二十五の巻
「ふっ!」
鋭く息を吐いて穂先を幽体に突き入れ、三度目の突きを引いた所で飛び退く。幽体が音も無く腕を右に左にと振った所で萊ちゃんが飛び込み袈裟、切り上げ逆袈裟と斬り付けて飛び退く。距離を詰めようと幽体が前に出た所であたしと繚華ちゃんが迎え撃つ様にして連続で突きを放ち、止めを刺す。
リュックの重量も半分以下に成った所で繚華ちゃんが二人に声を掛けた。
「あの、今どの位の所に来てるんですか? もう二日目の夕方ですけど」
デバイスの時間を確認すると午後六時を回っていた。
持ち込んだ食料は後丸一日と少しの量しか持ち込んでいない。
親との約束の期限も明日の昼には戻り始めないと間に合わない。
「そうだね。距離的には、明日の午前中には最深部に着けると思うんだが。東京と宮城の迷宮と比較して、もう最深部の手前だとは思う」
マッピングに手間取ったのが遅延の原因だけど、間に合わなければ年明けにリトライすれば良い。
引き際だけ間違えなければ大丈夫だと納得する。
「あと一時間進んで、今日は切り上げませんか?」
繚華ちゃんの提案に全員を見回して祟目さんが呟く。
「うん、皆顔が見えないから大丈夫そうかが判断出来ない」
面頬で顔が隠れている事を冗談で指摘されてあたし達は笑った。
「うん、大丈夫そうだね、あと一時間頑張ろうか」
笑い声から疲弊具合を測って継続を宣言、奥に進む。
緑色の視界、時折壁に現れる真っ黒い穴、その先の小部屋に潜む幽体を駆除して、また通路を進んでいく。
分岐に行き着いてケミカルライトを折って地面に放る。
選んだ道を進んでいくと今までに無い位長い一本道だった。
「ようやく着いたね」
その短い一言でこの先が最深部なのだと悟った。
祟目さんも羽生さんも大きく息を吐いて武器をしまう。
「ここでしっかりした休憩を取ろう、正念場にいきなり飛び込むのも馬鹿馬鹿しいからね」
その言葉に、話に出ていたタフな幽体が居るのだと理解した。
「でも、ここ幽体が来ませんか?」
「奥からは来ないよ、来るなら来た道からだね」
つまり、この場には直接幽体は出現しない、戦闘に成るとしたら来た道で出現した幽体が移動してきた時だけ、と言う事らしい。
「長丁場になるから、しっかり食べて、しっかり休んで万全の状態で行こう」
そう言って荷物を広げ始める男性陣。
今回は通路に野営と言う事も有って狭くて閉塞感が有る。
見回してみると、祟目さんが鎧姿のままお湯を沸かし始めているのを見て、落ち武者の野宿を連想して危うく吹き出しそうになる。
緊張感がとぎれて、休憩をしようと思える様になった。
三十分程経ち、全員分の食事が並べられた。
今夜の夕食は祟目さんが運んでいた荷物に入っていたアルファ米の炊き込みご飯と缶詰とお味噌汁。
何となく、食べ慣れた味でホッとする。
それでも通路の向こうが視界に入ると直ぐに体に力が入ってしまうのだけれど。
「あか~ん、緊張してまうぅ……」
「せやねぇ、ウチもや……」
「タフなんやろ? 私大丈夫やろか?」
気持ちが緊張と弛緩を往復してなんだか気持ちが疲れてきた。
そんなあたし達を見て睡眠の交代サイクルを提案された。
「気持ちがアップダウンしてると参ってしまうから、直前まで寝れる様に先番をお願い。羽生は申し訳ないけど中番を頼める?」
「ああ、分かった。一番体力使うのお前だしな」
そんな取り決めをして祟目さんと羽生さんは寝袋に潜り込んだ。
二人の休憩を邪魔しない様にあたし達は無言で通路を見詰めて交代の時間が来るのを待った。
息を殺し、出来るだけ音を立てない様にしてあたし達は幽体を一体始末した。
二人の休息の妨げに成らない様に、デバイスのチャット機能を利用して繚華ちゃん・萊ちゃんと話しをして時間を潰す。
視界の端に表示される時計のデジタル表示が一分進む毎に心臓が強く跳ねる気がする。
この先に居るのか出現するなのか分からないけど、タフな幽体が居て、そいつを駆除出来ればこのお山の迷宮は沈静化する。
もう氾濫に怯えなくて良い、と思うと気が逸るのと同時に、失敗出来ないプレッシャーの両方が圧し掛かってくる気がする。
ジリジリと胃が焼ける様な、内臓が絞られる様な感覚に耐えながらの三時間はきつかった。
時間がきて萊ちゃんが羽生さんを起こす。
「羽生さん、時間です」
「ああ、分かった」
割とあっさり羽生さんは起きて防具を装着、あたし達に休むように言って見張りを交代した。
大鎧を脱いでテントで寝袋に入る。
神経が昂って居たけれど、疲れも有ってデバイスを外し、視界が暗闇に包まれるとあっさりと眠りに落ちてしまう。
祟目さんの声であたし達は目を覚ました。
寝袋、テントから出て欠伸交じりに周囲を見回すと祟目さんと羽生さんは入念にストレッチをしている。
その姿に「これから本気の戦闘が有る」のだと身が引き締まった。
ウェットティッシュで顔を拭いて眠気を振り払う。
繚華ちゃんも萊ちゃんも表情が引き締まってみえる。
あたし達も大鎧を身に着ける前にストレッチを行う。
これは準備、迷宮を沈静化する為の、迷宮を踏み潰す為の戦いの準備。
緊張する。
心音が煩い。
何年も恨み、怒り続けてきた迷宮を終わらせる。
そう思うとソワソワと落ち着きがなくなってしまう。
暫くするとストレッチを終えた祟目さんがガスボンベで温めていた物を地面に並べていった。
長丁場になるからきちんと食べよう、と言って祟目さんは人数分の味噌汁と温められた缶詰の五目おこわを全員に配る。
食事を終えて食休みの最中、唐突に幽体の乱入が発生した。
薙刀の、太刀の、打ち刀の刃が幽体に打ち込まれて、数十秒で幽体は消滅した。
「うん、気力は十分やね」
そう呟くと各々が鎧を身に着けて最深部の攻略の準備を開始する。
ゴミだけ片付けて、テント等はそのまま帰りに撤収する事に成って必要な物だけをリュックに入れてあたし達は奥へと向かった。
暗視装置越しの視界には通路がただただ真っすぐ伸び、先が見通せない不気味な光景だけが映し出されている。
「このまま暫く行くと大部屋に行き着く。そこにヤツが居る」
そう羽生さんが解説と言うのか、説明された。
「幽体と言ってもデカくてかなり癖の強いヤツだから、最初は僕と羽生で戦うから見て立ち回りを考えてほしい」
二回経験した二人の言葉は重たく、首筋には嫌な汗が滲んだ気がする。
五分ほど歩くと通路は一際狭くなり、その奥には広い空間が有るのが遠目に見えた。
狭くなっているのは大部屋の入り口だった。
内側は学校の教室より少し広い位、その中央に異形が居た。
縦横二m程の球体で、半透明で無数の腕、目鼻の無い口だけがぽっかり開いた顔が大量に、全面に在った。
「あの……、祟目さん、あれ……なんなん?」
「何だろうね? 幽体の群体なのか集合体なのか知らないけど、まあ駆除対象だよ」
冷静に返されても正直困る。
幽霊なんて見た事無いし、幽霊の上位種なんて想像した事も無い。
見た感じ幽体が大量に絡み合って一個の巨大な幽体を形成してる様にも見える。
「だからタフで長期戦になる言うてたんや……」
「えげつない不気味さやなぁ……」
「怖過ぎやって、赫里ちゃん繚華ちゃん」
一目見た瞬間から怖気に見舞われて腰が引けてしまう。
シャンッ。
祟目さんが小太刀を立てて、鍔の鈴を鳴らした。
シャンッ……シャンッ……。
不思議だ、その音を聞いただけで締め付ける様な恐ろしい空気は、朝靄の神宮に参拝に行った時に感じたソレに成る。
恐れから畏れに一変し、身が引き締まる気がした。
「じゃ、お先に」
そう何の気負いも無い様なあっさりとした声を残して祟目さんは駆け出して幽体の前に躍り出た。




