葛切り
やはりこの人は、新選組を離れるべきではなかったのではないか。
今となっては大昔のことのように感じるが、試衛館を初めて訪れた時、塾頭だと紹介された彼の前で、こんなヒョロ長い、痩せっぽちの小僧がと目を疑った。
隠そうともしなかった侮りを当然察していながらも全く気に留めずに、自他共に認める無愛想の俺との対面が可笑しい訳が無いであろうにニヤニヤと、正反対に愛 想良さげに笑っている様子が妙に癪だった。
その頃よりさらに痩せて、蒲団から僅かに覗く肌は蒼白・・・・・・まるで、吹けば飛ぶ紙のようだ。
新選組が生きがいなのであろうな。
数年を共にしながら、他人に興味など無い筈の俺が、漠然とそう感じていた。
新選組を奪ってはならなかったのだ。だからこんなにも、抜け殻のようになりながらもただ彼は、微笑んでいるのだ。
戦場に出せとは言わない。ただ傍に、局長の護衛とでも役目を与えて、傍に置けば良かったのだ。
「・・・・・・ヤダなぁ。はじめくんまで来てくれるなんて」
「嫌だとは心外だ。土産もあるというのに」
食が細くなったとは聞いている。しかし好みのものといえばこれぐらいしか思い当たらず、よくわからないなりに喉越しの良さそうな葛切りなど、数点の甘味を差し出した。
「それを早く言ってくれないと」
まるで子どもの歓声を上げた後一層、クシャリと笑って見せた。こんな男に、稽古場ではこちらが子ども扱いにされていたとは重ねて癪なことである。
手を貸そうとするのを気付かないふりでゆっくりと身を起こした。しかし箸に触れる様子すらない。
「嬉しいな。毎日でも来てほしいくらい」
「お守りは懲り懲りだ」
我が物顔で京を闊歩していた頃の屯所では、同室であったことを思い出す。
一頻り笑ってから、ふと息を吐いた。
そういえば、一度も咳をしていないではないか。よもや回復してきているのでは。
「冗談ですよう。はじめくんには、ずっと先生と土方さんに付いててもらわないと」
また癪にも、驚かされてつい目を開く。こうすると童顔に見られるから厭なのだ。
「僕の代わりをお願いできるのは、はじめくんだけだもの」
ああ、厭だ。
「冗談は大概にしてくれ」
さも冗談だというように、顔は笑ったままではないか。
「幕府とか将軍さまとか新選組とか、この国とか。その為なら自分のことなんて二の次で突っ走っちゃうでしょ、ふたりとも。だから、守ってあげてね」
こんなにマジメに言ってるのにと、まだ笑顔が貼り付いたままの頬を掻く。
俺はいつもながらに顰めた顔を崩さずに、葛切りの椀を鷲掴みにして一息に平らげた。それを鼻の先でやられた彼は言葉にならない声を出しつつ唖然としている。こんな顔をさせてやるのは珍しいことなので、微かに胸が透く思いだ。ゴクリと飲み込む。
「・・・・・・在り来たりなことを言う」
だが心して聞けとの前置きだ。
「沖田総司の代わりなど、誰にも務まらぬ」
予想通り、困り眉で笑っている。
「俺は俺の誠義に殉じて戦うのみ。局長が、新選組がどうなろうと知らぬ」
明らかに局長第一の男の前での暴言だ。迂闊に見据えたりなどすれば、その奥に殺気が漂うであろう。だが、望むところだ。
「こんな頼りがいのない者に託してはゆっくりもしていられぬであろう。さっさと治して、大事なものは手前の剣で守れ」
なけなしの優しい声でも掛けようかと見舞いに来てみればこうだ。余程この男とは反りが合わないらしい。
「ヒドイなぁ」
どちらがだ、と返そうとすると恨めしげに口を尖らせる。
「倍、買ってきてくださいよう」
葛切りのことか。
またのつもりで頷くと、今から行ってこいと容赦なく睨み付けられた。
了