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「何よこれ?」


 勤務を終え更衣室に入り着替えていると、これから勤務に入る杉原由衣が着替えを終えている所だった。


「うわ、きもちわるっ。なんですかこれ?」


 杉原はもう一人の別の看護師(確か久保田とかいう名前の)と何かを喋っているようだった。更衣室の中には私と杉原と久保田の三人だけだった。

 私の背中に二人の視線を感じた。何かを言いたげにしているのが分かり不快な感情がうなじを這った。


「坂井さあん」


 撫でるような杉原の声に呼ばれた。


 ――気持ちの悪い。


 その感情をなるべく表に出さないように私はすっといつもの冷たい表情を張り付け振り返った。


「何ですか?」

「これ、何だと思う?」


 杉原が手にしていたのは、簡単に言えば人型に切り取った紙だった。紙は厚紙の為、しっかりとした質感だ。人型の胴体部分には『呪』と赤い字で書かれていた。


「さあ、何でしょう。気味が悪いのは確かですね」

「坂井さんでもそう思うよねー」


 坂井さん”でも”。

 私が周りからどう思われている事ぐらいは自覚している。美人だが無口で無愛想で気味の悪い女。同性からの評判が悪いのはいつもの事だ。

 言葉の端に常に含まれる嫌味。そんな彼女の言い草にはもう慣れたが、相変わらずいちいち癪に障る女だ。


「燃やした方がいいんじゃないですか」

「燃やす? そこまでする必要ある?」


 杉原は久保田と顔を合わせ、馬鹿にするように小さく笑った。


「くだらないイタズラでしょうけど、捨てるだけだとなんだか不安じゃないですか?」

「何、坂井さん。ひょっとして似たような経験でもあるの?」

「ええ。嫌われやすいみたいなんで、何度か」

「へぇ……」


 事もなげにそう言ってみせると、二人は少し気まずそうな顔した。

 お前達だって同じように嫌っている側の人間のクセしてよくそんな顔を出来るなと思い、思わず笑ってしまいそうになるのを堪えた。


「ま、坂井さんがそう言うならそうしよっかな」


 杉原は人型の紙をポケットにしまってから、久保田と一緒に更衣室を出ていった。すれ違いざま、


「何かあったら責任とってよね」


 そう捨て台詞を残して。

 私は杉原の背中を見送った。


「……最初からそのつもりよ」


 当たり前だろう。

 それは私が入れたのだから。

 






 呪いというものに効力がある事を始めて知ったのは中学生の頃だった。


『死ねよブス』


 ひどく幼稚な書置きと乱雑に切った髪の毛束を入れた封筒が下駄箱の中に入れられているのを見た時、すぐにそれが誰の仕業なのかわかった。

 翌日その女を呼び出した。よくいるクラスの目立ったグループのリーダーの参謀のような存在価値の薄い女だった。彼女は知らねぇよと強がったが自分の犯行がバレた動揺と、どうして分かったのかという不安で誰が見ても実行犯が彼女なのは明らかな反応だった。


「人を呪うなら、呪われる覚悟も出来てるのよね?」


 そう言うと、彼女は真っ青に青褪めてその場から走り去った。

 数日後、彼女は信号無視の車に撥ねられ全身不随に陥った。加えて、指示したのであろうグループのリーダー格の女がしばらくして強姦被害にあい、不登校となった。

 それから学校で私にいらぬちょっかいをかける人間は一切消えた。


 大なり小なり人を呪う人間は存在する。

 しかし、呪いに対して真っ当に向き合えば、呪いの刃は逆に呪いをかけようとした者に倍以上の効力をもって跳ね返る。

 この事をちゃんと把握すれば、逆に人を呪う事も容易いと知った。疑いを持たれても確信を抱かせなければいい。というより、確信に至らせる前に呪いを発動させ完遂してしまえばいい。


 杉原が狂う呪いは、もう間もなく発動するだろう。彼女があの人型を燃やした瞬間に。

 こういうくだらない女はいくらでも見てきた。それだけなら呪いはかけない。

 ただ、


 ――孝弘さん。


 川田孝弘先生。あんな素敵な人を見たのは初めてだった。孝弘さんに近付くには、彼女が邪魔だった。

 彼女を消し、孝弘さんもいただく。


 ――私にちょうだいよ。孝弘さんを。


 こういう時に、呪いは便利だ。

 ある種これは、杉原だけではなく孝弘さんへの呪いでもある。

 いつだって覚悟はあったが、今回に限ってはバレても構わないと思っていた。

 孝弘さんに少しでも近づけるのなら。


 ――孝弘さんを、私にください。


 杉原へのノロイ。

 孝弘さんへのマジナイ。


 願わくば、どちらも叶いますように。


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