自分はモブで、ここが乙女ゲームだときづいた私の、とある日の出来事
ふと、自分の今いる状況に気づき、静かに静かーに、狼狽える。
周りはそんな私の状態に気づきはしないだろうが、さずがにここで大声で、
「なんじゃこりゃー!!?」
と叫べば注目の的である。
体育館のステージで行われている、いわゆる断罪イベントというやつを視界に入れる。
生徒会長がヒロインを腕に抱き、嫌がらせの限りを行っていた悪役達を躊躇いなく打ちのめしている。
まるで一時流行った乙女ゲームみたいだなーと、感想を抱く。
いや、うん、ごめんなさい。みたいじゃないわ。これ、乙女ゲームだよね。
タイトルは忘れっちゃったけど、あったよ、ありましたね、こんな内容の乙女ゲーム。
遠い昔に手を出したわー。
シナリオやキャラクターの設定とかをかなり作りこんでいて、当時の乙女ゲームの中では異彩を放ってましたとも。
お約束を押さえながらも、今まで乙女ゲームではなかった斬新なシステムやシナリオ展開が話題だったかな。
絵柄は好みでなかったが、メインシナリオライターさんが有名な泣きゲーブランド(ギャルゲー)のお方だったので興味本位で買ってしまったんだよな。
今まで個人的に、乙女ゲームのシナリオはペラいと思っていたのだけど、その作品のヒットを境に乙女ゲームのシナリオに重厚なものが増えた作品。
だがしかし、年に何本ものあらゆるゲームタイトルをプレイしていた私にとっては数多ある作品のひとつ。
すまない、素敵なシナリオとキャラだったが、私のナンバーワンにはならなったよ。
私のナンバーワンは、冒険活劇ものでやんちゃな少年が世界の果てを目指す名作だ。
そんなわけで、タイトルとか細かい展開は淡くしか思い出せない。ただ、単に学校名がかなり印象的なものだったので思い至ったわけだ。
――――私が、いわゆる乙女ゲーム転生を果たしていたという事実に。
文化祭の閉幕を告げる場を利用しての悪役撃退が行われている体育館をこそこそと抜け出す。
自身に振り掛かった乙女ゲー転生という事実に比べたら、断罪イベントとかどうでもいいし。
まずは自分のことだよね。
生徒のほとんどが体育館にいるためか、校舎には人気がない。
自分の教室まで戻るのは面倒だったので、昇降口に無造作に放置されている椅子に座る。
「えーと、」
自分の名前は、はっきりと分かる。
家族構成も、幼少の頃から今に至るまでの記憶も確かだ。
単に、ここが、某乙女ゲームに大変似ているという事実に気づいただけだ。
それと共に、ほんの少しだけ昔から自分がゲームが好きだったという記憶が湧いて出ただけだろう。
いきなり前世の記憶が甦り、脳みそに負担をかけ高熱を出し、数日間寝込むとかそんなくだりの鉄板ネタにはなってないし。
私は、私。
単に乙女ゲーム転生にモブとして転生しちゃったことに、軽く気付いた一般生徒だ。
「よしっ」
自分の中で、納得し、いつもの日常へと戻るために小さく気合を入れて顔を上げる。
と、
「うん。大丈夫みたいだね」
なぜか目の前に、この人絶対攻略対象者ってヤツだろうってくらい容姿の整った御仁がニコニコとこちらを見ていた。
「ど、どちら様でしょうか……?」
「あれ? 僕のこと知らない? 結構な有名人だと思うんだけど」
こてんと首を傾げると、さらっさらの栗色の髪も緩やかに流れる。
「申し訳ありません。風紀委員という役職は存じてますが、お名前までは把握してません」
自分で自分のことを有名人とかいうヤツに、興味なさげな態度をとったらフラグがたつ。
これ、常識であろう。なので、大嘘をつく。
どんだけ自分に自信があるんだよと笑われるかもしれないけど、極力関わりたくない。こんなキラキラした人と。
腕章にある風紀委員会の文字だけで一か八かの博打を打つ。
ここまで顔が整っていたら、絶対になんかしらの役職には付いてるよね!?
きっと、風紀委員長とかそんな役職についていて、生徒会長のライバル役とかやってらっしゃるんですよね!?
「残念、不正解。この腕章は今日だけのお手伝い。いつもはなーんにもしてない、しがない普通の生徒だよ」
「……へ?」
よいしょと、意外にもじじむさい掛け声と共に私の前にしゃがんで、
「なんでそんな面白い嘘ついたのか気になるんだけど、理由教えてくれる?」
うっそりと微笑みを浮かべる、風紀委員のお手伝いさん。
言えるわけはない。無駄に印象に残るような発言をしたくなかったからだなんて。
いや、今、おもっくそ悪目立ちしちゃってますけどね!
「……変に見知らぬ先輩に絡まれたくなかったので、速攻で会話を終了させるべく適当に発言してみました」
目をそらしながら、真実をオブラートに伝えてみる。
ネクタイの色から最高学年であることをチェックし、早くこの場から去ってくれーと、必死に祈る。
神様、仏様。どうか、このピンチから私を速やかに離脱させてください。
「僕と会話するのが嫌なんだ」
「……まだそんなに回復してないので、気をつかいたくなかったというか」
と、いうことにしておこう!
具合悪いから、あんまり他人に絡まれたくなかったんです!!
決して、あなたみたいな目立つ容姿の人と下手に関わり合いになって、乙女ゲームの何かのシナリオ的なやつに巻き込まれたくなかったわけではないんですっ!!!
「なるほど。ごめんね、大丈夫そうに見えたけど、まだ全快はしてなかったか」
それじゃと立ち上がる先輩に、ほっと息をつく。
よかった。これで離れてくれる!
「じゃあ、保健室に行こうか」
「は?」
そっと差し出された手と、何か黒いものを感じる笑顔を交互に見やる。
「今は何もしてないけど、後輩に任せる前は保険委員長してたんだよね」
「なっ!?」
「学内でのそこそこ有名人な僕を知らない面白いお嬢さん。せっかくのご縁なので、案内したげるね」
だ、だまされた――――っ!!!!!
ま、待って。
思う出せ、思い出せ。なんか、クラスの女子が騒いでた筈。
前期の保険委員長って、確か、
「メガネじゃない」
「あれ? 知ってたの。こないだコンタクトデビューしたんだよ」
いらないです、そんな情報いらないですから。
眼鏡の印象しか残ってなかったから、気付けなかった。
この人、前期の保険委員長様だよ。生徒会長の幼馴染だよ。
そこまで思い出せてはないけど、絶対にあなた、ポジション的に攻略対象者のおひとりですよね。
そして、何より保健室へと誘導すべく掴まれているその腕を離してください!
「メガネは僕の本体じゃないで、これからはちゃんと、この顔覚えておいてね」
「これ、から?」
「こんな面白い子、みすみす逃すなんてもったいないから、お友達になってもらおうかなーって」
なってくれるでしょ? と、にっこり微笑まれる。
「お友達とか、大それたのはちょっと。今の先輩後輩の間柄でも何の問題もないと思いますけど?」
「ん? いや、だって、先輩後輩だど今と何も変わらないでしょ? 僕がなりたいのはもう少し踏み込んだ関係。もっと君と会話したりしたし」
「遠慮しますっ!!!!!!!!」
という、ようやく心のままに叫んだ私の意見をまるっと無視し、三か月後にはお試しで彼氏彼女として付き合おうかとのたまい、半年後にはついに正式に恋人になってしまった先輩との出会いとこんな感じではじまった。
人生って、何があるのか分からなさすぎる。
お付き合いありがとうございました。
少しでも、楽しんでいただけたのなら幸いです。