4.本当の新生活の始まり
足のせいで様々なことを言われてきたサクラは、その不自由に明らかなコンプレックスを抱えていた。
駆けっこをすれば義足の性能でズルをしていると言われ、それならと旧性能の足をつければ、同情を買ったつもりかと陰口をたたかれた。
それでも死に急ぐようなことがなかったのは、ひとえに彼女が強かったからだ。
しかし何をしても一般と区別されてきた彼女はその強さゆえに、仕舞いには純粋な心遣いでさえ重荷に感じるようになっていた。
サクラは自分が皆と変わらないのだと、そうなりたいという呪いにも似た願望を持ち、言わなければ誰にも義足であることを悟られることなく、不自由もコンプレックスもないように振る舞った。
それでいて右足をさらけ出すことができない自分のちぐはぐな姿を見て、毎日のように心を打ち砕かれてきた。
ナオトはそれを知っていた。
「サクラが何で怒ってるのかは分かったよ。そしたら俺の理由も聞いて、分かった上でそれでもまだ怒るならそうしてくれ」
一足先に頭を冷やしたナオトはサクラの目を見つめ、努めて冷静な口調で言う。
「もう一度言っておく。サクラは俺の幼なじみだ。それはお前がどうこう言ったって変えられない事実だ」
「……そうですね」
「だから俺はサクラが辛い思いをしてるなら助けたいし、見て見ぬ振りなんて出来ない。他の女子にも同じ対応をするのかと考えて、そうはしないだろうからお前にも同じようにする……なんてことは出来ない」
「何で? どうしてなんです? ナオなら私の気持ちを分かってくれると思ってたのに……」
「俺も同じ気持ちだよ。お前なら分かってくれると思ってた」
ナオトはふっと悲しそうに笑った。その表情がサクラの心を締め付ける。
「なあ、俺たち生まれたときからお隣さん同士で、保育園も小学校も一緒だった。そりゃずっとべったり一緒にいたわけじゃないし、お互いに別の友達もいて、趣味も好みも違う。赤の他人だ」
「……」
「でもさ、幼なじみだろ。友達で、携帯番号もメルアドも知ってる。顔を合わせれば何となしに話せる気心の知れた仲だ」
「はい……」
「なのに他の女と同じ扱いでお前が辛いのを無視しろって、お前それ俺に対してひどいだろ」
「……え?」
「これまでの関係、全否定してるの分かってる? お前さ、これまでの俺との関係は嘘でした上辺だけの仲でしたって、そう言うわけ?」
「それ……は……」
今度はサクラがうろたえる番だった。彼女は顔ごと視線を足下に落とし、つんと痛んだ鼻をすすって涙がこぼれそうになるのを耐える。
ナオトは思わず「泣くなよ……」と言いそうになって、口に手を当ててその言葉を飲み込んだ。
「すまん。俺もまだ冷静になれてなかった。まぁさ、お前の言い分も分かるよ。リハビリもすっげー頑張ってたの知ってるし、みんなと一緒のはずなのにって、そういう悔しかった気持ちも理解してる」
「はい……」
「理解した上で、俺はやっぱりスカートは脱がない」
「……はい?」
「サクラは俺にとってこの数日で初めて知り合った女子と一緒じゃない。ずっと昔から知ってる友達だ。親友だ」
ナオトは至極真面目な顔でサクラとの距離を詰め、その目の前で腰に手を当てて仁王立ちになる。
「だから特別扱いはやめない。気だって使う。スカートは脱がない」
絶対に三年間この制服で通うと彼は豪語した。
「……ってもな、お前が俺のせいで本当に追いつめられてるってんならやめるよ。その時はそれをはっきり言ってくれ。どうしてほしいか言ってくれ。幼なじみでも友達でもなく他人として扱えってんならそう振る舞う。俺の気持ちは心の中にとどめておく。こういうことは二度とやらない」
サクラが真にそれを望むのなら、ナオトは歯がゆい思いを我慢して無関心に徹する。そうやって、ナオトは迷わずサクラのために心を砕く。
サクラはその真摯な瞳を静かな気持ちで見つめ返す。ナオトの行動の真意を知り、自分の怒りが間違っていたことを理解して両手を上げる。
「ナオは……昔からそうでしたけど、いちいち直球なんですよ」
「? 回りくどいよりいいんじゃないか?」
「……はぁ」
上げた手で顔を覆ってサクラは小さなため息をつく。そうして自らの頬を軽く張り、改めてナオトに頭を下げる。
「一人で勝手に怒ってごめんなさい。貴方の気持ちを踏みにじってしまいました……」
「いいよ。実を言うと俺も突飛すぎたとは思ってるんだ……」
「それに関しては私も事前に相談してほしかったです」
「相談しろっても……お前、結局のところ何もすんなって言ってただろ。だから俺も勝手に決めたのー」
「う……確かに……その通りです。すみません……」
「んじゃ、おあいこな」
「それでいいんですか?」
顔を上げたサクラの額を、ナオトがツンとつつく。
「いいのいいの。あんま深刻になるなよ。お前の悪い癖だぞ」
「ナオがそう言ってくれるなら……」
サクラは「ありがとうございます」と礼を言い、はにかみながらもとびきりの笑顔を見せる。
すっかりいつもの調子を取り戻した彼女はすぐさまその表情を意地悪な笑みに変え、ナオトを下からジロジロと眺めた。
「そしたら足はちゃんと剃ってくださいよ~。みっともないので」
「分かってる分かってる。この足見ろよ、つるつるだろ。ってか女子が真っ黒なタイツはくの分かったわ。あれ足の毛隠せていいな」
「それを女子の前で言いますか? 私だからナオに他意はないって分かりますけど、他の子に言ったら気持ち悪がられますよ」
「まじか。気をつける」
しまったと言わんばかりに口を押さえて後ずさるナオトに、サクラは肩を震わせて笑い出した。
そしてふとあることに気がつき、スマートフォンを取り出して待ち受けの時間を確認する。
「授業、どうしましょう? 気づきませんでしたけど、もうチャイム鳴っちゃったみたいです」
「今から行っても怒られるだけだろうな」
「でも、出ないわけにはいかないでしょう」
「一時間くらいなら大丈夫だ」
「いや大丈夫では……」
「大丈夫。怒られるときは二人一緒だ」
「そっちですか!?」
思わず大きな声でツッコミを入れてしまったサクラであるが、同じタイミングで彼女の耳には小さな物音が聞こえていた。
サクラは眼鏡をクイッと持ち上げて目を凝らし、訝しげな表情で音がした方へ向かっていく。
出入り口の引き戸、その上半分──ガラス越しに階段室をのぞき込むと……。
「ナオ。二人ではなく三人みたいですよ?」
「へ?」
サクラがドアを開けると、しゃがんだ状態の女子の背中が丸見えになった。その彼女はポケットから取り出したティッシュで鼻をかみ、それでもまだグズグズといいながらナオトたちを振り返った。
「よ、よか……二人が仲直りできてよかったぁ……!」
「ベナさん……」
「ユイカさん……」
心配して様子を窺っていた彼女は一部始終を見ており、二人の絆を前にぼろ泣きであった。
「アタシ、本当に心配してたんだからね! サクラちゃんは高校で初めての友達だったし……ウッ、ぐす……ってかサクラちゃんめっちゃ怖いし心臓に悪すぎ!」
「それは、あの……心配をおかけしました……」
彼女はその後もたっぷり五分ほど泣き続けた。
多少落ち着いてきたところで、ナオトが照れくさそうにしながら言う。
「まぁその、何だ……サクラもベナさんも、これからもよろしくな」
「はい。私もよろしくお願いします」
「よろしくぅ……、ひっく……!」
「もう、泣きすぎですよユイカさん」
「だ、誰のせいだと~~~ッ!?」
ポカポカと小突いてくるユイカにサクラは口を開けて笑いながら何度も謝る。ナオトはそんな二人に目を細め、青く晴れ渡った空を仰いだ。
これから三年間、様々なことがあるだろう。楽しいことも、辛いことや悲しいことも、いろいろだ。
だが、たくさんの人と知り合い気の置けない仲間を見つけ、互いの違いを理解し合える関係を築けたのなら、どんな困難も乗り越えていけるはずだとナオトは思った。
目下の災難は授業をサボったことへのお叱りである。
案の定、三人は放課後に呼び出しを食らった。事情を説明して何とか担任の理解は得られたものの、やはり説教は避けられなかった。
加えて反省文の提出も言い渡され、ナオトたちは学期早々に勉学とは違うところで頭を悩ませることになったのだった。




