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露子と新太郎  作者: 風速健二
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第5話

 その日曜日、我が大学では「キャンパスデー」が開かれている日。わたしと露ちゃんと新太郎は車に乗っていた。

 運転してるのは新太郎で助手席に露ちゃんが座り、わたしは後ろの席でやや広い座席を持て余していた。

 この地方では既に桜は終わってしまっていたが、

「北に行けばまだまだ桜を鑑賞出来る場所は沢山ある」

 新太郎がそう提案して桜を見に行くことが決まった。露ちゃんは新太郎とならどこでも良い、と言う感じなので場所にはこだわりがない。

 TVの週末の情報などでは北の方ではまだ見頃だというので、高速に乗って一路北を目指した。車はもちろん新太郎が出したのだが、

「これは親の車だよ。こっちに出て来た時に使うんだ。それだけだとバッテリーなどが痛むので、僕が乗っているのさ」

 新太郎の言っていることは間違いではないが、事実は逆で、親が買い与えてくれた車を親が出て来た時だけ使うのだろう。

 後ろの席から二人を眺めていると色々と面白いことに気がつく。新太郎は運転しながらでも、チラッと露ちゃんに目をやっており、露ちゃんもにこにこしながら嬉しそうにしている。そして、露ちゃんは新太郎が眠気を催さないように、ガムやら飴を出してはその包を解き

「新太郎さん。お口を開けて下さい」

 そう言ってだらしない表情の新太郎の口に入れてあげるのだ。その時の新太郎の嬉しそうな顔は勿論だが、露ちゃんの幸せそうな表情も今までわたしは見たことがなかった。


 途中のサービスエリアで休憩を挟んでお昼前には目的の場所に到着した。駐車場に車を停めると、もうその周辺が桜でいっぱいで、辺りは一面明るい桜色の景色だった。

 その桜の中を露ちゃんと新太郎が手を取って歩いて行く。わたしはその後ろからカメラを持ちながら歩いて行く。この頃はまだデジカメが完全に普及しておらず。わたしのもフイルムタイプだった。

 ここは渓流沿いに桜が植えられており、中でも数キロ続く枝垂れ柳が有名で、この日も日曜なので沢山の観光客で賑わっていた。

「本当に綺麗ですね。わたし、今までこんなに美しい景色を見たことがありませんでした。いつも家の近所の桜だけを見ていました。こんな素晴らしい場所があったのですね」

 本当に露ちゃんの言ってることが健気でジーンと胸に迫る。すると新太郎が

「これからは僕が、色々な場所に連れて行ってあげるよ」

 などと言って露ちゃんを喜ばせた。

 今日の露ちゃんは「聖華女学院」の制服ではなく、レモンイエローのワンピースにライトグリーンのカーディガンを羽織ってる。靴は地味な茶のパンプスだが若干踵が高い靴を履いている。

 何を着ても、わたしと違って似合ってしまうのだが、それでも今日の露ちゃんは特別だと思った。こんなに活き活きとして美しさに溢れた露ちゃんを見られた新太郎は本当に幸せだと思うのだ。

 小さな滝が見える場所に来ると新太郎が

「麗子、悪いけど、そのカメラで二人のこと写してくれないかな?」

 新太郎にしては殊勝な頼み方だったので

「いいわよ。その滝が移る構図で撮ってあげる」

 わたしの言葉に新太郎も嬉しそうだ。写真なんてと言いかけて、この二人にはそれも特別なのかも知れないと思い直した。

 今のところ、毎日のように逢ってるのだろうが、これがあの飯島景子や美香の策略で逢えなくなることもあると思い直したのだ。

「いい? はい笑って」

 わたしの掛け声に何ともぎこちない笑顔で二人が写真に収まった。そうしたら露ちゃんが

「新太郎さんと麗子さんも一緒に写しましょう」

 何とも意外なことを言ったのだ。

「わたしはいいわよ。写すなら新太郎じゃなくて露ちゃんとがいいな」

 当たり前だ。何が悲しくて新太郎と写真を写さなくてはならないのだ。新太郎も、さもありなんという顔をしている。

 結局、わたしと露ちゃん。そして通りがかった人に三人での写真を写して貰ったのだ。


「これはね。その時の写真よ」

 わたしは娘に、もう遠い記憶となった物語を語って聞かせている。娘が何故、その写真に興味を持ったのかは判らないが、それに何かを感じたのだろうか……

「さ、お茶の時間は終わり。続きはお昼食べながらね。さっさと終わらせてしまいましょう」

 わたしの言葉に娘は頷くと、作業の続きを開始した。その後ろ姿が何故か露ちゃんを思い出させてくれた。

 血は争えない?……まさかね。そっとその想いを胸にしまった。

「まだ寒いのに、何故素麺なの?」

 娘が少し膨れ顔で文句を言っている。

「仕方ないでしょう。だってこれを片付けると美しくしまえるのよ。お腹に入れてしまえばいいのだから協力してよ」

「まあ、いいけど、パンでも良かったのよ」

 娘はわたしに似ずパン食なのだ。パン-麺類-米の順になっているそうだ。ちなみにわたしは、お米-お米-麺類-パン、となっている。どうしてもパンというとお菓子に近いと思ってしまうのだ。

 食べ終わり、娘が先ほどの続きをねだる。無意識に何かを求めているのかも知れない。この子にはきちんと聞く権利があると思った。


 滝を登って行くと、景色が開けていて、満開の桜が一斉に目に飛び込んで来た。

「うわぁ~凄いな! こんなに見事な桜の景色なんて初めて見たよ」

 新太郎が興奮して叫ぶように言うと露ちゃんも興奮して

「ホント、見事です! わたしも初めて見ました。新太郎さん凄い場所をご存知なんですね。凄いです」

「いやぁ僕も情報誌で見ただけなんだけど。これ程凄いとは思わなかったよ」

 新太郎が手を伸ばすと露ちゃんがそれに応えて手を繋いで桜の木の下に歩いて行った。わたしは近くのベンチに腰掛けて二人の姿を何気なく見ていた。桜の木の下の二人はとても良く似合っていて、思わずその様子をカメラに収めた。願わくばこの二人に幸せが訪れますようにと……

 満開の桜の下で二人は口づけを交わす。わたしが見ているとは思っていないのだろうかと少し思った。まあ、いいか、ファーストキスだったね露ちゃん!


 楽しい一日が過ぎて夕方に飯島家に到着するように車を走らせる。行くときは色々と会話をしていたが、帰りは別れる時間が近づくに従って口数も少なくなって来ていた。わたしはそんな空気を感じて色々と話題を振ったが、長くは続かなかった。

 車を飯島家から少し離れた場所に停めて、わたしと露ちゃんで飯島家に向かうと玄関先に美香が立っていた。

 二人の姿を見つけると、慌てて家の中に叫びながら入って行った。

「ママ! 嘘つきの二人が帰って来たよ!」

 家の中から鬼の様な形相の景子が出て来た。

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