二十六の巻
幽体の前に踏み込んだ祟目さんは右手に小太刀、左手に脇差という手数で圧すつもりらしい。
斜め後ろには羽生さんも数珠丸写しを両手に握りいつでも入れ替われる準備をしている。
小太刀で右薙、脇差で突き、小太刀で袈裟と一呼吸で斬撃を放ち後ろに飛び退いた。無数にある幽体の手が今まで祟目さんが立っていた所を通過する。そこに踏み込んだ羽生さんの太刀が奔った。袈裟、右切上げ、いわゆる燕返しを放ち直ぐ様下がった。直後に祟目さんが飛び込んで三手、羽生さんが入れ替わって二手を繰り返した。
「二人の立ち位置の間にウチ等に入れって事やんなぁ?」
「そうや思う」
「テンポ速いなぁ……、交代がせわしないわ」
三人でリズムを取りながらスイッチのタイミングを計る。
入口から大部屋に入って二人の後方に陣取って踏み出す準備をする。
「行けます!」
声を発して、二人にアピールをすると羽生さんが頷いた。
祟目さん、羽生さん、あたし達、また祟目さんとサイクルを決めて二人を挟む様にあたしと繚華ちゃんが、二人の間に萊ちゃんが陣取る。
祟目さんが引いて羽生さんが前に出る。
隣に来た祟目さんの息が荒い。
手数勝負と言う事はそれだけ体力を使うと言う事に成る。
小太刀、脇差と言うまだ軽い部類の得物でも気持ち楽、程度の差しか出ないはず。
羽生さんの太刀での二手だって相当にキツいのは見て取れる。
二人だけで二ヵ所の迷宮を沈静化させたと言うのは相当に厳しい戦いだったのだろう。
羽生さんが引いた所であたし達は前に出た。
踏み込みからの突き二連。三人同時となると間合いが確保出来ない為引き際に三手目の突きを。萊ちゃんはそのまま後退する。
呼吸を整えた祟目さんが踏み込み、羽生さんと入れ替わり、再びあたし達が前に出る。
何往復目だろう? 何分が経過した? 二桁は超えたと思う、いや確実に超えた。
それでも幽体の動きには変化は無い。
タフだと聞いていたけれど、本当に終わりが見えない。
焦る、早く終わりにして休みたい。
汗が額を伝う。
ツナギの中が気持ちが悪い。
喉がひり付く。
手足が重たい。
「馬鹿!」
誰かが叫んだと思ったら繚華ちゃんが横倒しに倒れた。
「ぐあぁっ!」
幽体の振るった腕が祟目さんに当たって、痛みを訴える声が上がった。
「祟目!」
羽生さんが飛び出して太刀を振るう。
一手、二手、三手、四手と。
「祟目さん大丈夫ですか?」
萊ちゃんが慌てた様な声を上げて祟目さんを後ろに引きずった。
祟目さんの呻き声が耳の奥に届いて、繚華ちゃんを庇って祟目さんが怪我をしたのを理解した。
三手を繰り返していた繚華ちゃんとあたしは思考が麻痺してぼんやりしていたのだと悟る。
そのツケが肝心要の祟目さんに回ってしまった。
不味い、あたし達だけじゃこの最後の幽体に圧し切られる。
視界が揺れる、目の前が歪んで見える。
どうしよう? どうしよう? どうしたら良い?
頭が回らない、思考がまとまらない。
「え? ちょっと祟目さん?」
萊ちゃんが声を裏返らせて叫ぶと背中を丸めていた祟目さんが立ち上がった。
右手の小太刀の刀身を口に咥えて、左手に握った脇差を右手に持ち替えて鞘に納める。
小太刀を握り直してまた前に出ようと足を踏み出した。
「もう誰の故郷も! 奪わせるものか! 羽生!」
一声叫んで祟目さんが幽体に躍りかかった。
その声に反応して羽生さんが下がる。
羽生さんの呼吸が荒い、無呼吸で動き過ぎたらしい。
萊ちゃんが走ってリュックの中からペットボトルを二本持ってくる。
一本をあたしに、もう一本を羽生さんに渡した。
「赫里ちゃん、繚華ちゃん、一人ずつ交代して祟目さんの負担減らさな! 私等のミスおっかぶせたままなんてあかんやん!」
「せやね」
萊ちゃんの言葉に頷いてスポーツ飲料を数口飲んで繚華ちゃんに回す。
「祟目さん!」
萊ちゃんが声を上げると二人は入れ替わる。
力無く左腕を垂らした祟目さんに繚華ちゃんがペットボトルを渡した。
乱れた呼吸の中で短くお礼を言って水分補給をして、また前に出る構えを見せる。
「祟目さん、羽生さん、呼吸を整えてください、その間あたし等が前に出ますから。繚華ちゃん、行けるやろ?」
「行ける、行く!」
自分の身代わりに怪我をした祟目さんの姿に繚華ちゃんにも火が付いたのが見て取れる。
あたしも薙刀を握り直して、視線を幽体と萊ちゃんに向けて声を掛ける。
「萊ちゃん!」
萊ちゃんと交代して薙刀の刃を走らせた。
中段、少し間合いを広めに取って幽体の本体じゃなく、幽体の振るってくる腕を斬り付ける。脛打ちからの切り上げ、上段からの袈裟、袈裟からの逆風、逆風からの唐竹。
「赫里ちゃん!」
繚華ちゃんの声に合わせて引きながら突きを入れて交代する。
繚華ちゃんの薙刀の腕前は今でもあたしよりも上だから、安心して任せられる。
問題は繋ぎ役として動いた羽生さんがもうしばらくは無理をさせない方が良い事だろう。
復調するまであたし達で補っていくしかない。
祟目さんはと言うと親指をベルトに引っ掛けて腕が動かない様にして次の出番を待って、そして飛び出した。
「現原さん!」
幽体の攻撃は相当の痛みだと聞いている。
それなのに、彼は戦意を維持している、思わず尊敬の目で見てしまう。
萊ちゃん、あたし、繚華ちゃん、祟目さんで二巡、三巡目からは繚華ちゃんの次に羽生さんを挟んで幽体を削っていく。
人数のおかげか多少の余裕は持てたけど、一巡の間に体力は回復する程の時間は取れない。
じわじわと削られているのはあたし達も同様だった。
全員が呼吸を乱しながら、それでも幽体から目線を外さない。
ここで圧し切らなければあたし達も、京都も他の迷宮のある地域も地獄に成ってしまう。
何度でも覚悟を決めて圧し返すだけだ。
と、考えていると違和感を覚えた。
違和感と言うのか、幽体に変化がある様な気がする。
何かが変わってる気がするのだけれど、そのナニカが分からない。
「あの、祟目さん、あの幽体なんか変じゃないですか?」
「変、とは?」
「なんか、見た感じなんか違う気がするんですけど……」
何かを見落としてる気がする、気がするのに気が付かない。
間違い探しをしている気分になる。
「ああ、見酒さんお手柄かも。幽体の顔」
その声に違和感の正体があたしにもようやく分かった。
無数に、気持ち悪くて数えてなかった幽体の顔の数が明らかに減っている。
もしかしたらこれで終わりまでの目安が見出せるかも知れない。
幽体の顔の数を数えてみたけれど無数に有り過ぎて分からなかった。
それでも一巡二巡すると減っている様に見えた。
全員に変化が有る事だけを周知して情報共有を計る。
戦闘を開始してから二時間が経過した。
全員が疲労困憊なのが足取りからも分かる。
何よりも手数が減って交代サイクルが早まっている。
途中で祟目さんがリュックから甘味を全員に配ったけれど焼け石に水。
疲労でまた意識が飛びかけているのが自分でも分かる。
先が見えた気がしたのに、それが本当に終わりなのかの確証も無い。
実はそれは折り返しでした、とかそんな感じだったらと思うと怖くなる。
速く終わってほしい。
疲れた。
血の臭いもするし、凄く嫌だ。
血? と考えた所で祟目さんが何分も戦い続けているのに気が付いた。
よく見ると幽体の顔は一つしか見当たらなかった。
「祟目さん!」
思わず叫んで前に出た。
順番とかもう分からなかったけど、これ以上は祟目さんが保たないと思った。
それはあたし達も似た様なものだけど、それでも負傷していない分マシなはず。
そう思って踏ん張った。
足が縺れそうにも成るけど頑張った。
荒い呼吸の中、視界に萊ちゃんの姿が有った、その隣に繚華ちゃんも居た。
手首を返して鈴を鳴らす。
鈴の音と共に幽体に突きを放つ。
刃が幽体の中にある内に再度手首を返して鈴を鳴らす。
音色と共に刃で幽体を抉る。
気が付けば幽体に顔は無くなっていた。
もう開き直って圧し切る。
体力だって残ってないけど、一振りでも多く斬り付ける。
幽体の腕を避けて上段から唐竹。
最後の力を振り絞った一斬を放った所で幽体が動きを止める。
もう腕が上がらないと本気で思った所で巨大な幽体が霧散した。
急に目の前から巨大なモノが失せると人間、疑問しか浮かばないのかも知れない。
「えっと……?」
「幽体は?」
「ほんまに終わったん?」
あたしも、繚華ちゃんも萊ちゃんも頭が回らなくて首を傾げ続けてしまった。
「お疲れ様、終わったよ」
羽生さんの言葉が耳に届いた気がするんだけど、よく意味が分からなかった。
終わった? なにが? お疲れ様? うん、疲れたけど、それで幽体は?
「うん、だから、俺達の勝ち」
その言葉でようやく長かった巨大幽体を倒し切った事を何となく理解出来た。
理解して緊張が、張り詰めていた糸が切れたのかその場に座り込んでしまった。
ボロボロと涙が溢れてきた。
繚華ちゃんと萊ちゃんと抱き合って泣いた。
辛かった。
苦しかった。
ようやく終わった。
そんな事を言い合った気がする。
夢じゃないかと、都合の良い現実逃避の白昼夢じゃないかと叫んだりもした。
そのまま地面に倒れこむ様にして転がった。
指先が震える。
握力ももう無いし、脚もがくがくいってる。
それでも達成感だけはあった。
胸が張り裂けそうな位膨れ上がって天井を見上げて涙を流した。
その後は動ける様になるまで休憩したあと、祟目さんの指示でとある作業を行った。
作業を終えた瞬間、地面が淡く光ったと思ったらすぐに消える。
「今のはなんやろ?」
「今のは迷宮が沈静化した合図。もう幽体も出現しない。ここは完全な安全地帯だ」
羽生さんの言葉で最後の糸が切れたと思う。
あたし達はキャンプ地に戻って崩れる様に眠った。
もう少しの間で良いから何も考えないで、何も頑張らないで眠りたい。
そう素直に思い、その通りにした。
あたし達は京都、大江山の迷宮をやっつけたんだと、頬を緩めながら眠った。




