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周囲は見渡す限りの灰色の草原だった。


少女は少年の後ろを草を掻き分けながら足を進める。


少年の言う通り嵐が来るのだろう、風がやけに強い。


「…ねえ。」


少女の呼びかけに先を歩いていた少年が首だけ振り返った。


「ん?

 なんだい?」


「名前がないって言ってたけど、私あなたの事をなんて呼べば良いの?」


「何とでもどうぞ。」


「何とでもって…。

 呼び名がないって凄く不便だと思うけど。」


「そう?

 なら君が決めてよ。」


「私が?」


「そっ。

 君が自分で決めたら良い。

 俺にも君にも名前なんて無いんだから君が決めたら良いんだよ。」


まるで唄うかのように答える少年に少女は若干呆れながらも考える。


お互いに君や貴方以外呼び方ないと言うのは明らかに不便だ。


「おい」や「なあ」だけで通じる長年連れ添った夫婦なら良いかもしれないが2人は真逆だ。


出会って数分でその境地に至るのは確実に無理な話である。


しかし名前を考えるとなるとそれはそれで荷が重い。


名前とは親が子に最初に贈るプレゼントなのだ。


そんな大事な物を初対面の少女に考えろという少年の脳ミソが少々心配になってくる。


暫く黙って考えた後、少女は少年が歩く度に揺れる黒髪を見ながら呟いた。


「…ネロ。」


「ネロ?」


「…あなた全身真っ黒だから。

 どこかの国で黒色をネロって言うって聞いたの。」


なるほどね、と少年は呟き目尻を下げた。


「じゃあ俺がネロなら君はビアンカかな?」


「ビアンカ?」


「同じ国の言葉で白色って意味だよ。」


よろしくねビアンカと少年は笑った。


ビアンカ。


自分の名前だと言われても今考えたばかりでしっくり来るとは言い難いが何だか自分の存在を証明してくれる様な不思議な感覚だ。


名前と言うのはやはり大切なんだと少女改めビアンカは1人頷いた。



そんな事を喋りながら歩いていると木で出来た小屋がポツンと建っていた。


扉の前には中年の男性が立っており心配そうに灰色の空を眺めている。


嵐の心配をしているのだろう。


パイプを咥えながら空を見上げる眉間には深い皺が刻まれていた。


「彼はヘンリー。

 主人公の義理の父親だよ。」


「義理?」


「主人公のドロシーは元々孤児なんだよ。

 …ヘンリーが家畜小屋に行ったね。

 さっ俺達も入ろう。」


そう言うとネロは躊躇う素振りも見せず窓を勝手に開けて中に侵入しようとしている。


普通に不法侵入だ。


常識人であると自負しているビアンカは慌ててネロを止めた。


「いやいやいや。

 勝手に入っちゃダメじゃない?」


「どうして?」


「いや不法侵入…。」


ビアンカの言葉にネロが苦笑いを浮かべた。


「あのねビアンカ。

 ここはファンタジーだよ。

 サンタクロースが不法侵入で捕まるかい?

 シンデレラの魔法使いが不法侵入で捕まったかい?」


「…いやそれは捕まってないけど。」


「そうだろう?

 ファンタジーにおける不法侵入なんて些細な出来事だよ。

 ヘンゼルとグレーテルなんて他人様の家を食べた挙句家主を殺したってお咎めなしなんだから。

 とりあえずめでたしめでたしに結び付けられたら何でも良いんだからね。

 それに外にいても良いけど竜巻が来るから死んでも知らないよ?」


そうネロに丸め込まれ納得がいかないながらもビアンカは恐る恐る窓から屋内に侵入を果たした。


ネロに促され慌てて窓を閉めながら屋内を見渡す。


侵入した部屋の隣、リビングであろう部屋では中年の女性が鞄に荷物を詰めながら鬼気迫った様子で声を荒らげていた。


「ドロシー、ドロシー!

 早く地下室に入りなさい!!

 竜巻が来るよ!!」


「待ってエムおばさん!

 トトが!

 トトがいないの!!」


エムおばさんと呼ばれた女性に対し赤い色褪せたワンピースを着たドロシーは半泣きでオロオロと何かを探し歩き回っている。


エムおばさんは先に行くと地下の落し扉を開けて既に地下室へ降りてしまった。


その光景をこっそりと覗きながらビアンカはネロに問いかける。


「…トトってなにかしら。

 見つけなきゃもうすぐ竜巻来ちゃうのに。」


「トトはこれだよ。」


「…ん?」


これだと言われ横を見るとネロがしゃがみ込み茶色いモップの様な毛の塊に干し肉を齧らせていた。


「…なにそれ。」


「トトだよ。

 ドロシーの愛犬だね。」


「…今あの子が探してるトト?」


「そう、そのトト。」


何でもないように答えるネロにビアンカはあんぐりと口を開けた。


「待て待て待て。

 何やってんのネロさん。

 何トトちゃん捕獲しちゃってんの。」


「まだドロシーにトトを見つけさせるわけにはいかないからね。」


「いやいやいやいや。

 竜巻来ちゃうよ。

 あの子避難出来ないよ。」


既に屋内ではヘンリーも地下室へ行ってしまいドロシーだけが涙目になりながらトトを探し回っている。


可哀想な事この上ない。

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