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外伝 -幼青*氷花-

想氷のルナ -蒼氷の姫と黒白の剣士- 第1話前の話です。

 満点の星空に虫達が奏でる合唱団。

 夜鳥の声は森の木々を透き通り、震える大気はとても澄んでいる。


 それにひっそりと隠れるかのように佇む、木造の家が一軒。

 窓から暖かな光を灯していた。

 付けられた煙突からは煙が上がり、中からははしゃぐ声が聞こえてくる。


「ねぇねぇ、ジーン! 今日もお母さんのお話聞かせて!」


 家の中では暖炉を点け、その前で安楽椅子に座り黙々と読書を嗜む男性が一人。

 焦げ付いた赤の髪は揺れる炎で影を作り、柘榴色の瞳は手に持つ小説に目を落とし、書き綴られた文字をじっくりと追っている。

 すると、それを遮るかのように奥の部屋から一人の幼い少女が駆け寄ってくる。

 水を連想させる青の髪と目を持つ少女は、その瞳を輝かせながら男性に催促する。

 ジーンと呼ばれた男性は、本を閉じつつ椅子に寄りかかり、一息つく。


「もうそんな時間ですか。ルナは本当に、あの人が好きですね。私も嬉しい限りです。……ほら、ソルも。こちらへ」


 肘掛けに掴まりまだかまだかと焦らせる少女――ルナを、頭を撫でながら宥めるジーンは、ルナの走ってきた方へ向き、扉の隅で覗いている幼い少年を手招きする。

 琥珀色の髪に、自信なさげな青の瞳を持つ少年――ソルは一回頷くと早歩きでルナの近くに寄り、膝を抱える。

 それを見たルナも、揃ってその場に座り込む。


「お父さん、今日はどんなお話なの!?」

「そうですね。――では、魔法についてお話いたしましょう」


 ジーンの柘榴色の瞳が暖炉上に飾られた写真を一瞥し、優しい声で語り始める。


 写真には短い青髪に冷めた青の瞳。

 純白の鎧を纏い、片刃の剣が銃身に取り付けられた銃剣を腰に下げた、凛々しい女性。


 それに寄り添う茶髪に橙色の活気のある笑顔を浮かべる男性が写っていた。

 男性に話しかけられている女性は、顔自体はそっぽを向いていたが、嫌悪感を抱いている様子はなかった。


「魔法……?」

「魔法ってなに?」

「お二人のご両親が使われていた、願いを叶える力の事です」

「お母さんたちが使ってたの?」

「お父さんも……?」


 うまく想像できないのか、疑問を浮かべる二人に苦笑するジーン。

 それでも構わないのか、彼は話を続ける。


「ええ。この世界にはですね、願いを叶える不思議な粒があるのです。ご両親も、この私も。その粒を使って魔法と言うものを使うことができます」

「願いを、叶える? じゃあお母さんに会うことも出来るの?」


 ルナの無垢な質問にジーンは口を閉じかけたが、真っ直ぐな瞳から目を反らさずに誤解を解いていく。


「……それは、難しいですね。残念ながら私には出来ませんし、恐らく世界中どこを探しても、それが出来るの人はいないでしょう。それだけ人も、この不思議な粒も。万能ではないと言うことです」

「何でもできないのに、願いを叶えるっておかしくない?」

「それに対する答えは簡単です、ソル。――お二人はやりたいことと、出来ること。どれくらいありますか?」

「やりたいことは、やりきれないくらいたーくさんあるよー!」

「……もしかして」

「気付きましたか、流石はソルです。良いですか、ルナ。不思議な粒はですね、貴女のやりたいことを出来るようにする、お手伝いをしてくれるだけなのです」


 ジーンに誉められ頭を撫でられるソルを見たルナは、頬を膨らませる。


「ねぇジーン。私、魔法を使ってみたい!」

「ルナがですか? あの人の娘なら出来るとは思いますが……」

「駄目?」


 目を潤ませるルナに、ジーンは気圧される。

 心なしかソルも何かを期待しているような視線を彼に向けている。


「いいでしょう。あの人と盟友(とも)の子供達です。素質は十分。いえ、使えないはずがないですからね」

「本当! じゃあ早く早く!」

「では二人とも。両手をこう、優しく包むような形にしてください」


 ジーンに従い、二人は両手を水を掬うような形にする。

 綺麗に形を作るソルに対し、ルナは手の平を開きかけているのに、ジーンは少し笑ってしまう。


「では、ゆっくりでいいです。その手の中に出てきて欲しい物を思い浮かべて、不思議な粒に願ってください」

「「……」」

「願い、伝えて、少しずつそれが形になるように――」


 長い沈黙。

 聞こえるのは暖炉の薪が燃える音と、自然の声。

 次第に二人の子供の周りに青い光が溢れ、それはある形を成していく。

 集まっていく光の粒子は二人の足元に円を描き、その中に思い思いの独自の言語と数式を当て嵌めていく。

 それは、類似点があるものの決して重ならない唯一の方程式。


「――つめたっ!」


 静寂を破ったのは、ルナだった。

 手元には水が滴る青い固体。

 それは少しずつだが水に変わっている。


蒼氷(そうひょう)――。……失礼。ルナはやはり、外見も魔法も母親にですね。中身は、まぁ」

「えっ!? これって、お母さんと同じ魔法!」

「全く同じと言う訳ではないと思いますが、概ねそうですね。ソルはどうですか?」

「これで良いの、ジーンさん?」


 ジーンは目の前の光景に我を忘れる。

 ソルの腕は、元の無垢な手からはかけ離れていた。

 青く光る氷を纏い、ある種の鱗に見えるそれは、爬虫類の腕を思わせるものだった。


「お二人は本当に……あの方たちに似ていますね」


 優しく二人の頭を撫でるジーンに、二人のルナとソルは笑顔でそれに応える。

 ――これが、二人の全ての切っ掛けだった。


*


 数年が経ち、青空の下でそれは行われていた。

 恒星の光が降り注ぐ良く晴れた日、木造の一軒家の前にある広場では、冬でもないのに白い息を吐く二人の少年少女。


 少女は右手に水色に輝く青い氷の剣を持ち、青く光るリングを纏わせる左手は体に隠れるような構えを取り、一見フェンシングを思わせる。

 対して少年は両腕に青い氷の鱗を纏わせて、僅かに体を落とした態勢で構えを取っている。


 二人の体からは冷気が発せられ、彼らの周囲の草たちには霜が降りかかっている。


「行くよ、ソル」


 最初に動いたのは、少女の方だった。

白のリボンで結われた短い青のポニーテールを揺らし、躊躇いもなく右手の剣を少年へ向けて刺突する。

 その剣はあっさりと払う様に少年の左手に捕られ、その腕力に負けた少女は右側へと体を持っていかれる。


「少しは考えろよ、バカ姉貴」


 琥珀色の髪の少年は呆れながら左手へ力を籠める。

 いとも簡単に罅が入る氷の剣に顔を顰める少女は、すぐさまリングの浮かぶ左手を、少年へ殴り掛かる形で向ける。

 向けられた左手からは莫大な冷気が漏れ、呟く少女の声は掻き消える。

 全てが分かっていたかのように、少年は空いた右手で少女の左手を掴み取る。


 ――瞬間、二人を中心に数mが白い冷気と青の氷へと飲み込まれる。


「ソルの言う通りですよ、ルナ。考え無しでただ前に出るだけでは、貴女の持ち味である身体能力と仮想粒子への感応量は、宝の持ち腐れです」


 木造の家の窓から声をかけてくるジーンは、未だ白い冷気で見えるルナへ叱咤する。

 白い冷気から返ってくるのは、ジーンへの返答ではなく相対していたソルへの非難の声だった。


「ちょっとソル、こっそり練習とかしてないよね。ちょっと前まで私のこの魔法、まとも軽減できてなかったじゃない」

「姉貴より真面目に練習してるだけだよ。あいつを目指すんだったら、もっと頭を使ったらどうだ?」

「なっ……! あの人の事を『あいつ』とか言うな!」


 冷気が晴れていく中、ルナとソルは次第に魔法を使うのではなく口論へと変わっていく。

 その光景を見るジーンは、思わず笑いそうになる。


(一週間前に、黒髪の少年に助けられたと聞いた時から、二人は大きく変わりましたね。特にソル。あの子の急激な成長は、勉強の苦手なルナへはいい刺激でしょう)


 遊びに行った二人の帰りが遅いと、森へ様子を見に行った一週間前のあの日。

 血塗れになり泣きながらも帰路に着いていた二人を見つけたジーンが聞いたのは、肉食の原生生物に襲われそうになった所を、突然現れた光る刀を持つ黒髪の少年に助けられたという事。

 気が付いたらいなくなっていたらしいその少年は、突然だったためにその姿はうろ覚えらしく、名前も聞けなかったらしい。

 だがその強さを目に焼き付けた二人は、共通の目標としているらしく、ジーンの教えに対する姿勢も変わっていた。


(何があったかは分かりませんが、二人を守ってくれた上に、いい影響を与えてくれた少年には感謝をしなくてはなりませんね……)


 口論をしながらも再び距離を取り、お互いに青い光を放ち始めるルナとソル。

 二人の成長を、のんびりとした時の中で見守っていく。

 物騒かもしれないがこれが三人の今の日常で、今はいないあの二人へジーンが見せたかった光景。

 穏やかな生活の中に、ちょっとした刺激。


 それがジーンの、二人へ望んでいることだった――

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