなる。迷惑甚だしいものだろう。

「そういう話はあんまり続かないで欲しいんだけど」

 優季は呟く。一人言のような細い声で。それに反応したのは、ペットのハルだけだった。優季の足の上に乗り、あやすように鳴いている。優季もその頭を優しく撫でた。

 不意に出来た一人と一匹の空間に、カナエは得も言えぬ寂しさを感じる。そこだけで完結してしまっているような虚しさ。排他的なのに寄り添う姿は、なぜか詩的で、悲劇のようだった。

「対処法なんかもあるみたい」

 眼を背けるようにカナエが言う。精一杯の強がりは、目の合わない優季には伝わらない。

「そういう話には定番だね。どんなの?」

「うんと、吸血鬼伝承から引っ張ってきたのが多いなぁ。十字架とか塩とかにんにくとか」

「最後のは別の被害が出そう」

「あはは、確かに」

 全くもって病気とは関係ないが、気休めでもかかりにくくなることもある。病は気からなんて言葉もあるくらいだ。もっとも、ちゃんと対策するのなら手洗いうがいあたりをきちんとしましょう、となるのだろうが。

「あとは、身代わりを用意しとくと良いんだって」

「身代わり?」

 身代わり。昔は自分の写し身を作ることで呪詛等を防いでいた、らしい。その流れで、優季の頭に浮かんだのは藁人形だった。どちらかと言えば呪う側な気もするが、それはご愛敬ということで。

「あー、でも人の形してなくても良いって聞いたなぁ。それを誰が作ったかが大事とか、中に髪を入れておくと良いとか、まちまち」

 ずいぶんと雑なものである。所詮は噂と言うことだ。いや、真偽が混在しているようなものは、もはや悪意を持ったまやかしだろう。

 崇高な目的があるのか、私怨や快楽の類いか、途中で歪んだ化け物か。

 まぁ、いずれにせよ。

 生け贄にされるのは、羊あたりがお似合いだ。

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