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露子と新太郎  作者: 風速健二
9/23

第9話

 最初の入れ替わりから二日後、学食でお昼に冷やし中華を食べていたら、新太郎がやって来て

「この前はありがとうな。お陰でゆっくりと逢うことが出来たよ。本当に恩にきるよ」

 そうお礼を言った。新太郎は、本当に嬉しそうだ。結構な期間逢えなかったのだと改めて思う。

「次はいつの約束なの?」

「実は、未だ決めていないんだ。僕としては今夜でも良いけど、そうも行かないからね」

 確かに家族が皆揃ってる時に、のこのこ入り込むのは得策とは言えない。なるべくならこの前のように人が少ないと良いのだが、暫くはそんな日はないような気がする。

「久しぶりに逢ってどうだった?」

 わたしの質問に新太郎は本当に嬉しそうに

「ああ、最高だった。露ちゃんが僕の名前を呼びながら抱きついて来た時は思い切り抱きしめてしまったよ。夢中だった」

 わたしは本当は二人の仲がどの程度進展してるのかは良くは知らない。桜を見に行った時にキスをしていたのは知っているが、そこまでだ。第一それからは、ろくに逢ってないのだから、進展もないだろうと思っていた。

「兎に角、次の日が決まったら。すぐに連絡するよ、なんて言っても山本が頼りだからな。でもこうして見ると本当に似ていたんだな。今まで気が付かなかったよ」

 新太郎はそう言ってわたしの顔を覗きこむように見ると、軽いため息をついて

「山本が露ちゃんだったら、何の問題もなかったよな」

 そんなことを言ったのだ。それって軽い気持ちで言ったのかも知れないけれど、何かわたしの存在が軽く見られたようで、正直面白くなかった。それが判ったのか

「怒ったか? ゴメン、深い意味はないんだ。只、僕としては自由に露ちゃんと逢いたいという意味なんだ」

 それは判っていた。判った上で納得してやっているのだ。自分でもそれは判っていたはずだが、何か違って来ていた感じだと気がついたのだ。

「ゴメン、もう講義だから行かなくちゃ。決まったら連絡頂戴」

 人の顔を覗きこんで心配してる新太郎に嘘を言ってその場を去る。何故だか判らないが、新太郎と二人だけで長く一緒にいてはならないと思った。

「ああ、判った。連絡する」

 新太郎の返事を背中で受けて、空になった冷やし中華のお皿を返して、学食を出た。別に行く場所は決めていなかった。

 何故だろう? 新太郎の顔をまともに見ることが出来ない。今まではそんなことなどなかったのに……

 露ちゃんになりきろうと一生懸命にやっていたのに、気がつけば、自分の心がおかしくなっていたなんて、全く自分らしくない。

 その日はどこも寄らずにまっすぐ家に帰った。するとすぐに露ちゃんから連絡が入った。

「露子です。新太郎さんから、麗子さんが具合が悪そうだって連絡が入ったので、心配して電話してしまいました」

 やはり露ちゃんだ。本気でわたしのことを心配してくれている。それなのに、わたしは……

「大丈夫よ! それより露ちゃん、あの後だけど美香はどう? 何か変化があった」

 わたしは一番気になることを訊いてみた。

「特に変わりはないですが、母親べったりだったのが、少し距離を置いて来た感じがします。思春期ですから、心境の変化などがあったのかも知れません」

 そうなのかとも思うが、あんなことをそれも露ちゃんと信じてるわたしに尋ねたのだ。いいや、この場合は露ちゃんに尋ねた。とした方がスッキリする。

 もしかして、美香も誰かに恋をしたのかしら? あり得ないことではない。中学三年生ともなれば恋の一つや二つしていてもおかしくはない。わたしは、次の機会に、美香が何か言って来たらそれとなく訊き出そうと思った。

 そんなことを考えていたら、大学で新太郎が

「明後日の夜なんだが、どうかな」

 どうかな、とはわたしの都合なのだが、その日も特別な用事はなかった。今のわたしには露ちゃんと新太郎が幸せになることしか頭にないのだから。

「いいわよ。その日は何かあるの?」

「景子の親戚の家でお祝いがあるそうだ。遅くなるので、露ちゃんが一人で留守番だそうだ」

 それなら今度は簡単だ。露ちゃんが出かけてわたしが普通に飯島の家に入れば良い。極単純だと思った。

「何時に逢うの?」

「今度は早い時間に逢おうと思ってる。七時頃に逢って、十二時までには露ちゃんを返すつもりなんだ」

「何とかとお化けは出たことがない」とか言うが、まさしくそれで、きっと十二時前なんかには帰って来ないだろう。今回はそう覚悟して、早めに本当に寝てしまおうと思った。どうせ鍵は露ちゃんが持ってるし、いざとなれば新太郎もいるから何とかなるだろうと楽観していた。


 その日、わたしは正々堂々と飯島家に乗り込んだ。曰く

「家族が皆出かけてしまってるなか露ちゃんだけでは不用心なので、戸締まりをするまでは、わたしが一緒にいる」

 と理屈をつけたのだ。これには景子も頷くしかなかった。ただ、美香が意味ありげな目でわたしを見ていたのが気になった。

 平吾が運転する車に、景子と美香が乗り込むと静かに去って行った。これで当分露ちゃんは自由になる。

 すかさず新太郎がやって来て、一緒に出かけて行った。

「麗子さん。本当にありがとうございます。感謝なんて生易しい言葉では言い表わせません」

 露ちゃんはそう言って楽しそうに出かけて行った。今日のわたしは単なる留守番に過ぎないと思った。

 何時頃だろうか、庭が明るくなり、平吾達が帰って来たことが判った。これからが本番だ。家の中は薄暗くしてあるので、わたしだとは気がつかないと思う。玄関に出ると影の中から

「お帰りなさい」

 そう出迎える。露ちゃんから、いつもそうしてると訊いたからだ。平吾も景子も無表情で「うん」と言っただけで自分の部屋に入って行った。美香だけがわたしに「ただいま。留守番ご苦労さん」と言ったのだ。この子、やはり前と違う! 何があったのだろう……

 わたしも露ちゃんの部屋に帰り時計を見ると十一時だった。寝ようかと思っていると、ドアがノックされた。

「どなたでしょうか?」

 露ちゃんの声色で返事をすると

「わたし、美香。話があるんだ。入ってもいいか?」

 いったい何の話だろうか? 

「寝ようと思っていたのですが……」

 今度も声色を使う。すると

「すぐ、終わるし、大事な話だから……麗子……さん」

 最後のわたしの名は小声でやっと聞き取れる大きさだったが、ハッキリと「麗子」と言った。 判っていたのか……ならば……

 わたしは覚悟を決めてドアを開けた。ドアの向こうには、パジャマ姿の泣きそうな表情をした美香が立っていた。

 「美香……ちゃん……どうしたの?」

 最初に出た言葉は自分の正体がバレたことではなく、美香が泣いてることだった。

「麗子さん、ですよね?」

「そうよ、判った?」

「はい、わたしの部屋ここと隣で、安普請だから結構音なんか聞こえて。だから、この前の深夜、携帯の振動音がして……あれって低音だから意外に響くの。だから露子じゃないと判ったの。だって露子は家ではマナーモードにしないから……あの機種特有の着信音だから判るんだ。それに夜中に普通は露子に電話してくる人間はいないから、露子に似た別人だと思った。それは、あなたしかいないと思ったの」

 全く、携帯の振動音でバレるとは思わなかった。わたしも間抜けだと思ったが、露ちゃんも堂々としてるのだと変な感心をしてしまった。

「入れば。どうぞ」

「それじゃ」

 わたしは美香を招き入れると椅子を進めて自分はベッドに座った。

「どうするの? 親に言うつもり」

 普通なら、いや、今までの美香ならすぐにこの場から親に言いつけに行っただろう。だが美香は暗い顔をして

「親に言うつもりは、ないんだ。ただ、露子でも麗子さんでも教えて欲しいんだ」

 美香は明らかに何かに悩んでいた。それを誰かに聞いて欲しかったのだ。

「なあに? わたしで答えられることなら何でも答えるわよ」

 ここは年長者として振る舞う。そうやって、落ち着いて答えると

「わたし……人を好きになってしまって、どうしたら良いか判らないんだ。その人のことを思うだけで胸が苦しくて、その人のことを考えると心の中に何か柔らかいものが出来て、自分の心なのに自分で自由にならなくて、辛くて辛くて……露子もこんな苦しい想いをしていたなんてと思ったら、自分は今まで何と酷いことをして来たのかと思って……」

 美香は、思いの丈を一気に話した。まあ、それが人間として当然の感情なのだよ美香くん。ようこそ人間の世界へ。という気持ちになった。

「それで?」

 わたしはあくまでも冷静に接する

「わたしはブスだから、何もその人と仲良く出来る方法を教えるとは言わないけど、当たり前の会話が出来るようにするにはどうしたら良いかと思って」

 なるほど、この娘は、やはり中学生なのだ。そんなに擦れてはいないと思った。ならばここはこれしかない。

「その人とは毎日会うのね? ならば、朝『おはよう』と言って見ることよ。それが言えれば次も言える」

「どんな?」

「お天気だって良いじゃない。今日は雨で困ったとか、天気だから熱くなるかしら、とかその日のお天気を話題にすれば良いのよ。お天気の話をして、変に思われることはないわ。そうやって少しずつ慣れて行けば良いと思うわ」

 わたしは、このような時の常道を話して聞かせた。美香は思ったより簡単な方法だと判り、ホッとしたようだ。

「でも、それを無視されたらどうしよう」

「そんなお天気の話も出来ないような奴はろくでもない奴だから、早々と見切りを付けなさい」

「確かに、そうだ。そんな会話も出来ない人なら幻滅してしまう……ありがとう。何か自信が出て来た。挨拶からやって見る」

「ならば良いわ、ところで、美香ちゃん、わたしと露ちゃんに協力してくれるなら、その美香ちゃんの恋、わたしが応援してあげても良いわよ」

 そんな取引を持ちかけると美香は目を輝かせた。

「勿論、協力するし、親にも言わないし、露子が萩原さんと上手く行くように、親達の情報も教える」

「なら、問題なし! これからは仲間だからね。早速、明日にでもその子を見たいな」

 そう言って促すと美香は今までとは同じ人間とは思えない明るい顔をした。


 やはり十二時までに二人は帰って来なかった。まあ、想像していたことでもあったが……

「この前も深夜だったから、今日も同じくらいじゃないかな」

 先ほどから自分の部屋に帰らない美香が変な慰めをしている。別に、慰められる気分ではないのだが、というより早く帰って来いと苛つき始めているのだ。

「美香ちゃんこそ明日学校でしょ。寝なくて良いの?」

「うん。もう少し待ってて、露子に謝りたいから」

 そんなことを言っていた時だった。携帯が震え出した。露ちゃんからだった。出ると

「今日も、楽しくて遅くなってしまいました。裏口にいます」

 その声を聞いて、美香と二人で裏口に向かう。美香に見張りをさせて裏口の鍵を開けるとさすがの露ちゃんも、息を飲んで驚いた。それはそうだろう、自分が出かける時は敵だったのに、帰ってみたら仲間になっていたのだから。

 露ちゃんの部屋に入って、この時間にわたしと美香にあったことを話して、最後に美香が露ちゃんに

「今まですいませんでした。これからは宜しくお願いします」

「いいのですよ。わたしも美香ちゃんの恋を応援します」

 お互いにそう言って和解したのだった。

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