第一世界〜秘密〜
「奏、私ね……奏に殺されたいな」
渚は泣きながらそう言ってきた。
「体がね、勝手に人を襲うの。もう……耐えられない。自分ではどうしようもなくて、私…怖いの」
渚は俺が殺す。
そう決意したが、いざ殺ろうとすると…体は萎縮し、渚との思い出が頭をよぎり、動きそうにない。
「奏、今は引くしかないわ……。残念だけど、今は戦力不足よ」
「リアちゃんは逃がさないよ……私から奏を盗らないで。私のたったひとりの家族を、盗らないで!!」
渚がリアに向かって走り出す。
リアは銃弾を様々な方向に乱射した。
それぞれが電柱や塀に当たり、渚へは至っていない。
「リアっ!」
思わず叫び、リアへと走る。
すると、リアは俺を手で制した。
「大丈夫、私の弾丸はこれからよ」
何を言っているのか分からないが、答えはすぐにやって来た。
リアの放った弾が当たった弾痕から、再び弾が飛び出したのだ。今度は様々な属性の魔術強化を済ませた上で。
「私ひとりの魔力だとここまでは無理。でも、この世界に溢れるマナを使えば…こんな事くらい簡単に出来るわ」
赤、青、緑、紫、白、様々な強化をされた弾丸が全方位から渚目掛け飛来する。
「……っ!!!」
渚は咄嗟に腕をクロスし、ガードの構えをとる。
だが、弾丸は渚の至る所に命中し、鮮血を溢れさせる。
「渚っ!!!」
髪留めに弾丸が当たり弾け飛ぶ。
渚は壊れ、弾けた髪留めを取ろうと手を伸ばす。
弾丸の雨の中、渚は必死にその髪留めを取ろうとした。あれは、俺が渚の誕生日に贈ったものだ。
「…だ、め。それは…奏と、の……思い出…なの」
渚が髪留めを掴んだ瞬間。
「あらら、壊れちゃいましたか。十年近く溜め込んだというのに……全く貴方達は迷惑ですね」
男の声が響く。
声の方向へ向くと、屋根の上に男がひとり立っている。黒いローブを目深にかぶった男だ。
「……やっと出てきたか。奏、恐らくあいつが…渚を特異型に変えた犯人よ」
「えっ……なっ、それは…本当か」
「本当だとも。もし君がこの世界を正し、それでもそこの小娘について行くのなら、私とはこの先で何度も出会うことになるだろう」
出来ればもう二度と会いたくない感じしかしない。
「……渚を、元に戻す方法はあるのか」
「……っくくくく、予想はしているでしょうけど…実際に口にされたらどのような顔をするんでしょうね」
笑いを堪えながら男が口を開く。
「ない」
その一言で、俺が絶望するには十分だった。
「そうっ!その顔っ!!!あぁっ!いいですいいですいいですっ!!人が絶望する顔は何度見ても堪らない」
「おい、その口を閉じろ」
リアが男に向かって弾丸を放つ。
だが、弾丸は男に被弾せずに空へ弾かれてしまった。
弾かれた弾丸は軌道を変えて再び男の元へ飛ぶ。
弾かれる度、様々な色の魔術強化を施していく。
それでも、男に弾丸が届くことは無い。
「あぁ、そうそう。渚さん?貴方に一つ教えておきますね。お父さんとお母さんに会う方法です。彼は口下手なので多くを語りませんでしたが、好都合ですね」
男が笑った気がした。
「……お父さんとお母さん…に、会いたいよ……」
渚が血溜まりの中で呟いた。
「えぇ、すぐに会えますとも。貴方はもうすぐ死にます……そうすれば、地獄で会えますでしょう?あともう一つ、あの日貴方の両親は事故死などしてはいませんよ。記憶を消して死体とDNAを偽装。その後彼らは特異型に食い殺されたそうです」
渚の顔がみるみる暗くなっていく。
何かを思い出したかのように、口を開き、声にならない声を上げている。
「奏くん、でしたね?君にも分かるように教えてあげます。渚さんが初めて殺して食べた人間は、彼女自身の両親です。あぁ、私は彼に感謝します…こんなにも濃厚な絶望はなかなか見られない……」
男は空を見上げながら吐息を漏らしている。
こいつは……何が何でも殺さなきゃいけない。
この命に変えてでも、必ず殺す。
絶望を跳ね除ける力はない。
でも、それでも前に進もうとする感情がある。
それが今は怒りだったとしても、絶望に飲まれて停滞するよりはマシだ。
全身の強化を更に強める。
重ねて強化を繰り返すこと五回。
軽く跳ぶだけで三階程度の建物なら跳び越えよう。
拳一つでその障壁をぶち壊してやろう。
地を全力で蹴り、跳ぶ。
衝撃でクレーター状にヒビが入るがどうでもいい。
男の障壁に向かって拳を突き出す。
障壁は波紋を作って揺らぐが、壊れる気配はない。
もう一撃、もっと、壊れるまで、ひたすらに。
拳から血が出るが知ったことか。
骨にヒビが入るが気にならない。
酸欠で意識が遠のくが、そんなのはどうだっていい。
「奏っ!!!!そいつはこの世界にはもういないわっ!いくら攻撃したところで無駄よ!!」
リアが叫ぶ。
なら、世界を超えて、次元を越えて、こいつを殺しに行く。
「か、かか奏……だめ…だよ。奏は…いつも冷たくてそっぽ向くけど…なんだかんだ言って、優しくて…いつも助けてくれるの。誰かを護るために奏は…強く、なったんでしょ?なら…い、怒りに身を任せちゃ…、っく、ダメだよ」
渚がボロボロの体で語りかける。
それで、我に返った。
「ははっ!いいねぇ、これは愛とゆう奴かな?これもなかなか美しいが、私は絶望の方が好きだね。そろそろ時間だ、奏くん、彼女に別れの挨拶をした方がいいよ。彼女が彼女であるうちに、ね」
心底楽しそうに笑う男。
「私はこれで失礼するよ、また会おう」
そう言ってローブの男は風に溶けるように消えた。
「かな、で……私…もうだめ、みたい。本当に…化け物になっちゃう」
「そんな事言うなよっ!」
渚の元に下りる。
渚を胸元に抱き上げる。
全身に弾丸をくらい満身創痍。
だが、体の中に何かいるように、酷く大きな、生命力に溢れた鼓動を感じた。
「渚は渚だろ?他の何かになる事なんてない」