二十の巻
トランクが閉まる音がして、萊ちゃんが後部座席に座った。
「お待たせ、ごめんなぁ?」
萊ちゃんの声に頷いて、祟目さんに手を上げて挨拶をして車を発進させた。
移動中、言葉が見つからなくてあたしは終始黙っていた。
繚華ちゃんは興奮気味の萊ちゃんの振る話題に返事をしたり、場が気まずくならない様にいつもよりテンションを高めで会話をしていた。
繚華ちゃんの意図も分かっていながらあたしは目に力を入れて、運転に専念する。
山道を下り町の中を通って萊ちゃんの家の前に車を寄せた。
「ありがとう、繚華ちゃんも赫里ちゃんも。迷宮は再来週から再開でええんやったっけ? また頑張ろうな? 後、――ごめんなぁ」
萊ちゃんはそう言って車から降りでドアを閉める。
萊ちゃんを見送ってからゆっくり車を発車させてノロノロと交差点を曲がった所で限界がきた。
車を寄せて、停車させる。
萊ちゃんの最後のごめんの言葉で自分が失恋した事を理解した。
理解出来てしまった。
両目から涙が零れて、頬を一筋濡らすと次から次へと溢れた。
堪え切れなくて声を抑える事も出来ずに嗚咽を漏らした。
両手が好きな人を求めて彷徨う。
指が、手が、腕が、全身が、そこに居ない大好きな人を求めた。
空を切る指先。
切なさが、悲しさが、寂しさが胸一杯に広がって、爆発する様に溢れ続ける。
「萊ちゃん……萊ちゃん……」
唯々好きな人の名前を呟いた。
どの位泣いていたのだろう?
辺りは夕暮れだったはずなのに、暗く、町の街灯が燈っている。
急に正気に戻ったと言うか、自分がボロボロと泣いていた事を認識した。
慌てて隣を見ると、助手席で目を真っ赤にした繚華ちゃんが居た。
萊ちゃんを送り届けた所でピークが着てそのまま泣き通したのだと把握する。
「ごめん、繚華ちゃん! ほんとにごめんな? 今急いで送るからな?」
「ええよ、慌てんでも。家には赫里ちゃんとこに泊まるって連絡したし、ウチの親から赫里ちゃん所に挨拶の電話してもろうてるからな」
あたしが号泣している間に根回しは完了しているらしい。
「途中コンビニ寄ってな? 色々買うから。明日は一コマ目から赫里ちゃんと同じやし、家からでも赫里ちゃんとこからでも同じやし、な」
一緒に泣いてくれた赤い目で繚華ちゃんは笑った。
「ありがと、ごめんな……」
「ええんよ、友達やしな」
そう微笑む繚華ちゃんの声に救われた気がする。
痛みは少しも減りはしていないけど、痛みを隠さず居られる相手の存在に感謝した。
車を発車させて街道を走りながら視界に入ったコンビニに立ち寄る。
繚華ちゃんと一緒に下りて店内に入り、お菓子やお泊りセットを購入する。
買い物を終えて一度繚華ちゃんの家に寄り、明日の着替えや大学に持っていく物一式を回収して、それからあたしの家に向かった。
家に帰り着き車を留める。
リュックをもって玄関をくぐるとお母さんに出迎えられる。
繚華ちゃんの家から電話が有ったのだろう、待ち構えていたらしい。
泣き腫らしたあたしの顔を見て頷き、繚華ちゃんに歓迎の言葉を伝えている。
「二人共、お風呂入ってきなさい」
そう優しく言って台所に戻っていった。
一度自室に戻って荷物を置いて、入浴の準備をしてから浴室に向かった。
中学時代からの親友だから、何度も泊まりに来ているけど一緒にお風呂に入るのは合宿とか修学旅行位だったから少し新鮮で、少し変な感じがする。
何年か前、弟達が生まれてリフォームをしたからお風呂も狭くは無いけど、恥ずかしさと違和感が凄かった。
日常に無理矢理変化を付けて失恋のショックを軽く感じさせよう、そんな繚華ちゃんの意図が感じられる。
生まれて初めての経験だし、それで軽減したのかは良く分からなかったけど。
それでも一緒に泣いてくれた親友はありがたかった。
ありがたいけど、お礼以外に言える言葉が見つからなくて会話が始められなかった。
無言でお化粧を落として、無言で体を洗い始める。
スーパーロングの繚華ちゃんが髪を洗える様に、さっさと体を洗って湯船に浸かった。
広くリフォームしていても二人が並んで体を洗える程広くも無いし、二人で浸かれる程浴槽も広くない。
真冬の寒さで冷えたからだろう、つま先がチリチリと痺れる様な痛みが走る。
顔を顰めつつ、泣き過ぎて痛む目にお湯で温めた掌を当てる。
じんわりと目元が温められてゆっくりと痛みが遠のいていく気がした。
「赫里ちゃん」
「うっうん、なに?」
沈黙に耐え切れなかったのか、繚華ちゃんに呼びかけられる。
唐突に話し掛けられて声が裏返ってしまった。
「なんか、恥ずかしいなぁ」
手をどけると、繚華ちゃんも気恥ずかしさを感じていたらしく、照れた様な、困った様な笑顔が見えた。
「せやねぇ……、なんか修学旅行を思い出すなぁ」
言葉に出して高校時代に行った北海道のホテルと広く長い道を思い出した。
狭い山道に慣れた今は特に広く感じるのだろう、とも思って笑う。
「なあ、薙刀出来るまで出来る事もあらへんし、スキーでも行かへん?」
再来週の土日も、薙刀が出来上がらなければ迷宮には入れない。
そう考えると何年も週末は迷宮に籠っていたせいで暇に成ってしまう。
繚華ちゃんの提案で頭の中でスキー場を思い出して、行ける距離だと判断する。
「せやなぁ、ええかもなぁ」
会話が途切れて、湯船に浸かりながらその長い髪を洗っている繚華ちゃんを眺める。
抜群のプロポーションに泡が伝って妙に艶めかしいなぁ、羨ましいなぁ、そんな事を考えていた。
極力アホな事を考えて気を紛らわせようと、頭に浮かんだ事をそのまま口に出した。
「繚華ちゃん、おっぱい大きいなぁ、また大きなったんとちゃう?」
「もう、そんな大きなる訳ないやんか」
繚華ちゃんの呆れ顔が痛かった。
自分でも今の発言は無いなと思っているけれど、頭空っぽにして目に付いたのだから仕方がない。
実際、繚華ちゃんは胸もくびれも見事と言いたくなる。
それこそまさしく恵体の持ち主だ。
運動量は同じ位なのに、と心の底から羨ましくなる。
そんな事を考えている内に繚華ちゃんが髪を洗い終えたので、交代してあたしも髪を洗う。
繚華ちゃんの髪質には負けるけど、出来る限りのヘアケアをしていく。
お風呂を上がって、髪を乾かし部屋着に着替えてから二人で居間に移動する。
居間では家族全員が既に揃い、あたし等の来るのを待っていたらしい。
「ごめんなぁ? 待たせてしもうたね」
「お先にお風呂戴きました、遅なってほんまにすんまへん」
「ええのよ、二人共お疲れやす。さあさあ、温かいうちに食べて食べて」
お母さんにそう促されて繚華ちゃんを含めた八人で夕食を食べ始める。
「赫里、今日はどうやった? 変わった事はあらへんかったか?」
「東京からお客さんが来とったよ。東京と宮城の迷宮を沈静化させた二人組やって」
お祖父ちゃんが、トラブルが無かったかを聞いてきたから、今日会った二人の話をする。
あたし達とは異質と言うか、一歩も二歩も深く迷宮と立ち向かってる人等の事を。
「おお、ついに迷宮を黙らす方法見つかったのか。どないな人なんや?」
「二人共凄かったけど、一人はお侍さん言うか武者って感じの人やった。もう一人はハンサムで……なんて言えばええか分からへん。せやけど、シーカーとはもうちゃう気がする」
「せやね、探索者なんて可愛いもんやなかったね」
二人の、特に祟目さんの戦闘は研ぎ澄まされて過ぎて、人の形をした日本刀みたいだった。
「怖い人やあらへんのやけど、迷宮を絶対に滅ぼすって意志溢れとったね」
「なにやら凄いもんが現れたんやな」
「あたし等とそんなに違わんのに、どうしたらあんな成れるんか分からへんもん」
祟目さんも羽生……さんも少し年上、ってだけなのに、シーカーとして違う次元に居る。
それだけの覚悟が後ろで見ているだけのあたしにも分かったから。
家族に今日見た事を話しながら食事を終える。
なんだか、泣き疲れて疲れてしまったらしい。
眠たい様な、泣く直前の目の奥が軋む様な感じがして家族におやすみを言って部屋に戻る。




