八の巻
鼻背デバイスでSNSにアクセスしてみると大量の書き込みが有った。
「なあ? SNSえらい事に成ってるんやけど」
そう言うと二人もデバイスを操作してSNSにアクセスする。
書き込みを読んだ二人は驚きの声を上げる。
「全部の迷宮で迷宮の封鎖? 全部の迷宮で野犬出てる? そないな事有り得るん?」
「有り得る訳ないやん? 犬型のモンスターに変わったって事やろ」
野犬、今までの兎と違って田畑の被害は出なくなるのかと思うとホッとする。
「ああ、これでウチの畑やらご近所はんの畑やら心配せんでええんや……」
感慨深く呟くと隣に座る萊ちゃんが固い口調で言葉を発する。
「その代り、氾濫起きたら攻撃的な野犬溢れる訳やけどなぁ」
その言葉で全身に鳥肌が立った。
「あかん……あかんやん! せやけど、……どないしよう?」
「どないしよう言うても……、危な過ぎるしなぁ」
あたしの言葉に繚華ちゃんが言いよどむ。
兎ですら人を見れば攻撃してくる。
先程は野犬に噛まれたシーカーを目撃している。
野放しには出来ないけど、野犬と成ると手に負えない。
焦って回らない頭で必死に考えていると萊ちゃんが声を発した。
「私は続けたい、続ける、続けなきゃ……」
萊ちゃんが小さく呟いた声には芯の強さと心細さが綯い交ぜに成った様な、切なさが在った。
見ると萊ちゃんの肩は震えていた。
本来、実家が農家のあたしは兎も角、繚華ちゃんも萊ちゃんもシーカーをやる理由も無かった。
萊ちゃんは体裁を気にする地域の閉鎖性を緩和させる為に、役に立つ事を選んだ。
繚華ちゃんは、あたしと萊ちゃんがシーカーをやると言った所で友情だけで一緒に来てくれた。
今後もしシーカーから自衛隊に迷宮の間引き対処が移るならもう私達が頑張る必要も無くなる。
繚華ちゃんとあたしはシーカーを続ける理由はもう無いのかも知れない。
でも萊ちゃんだけは理由が在る。
少し違うかな? 家庭の事情としか言い様が無いのかな。
萊ちゃんと萊ちゃんのお母さんの立場を守る為に必死なのが分かる。
あたしは手を伸ばして隣に座る萊ちゃんの腕に触れた。
この娘を一人にしたら駄目、そう直感的に思った。
この手を離したら、きっとタガが外れた様に一人で役に立とうとして一人で野犬の群れに飛び込んでしまいそう。
「分かった、閉鎖されへんかったらあたしも一緒な?」
思わず口に出た言葉に萊ちゃんは驚いて顔を上げるが、あたしも驚いている。
驚いてる反面、当たり前の選択をした時の納得感が有った。
手を下して萊ちゃんの手に重ねる。
小さく震える手は少し血の気が引いて、冷え切っていた。
「心配あらへんよ、あたしも一緒やから」
手を握りながら言うと彼女は俯きがちに頷いた。
冷え切った手が温かくなる様に握りしめる。
「うちを除けもんにするん、酷ない?」
繚華ちゃんが萊ちゃんの横から体を乗り出して笑う。
釣られてあたしも笑った。
萊ちゃんは何度も何度も無言で頷いた。
頬を濡らしながら。
あたし達は良い友達だと思えて嬉しく成る。
「やけど、まずは迷宮庁の調査と報告待ちやなあ」
結局の所、今は様子見しか出来る事も無い。
「せやね、SNSでもみんな同し事言ってるみたいやしな」
そうは言っても、迷宮の封鎖が解禁されても、道着で入る訳にもいかない。
何らかの防具が必要に成るが、野犬に対処する為の防具と急に言われても思い付かない。
萊ちゃんの左肩に頭を乗せてスキンシップを謀りつつ今後に思いを馳せる。
夕食後、三人でまた話し合おうと言う事に成った所で、丁度家の近所のバス停に差し掛かった。
二人に声を掛けてバスを降りる。
「ただいま~」
一声掛けてから家に入って自室に荷物を置きに廊下を歩いていると、お祖父ちゃんと行き合った。
「おお、赫里おかえり、お疲れやす。地面が光かっとったが、何が有った? 大丈夫やったか?」
「うん、その事でちょいお祖父ちゃんに相談したい事有るんや。ええ?」
少しだけ首を傾げて頷くがあたしの顔を見て、先にお風呂に入っといでとお祖父ちゃんは言った。
「うん、分かった。そうするなぁ」
あたしの顔は汗と埃まみれだったのだろう、促されて先にお風呂に入る事にする。
地面の発光現象で気を揉んでいた様だけど、あたしの顔を見て安心した様だった。
薙刀とリュックを部屋に置いて、着替えを持って浴室に移動する。
お風呂はまだ溜めて居なかったので、手早く化粧を落としてからシャワーを浴び、ついでに家族用にお湯を溜めておく。
居間を覗いてみるとお祖父ちゃんとお父さんがTVを見ている。
「お祖父ちゃん、ええかな?」
台所ではお祖母ちゃんとお母さんが夕食を作っている様だった。
畳の上、自分の定位置に座った所で
「ああ、どうした? 迷宮へ何か有ったか?」
「うん、ちょい厄介な事に成ってるみたいなんよ。それでちょい相談」
TVのボリュームを下げてお祖父ちゃんとお父さんがあたしに向き合う。
「厄介な事? 何が有った?」
「出てくるモンスターが変わって、危険度が上がってもうたんよ」
「うん? モンスターが変わる? 氾濫起きた訳ではあらへんのか?」
「うん、氾濫は起きてへん。違う現象やったみたい」
真剣な顔であたしを二人が見る。
「どう変わったん? モンスターが別のんに置き換わったちゅう事なんか?」
「うん、全国の迷宮で同時に野犬出る様に成ったって、シーカーの情報網でみんな言うてる」
「野犬かぁ……そりゃ難儀だな」
お祖父ちゃんとお父さんは腕組みをして唸った。
当然だと思う、今までは兎だった所に牙爪を持つ野犬に置き換わったのだから。
「それで? 相談言うのんはなんなん?」
「うん、野犬の牙を防げる防具ってどう言うもんなんか大人の意見聞きたいんよ」
あたしの言葉に二人は驚いた顔をして慌てて言葉を発した。
「赫里、お前続ける気なんか?」
「兎とは違うんやろ? なんで続けるんや?」
当然の反応が返ってきて返答に困る。
シーカーを続ける理由を素直に言うと揉めるけれど、綺麗事を言っても納得はしてくれないのは家族だから良く分かっている。
瞼を閉じて考える、あたしの中の“シーカーを続ける理由“を。
初めて迷宮を意識したのは氾濫が起きた時。
田畑を荒らされて悲しかった記憶。
途端に生活が厳しく成った記憶。
理不尽さに憤った記憶。
ああ、そうだ、あたしは迷宮が憎いんだ。
その憎い迷宮がより危険なモンスターを産む様に成った。
萊ちゃんの事も有るけれど、多分あたしは迷宮に復讐したいのだと思う。
傍迷惑で、際限無く、理不尽な迷宮に。
眼を開けて出た結論を口にする。
「多分、あたしは……迷宮が憎くて、煩わしくて、思い知らせてやりたいんやと思う」
自然と、語気が強く成ったのが自分でも分かった。
最近は意識してなかったけど、胸の内側でずっと燻っていたのだと思う。
少しも怒りは薄れてなかったのだと分かる。
「赫里、落ち着き。言いたい事は分かった、せやけど危険やで?」
「そうやな、赫里が続ける言うてもな? 危ない言う事は分かってるやろう?」
一度深く息を吸って気持ちを落ち着けてから頷く。




