幽玄の章 十六の巻
ニホンオオカミが迷宮で出てから二年と半分が経過した。
あたしは繚華ちゃん・萊ちゃんと大学に進学し、週末は迷宮に入る生活を続けている。
その間に国内での氾濫は間引きが間に合ったのか、一度も起らなかった。
勿論、全部の国が氾濫を防げた訳でも無かったけど。
各地で酷い被害が出たとニュースでやっていたし、特にフランスでは首都で氾濫が起きて大量の犠牲者が出たらしい。
TVでも大々的に報道されたけど、本当に酷い有様だった。
そして今年二千二十四年、再び迷宮では変遷が起きた。
実体の無い半透明の幽霊みたいなモンスターが出現し、シーカーに沢山の被害が出た。
普通の武器では効果が薄くてなかなか間引きも出来ないでいる。
通称「幽体」と呼ばれ、数十回と攻撃を繰り返してようやく駆除出来る位に手強い。
幽体を倒すと砂金よりも大粒の金が落ちたけど、幽体の攻撃を防具で防げない事が問題になった。
遅々として進まない間引きにシーカーの士気も落ちたし、怪我を理由に引退したシーカーも多いと聞く。
同時に、壁を透過してくる幽体が氾濫した場合「ニホンオオカミ以上の犠牲者が出る」と警告をし続ける人間も居た。
「ふっ! ふっ! ふっ!」
連続で、薙刀で突きを入れて、あたしや繚華ちゃんの呼吸が乱れた所で萊ちゃんに攻撃を交代し、萊ちゃんの呼吸が続かなくなった所でまた交代をする。
十数分掛けてようやく一体の幽体を駆除し終えた。
「幽体しんどい、腕パンパンやぁ」
「それでもお祓いして貰う様にしてからは大分楽になったんやし、しゃあないよ」
萊ちゃんの言う通り、あたし達の薙刀や刀は毎週神社でお祓いをしてもらっている。
お祓いをする前と後ではっきりと効果が違ったのには驚いた。
東京のシーカーが発見した論文がネットのシーカーSNSにも掲載されてからは個々人で試行錯誤が成されていた。
「せやけどさぁ、幽体にはお祓いが効くやら色々有ったけど,誰が調べようって言い始めたんやろね?」
「シーカーが少ない東京の人が調べ上げたって書いとったね。まあ、幽体はほんまにヤバイからなぁ」
「ウチ調べてみたけど、けったいな人やったよ? 鎧男って呼ばれとった」
あたしが発した疑問の言葉に萊ちゃんと繚華ちゃんが補足情報を述べた。
「鎧男なぁ、せやったらあたし達は鎧女なんかなぁ?」
「ウチ等は御前隊って普通に書かれてたなぁ、赤と白と紅白やって」
「それってあたし等の情報を誰かが先に流してなきゃあり得えへんくない!?」
基本的にネット社会では先に流れた情報を覆すのは不可能と言っても良い。
そう言う意味でも、先手を打った人間がいると判断出来る。
「そら、ウチがHP作ったしなぁ」
そして情報のリーク元が身内だった事に頭を抱えたくなる。
「なあ? もしかしてあたし達の顔写真も上げてるん?」
美少女の繚華ちゃんと萊ちゃんは良いとして、あたしまで上げられていたらと思うと背筋が寒くなる。
「上げてへんよ、面頬付けてる写真やし、顔は出てへんし」
「それって学校の誰かが私達の写真を上げたら不味いんちゃう?」
「今日び、写真の撮影者は写真から特定出来るし、肖像権侵害も後援会経由で弁護士の先生にいつでも依頼出来る様にしてるって赫里ちゃんのお爺ちゃんが言うてたしな。第一、もうTVでウチ等の顔は出てるんやし、手遅れやって」
繚華ちゃんの中では手遅れなら、それに乗っかってくる不届き者を叩き潰せる用意をしておいた、と言う事らしい。
結局、あたしと萊ちゃんは顔を見合わせて溜息を吐く事しか出来なかった。
そうこうしている内に脈も落ち着いてきたし、腕もだいぶ楽になってきた所で奥に進む事にする。
幽体を探しながら萊ちゃんが口を開いた。
「そう言えば、東京の迷宮、沈静化したって噂、本当なんかな?」
「どうなんやろうね? 迷宮が沈静化? モンスターが出なくなるん話なんか聞いた事ないしなぁ」
あたし達も幽体が出る様になってから苦労に苦労を重ねてきたけど、しばらくすると妙な情報が混じりだした。
幽体に効果的な武器とか、幽体の攻撃を軽減する防具の話がSNSで流れ出した。
同時に検証動画もアップされていて、その動画ではかの有名な鎧男が一人で幽体を駆除している物だった。
合成だろうとの声も有ったが、合成の痕跡も無かった事と、別の動画で自衛隊でも検証動画が公表されていた事から本当だと言う事になった。
それからは全国のシーカーが一気に沸き立って色々な武器や防具が考案されていった。
あたし達の所にはこの当世大鎧のデザインをした木村綵と言う人から装甲素材を変更する事を促すメールが来た。
そのアドバイスに従って手を加えたし、薙刀も毎週お祓いをして貰って効果が出ているのも実感している。
そして今回SNSで流れた東京迷宮の沈静化の噂だ。
信憑性がある様な、無い様な、判断に迷う噂だったが、東京の複数のシーカーが同じ報告をしているから多分そうなのだろう。
とは言っても、こっちではその沈静化の目途も立っていないのが現状だ。
「沈静化させたら、氾濫はせえへんのかな?」
「どうなんやろうね? そう言う噂も有るけど、外国の話やったしなぁ……」
アメリカ等の国では沈静化の話は有るけれど、その詳細な情報は伏せられているのか、あたし達には分からないままに成っている。
そういう意味では国内初の迷宮の沈静化とも言えるけれど、真偽の程は分からないままだった。
「沈静化させる方法が公表されへんとウチ等も何も出来ひんしね」
「せやね」
「せやなぁ、出来る範囲で間引きしてくしか無いんやろね」
結局、闇雲に奥に進んでも危険なだけだから、体力と相談しながらの間引きを続けるしかない、そう三人で結論を出した。
それから数回の幽体との遭遇と駆除を行って今日の活動を終えた。
回収した金の粒を買い取り所で売って家に帰る。
二人を送ってから実家に帰るとちょうどTVを見ていたお祖父ちゃんに声を掛けられた。
「赫里、東京で迷宮が沈静化したんやって、幽体も一切出えへんく成ったらしいな」
「あ、それほんまの話なんや? あたし達もその噂は知ってたけど確かめようも無くてなぁ」
「今TVでやっとるよ。そんで、その沈静化させたシーカーが検証がてらあちこちの迷宮に入るらしい」
どうやら本当に東京の迷宮は沈静化したらしい。
そしてそのシーカーが全国の迷宮でも沈静化させられるかを確かめる事になってるらしい。
朗報なんやろうけど、他所の迷宮で沈静化させられなかったら酷いバッシングされるんじゃないか、と思うと少し不安と言うか心配になる。
「なんや? 興味なかったか?」
「ん~ん、もし失敗したらそん人袋叩きやろうな、って思っただけ」
「せやなぁ……。TV屋言うんはえげつないからなぁ……」
TV局の取材で辟易したあたし等一家の反応はその一言に尽きる。
自分等に美味しければ取材対象や視聴者なんて関係ない、と言わんばかりだと見える。
そう思うとげんなりとして、余計に疲労感が増した気さえする。
お祖父ちゃんに促されてお風呂に入ってから、家族団らんの夕食を食べて一日を終えた。




