三十一の巻
目覚まし時計のアラームで目を覚ました。
用意をして、週契約のマンションを出る。
玄関ロビーで繚華ちゃんと萊ちゃんに声を掛けて合流する。
「おはよう。よう眠れた?」
「おはよう。ぐっすり」
「ウチも良う寝たわ」
羽生さんが午後に到着すると言う事で、今日は最深部に行く為の買い出しをする事に成っている。
大半の物はネットで注文して、既に届いているらしい。
今日はガスボンベ等を買う予定らしい。
祟目さんの車が到着して皆で乗り込んだ。
ディスカウントストアーやホームセンターを回って買い出しを終わらせる。
それぞれのリュックに詰める為に仕分け作業をしながら祟目さんが呟いた。
「キャンプ用品買い漁ってるけど、キャンプ――何年もしてないな」
その一言で、あたし達は迷宮に対峙し続けて、プライベートを犠牲にし続けてるのだと思い知らされる。
先月は、本当に普通の大学生らしい生活をしていたけど、中学高校は休みをほぼ迷宮にぶつけてきた訳で。
青春を迷宮に食い潰されてきた事に苦い気持ちに成る。
誰かがやらなければ安全を確保出来なかったし、自分で選んだ道だから文句は言えないけど。
それでも思う処が無い、訳じゃない。
「後四ヵ所、頑張りましょう。そうしたらキャンプでもスノボでも、スキーでも」
そう繚華ちゃんが声を掛けてフォローする。
それぞれの荷物をマンションに持ち帰って、突入の準備を各自行った。
今夜はあたし達三人と帳さんの女子会の予定と言う事も有って、祟目さんが羽生さんのお迎えをするらしい。
少しだけ萊ちゃんが残念そうな顔をしたけれど、宥めて夜の繁華街に出た。
二月の夜風は厳しくて、肩をすくませる。
待ち合わせ場所で先に待っていた帳さんは上品なベージュのコートを羽織って、ナンパ男をあしらっていた。
「こんばんは、お待たせしました」
ナンパ男は一人だったらしく、友達も呼ぶと言い出したが帳さんに「待つ価値が有るの?」の一言で蹴散らされていた。
悔しそうにしていたけれど、帳さんと繚華ちゃんと萊ちゃんを見たら男性なら当然かもしれない、と苦笑する。
合流して少しだけお洒落な居酒屋の個室に入って夕食を食べた。
魚介と世界的にも人気がある日本酒を彼女がオーダーする。
あたし達も成人している事も有り、車ではない事から少しだけ頂いた。
人生初のお酒としては背伸びし過ぎてる、と笑われたけれど。
「一度は美味しいお酒を飲む事、一度は自分の限界酒量を試す事は必要だけど、このお酒で試すのは怒られてしまうわ」
彼女はそう言ってコロコロと笑った。
「見酒さん、成湖さん、現原さん、最深部にはいつ向かうの?」
「えっと、羽生さんの調整次第ですけど、明後日か明々後日だと思います」
「そう、ワタシも同行して良いかしら?」
「「「え?」」」
帳さんはいきなり予想外の事を言い始めた。
「えっと、なんでですか?」
繚華ちゃんが身を乗り出して訊ねる。
「一番奥まで行って一番厄介な幽体を駆除するのよね? そして本当に手強いって聞いてるけど」
「そうですね、タフで長時間戦闘に成りますし……」
「そんな時、後ろに医師が居たら心強くない?」
帳さんの言葉には説得力も合理性もあった。
あの時の怪我を思い出して、次はあたし達かもと考えると背筋に嫌な汗が浮かぶ。
「戦力には成らないかも知れないけど、継続戦闘能力は上がると思うけど?」
繚華ちゃんと萊ちゃんの顔を見ると拒絶の色は無かった、困惑の色は有ったけど。
「祟目さんはなんて言ってるんですか?」
「まだ聞いてないわ、根回しとして女の子を味方につけるのが先でしょ?」
ああ、この人は男女の戦闘能力は高いんだと妙に納得する。
それに、と言って席を立って左脚を前に半身で構えて短く息を吐いて拳を繰り出した。
一秒間に何発のパンチが出たか判別出来ない位早かった。
「ボクシングの心得は有るから、パニックには成らないと思うけど?」
そう言って手を下ろして笑った。
いや、貴女今ヒール、しかも八cm位のヒール履いてるよね? と正直引いた。
可愛い顔をして、ちょっと見られない技量を見せられてあたし達は黙らされた。
これは断れないし、いざと言う時に本当に心強い人物だと思う。
若干一名、複雑そうでは有るけれど。
こっちはこっちで、後でフォローしないとかも知れない。
「あぁ、飲んでやる事じゃ無かったわ」
そう言う帳さんの顔は酔いが回ったのか結構赤くなっている。
「大丈夫ですか?」
「お水貰おうかな? ねえねえ、恋バナしよ? 恋バナ」
一気に上機嫌に成って帳さんは絡んできた。
「はいはい、まずお水飲んでから、ね?」
そう窘めて急いでお水を貰って帳さんに飲ませた。
「ごめんね? こっちに知り合いも居なかったから、今日凄く楽しみで」
と照れ笑いなのか苦笑いなのか、両方なのか笑った。
「それは良いんですけど、お仕事大丈夫なんですか?」
萊ちゃんが気遣わしげに訊ねると笑顔で頷いた。
「治療所で働いてるし、東京の迷宮が沈静化して仕事も無かったし、幽体の怪我を見れる医師は少ないし、ね?」
帳さんが居てくれるのは本当に心強いと思う。
萊ちゃんも繚華ちゃんも見てないけど、祟目さんはあの時内出血を抜く為に自分の二の腕を切ってた。
それも帳さんが居ればその場で応急処置が出来るのは大きいと思う。
これはあたし達シーカーにとっては無視出来ない。
あと、あたし達も取り敢えず跡が残るのも嫌だから、ありがたいと言う気持ちも少しだけある、少しだけ。
祟目さんと羽生さんの説得はそこまで難しくないと思う。
最深部に行く途中は苦も無いし、最後の幽体の時にも無理して参加してもらわず後方であたし達の体調管理とかフォローしてくれる人が居るのは確実にプラスだし。
女性比率が増える分には特に困らない。
繚華ちゃんを宥めるのだけ少しだけ悩ましいけど。
「だから、二人の説得に口添えしてくれると助かるな?」
ここまでメリットの方が多いと断れない。
「分かりました、明日みんなでお話ししましょう」
真面目な話はそこで終わり、後は本当に女子会に成った。
と言うか質問攻めにあった。
「ねえねえ、三人共下の名前で呼んでも良い?」
「「良いですよ」」
「……はい」
繚華ちゃん、気持ち話分かるけど、と膝をポンポンと叩く。
実際悪い人では無いし、嫌いに成れない人。
と言うか男女の駆け引きが巧いのに、女の嫌味さが無いと言う珍しいタイプの人。
女同士のマウンティングが嫌いなあたし達三人と普通に話せるのだから、本質的には気が合うはず。
むしろ友達少なそうだとも思うし。
そういう所も似ている気がする。
結局帳さんの恋バナの誘導尋問であたしと萊ちゃんはあっさりと看破され、繚華ちゃんとは一瞬ピリッとしたけれど、険悪な雰囲気には成らなかった。
こういう所も大人の貫禄と言うのかな?
あたし達はそれから少しの間新しい、年上の友達と楽しく食事して楽しく飲んだ。




