戦友
短編作品です。さらっと読めるのでよろしくお願いします!!
※ノベルアップ+でも公開しています。
あたり一面砂に覆われた砂漠地帯。
日中の異常な暑さと、そこからは想像できない夜の寒さが、ここら一帯を旅の難所としていた。
そのせいか、この地に面したラッタ王国もイーラア帝国も領地にできずにいる。ゆえに旅の商人や帝国の騎士、一般の民などいろいろな人々が誰でも行き交うことのできる場所でもある。
「マジかよ…本当にあったよ…」
男がぼそっとつぶやく。顔つきは凛々しく整っているが、体つきがひょろっとしているので頼りなさそうに見える。砂漠地帯ではお馴染みのマントを羽織っているせいもあり遠目には男女の区別も難しい。名はヴァジアンと言った。
視線の先に見えるのは小さな家。レンガ造りの家で、砂漠地帯には珍しくないのだが、ヴァジアンが言葉をこぼした理由は別にあった。
「こんな所に…」
見渡す限り砂漠が広がるこの地で一軒だけ、ぽつんと立っているのだ。
ヴァジアンはレンガの戸をくぐり中に入る。
中の作りはいたってシンプルで、レンガを積んでカウンターのようにしている。そこには砂漠地帯には珍しく、木でできた椅子が並べられていた。中にはその木の椅子に座った男と、カウンターを挟んだ向こう側に立つ男の二人がいた。ヴァジアンはカウンターの反対側に立っている大男に目をやる。
「マスター。ここは本当に食堂なのかい?」
マスターと呼ばれた大男は、鋭い眼光で睨みつけ背を向ける。
「もしここが食堂でないなら、お前は土足で人の家に踏み入った罪で罰せられるだろうよ」
マスターが言う事は最もで、ラッタ王国では人の領域を荒らすことを大罪としていて、人殺しと同等の扱いであった。ヴァジアンは自分の犯したことに背筋を震わせながらも、頭には別の疑問が浮かんでいた。
(なんで俺がラッタ王国の人間だってわかったんだ?)
と言うのも、この砂漠地帯は無法地帯であり、ラッタ帝国はもちろんイーラア帝国の人間も訪れる。遠い国…例えばブリーゼ王国のようなところから来た商人なんかは顔立ちも違うし、しゃべりの癖なんかでもわかる。しかしラッタ王国はもともとイーラア帝国の属国であったので、その違いは見た目ではわからないはずなのだ。
兎にも角にも、マスターの反応を見ると、ここは食堂であることは間違いない。ヴァジアンが大きく息を吐き出すと、マスターとは別にこの空間にいる、木の椅子に腰をおろす男が話しかけてきた。
「まぁまぁ、そんなとこ立ってないで座んなよ」
男はヴァジアンと同じタイプの旅のマントを羽織っており、茶色く短く切り揃えた髪をわさわさ触りながら、反対の手で手招きをしてくる。同い年ぐらいだろうか? 髪の色と同じ無精髭が少し上にも感じさせる。ヴァジアンは「じゃあ」と言って隣の木の椅子に腰をかけた。
「ここはよく?」
「いや、実は俺も今日が初めてなんだよ。ちょっとこの砂漠を乗り越えるのに、ここの存在を聞いてよ。ちょうど今来たばっかよ」
「そうなんですか。俺はヴァジアン」
「俺はロビトル」
ロビトルが「よろしく」と手を差し出したのにヴァジアンは応答した。
「何があるんです?」
ヴァジアンは少し考えてから無難な質問を投げかけた。「なんでこんなとこに店を」とか聞きたかったが、この砂漠の暗黙ルールを考えると、聞くべきではないと考えた。砂漠地帯はどんな人間でも入れるため、敵国の人間との遭遇も考えられる。そんな状況で自分の身分を語ることは危険で、その類の質問もしないのが当たり前だった。マスターにもいろいろ事情があるのだろうという所に考えは落ち着いた。
「実は水しかないんだ。東から来た商人から“米”というものを貰ったが、今な…」
マスターがチラッとロビトルを見る。
「なんだマスター、これしかないのかい? なら遠慮せずに言ってくれよ」
ロビトルは手元のそれを半分に割り「まだ手はつけてねぇから、一緒に食おうぜ」と言って差し出す。
「これがコメ?」
丸く白色に輝くその物体をじっと見つめる。
「オニギリっていう料理なんだってよ」
オニギリと呼ばれたそれは表面に突起があり、割った側面から湯気がたち、いい匂いが鼻を刺激する。ヴァジアンはゴクッと喉を鳴らし、それを口に持っていく。
「うめぇ…!」
塩味が効いていて、とても瑞々しく美味しい。隣のロビトルも同じように背を反った。
「マスター塩なんて高価なもんどうしたんだ?」
ロビトルの疑問もわかる。塩は長い期間保つので、とても高価なのだ。こんな塩味の効いた料理が出てきたら驚くのも当たり前だろう。しかしヴァジアンは他に驚いた理由があった。
「そ、それよりもこんな水…」
ロビトルは「はっ」とした様子を見せる。オニギリはもちもちしていてとても多くの水分を含んでいると思われた。パンが主食でパサパサしたものが多いこの地域の人々にとっては驚きでしかない。
「うまいか?」マスターは少し口角をあげてから言葉を漏らす。「これは東の国では戦友の印。戦争が起こるたび、前線に立たない者が心を込めて作る(にぎる)らしい。あんたたちがこの食堂で出会った戦友の印としての、俺からのプレゼントだ」
「じゃあ俺たちは戦友だな!」
かかか、と笑うロビトルに、ヴァジアンも笑みをこぼす。こういう、何かを交わして…といった一種の儀式的なものを馬鹿にする者は多い。しかしヴァジアンはこういった感覚を大切にしていた。
「あんたとは気が合いそうだよ」
寒かった砂漠に、日がギラギラと照らし始める頃まで二人は語り合った。
数ヶ月が経ち、ラッタ王国とイーラア帝国は大きな戦争を始めた。
ヴァジアンはラッタ王国の兵士として前線で剣を振るう。ひょろっとした印象は見えず、国を守る英雄の姿があった。国を…家族を守るという男の顔だ。
「敵国イーラアを殲滅せよ」
号令のもとヴァジアンは敵兵めがけて突進する。家族を危険にさらす敵に、渾身のいかりを込めて地面を蹴りだす。その先では同じようにイーラア帝国の兵士がこちらめがけて突進をしてきた。地鳴りと共に一歩ずつ敵兵に近づく。一歩、さらに一歩…。
ヴァジアンの剣の間合いまで敵国兵士が入った時、敵の…斬り伏せるべき相手の顔がヴァジアンの目に飛び込んだ。
「…………っ!」
現れたのは、一緒に一つのオニギリを分けた戦友の顔だった。お互いの時間が一瞬止まり、そして悟る。二人は自然と微笑んだ。そして…
剣は軌道を描き、赤い飛沫をあげた。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
いいなと思ってもらえたら幸いです!