六の巻き
道中は順調だった。
バギーによる移動で体力の消費は最小限に抑えられた。
厦海さんの新しい三鈷剣の慣らしを午前中に行い、午後からは五人で交互に鬼退治を進めた。
幽体の頃には三日がかりだった最深部への突入も一日で出来てしまった。
念の為と祟目さんは食糧や寝袋を用意し、状況次第ではそのまま迷宮の主、ボスを倒す事も考慮に入れていたらしい。
「せやけど、下見もしいひんとボスに挑むんは、少し怖いなぁ」
いつでも戦闘が出来る様に、装備を付けたままあたしは昼食を摂りつつ、正直な感想を口にする。
自衛隊がどこまで進んでいるかは分からないけれど、シーカーでは間違いなくあたし達が一番乗りだろう。
つまり前情報皆無での挑戦と成る。
無茶としか言いようが無い。
「これまでの調査からボスは奥の広間から出て来る事は無かった。一当てして退避、分析、再挑戦は可能だと思うよ」
「それってボスが巨大で通路に出て来れへんかっただけや無いのん?」
「いや、狼男のボスは通路に出られるサイズだったが、出て来なかった。これは僕が確かめた確定情報」
「そして、世界中の迷宮の基本的な条件は出現モンスターを除いて同じ、と」
羽生さんがサンドイッチを飲み下してから補足した。
「うん、ただ……」
「ただ?」
「ボスの鬼がどの位厄介か、はやっぱり不安だね」
「幽体の時は普通の幽体とボスの幽体で相当違ったからな」
「そうやね、何度斬り付けても終わりが見えんくて、そんだけでも心折れそうやったもんなぁ」
「赫里ちゃん、心折れてたやんね?」
「あれは心折れたんやなくて、ヘトヘトだっただけやし」
繚華ちゃんの混ぜっ返す合いの手に抗議した。
「小鬼から上背の有る大鬼まで幅が有るけど、ボスはどうなんだろうね?」
「まあ、今までの流れなら巨人じみた鬼なんじゃないか?」
「もしくは、今でも名前が伝わってる鬼が出るか、だね」
「「「「……」」」」
祟目さんの指摘に嫌な汗が流れた。
京都は大江、大江のお山は酒呑童子伝説が残る土地。
もしかしたら鬼の総領の伝説に即したボスが出るかも知れない、と。
「酒呑童子て、どんな鬼やったかなぁ……」
「京都の市中で人攫いをして、ここまで戻って来れるんやから、足が速いとか力が強い、とかやとは思うんやけど」
地元も昔話とは言え、討伐される側の特色までは伝わっていない。
推測にも限界が有る。
首を捻って考え込んでいると祟目さんが小さく呟いた。
「逆に物凄く固い、可能性も有るね」
「固いってそんな伝説有ったか?」
「いや、酒呑童子が直接的に刀を弾く程固いなんて話は無いんだけど、酒呑童子の出自には諸説有ってさ。もし八岐大蛇の子って説が取り入れられてたら、もし神話の怪物の鱗並みに硬かったらいやだな、とね……」
祟目さんの言葉に場が沈黙する。
最悪の状況を想定して動くのが基本とは言え、これは色々と拙い。
「祟目さん、それフラグに成ったら嫌やから止めてな?」
怖い事を口走る祟目さんを慌てて止める。
「さて、奉の言葉が寝言で有る事を祈りつつ、そろそろ動くか」
「せやね、楽が出来ると緩んで油断しそうやしなぁ」
あたし達は休息を切り上げてバギーに乗り込んだ。
「ここからは最深部まで休憩無し、最短最速で行こな」
気が急いたのか、祟目さんに影響されたのか、そんな事を口走った。
「了解、舌噛まない様にね」
その一言を発してあたし達が返事をする前にバギーは走り出した。
ロケットスタートで。
その速度は先日の比じゃ無かった。
あれでも手加減をしていたらしい。
もしくは慣れたのか。
でもやっぱり、と思う。
「やっぱりこの人頭おかしいぃー!」
顔を嬲る風に向かって叫んだ。
ギャッ! チッ! ジャッ!
ロケットスタートに留まらず、以前の舐める様なコーナリングを通り越して、文字通りボディを削る程攻めた走行にあたし達は硬直する。
速度が上がる程に背中に嫌な汗が流れた。
自分の表情が凍り付いて固まっているのが分かる。
ここまで来ると声も出ない。
逆に自分の混乱ぶりを客観的に分析が出来る位に思考が分裂している気さえする。
どれ位暴走を続けたのか分からないが、穏やかに減速してバギーは停まった。
「「「「はぁ……」」」」
ジェットコースターが停まった時と似た気持ちで、肺の中を吐き出した。
ゴルゥ!
祟目さんが一人で歩む先から鬼の唸り声が聞こえる。
慌ててバギーから降りて、薙刀を手に追い掛ける。
放心していたとは言え、結局一人で行ってしまうリーダーに先程とは違った溜息が漏れる。
祟目さんに追い付くと、通路の奥から二匹の鬼が姿を現した。
どちらも大柄、昔話に出てくる様な赤鬼で、虎柄の腰巻。
手には金棒を持っている。
今までとは脅威度が段違いに高そうだと気を引き締める。
「鬼と言うと、てイメージそのままの鬼やね」
「むしろ、着物を着崩した鬼の方が一般的では無い、ね!」
言い終えると祟目さんは右側の鬼に向けて駆け込んだ。
あたしもそれに習って左の赤鬼に向かう。
薙刀の切っ先を鬼の顔、特に目の周辺に向けて何度も突きを放つ。距離を作り接近を許さない為の牽制。切っ先を嫌がって顔を背け、背を逸らして鬼も避ける。その動きに合わせて羽生さんが切り込み、金棒を振り上げる手を繚華ちゃんが斬り付ける。鬼もあたし達を五月蠅そうに金棒を振り回す。あたしが顔を狙えば繚華ちゃんは足元を狙う。羽生さんが金棒を持つ手を斬り付けるとその直後に厦海さんが反対の腕に三鈷剣を叩き込む。厦海さんの新しい三鈷剣の切れ味は凄まじく、そのまま腕を切り落とした。怯んだ鬼を果敢に攻め立てる。食い込んだ切っ先を抉る。脛を削る。そして羽生さんの太刀が鬼の首を切り落とした。
鬼を睨みつけながら一呼吸。
首の落ちた鬼が倒れるまでの残心。
直度、祟目さんの方に視線を向けると戦闘は続いている。
金棒を持った鬼に対して慎重に事を進め、一瞬の隙を作って鬼の首を転がした。
四人掛かりのあたし達の方が早かったらしい。
いや、一対一で赤鬼を降した祟目さんは流石では有る。
同じ水晶刀・太刀を使っても同じ事はあたしには出来ない。
悔しく、そして頼もしい人だと思う。
迷宮の最前線に居続けただけの事は有る。
その危険運転や、迷宮にバギーを持ち込む感性のズレに関しては大いに文句が有るけど。
「正しゅう鬼って感じのが出てきたなぁ」
棘だらけの金棒を持った、伝説そのままの鬼。
事前に奥に行くと手強いモンスターが出ると祟目さんから聞いていたから驚く事は無かったけど。
そして、一番奥の鬼が伝説に出て来る鬼の中でも特に強い者が出る事も予想出来てしまう。
「間合いが違うから、戦い方も変わるね」
実際、爪や拳に比べると一m以上は間合いが遠くなった。
あたしや繚華ちゃんの牽制が重要に成ってくるのが分かる。
「もう三分の二は進んでるから、あと数回の戦闘で済むさ」
「そうだな、怖い位順調だな。まあ、一番怖いのはお前の運転だけどな?」
「ここからは飛ばさないよ。金棒を投げて来られたら躱せないしね」
羽生さんが同意の後に文句を言うけど、祟目さんはあっさりと流してしまう。
本当に面の皮が厚くなったと言うか、精神的な安定してると言うのか。
勿論、運転が怖いのでそこから先はあたしがステアリングを握った。
低速で進み、鬼と遭遇すると荷台に居た人間が速攻を掛けて処理を進める。
金棒を振るう鬼。
鋭い爪で切り裂こうとする鬼。
サイズもほぼ大型ばかりが出現する。
序盤と打って変わって脅威度が跳ね上がっている。
「相性は悪くないよ」
地面に横たわった大鬼を見つめていると祟目さんがサラリと言い放つ。
「相性?」
「うん、フランスのジャンヌ隊みたいに金属鎧と盾で鬼と対峙する方が危ないからね。下手に盾で防ごうとしたら弾き飛ばされてしまうよ。鎧は重たいしね」
フランスと日本の迷宮をよく知る人間の言葉だ。
きっとその通りなのだろう。
「フランスやと、狼男出るんやっけ? どないな感じなん?」
「そうだね、人型は人型だけど、爪の牙が有って兎に角素早い。力も強いけど、鬼ほどではないかな? だから盾で爪を防いで戦鎚で殴りつける戦い方をしてたね」
確かに言う通りかも知れない。
盾に慣れて、下手に受け止めたら拙いのは解る。
「鬼には太刀って理に適うてるんかな?」
「分からへんけど、フットワークと間合いが戦闘の基軸に成るんが日本の迷宮なんやとは思う」
「それとあたし等の薙刀の牽制やね」
透き通った刀身の水晶刀・薙刀を見やって呟く。
鬼の金棒より少しだけ間合いが広い薙刀はこれからの戦闘の要に成ると感じる。
一部例外は置いとくとして、無事に最深部の鬼を倒して迷宮を鎮静化させる為に前に居る必要がある。
あたし等が皆の消波提なんだと思う。
バギーを走らせて数回の鬼との遭遇戦を経て、あたし達は迷宮の最深部に到着した。
入り口付近にバギーを止めて中を窺うと遠目に鬼の人影が見える。
「座ってるんかな?」
遠目に見てもボスと目される鬼は小さく見えた。
「見た限りだと中型かな? つまり大型よりも素早いって事だから、厄介だね」
そう言って祟目さんはバギーの荷台に向かい荷物を漁った。
ボス戦の前の休憩かと気を緩めると何かを弄りながら戻ってきた。
「それは?」
手の平サイズの玩具の様な物を見て呟いた。
「小型のドローン。デバイスと接続してリアルタイムでボスを監視・観察出来る」
その言葉にあたし達は集まってドローンと鼻背デバイスを接続した。
視界にドローンカメラの映像が映し出される。
本当に色々な物を持ち込む人だと半ば呆れ半ば関心してしまう。
祟目さんはグリップ型のコントローラーを操作してドローンを浮かせる。
音は思いの外小さい。
「ドローンってこんなに静かな物なん?」
「そりゃ軍の偵察用だからね」
なんでそんな物を持っているんだろうか? この人は。
八割方呆れ気分で眺めているとドローンは最深部に滑る様に飛んでいく。
静穏性が高いとは思うのだけれど、無音だった大部屋では相当に目立つ。
洞窟の壁に背を預けて座っていた鬼が顔を上げる。
視界に映る鬼は不思議そうに小首をかしげたと思ったら立ち上がり、そしてドローンを正面から見つめ、直後派手な音がして映像が途切れた。
一瞬映ったその顔は怖い位に整った、美しい鬼だった。
数m離れていたはずなのに、その距離を一瞬で詰める俊敏性に嫌な汗が流れる。
これがあたし達の敵。
そう思うと激しく戦慄が走った。




