十の巻
迷宮の出現するモンスターが変わってから二月が経った。
その間に色々と準備も進み、今日漸くシーカー活動を再開する事に成った。
迷宮に関しては次の週末には既に解放され、シーカーが間引きを可能とはしていた。
ただ、予想通り防具の面で困難だった為、多くのシーカーが創意工夫を施したし、企業も新商品としてシーカー専用のプロテクターが発売されたりもした。
あたし達はと言うと、後援会の悪乗りで斜め上の防具を身に着ける事に成ったのは今でも頭が痛い。
「後援会の人達、絶対にウチ等の事面白がってるやんなぁ?」
「ほんまに。しかも結構なお金掛かってるやんなぁ? これ……」
繚華ちゃんと萊ちゃんがぼやく理由は今あたしも身に着けている防具が原因だ。
「大鎧、平安時代に用いられた日本の甲冑。色彩鮮やかな糸が用いられた、豪奢かつ華美な鎧で有る。小札と呼ばれる漆塗りした革を威毛と呼ばれる彩色した糸や革紐で繋いだ鎧を指す。ちなみに――大鎧に面頬は組み合わせる事は無いが、復古調の当世具足の場合は稀に」
「赫里ちゃん? 誰に向かって話してるん?」
明後日の方向を向いてあたしがした現実逃避発言に繚華ちゃんがツッコんだ。
「……別にええやん? 現実逃避したいんあたしだけや無いやろ?」
「気持ちは分かるし、ウチもおなし気持ちやけどさ……」
「やけど、何で態々大鎧なんやろう? 赫里ちゃん、なんか聞いてはる?」
「あ~、たぶんあたしと繚華ちゃんのとばっちりやと思う、女の子が武器振るってる、赫里達が振るってるんは薙刀、薙刀で女言うたら巴御前、巴御前の防具言うたら大鎧、ちゅう感じやと思う、ごめん……」
予測推測でしか無いけれど、たぶんこれが正解だと思う。
「あ~、だから御前隊なんやね~」
「ウチは薄々気が付いとったけど、まさかここまでする? 言う感じやね」
二人には本当に申し訳無いし、大きな飛び火だと思う。
「しかも、ほんまもんの大鎧と違うて隙間無うガードされてるし、これ誰デザインしたんやろうね?」
「なんか、東京のシーカー用の防具デザインした人居て、大鎧を元に描いてもろうたって言うとったなぁ」
大鎧はお祖父ちゃんの知り合いの甲冑師さんも加わって面白がった結果で、大鎧の下の着物部分は革製の着物風のツナギで、これは近所の奥様方の力作らしい。
繚華ちゃんは白と銀、萊ちゃんは赤と金、あたしが赤と銀の色糸で色違いの当世大鎧を身に着けているが、軽い割に急所が完全にカバーされていて驚く。
衝撃吸収材とプラスチックとカーボンを重ねた近未来プロテクターに大鎧の意匠を盛り込んでいる。
狼の牙なら完璧に防げると思う。
そうそう、野犬だと思われていたのは絶滅したニホンオオカミだったらしい。
絶滅種が迷宮から出てくると言う謎だけは丸ごと残ったけど、全国のシーカーも準備さえしたら怪我人も簡単には出ないだろう。
難点は、あたし達は超が付く程目立つ事だろう。
幸い、面頬で顔を隠せるから良いけれど、正直恥ずかしい。
時折すれ違ったり見掛けるシーカーは全員が黒の繊維強化プラスチックカラーしか居ない中ではあたし達は本当に目立つ。
さっきから奇異の目で見られている。
「あかん、視線痛いさかい迷宮に入ろ?」
突き刺さる視線に音を上げて、二人を促して迷宮にそそくさと入っていく。
面頬の鼻当て部分から覗く鼻背デバイスから投射される暗視映像で網膜に映し出された映像を頼りに迷宮内部を進んで行く。
真新しい防具一式を体に馴染ませる様に細かく体を動かしながら進んで行くと離れた所から唸り声が聞こえてくる。
早速ニホンオオカミのご登場らしい。
「繚華ちゃん、萊ちゃん、来はったみたいやね」
そう言うと腰を落として薙刀を構える。
刀持ちの萊ちゃんを挟んで右から繚華ちゃん、萊ちゃん、あたしの順番で隊列を組んで狼を待ち構える。
事前に打ち合わせておいた通りに、間合いの広い薙刀持ちのあたしと繚華ちゃんが牽制して戦いに入る。
深く息を口から吐いて腹筋の下、丹田に力を込めながら脹脛や太腿に力を貯める。眼下に現れたのは三頭の中型犬程の大きさで、牙を剥き出して獰猛に唸る狼が駆け寄ってくる。一吠えしてあたし達の足首に噛み付こうと姿勢を低くして飛び掛かってくる。その鼻面に薙刀の穂先を突き入れる。巴形と呼ばれる身幅が広い刀身は突きでの殺傷力も国内のあらゆる刀剣の中で段違いに高い。あっさりと切っ先が狼の喉元に潜り込む。わたしの薙刀で一頭、視界の端で繚華ちゃんが一頭仕留めている。両側の仲間が絶命して動揺したのか真ん中の狼の勢いが微かに鈍る。そこに萊ちゃんの振るった刀が狼の頭部を縦に両断する。
周囲を警戒して首を動かすが視界内に狼は見当たらない。
ここでようやくあたし達は息を吐いた。
「緊張した~、やっぱし狼は怖いなぁ」
思わずぼやくと二人も頷いた。
「ウチも~、あない速いと慌ててまうわぁ」
「私も、二人が先に動いてくれたから何とか成ったけど、一対一やったら手古摺ったと思う」
初戦としては上出来だと思うけれど、やっぱり大きさとか獰猛さとか俊敏さとかは脅威だと感じた。
大鎧一式を着込んでいる為、素肌は一切露出していない安心感とそれでも拭えない不安感が同時に沸き起こる。
狼相手でもやっていける自信は持てたけど、そこまで簡単に心はついてこない感覚も有る。
そんな不安を振り払う為に頭を振って毛皮に変じた狼の遺骸に話題を変える。
「話には聞いてたけど、ホントに毛皮に成るんやね~」
「そうやね、野犬や無くホントにモンスターやったね」
「でも、こん毛皮どうする?」
実際の所、大陸狼ほど綺麗な毛皮とは言えない毛皮の用途が思い付かずに首を傾げる。
「ウチ等でお揃いのコートでも作る?」
そう繚華ちゃんが笑うが、女子高生で毛皮のコートを着ている娘は滅多に居ないと思う。
襟とか袖口にファーをあしらったコートならギリギリいけると思うけど、毛皮のコートは年齢的にどうだろう?
ちょっと背伸びして着てみたい気もするけど。
「買い取り所で売ると結構な値段なんやね」
「シーカーを増やしたい、減られたら困る言う事やと思うよ?」
実際の所、大江迷宮に来るシーカーは減ってるとは感じないけど、露骨に減ってる所も有るらしい。
東京と沖縄では目に見えて減ったらしい。
氾濫が起きたらどれだけ被害が出るか分からないから心配に成る。
「さて、そろそろ次いこか」
繚華ちゃんの号令で毛皮を拾ってから揃って迷宮の奥に向かって歩き始める。




