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二十七の巻

 全身の不快感で目を覚ました。

 ヌルヌルベタベタとした感触に顔を歪めて体を起こすとテントの中、横には繚華ちゃんと萊ちゃんが寝ていた。

 回らない頭で少し考えると迷宮の最深部まで来て、巨大な幽体と戦って倒して、地面が光って、疲れて寝た。

「ああ、沈静化させたんやった……」

 それにしてもこの不快感は? と思ったが汗だくでツナギを着たまま寝てしまったからだと理解した。

 ツナギを脱いでウェットティッシュで取り敢えず全身を拭いて下着を替える。

 次いで、ツナギの裏側もゴシゴシと拭きあげる。


 テントを出ると血の匂いがした。

 見回してみると羽生さんは寝袋で熟睡していて、祟目さんは壁に背中を預けて左腕に包帯を巻く途中で気を失ったらしい。

 地面には黒い染み、絞り出した内出血した血だと思う。

 そこまで大量と言う感じもしないので、貧血で倒れただけだとは思うけれど、取り敢えず声を掛けてみる。

「あの、大丈夫ですか?」

 答えは無い。

 体を揺らしてみても起きないのでこのまま様子見をしようとは思うけど、浮かべる苦悶の表情を見てウェットティッシュで額の汗を拭いて包帯を巻き直してあげた。

 むき出しの上半身は……、迷ったけど、相当迷ったけど拭いた。

 沢山の斑に成った傷が痛々しい。

 体が冷えていたのであたしの寝袋で巻いてあげた。

 変な絵面に成ったけど仕方がない。


 テントに戻って繚華ちゃんと萊ちゃんを起こす。

 二人共なかなか起きなかったから、あまり長居するのも不味いので少し強引に起こしに掛かる。

 ウェットティッシュで寝顔を拭いたらびっくりして起きた。

「赫里ちゃん強引過ぎひん?」

「ごめんな? でも祟目さんが不味いから早く出た方がええと思うんよ」

 そう言うと萊ちゃんは驚き、繚華ちゃんは固まった。

 おろおろし始めた繚華ちゃん達にまず体を拭くように言って着替えさせた。

 あたしは羽生さんに声を掛けて撤収の準備を始める。

 ガスボンベ等の道具をリュックに納めた辺りで繚華ちゃんがテントから慌てて出てきた。

 取り敢えず、眠ったままの祟目さんの鎧を外してリュックに詰めていく。

 全身を揺すぶられた事で意識を取り戻した祟目さんは直ぐに状況を把握したらしく、あたし達にお礼を言って立ち上がろうとしてふら付く。

 思わず悲鳴を上げるけど、直ぐに持ち直して立ち上がるのは流石だった。

 おろおろからグスグスに成った繚華ちゃんの背中を軽く叩いてテントを片付けさせる。

「祟目さん、大丈夫ですか?」

「ごめんね? でも、慣れてるから大丈夫。流石に今回は疲れて落ちちゃったけど」

 そう苦笑してツナギを着直す。

 やっぱり痛むのか左腕は動かさない様にしていたけど。


 朝食代わりにエネルギーバーを食べてから撤収を開始した。

 荷物もだいぶ減ったし、幽体が出ない事から移動はスムーズだった。

 体力的にも厳しい為、二時間おきに休憩を取りつつ半日以上を移動に費やしてようやく地上に出た。

 空気の冷たさで分かってはいたけれど、空の下で吸う空気はやっぱり美味しかった。

 迷宮内ではどうしても息が詰まるから。

 胸一杯に吸い込んだ空気に表情が緩む。

「終わったぁ……、終わっ……」

 最初の氾濫から今日までの迷宮に対する怒りの日々が脳裏を駆け巡り、それがこれで終わった。

 そう思うと感情が爆発して叫びだしそうになる。

 青い顔をして荷物を車に運んでいる祟目さんが視界に入って、一度盛り上がった感情を横に置く事にする。

 早く彼を治療所に連れて行かないと、と思ったら既に買い取り所共々営業時間を終えていた。

「救急車? あかん、来るのん待つより病院に……」

 繚華ちゃんが、治療所が閉まっている事に気が付いてまたおろおろし始める。

「夜間でも見てくれる病院に直接行こ」

 あたし達は荷物を車に急いで詰め込んで車に飛び乗った。

 デバイスで夜間救急を受け付けてくれる病院を探して車二台で急いで向かう。

 土地勘の無く自分の車でも無い為、あたしが前を走って先導する。

 繚華ちゃんはあっちの車に同乗している為、萊ちゃんに頼んで無事沈静化に成功した事、祟目さんを病院に連れていく事、帰りが遅く成る事を家に連絡してもらった。


 病院に着いて、祟目さんが診察を受けている間に改めて家に電話をする。

「もしもし?あたし」

「赫里? 車は? 運転中やないの?」

 電話にはお母さんが出た。

 気持ち早口に成ってるのはやっぱり心配してたからかな。

「うん、今病院やから大丈夫」

「そか、あんたは怪我やら、してへんの?」

「してへんよ、疲れてるけど元気やから。でも、祟目さんがあたし達を庇うて怪我してもうて」

「そないに大怪我したん?」

「分からへん、あたし達迷宮で怪我した事無いし、どんだけキツイんか分からへん……」

 かなりキツイと聞くのに、よく考えると祟目さんは一言も「痛い」とは口にしなかった。

 よほど辛抱強いのか、本人が言う通りに慣れてるのかは分からないけど。

「兎に角、終わったら真っすぐ返ってくるんよ?」

「うん、分かった。ほなな。」

 電話を終えて病院に入ると待合室には羽生さん達三人がベンチに腰掛けて診察室に目線を向けている。

 あの巨大な幽体の攻撃がどれだけのダメージに成っているのかが不安で堪らなかった。

 

 一時間程して診察室から祟目さんが力無い足取りで出てきた。

 左腕を吊った姿は痛々しいし、顔色も蒼褪めている。

「どうだった?」

「骨には異常はないって、鎮痛剤を出してもらう事に成った」

 その言葉にあたし達は首を傾げた。

「あの、それって特に治療してないって事や無いですか?」

 繚華ちゃんが疑問の声を上げると祟目さんは苦笑して病院の会計の窓口にあたし達を促した。

 会計を済ませて薬を受け取って病院を出て駐車場に移動する。

 外に出てようやく、繚華ちゃんの疑問に祟目さんは答えた。

「専門じゃないから良く分からないってさ、まあ、幽体の攻撃を受けた怪我を専門で診断出来る医者が日本に何人居るか僕も知らないけど」

 などと苦笑して見せられても困る。

「感覚は有るんですか?」

 思わずあたしが訊ねると祟目さんは頷いた。

 感覚が有ると言う事は大きな後遺症は残らないとは思うけれど、結局治療された訳では無いのが不安ではあった。

 困った事に治療所も買い取り所も、明日から正月が明けるまで開かないのが問題だった。

 こればかりはあたし達にはどうする事も出来ない。

 何かあれば病院にその都度行く、と約束をして二人とは解散した。

 

 繚華ちゃんと萊ちゃんを乗せて二人を送る様、道を選んで走った。

「しんど、流石に堪えたわ……」

 車のシートに座っていても体が揺れている気がする位に疲労が溜まっている。

「せやね、迷宮の沈静化がこないに大変やったって、私考えもしいひんかった」

「祟目さん、ほんまに大丈夫なんやろか……」

 身を挺して守られて、身代わりに大怪我されたら誰でもこうなるのは分かるけど。

 親友二人を持ってかれるあたしとしてはどうしたら良いのだろう?

 まあ、繚華ちゃんの場合はちょっと違うけど、なんだかあたしだけが取り残される様な気分に成って少し悲しくなった。

「明日メールでもしたらええんちゃう?」

「でも、迷惑やあらへんかなぁ?」

「迷惑かは分からへんけど、年末年始暇する位なら話し相手に成ってあげたらええんちゃう? 萊ちゃんはどう思う?」

 繚華ちゃんの背中を押しながら萊ちゃんにも声を掛ける。

「え? あぁ、せやね、連絡したらええと思うよ?」

 考え事をしていたらしい萊ちゃんが慌てて同意する。

 うん、二人共好きにしたら良いと思う。

 恋愛初心者、目下失恋真っ最中のあたしに思い付き以上に言える事も無いし。

 二人をそれぞれの家に送り届けてから自宅に戻る。

 

「ただいま~」

 家の外に設置してあるゴミ入れに迷宮内で分別したゴミ袋を入れてから家に入る。

薙刀と大鎧を押し込んだリュックが重たい。

「おかえり、よう頑張ったなぁ。ニュースに成ってんで? 迷宮沈静化したらしい、て」

「ほんまに。よう頑張った。よう頑張ったなあ」

 お母さんとお祖父ちゃんが玄関であたしを待っていたのか、開口一番に労われた。

 二人の声で最後の緊張の糸が切れたのか、体から力が抜けてたたらを踏む。

「ほんまに疲れた。やけど、ようやく迷宮を黙らせられたんは嬉しいわ」

 そう言うと涙腺が緩んだのか涙が頬を伝った。

 もう迷宮に怯えなくて済む、その事実があたしの中にストンと納まった気がした。

「ささっ、お風呂入ってき、話はその後でな」

 そうお母さんに促されて自室に寄ってから浴室に向かう。

 廊下を歩くと両足がパンパンに成っている事を自覚した。

 浴室、洗面台の鏡で自分の顔を見ると体だけじゃなく疲れは顔にも出ていた。

「荒れてるなぁ……」

 入浴と入念なスキンケアを済ませて、ツナギを洗い、着替えて居間に行く。

 

 居間のTVでは京都の迷宮に取材カメラは集まってワイワイと中継していた。

 コメンテーターが何か言っているがあたし達の事には触れられていない。

 まあ、あたし達が沈静化させた証拠も無いし、誰がやったかの確証も誰にも無いから当然だけど。

 食卓に座るとお祖父ちゃんが口火を切った。

「赫里、よう頑張ったな。ようやり遂げたな。ほんまに凄い事やなあ」

「本当に。よう頑張ったなぁ。これでもう心配ないなぁ」

 家族が口々に賞賛してくれる。

 ずっと直ぐ隣にあった厄災が無くなった事が純粋に嬉しかった。

 嬉しくて、自分達が誇らしくて止めど無く涙が溢れた。


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