第6話 現世広報を続けたい
重たいノックが、廊下に響く。
「社長。弔野です」
返事を待たずにドアノブに手を掛け、扉を開く。
「ああ、弔野ちゃん。
悪いね、忙しいのに呼び立てて。まあ座ってよ」
社長は相変わらず、机の奥で、小太りの体を革張りの椅子に器用に収めていた。
弔野に応接用のソファを勧め、自身も立ち上がって、弔野の正面の席に移動した。
「いや。ね、今日呼んだのは……」
「社長。私、辞めたくないです」
社長の言葉を遮って、弔野は口を開く。
じっと、双眸を逸らさずに真剣な眼差しを向けてくる、現世広報課課長に、一言だけ。
「続けて」
「……すみません、ありがとうございます。
私、辞めたくないです、現世広報。
日々に忙殺される人間たちが、短い人生を、もっとずっと、すてきなものにするために、大好きな人を追う人がいる。
画面越しの誰かの笑顔に元気をもらって、より良いものを作ろうと頑張る人がいる。
自分の生きる道を見出だす人がいる。
新たな出会いを、友情を、愛情を、育む人がいる。
画面越しでしたが……この半年間、そんな光景を、たくさん見てきました。そしてまがりなりにも、私もその一端に居ることができました。
何より、いろんな人間や、人間じゃない存在や……同業者さえも居ましたが、本来なら絶対に、なかったような出会いにも、恵まれました。
私はまだここにいたいんです。
芽がでたばかりのこの小さな輪を……もっと大きくしてみたいんです。
結社にとっても悪いことでは無いと思います。この輪が、大きくなれば。本来の、結社の知名度を高める、という目的にも合致するはずです。
お願いです社長。
左遷されても構わないです。予算も人員もなくたって……、今までだって、それなりに、やってこられました。
だから、私に現世広報を……もう少しだけ、任せて頂けませんか」
「……それ、僕がだめって言ったら、どうするの?」
「そしたら……。よいと言うまで、ここを退きません。そして、この様子を生配信して現世に届けてやります。きっと、続けてほしいって声をあげてくれる人間がいるから。
結社内に人員はいないですけど、現世には、私を見てくれている人間が、ちゃんと居るんです。負けないですから……!」
一歩も退かない弔野。
社長は小さくため息をついて、机の上に投げやりに置かれたスマートフォンを取り上げて、操作する。
「……あんまり言いたくないけど。
これ、弔野ちゃんのチャンネルでしょ?半年経った今、登録者が41人……。僕が最初に出した目標が500人。10分の1にも満たないわけだ」
どうやら弔野の動画投稿のアカウントを見ているようだ。
「結社として、数字の出ない仕事を続ける訳にもいかないんだよ」
「そんなの……初期投資だって何にもなくて、思い付きで始めたことですから、仕方ないじゃないですか!」
「じゃあ、予算があって、人がいたら、もっと数字あがってたって言いきれる?なぜ、予算と人員がないから数字が伸びませんでしたって、きちんと説明できる材料があるの?予算と人員で何とかなる見込みがあったなら、どうして少しでも相談してくれなかったの?」
「それは……」
「でしょう?」
顔を伏せる弔野を横目に、社長はスマートフォンを机に伏せる。
「……とまあ、ここまでは、社長としての意見ね。
ここからは僕個人の意見も混ざってるけど、きいてね。
弔野ちゃんが頑張ってくれていたのは、ちゃんと見てるし、知ってるよ。今までいた部署の仕事を手伝いながら……ううん、あれはもはや手伝いの域を超えていた気もするけど、まあ今の問題はそこじゃないね。今までの仕事もこなしながら、現世向けの動画配信っていう、慣れないことに必死で取り組んでくれていた。
だから、まあ、部署は……今後は、半身で籍をおいてもらうことにしようと思うんだ。今までの、間世向けの広報半分、現世向けの広報半分。やってもらうこと自体は、ここ半年と変わらないね」
「……ということは」
顔をあげ、じっと社長をみつめる。
「うん、現世広報は、今後も弔野ちゃんにお願いしたい」
「ありがとうございます!!!!!頑張ります!!」
「あ、それと。目標達成したら、って話だった、現世視察だけど……」
「ああ……。目標が未達成である以上、そこまでは望みません」
「いや、めちゃくちゃ行きたいって顔に書いてあるからね?そして話は最後まで聞いて。
実は、冬季の現世視察、1名欠員が出ちゃってね……。せっかく現世行きの承認を閻魔結社からもらっているから、代わりを探しているんだけど……。
弔野ちゃん、行ってみる?」
弔野の瞳がみるみる輝きを帯びる。
「えっ……、いいんですか?」
「うん。だけど、空きが出ているのが1日分だけでね。日帰りになってしまうけれど、それでもよければ」
「……ぜひ、私に行かせてください!」
「はい、じゃあ弔野ちゃんにお願いしようかな。詳しい日取りとかはまた後で連絡することになるけど、暖かくなる前には行ってもらうと思うから、よろしくね」
「ありがとうございます!」
本来、現世視察の承認はあらかじめ許可された者でないと下りない。また、複数日行く場合は同じメンバが連泊するのが常である。視察が冬季である必要もない。
都合よく、冬季に1日分、1名のみの欠員など、本来は出ようがないのである。
現世視察は、現世広報課へ移ってからもかつての所属部署の仕事も取りまとめ、毎日遅くまで頑張る弔野への、ちょっとしたご褒美。
冬季なのは、口元と手を絶対に露出させたくない弔野への、気配り。
そんな事情とはつゆを知らず、無邪気に現世ゆきを喜ぶ弔野の姿を見て、社長もにっこりと笑みを浮かべる。
「いつもありがとうね、弔野ちゃん。これからも、新しい出会いを楽しんで」