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露子と新太郎  作者: 風速健二
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第8話

 その日がやって来た。金曜日で、美香は土曜休み。景子と平吾は泊まりがけで町会の旅行に行っている。そんな日を選んだのだ。

 わたしは、「聖華」の制服に身を包み飯島家の家の庭に佇んでいた。露ちゃんの部屋から潜り込もうと思っていたのだ。

 庭を歩いて露ちゃんの部屋の窓に向かおうとした時だった。後ろから声を掛けられた。

「そこに立ってるのは誰?」

 間違いない、美香の声だった。これは不味い。ここで見つかっては全てが台無しになると思って、少々焦りが生まれる。だが、それを現してはならない。そこで落ち着いた気持ちで露ちゃんの声を真似て

「露子です。お月様がとても綺麗なのでお庭に出て見ていました」

「なんだ露子か。今夜はわたし達だけだから玄関は締めてしまうから、裏口から入ってね」

 それだけを言うと中に入ってしまった。ガチャリと鍵を締める音がした。気が付かれていない! それが判っただけでも良い。しかも裏口が開いてると情報も貰った。露ちゃんは玄関も裏口も鍵を持っているから、わたしが入って鍵を締めても自由に出入り出来るとことが判った。

 何だか今夜の美香は美香らしくない。親の景子がいないと弱気になるのだろうか? やはりそこは未だ中学生だ。子供なのだと理解した。

わたしは、携帯を出すと露ちゃんに小声で電話をする。

「もしもし、わたし、今から裏口から入るね。いまさっき、美香に見つかったけどバレなかったよ。大丈夫みたい」

「判りました。でも良かったです」

 そうだろうと思う。一刻も早く新太郎に逢いたいに違いない。わたしは、結構堂々と飯島家の裏口から入り、鍵を締めた。

 家の中は既に主な灯りは消されていて、飯島家の長い廊下には所々豆球が点いているだけだった。この暗さなら正面から見られても誤魔化せるかも知れないと思った。

 廊下を進み露ちゃんの部屋のドアを軽く叩くと音もなくスッと開いた。中には露ちゃんがわたしと同じ「聖華」の制服を着ている。緊張の中でも嬉しそうな感じが体から出ている。

「表に新太郎が待ってるよ。行っておいで」

「ありがとうございます。十二時前には帰って来ます」

 小声でやり取りをすると、露ちゃんはそうっと表に出て行った。わたしはそれを見送ると裏口の鍵を締めた。何と言っても今この家にいるのは美香とわたしだけなのだ。用心に越したことはない。

 何回も入ったことのある露ちゃんの部屋だが、いつも綺麗に整頓されている。その点ではわたしとは大違いだ。

 まだ八時を回ったばかりだ。十二時までは四時間ほどある。なんなら、美香が明日の朝起きて来る前までに帰って来れば良いのだ。

 そんなことを考えながらベッドに横になる。毛布を被っているとドアの向こうで美香の声がした。まさか、美香が声を掛けるとは思ってもなかったので、一瞬ひやりとしたが、さっきの要領で誤魔化せば良いと思った。

「起きてる? ねえ、起きてる」

 わたしは、なるべく露ちゃんの声を真似して

「はい、起きてますけど、何か」

 そう答えると美香は

「この前から訊きたかったのだけど、恋をするってどんな感じ? どんな気持ちになるの?」

 意外だった。あの美香が露ちゃんにそんな女の子らしいことを尋ねるとは思ってもみなかった。ここは慎重に答える

「そうですね。その人のことを考えるだけで幸せな気持ちになることでしょうか。心が暖かくなり、とても優しい気持ちになります」

 わたしの答えを黙って聞いていた美香は

「そんな気持ちになるのか……知らなかった」

 そう言って

「じゃあ、お前はあの萩原とかいう男と何があっても一緒になりたいのか?」

 これも、意外な質問だった。美香がこんなことを言うとはわたしの辞書には載っていないからだ。

「そうです。今は逢えませんが、そのうち必ずお逢い出来る日が来ると信じています」

 そう質問に答えると

「そうか、そういうものなんだな……あ、わたしがこんなことを訊いたなんて親に言うなよ! 言ったら酷いからな!」

 最後はさすがやはり美香だ。憎まれ口は忘れない。

「判りました。決して口外致しません。お約束致します」

「きっとだからな」

 それだけを言い残して美香は自分の部屋に帰ったようだった。それからは静かだった。余りにも静かなので退屈してしまった。

 ふと、露ちゃんの使ってる机の上を見ると一札のノートが立てかけてあった。学校指定のノートではない。そう、「聖華」では授業に使うノートも学校で指定されている、表に「聖華」の校章が入っていて、中のページには校章が透かしてあるのだ。わたしなら使いたくないシロモノだった。

 そのノートが気になったので、手に取ってみてページを捲ってみると、そこにはこの数週間新太郎と逢うことが出来ない露ちゃんの気持ちが綴られていた。思わずそれを読んでしまう。切ない想い。恋する乙女の心。内情を良く知ってるわたしが読んでも胸に迫るものだった。さっきの美香の質問にこれを見せれば良かったかも知れないと思った。

 露ちゃんの気持ちが痛い。本当に痛いぐらい判る。わたしに出来ることなら何でも応援するから、頑張るんだよ。そんなことを想っていたら、どうやら眠ってしまったようだ。携帯の振動で目が覚めた。見ると露ちゃんだった。時間は十二時を過ぎていて、二時になろうとしていた。二時間の遅刻だぞと思ったが、初日だし、ここは許してあげる。

「裏口にいます。遅くなってすいません。楽しくて」

 電話の向こうで露ちゃんの弾んだ声が響いた。

 そうだろうと想う。いいよいいよ久しぶりなんだものね。裏口に行き、鍵を開けて露ちゃんを中に入れる。部屋に入って、先程の美香のことを伝えておく。所謂口裏を合わせるということだ。

「判りました。きっと美香ちゃんも悩む年頃なんでしょう」

 露ちゃんは、どうしてそんな感情が出るのだろう? 本当に優しい娘なのだと改めて想う。

「じゃあ帰るから、戸締まりを宜しくね」

 裏口の鍵を露ちゃんに頼んで表に出た。夏だというのにひんやりとした空気の晩だった。わたしは表通りに出ると思い切りその深夜の空気を吸い込んだ。

 次の機会のことを考えると胸が高鳴った。

 

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