十八の巻
食堂に移動して、注文をしようと券売機に並ぶとあたし達が何を頼むのかを聞かれた
「三人は何を頼むのかな?」
「あの、えっと……、ハンバーグランチを」
「先に席を確保しておいて貰えるかな?」
啜るラーメンや匂いのきついカレーは避けて無難な物を三人で頼むと、結局羽生さん達に奢られてしまった。
初対面で、年長者の、男の人達を前にして妙に緊張してしまう。
それもこれも羽生さんの顔が悪い。
ちょっと見れない位のハンサムと言うのは目の毒だ。
そんな事を考えていると萊ちゃんが慌てて立ち上がり羽生さん達が運ぶトレーを受け取りに小走りに向かう。
「萊ちゃんが恋に落ちる瞬間を目撃するとは思わへんかったわ」
そう繚華ちゃんが呟いた言葉に頭を殴られた様なショックを受けた。
食事を終えてトレーを返却した所で祟目さんが腰に差した日本刀をおもむろに鞘ごとテーブルに置く。
いぶかし気に首を傾げると、抜いてごらんと促された。
日本刀の扱いに慣れた萊ちゃんが持ち上げて鈴の音と共に鞘から刀身を抜くと、現れたのは透明な日本刀の形をしたモノだった。
暗視装置の視界では分からなかったが、ソレは日本刀ではなかったのだとここに来て初めて知った。
水晶刀と呼称されている、水晶、銀、翡翠、鈴、鏡、小太刀、絹、山桃、榊、和紙、で構成された武器らしい。
それはレポート――祟目さんが言うには論文に書かれていた幽体が嫌う物リストにあった物を全部乗せした武器だと言う言葉の意味を理解した。
「えっと、幽体が嫌うものを全部乗せて効果を高めた武器だから三手で幽体を倒せる、と言う事ですか?」
「単純に言えばそうなるね。何故と言う理屈はまだ分かっていないけれどね」
「分かってないんですか?」
「見当は付くんだけれど、確証を得るには至ってない、って所かな」
そう言うと祟目さんは困った様に笑った。
「俺の太刀も似た様な物だけど、祟目の水晶刀ほどややこしくはないがね」
そう言って羽生さんも腰から長い刀を鞘ごと抜いてテーブルに置いた。
あたしは萊ちゃんから水晶刀を受け取って少し観察してから鞘に納めた。
シャンと言う鈴の音が少しだけ神社を連想させた気がする。
萊ちゃんが羽生さんの刀を抜くとそこには見慣れた銀色の刀身が有った。
反りの強さから太刀に分類されるモノだと直ぐに分かった。
「これは数珠丸恒次写し、日蓮宗の宗祖の日蓮、あぁ~立正大師が所有していた太刀の写し刀だ。祟目の検証結果から幽体に効果が見込める武器として依頼して鍛えてもらったものだ」
ここで改めて祟目さんから論文の説明がされた。
幽体が嫌う物で攻撃をすると効果が高い事。
イメージとして幽霊が嫌う物とそれらは共通している事。
幽体は幽霊ではないが、似た属性を持つモンスターだという事。
「お祓いや除霊のイメージが攻撃に乗る、そう考えて色々試した情報を纏めたのがあの論文な訳だけど、分かり難かったかな?」
「いえ、分かりやすかったです、分かりやすいんですけど、ほんまにそないな事、いえ効果出てるんはこの目で見たんですけど……」
ちょっと常識から外れた事を連発されて言葉が空回っているきが自分でしている。
正直幽体が幽霊なのか、とか幽霊に効く物は幽体にも効くとかオカルトっぽいと言うか、常識とかとかけ離れていて上手く飲み込めないでいる。
「これが迷宮の本質だと、僕が推測しているのは――迷宮はその土地のイメージを吸い上げてモンスターを産んでいるのではないか? と言う事なんだ」
「イメージを吸い上げる、ですか?」
祟目さん曰く、日本ではニホンオオカミが、ユーラシア大陸では大陸狼が、アメリカではダイアウルフが出現した。
ニホンオオカミは日本の固有種で絶滅した種だし、ダイアウルフもアメリカ大陸の固有種で生息していたのは一万年前。
そんなモノが繁殖ではなく出現する異常さを常識で考える方が、無理があると思わないか? と尋ねられた。
最初から超常の産物だと言われてしまえばそれまでだけど、イメージを吸い上げるという部分は判断に迷う。
祟目さんはあたしの反応を肯定した上で一度言葉を切って、説明を再開する。
「今迷宮では日本では幽体、アメリカではゾンビ、エジプトではミイラ、欧州ではスケルトンが出る。この違いの共通点は分かるかな?」
「えっと……、全部死体ちゅうか、死んだ後の遺体?」
「そうだね、どれも埋葬後だね。つまり「死後観」が反映されている様に見えるんだ。同じキリスト教圏なのにアメリカだけ特殊なのは、アメリカ合衆国がまだ若い国家だからだと僕は見ている」
祟目さんの説明には説得力も論拠もある様にも感じるし、こじ付け後付けにも感じてしまう。
「うん、正解は僕にもまだ分からない、大きくは外れてないとは思ってはいるけれど、これが正解だ、と強く言える物ではないね。少なくとも分かっているのは幽霊が嫌うとされる物が幽体にも効く、その事実だけで良いと思う」
そう言って祟目さんは笑った。
厳めしい黒い当世具足を身に纏う武者の穏やかな笑顔とはギャップの激しい人物だと思う。
「なあ、赫里ちゃん。幽霊に効く物を組み合わせる言うても、何かあるかな?」
「分からへん、せやけど祟目さんの論文にほぼ書かれとったんちゃう?」
あたし達も薙刀や刀を神社でお祓いしてもらってるけど、今以上に効率を上げれたらとは思う。
目の前に検証データを作っていた人が居るのだから、この人に聞くのが一番良い。
「あの、祟目さん。あたし達の武器、どないしたら良いと思いますか?」
祟目さんは腕を組んで悩んでしまった。
それだけ厄介な事ではあるのだけれど。
祟目さんが悩んでいる所に羽生さんが口を開いた。
「なあ、祟目、お前の予備を貸すって駄目なのか?」
「駄目ではないよ? ただ、それだと薙刀術と間合いから術理まで違い過ぎて危険だよ」
「それは不味いな。あれ? そこの娘は刀を使ってるんじゃないのか?」
「え、あ、はい、私は、あの剣道部、だったので……」
水を向けられた萊ちゃんが閊っかえながら答える。
「まあ、それなら小太刀は使えるとは思うけど、問題は二人だよ。薙刀をどこまで強化出来るかって話と成ると」
「まあ、そうなるか」
具体例を見せつけられた今、薙刀を改良する必要性を肌で感じたけれど、実際には何をどうしたら良いのかが分からない。
「水晶の数珠を巻いても知れているからね、あぁ、でも流石に……」
そう途中で祟目さんは言い淀んだ。
不思議に思っている所に繚華ちゃんが口を開いた。
「ウチ等の薙刀はこれ以上強く出来ない、言う事でしょうか?」
「正直、薙刀に拘るなら作り直す必要が有ると思うよ? 僕はこれらを――概念武器と呼んでいるけれど、小太刀を使っているのは幽霊を斬ったって逸話がある「にっかり青江」と言う小太刀が現存するのも関係してるんだ」
「幽霊を斬った逸話、ですか」
そう言った概念を組み合わせて作ったのが水晶刀らしい。
薙刀でも同じく、組み合わせから考えないといけないとの事だった。
「難しいんですね……」
難しいし、お金が掛かると言われて学生の自分等は黙る事しか出来なかった。
「なあ、祟目。そうは言っても、このままじゃ次の氾濫に間に合わないんじゃないか? ここからは自衛隊の協力も無いし、俺達二人じゃ無理だぞ? 東京のあれは命懸けで幸運を手繰り寄せたようなもんだし」
羽生さんの言葉に眉間にしわを寄せて祟目さんが悩んでいる。
「仕方がないか、背に腹は代えられないって事かな」
そう言って目を開けて何かを決めた様な顔をあたし達に向けた。
「ごめん、君達、……えっと何さんだったかな?」
「あ、あたしは見酒赫里です、こっちは現原繚華、こっちの娘が成湖萊です」
よく考えると自己紹介もしていなかった事に気が付いて慌てて名乗った。
「うん、じゃあ、見酒さんと現原さん、二人共薙刀を作り直す所から始めよう」
あっさりと言い切られて面食らってしまう。
お金が掛かると言っていた矢先で、あたし達は固まる。
「あの、でもお金が……」
あたし達が言い淀むと、一番安上がりな方法、祟目さんの予備の概念武器を流用する、と言い出した。
「え? 予備って、良いんですか?」
穏やかに笑うが、本当にそのままあたし達も頷いて良いか分からず、返事に窮した。




