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三十の巻

 二月、春休みに入って、山口県岩国の川沿いに出現した迷宮にあたし達は足を踏み入れた。

 羽生さんは数日後に合流予定、祟目さんは先月から間引き活動をしていると聞いている。

 そう言えば先週から帳さんもここの治療所に勤務に成ったらしい。

 彼女曰く「東京の治療所が閉鎖されたし、時間外でも治療に当たれる医師が一人くらい居ないと危険」らしい。

 まさしくその通りだし、ありがたいけれど、下心がみえみえでメールを読みながら苦笑した記憶がある。

 素直にアタックすれば良いのに、煮え切らない人だ。

 まあ、繚華ちゃんも祟目さんを意識してるから応援しにくいんだけど。

 そんな事を考えながら迷宮内部を進んでいく。


 京都の迷宮以外に入った事が無かったけれど、内部は違わないらしい。

 ごつごつした岩肌と苔の臭い、日が一切入らず低い温度で一定なのも同じ。

 やっぱりここでも楽な活動は出来ないみたい。

 祟目さんとの合流は夜と言う事で、あたし達はあたし達で久しぶりの迷宮に挑んだ。

 この二ヵ月の間、体が鈍らない様に毎日庭で稽古はしていたけれど、久しぶりの実戦に緊張する。

 繚華ちゃんも萊ちゃんも押し黙っている所を見ると、あたしと同じらしい。

 ごつごつした石の感触を足の裏に感じながら油断なく周囲を見回して進む。

 小部屋を確認して、幽体の有無を確認して進んでいくと何個目かの小部屋で幽体と遭遇した。


 まず先頭のあたしが飛び込んで、鈴の音と共に薙刀の刃を横薙ぎに振るう。続いて繚華ちゃんが反対側に向けて走り抜けながら横薙ぎ。最後に萊ちゃんが唐竹、逆風と刃を走らせて飛び退く。あたしが振り返って袈裟斬りを。繚華ちゃんが逆袈裟に斬り付けた所で幽体が動きを止める。


「「「え?!」」」

 あたし達は揃って驚きの声を上げた。

 前回までは幽体の駆除に九手を要したのに、今回は明らかに少ない。

「今何回攻撃した? あたしは二回」

「ウチも二回……」

「私も二回だったよ?」

 必要な手数そのものが減っている?

 少なくともあたしは水晶薙刀に手は加えていない。

 見た感じ二人の得物も特に変わった所は見当たらない。

「これって水晶刀が強なった、って事やんなあ?」

 でも、強くなった理由が分からない。

 祟目さんに聞こうにも、あちらはあちらで駆除活動しているはずだし。

「取り敢えず、試してみよか? 祟目さんに聞くのんは夜で」

 そう言って皆で気を取り直して、通路に戻って奥に進んでいく。


 昼に一度地上に出て、休憩後に再度挑む。

 必要な手数が減った事も有って体力的にも精神的にも随分と楽に成ったと思う。

 戦闘時間の短縮は水晶薙刀を受け取った日に味わったけど、さらに効率的に成った事に驚く。

 そして、この変化を絶対に知っていたくせに秘密にしていた祟目さんは後で説教が必要だ。

 一ヵ月こちらに居るのだし美味しい晩御飯を奢っておう、という事で三人の意見が一致した。

 緊張感を持ちつつ、それでも軽口が言える程度には慣れてきたと思う。

 移動を繰り返して一時間に四体の幽体を処理した。

 体力的には余裕が持てる様になったけど、移動の時間は変わらない為に数はそこまで伸びないのが残念だった。

 お昼休憩で地上と往復する時間も勿体ないのだけど、あれを持ち歩くのは最深部に行く時だけにしたいと思ってしまう。

 結局、全てが都合良く進む訳じゃ無いと言う事だろう。


 地上に出て買い取り所に行って、回収した金の粒を売却してから車に戻る。

 薙刀を固定し、大鎧を脱いで鎧櫃(よろいびつ)に納めて一息吐くと祟目さんから繚華ちゃんに連絡が来た。

 メールには「一度帰って、着替えてから合流夕食に行こう」と有ったので承諾の旨メールを返してもらう。

 それからあたし達は急いで短期間契約のマンションに戻った。

 手早くシャワーを浴びて,お化粧をして着替えた所で連絡が。

 祟目さんの車にピックアップされて予約してあると言うお店に向かった。

 一ヵ月ぶりの祟目さんは左腕も完治して調子が良さそうだった。

 繚華ちゃんが安心した様に息を吐いた辺り、よほど気にしていたらしい。

 身を挺して守られて、お礼も軽く流されるとこうなるのかも知れない。

 まあ、少しチョロ過ぎる気もするけど、あたし達は小娘でしかないから仕方がないのかも知れない。

 大人ってどういう風にすれば成れるのだろう?

 二十歳を超えたのに、何も変わっていない自分がもどかしい。

 後部座席から窓の外を眺めながら思わず溜息が漏れる。


「お疲れ様。久しぶりの迷宮は疲れたかい?」

「あ、いえそうじゃなくって……、あ! そうや祟目さん! 水晶刀ん事であたし達に言うてへん事あるんちゃう?」

 溜息を聞きとがめられて労われたが、そこで思い出した事を問うた。

「ん? ああ、手数が減った事かい?」

 そう言って悪戯が成功したと言わんばかりに笑った。

「そうです! あたし達皆してびっくりしたんやからね⁉」

「赫里ちゃん、敬語」

 繚華ちゃんに窘められた。

 勢いに任せたら思わず敬語が崩れてた。

 彼曰く、気が付いたのはつい数日前だったらしい。

 水晶刀小太刀の手数は減っていなくて、持ち替えた時に気が付いた、と。

 彼が言うには、水晶刀小太刀は三手から減っていない、らしい。

「それってどういう事です?」

 分からない、と一言零した。

 どういう事だろう? 強化はされているけど二手にはまだ届かない、という事?

 そんなファンタジーみたいな話があるだろうか?

 そう思ったけど、概念武器がファンタジー要素を詰め込んだ代物だし、そもそも迷宮という存在が摩訶不思議ファンタジーの出処だった。


 その後、お店に着くまでの間に今日の夕食は祟目さんの全額奢りで! と言う事に成った。

 これで軽食とかだったらまた荒れそうだけど、特にあたしが。

 そんな事を考えていると目的地に着いたのだろう。

 四駆をコインパーキングに停めて案内をされるままに付いていった。

 繁華街から外れた所なのは周囲の雰囲気で分かったけれど、そんな住宅もちらほらしている所にいきなり趣の在る小料理屋? いや割烹? 

 そんな店に祟目さんは真っ直ぐ歩いていく。

 本気で? と思い左右を見ると繚華ちゃんも萊ちゃんも疑いの目と言うか強い困惑を顔に浮かべていた。

 早くおいで、と言われてオドオドと付いていった。

 暖簾(のれん)は年季が入っているけれど奇麗な藍色で、出された看板には河豚(ふぐ)の文字が。

 二十歳前後の小娘が入って良い店では無いと思ったけど、置いていかれても困る。

 そう思って渋々付いていき店に入った。

 大人って怖い、そう思った。

 お店では予めフグ料理のコースが予約されていた。

 繚華ちゃんは気を使って味が分からなそう。

 萊ちゃんも委縮して味が分からなそう。

 そしてあたしは後々、帳さんにバレたらと思うと気まずくて味が分からない気がしてきた。

 大人はあたしにはまだまだ遠いのが良く分かる。

 出されたてっさ(河豚の刺身)てっちり(河豚の鍋)は歯ごたえがあって、ほんのり甘かったり、酸っぱかったり、じわじわと後から味が来たりして、大人の味がした。


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