2.嘘つき
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怪異祓いとは、どのような存在なのか。簡単に説明するなら、現代版陰陽師である。超常的な力を有し、それを行使する姿はまさにそれだ。
彼らは表の世界には滅多に出てこない。裏の世界でひっそりと活動し、人々が作り出す業の塊、怪異と日々戦い続けているのだ。そのため実力主義者が多く、一人前と見習いの扱いは大きなものとなる。
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怪異祓い鹿児島支部。
行き方は簡単。特殊なカードで、駅の改札を通ると現れる、白い扉を開けるだけ。地下にあると言われる支部は広く、中央に受付カウンター、その周りには椅子やテーブル、奥には怪異祓いが利用する事の出来る食堂などがある。その為、支部にはいつも良い香りが漂い、用事を済ませると食堂を利用する人が多い。
支部を訪れた海荷は真っ直ぐに受付カウンターに向かった。少女の家族に関する情報を集め、手がかりを掴むためである。支部に置かれたパソコンには、ありとあらゆる事件や怪異についての情報が綺麗にまとめられており、検索もしやすい。これを使えばすぐに解決だと、軽い足取りで向かったのだが、かえってきた答えは最悪のものだった。
「残念ながら見習いである二階堂様は、パソコンを利用する事はできません」
先程までふんわりとした雰囲気を醸し出していた受付嬢は、目を鋭くし声を低くする。本当に同一人物かと思ってしまう程だ。身震いをしてしまいそうになる冷たい目は、海荷のピュアハートをいとも容易く砕いてしまう事だろう。だが、ココで引いてしまっては少女を姉に会わせることは難しくなってしまう。
「ちょっとでも駄目、ですか?」
「繰り返しますが、見習いである方には閲覧権限を与えるなと規定に定められています。しかし奥の部屋の資料を閲覧する事は許可されていますので、どうぞ其方に」
受付テーブルの左奥、資料室と書かれたドアを勧められる。彼処には、まとめられていない資料の山が整理されず、乱雑に置かれている。一から探すとなったら、膨大な時間を必要するだろう。依頼者がそこまで待ってくれるならいいのだが、期間が長くなる事に彼女が怪異へと変質してしまう可能性が大きくなってしまう。
怪異というのは、幽霊や人の思念が長い時間をかけて、負の感情を溜め込むことで、生まれる存在なのだ。そうなれば、他の怪異祓いにすぐさま退治される。
あれほどの業を背負っている状態では、長くは持たないだろう。
「そうですか、分かりました」
ありがとうございますと、その場を去る。周りが妙に騒がしいのが気になるが、向かうのは奥の資料室だ。一か八かになるが、何もしないよりは良い。幽玄にも動いてもらっている、彼に期待するのも偶には良いだろう。
扉を開けると、小学生くらいの子供たちが額に汗を浮かべ、必死に本を読み込んでいた。見習いは中学生までここを利用し、試験を受けて一人前になると、表のパソコンを利用できるという暗黙のルールがある。その後、資料室にわざわざ来ようなどという変わり者はいないため、明らかに年上である海荷が入ってきた事に驚いているようだった。
資料室の中には本棚がびっしりと置かれ、棚には分厚い本が隙間なく敷き詰められている。周囲にはランタンが浮遊し、暖かい光で空間を優しく包み込んでいた。
熱い視線を浴びながら、海荷は目的の物を探すために動く。きっと彼らの心の中は、哀れみや蔑みの感情で満たされているに違いない。19歳まで見習いを卒業していないなど、前代未聞だ。しかし、海荷は堂々とした態度で足を動かす。自分で選んだ道なのだから、後悔はなかったのである。
数時間後、不可思議事件カテゴリーの棚に混じっていた一つのファイルを見つけた。分厚く重いその中身は、新聞記事をまとめたものだった。これなら、少女に関する事件を見つけられるかもしれない。表面についた埃を軽く払い、近くにあった椅子に座り、ファイルを開いた。ツンとしたインクの独特の匂いが、鼻を通る。
『これか……?』
しばらくして、条件に合うような記事をいくつか見つけた。
少女から聞いたのは、大まかな情報のみ。出身地、名前、誘拐事件で亡くなったという事。詳しい年月などは覚えていないようだった。
絞り込めたのは、数件の誘拐殺害事件。時期は全てバラバラで、すべて同じ場所で起きている。
ふと周りを見れば、あれほどいた見習いの子供たちの姿は少なくなっていた。腕時計の時刻は15時35分、気づかないうちに相当な時間をここで過ごしていたようだ。支部の閉館は17時、少し急がなければならないだろう。
名前は確か……田中ユリエ。合致したのは1975年の女児誘拐事件だった。地方で起きた事件であり、犯人が比較的早く捕まったこともあってか、小さな記事だった。だが内容は目を背けてしまうぐらい残酷なもので、被害者は田中ユリエ以外にも数人おり、どれも惨たらしい死体で発見されたようだ。
記事の下には小さな紙が糊付けられ、この事件現場周辺に実現した怪異について書かれている。仕方がないと思うのだが、どれも小さな子供の姿をとっていたという。この怪異を祓った人物はきっと複雑な心境だっだのだろう。紙の一番下には、彼女たちの冥福を願うと丁寧な字で書かれていた。
室内に小さな鐘の音が響く。閉館の時間になったようだ。記事をコピーし、出口へと向かう。些か順調すぎるだろうが、運が良かったのだ。たまにはこんな日があってもいい、幽玄にも良い報告ができると、ドアノブに手をかけようとしたのだが、その瞬間に身体が動かなくなった。
何が原因なのか、すぐに判明した。これは怪異祓いがしようする術の一つ、金縛りであり術者は海荷の視界の隅でニッコリと笑みをつくっていた。
「おっと、万年見習いの海荷くんじゃないか。ちょっとお話しでもしないかい?」
彼女は海荷の小さい頃からの幼馴染のような存在であると同時に、苦手としている人物である。くりっとした瞳が特徴的で男装を好み、今もジーパンに白いシャツといったラフな格好なのだが、すらっとした体型にはそれがよく似合っていた。名前は『鬼龍院 律 』怪異祓いの中でも有名な祓い屋である。
「……すみませんが、用事があるので」
普段でもよく話す仲ではないし、幼馴染といっても腐れ縁のようなもの。まず金縛りをしてまで話す内容など、碌なものではないだろう。
「釣れないなぁ。てかさ、見習いに拒否権なんか無いと思うけど、そこんところどうよ?」
「それは女性に使われた方が効果があるのでは? 貴方のルックスなら一発で落とせますよ」
こちらとしては事実を言っているのだが、リツは表情を硬くした。
「俺は女だ、同性に興味はない。……海荷、なんで俺たちのグループに入らないんだ? 何度さそっても答えはノー。見習いにはきついだろう、その仕事は」
「グループに入れば恩恵はあるでしょう。ですが、私は今のところ満足しているので不要なんですよ、見習いだと皆さんには蔑まれますが、案外気楽ですし、難しい依頼も来ませんから」
怪異祓いはその性質上、一人で活動することが多い。しかし、出現する怪異には一人で対処することが難しいものが存在する。グループはそういう場合に、お互いに助け合う事を目的とした同盟だ。怪異だけでなく、情報交換の場としても大変便利なのだが、それは一人前だけであり見習いが入ったところでパシリか肉壁にされるだけである。
リツは何故か会うたびに誘ってくるのだが、海荷は毎回断っていた。現状に満足とはいかないまでも生活はできているし、酷い扱いを受けるのは目に見えている。彼女が例外だとしても、あのグループには確か彼が所属していたはずだから。
「それは本心か?」
「ええ」
「わかった。引き止めて悪かったな」
リツは優しく海荷の肩に触れる。その瞬間、身体がふっと軽くなった。さて、軽い挨拶をして帰ろうとしたのだが、彼女は怒っているのかこちらを見ようとはしなかった。でも一言だけ、その場を去ろうとした時の寂しげな声は耳に届いた。
「嘘つき」
振り返ることはしない。どんな意味を含んでいるのか不明だが、ここで止まってしまったら、自分の決めた道を踏み外してしまう。
そう、感じてしまったから。