第6話
わたしが、家の前まで来ると景子は釣り上がった目をしていて
「良い根性をしてるよ、この子はおとなしい顔をして、男といちゃついていたなんてさ。それをしり押し していたのが、従姉妹の麗子だからねえ。呆れたよ。嘘を言って露子を連れだしてさ。全く……」
どうやら、「キヤンパスデー」を隠れ箕にして露ちゃんと新太郎をデートさせてのがバレたらしい。でもそんなのは想定内。
「景子さん。どうやってわたし達が「キャンパスデー」に行かなかったと思っているのですか? 誰かを一日中大学の校門に張らせていたのですか?」
「それは、美香を……」
そこまで言いかけて止めた。自分の娘の美香を、大学にやらせていたのだろう。景子の後ろから美香が顔を出して
「だって、説明会にいなかったもの。ちゃんと行ったなら説明会に出るはずでしょう! だから、嘘を言ってどこかに男と行ってたんだよ」
まあ、鋭い読み……と言ってやりたいけど、やはり中学生だ。
「美香ちゃん。その説明会は何時の何回目の説明会のことを言ってるの?」
わたしの質問がよっぽど意外だったと見えてたちまちシドロモドロになる
「そ、それは……11時の午前の説明会で……」
「美香ちゃん。ウチの大学の「キャンパスデー」では二時間おきに説明会があるのよ。その時の受付で資料を貰うの。このようなのをね」
わたしは言いながら、前もって用意していた大学の配る資料を広げて見せた。
「そ、それは……」
景子も美香も黙ってしまった。
「悔しい! ママ、絶対露子は男とどっか行ったのよ! 信じて」
美香は訴えるような目をして景子を見上げた。
「判ってるわよ。あなたは正しい。このメス猫が、いやらしいサカリが付いてるのは間違いないのよ」
言うにことかいて「サカリ」とは言い過ぎだろう。下品なのはあんただろうと言いたくなった。
「景子さん。確かに露子さんはわたしの学友と交際を始めました。でもまだ、友達の範囲内です。暖かい目で見て欲しいと思っています」
嘘も隠しもしない。友達のような付き合いをしてるのは事実なのだから……
「やっぱりね。今日も、じゃあ大学でその男といちゃついていたんだろう。いやらしい女だよ。ほら、さっさと家に入りな。用事待ってるんだよお前には」
景子はそう言って露ちゃんを家の中に連れ込んでしまった。後を美香が追うように入って行くが振り向きざまに、わたしにアカンベェーをした。本当に憎たらしい中学生だと思った。
その晩、連絡をくれたのだが、あの後、根掘り葉掘り訊かれたそうで、名前と学部学年だけは正直に言ったそうだ。その後もとても聞くに堪えない言葉で露ちゃんをなじったそうだ。本当に露ちゃが可哀想だと心の底から思う。
それから数日後、わたしは休講などが続いたりして、大学に行かない日もあったので新太郎とは会わなかった。でも新太郎は露ちゃんとは逢っていたようだ。
そんな日々が続いた数日後のことだった。学食でお茶を飲んでると、新太郎が暗い顔をしてわたしのところにやって来た。
「どうしたの? そんな顔をして……露ちゃんに振られたか、喧嘩でもしたの?」
およそ新太郎がそんな顔をしてるなんて、理由はそんな程度だろう。その時はそう思った。
「そんなんじゃないんだ。もっと深刻な話だよ」
珍しい、楽天的な性格の新太郎とは思えなかった。
「なあに? 良かったら聞かせて」
「ああ、でも知ったら絶望的になるぞ」
「言って見なければ判らないでしょう!」
わたしが強く言うと新太郎は覚悟したみたいで
「実は、前に俺の叔父が事故起こして交通刑務所に入っていたのがこの前出て来たんだ。それで、出所祝いじゃないけど、ちょっと一杯飲む機会を親父が設けたんだ。まあ母親の弟だから、親父も気を使ったんだよな。それで、その席で、事故を起こした内容を親父が訊いたそうだ。そうしたら、赤信号で停まってる車に後ろからモロに突っ込んで、夫婦二人を即死させてしまったんだ。勿論、保険に入っていたから莫大な慰謝料や保証は払ったのだけど、その相手が問題なんだ」
そこまで聞いてわたしも先が見えて来た。
「もしかして、その亡くなった夫婦ってまさか……」
「そう、飯島達也、由恵。露ちゃんの両親なんだ」
わたしは目の前が真っ暗になった。
「まさか、そんなこと……嘘でしょう? そんな偶然なんて」
「本当なんだ。実は親父と母親に露ちゃんと交際してることは言ってある。だから、叔父が帰った後で俺に『交際は深い関係になる前に、考え直した方が良い』って言われてしまって」
確かにそうだろう……そして、露ちゃんはそれを知っているのだろうか? 知ってしまったらどうなってしまうだろう。二人が、二人が余りにも可哀想だと思った。運命の神様がいるなら、なんて残酷な運命を二人に与えたのだろうと思った。
でも、事故のおかげで、露ちゃんは飯島の家にやって来たのだし、わたしの大学にも進学する気になったのだし、どう考えて良いかわたしは混乱してしまった。
「本当にどうしようか……」
新太郎はコーヒーをスプーンで中をクルクル回し、虚ろな目をしてわたしを見ている。
「あなたはどうなの? ここで露ちゃんを諦められるの。いいの?」
わたしの強い言い方に新太郎も強く
「何があっても僕は露ちゃんを好きだ! 叔父よりもいいや両親よりも好きだ」
そう言い切った新太郎はつい先ほどまでの虚ろな目ではなかった。
「じゃあ、今日、露ちゃんと逢ってちゃんと話をしよう」
「判った。ちゃんと言うよ」
新太郎は携帯を出すと、露ちゃんに電話を掛けた。
「もしもし、あ、僕です。もう学校は終わった時間だよね。今日は用事ある? あ、ないの! じゃあ、逢えるかな? 大丈夫。判った。うん、場所は……そこでね。時間は……判った。じゃ後で」
携帯の向こうの露ちゃんの声は聞こえなかったが、新太郎の受け答えを聞く限り、何だかいつもと違った感じがした。
良く行くコーヒーショップの前で露ちゃんは待っていた。「聖華」の制服を着ている。
「こんにちは、新太郎さん。麗子さんもお久ぶりです」
相変わらず愛くるしい表情で挨拶をしてくれる。
「こんにちは露ちゃん」
わたしも簡単な返事を返して、お店の中に入って行く。席に座って注文を終えると露ちゃんは意外なことを口にした。
「飯島の叔父から、新太郎さんとは清い関係のうちに、別れた方が良いと忠告されました。最初は闇雲に言うだけでしたが、わたしがしつこく理由を尋ねるとしぶしぶ答えてくれました。『萩原新太郎はお前の親を殺した者の甥だ』と言ったのです。わたしが『嘘です!』というと、『嘘ではない。俺の仕事の付き合いで判ったのだ。萩原浩二という人間はお前の親、俺の兄貴を殺した人間なんだ』とそう言ったのです。更に叔父は『だから、そんな家の人間とは早く別れた方が良い。いいや別れろ! 清いうちなら尚更だ』とそうも言ったのです。だから、わたし何だか判らなくなってしまって……」
俯いたままの露ちゃんに新太郎が
「実は僕も先日初めて聞いたんだ。驚いて目の前が真っ暗になってしまったよ。でもどうしても僕は露ちゃんが好きだ。その気持ちはどうしても変えられない。判って欲しいんだ。僕の偽りのない気持ちを……」
新太郎の心の叫びを聞きながら、露ちゃんも
「はい、わたしも同じです。どうしても、新太郎さんを忘れることなんて出来ません」
コーヒーショップの中だというのに、二人はしっかりと抱き合うのだった。二人の気持ちが一層固まった瞬間だった。