第4話
三人でお茶を飲んだ後でわたしは別れた。
「新太郎、ちゃんと露ちゃんを送って行くのよ。それから門限を越さないようにね」
わたしは新太郎に幾つもの注意をする。信用してない訳ではないが、やはり心配なのが自分でも感じる。
「判ってるよ。少し話をするだけだから」
新太郎はそう言って露ちゃんを見ると彼女も赤くなりながら小さく頷いている。本当に新太郎は果報者だとつくづく思ってしまった。
その晩、もう寝ようかと支度してるところに露ちゃんから連絡が入った。わたしは、まさかこの時間まで一緒にいたのかと青くなった。
「もしもし、麗子さんですか? 露子です。遅くにすいません。今日のことをお話しておいた方が麗子さんも安心するからと新太郎さんが仰っしゃるので……」
今日一日で新太郎を呼ぶ敬称が“様”から“さん”に変わっていた。何もその日に連絡なんてして来なくても良いと思ったが口に出しては言えない。これも二人がわたしに気を使ってくれるのが判るからだ。
「今日は、あれからお散歩したんです。中央公園に行きまして、綺麗なお花なんかを見て来ました。最初はただ並んで歩いてたのですが、わたしが水たまりを避けようとして歩くバランスを崩したので、新太郎さんが手を取ってくれたのです。おかげ様で転ばずに済んだのですが、新太郎さんはそのままわたしの手を握ってくれていたのです。わたしは恥ずかしいやら嬉しいやらどうして良いか判らずにいていたら、新太郎さんがちょっと強く握ってくれたのです。その時わたしは、『ああ、そうか強く握り返せば良いのか』と思いまして、ほんの少しだけ強く握り返したんです。そうしたら、新太郎さんのお顔が輝いて、嬉しそうな表情を見せてくれたのです。わたしも、嬉しくなって、胸が熱くなってしまいました」
全く、ただ手を握ったという事実を伝えるだけで、これだけ話すのだ、きっと「無料通話分」は今日のうちになくなるのかも知れないと思った。
「露ちゃん。もしかして、今まで新太郎と話していたのじゃない?」
「はい、お話していました。楽しくて楽しくて……」
やはりそうだ。露ちゃんは恋愛に対して免疫がないから、たちまちノボセてしまったのだとわたしは思った。
「じゃあ、随分話したのじゃない?」
「そうですね……小一時間ほどでしょうか? 新太郎さんから『話し足りないから、明日も逢って欲しい』と言われまして。承諾致しました。飯島の家の者に迷惑が掛からない程度なら毎日でもお逢いしたいです」
わたしは、それを聞いて『あんな飯島のことより自分の幸せ優先じゃないの?』と出掛かったが我慢した。そうなのだ、恐らく露ちゃんは両親が亡くなってから初めて心より嬉しくて楽しい想いをしてるんだなと理解した。携帯の料金なら新太郎は何でもなく払えるだろう。
「ふ~ん手握ったんだ! じゃあキスは?」
わたしはちょっとだけイジワルな質問をしてみる。と、たちまち携帯の向こうの声が途切れがちになる。
「そ、そんな……キスなんて……」
きっと真っ赤になってるに違いない。そんな姿を想像して、少し可愛そうになり
「冗談よ! 冗談。未だ早いよね」
「まだ、お付き合いし始めですから……」
露ちゃんの口から交際の言葉が出た。二人でそういう話もしたのだと思った。
「あ、新太郎さんからは『これからも逢って欲しい』と言われただけですが……」
「露ちゃん。それが交際の申し込みなんだよ」
恋に遠いわたしだってそれぐらいは判るぞ、と思う。
「今、お布団の中で話してるんです。そろそろ寝ないと、明日の朝起きられないので、これで切ります。おやすみなさい」
「判った。おやすみ露ちゃん」
それで、この日の電話は切れた。
その翌日から、露ちゃんは寝る前に今日の出来事をわたしに報告するようになった。殆んどが『今日新太郎さんと……』という話だったが、まあ、わたしを安心させる意味もあったのだとは思う。だから無礙にもできなかった。
それから少し経って、新太郎が大学で、わたしのところにやって来て
「ちょっと話があるんだけど。今度一緒に出かけて欲しいんだ」
などと言って来たので、わたしは
「話って何? それにデートへ行くなら露ちゃんと一緒に行けばいいじゃない」
そう言ったのだ。だって二人は交際してるのだし、何でわたしが新太郎と一緒にどこかに行かなければならないのだと思っていた。
「違うよ。露ちゃんと三人で行きたい場所があるんだよ」
新太郎も“露子さん”から“露ちゃん”に呼び方が変わっている。でも三人で行く? どこに行くのだろう。
「実はさ、日曜でも連れ出せないかなと思ってね……その連れ出す役目を頼みたいんだよ」
何ともハッキリしない言い方だ。要は、日曜に長時間連れだしてデートしたいから、わたしに飯島家を上手く騙して欲しいという事なのだと理解した。
やってもいい。そう、あの飯島の家の者をへこましてやりたい。そう思って来たのは事実だった。
「いいわよ。でもその理由を考えてよ。それ次第だと思うな」
「判った。露ちゃんには迷惑を掛けられないから、そこは慎重に考えるよ」
新太郎は、ほっとしながらも上手く連れ出す理由を考えることになった。全く普通の者なら何も考えないで自由に出来るのに露ちゃんには余りにも自由がない。全てはあの飯島家のせいだと思った。
それから幾日か後のことだった。露ちゃんは学校帰りに我がキャンパスに寄っていた。今日は新太郎とのデートではなく、純粋に見学の為だった。露ちゃんは本気で我が大学に進学したいのだ。案内は当然新太郎がやっていた。
それを見て、良い案が浮かんだ。ちょうど良い、後で新太郎と露ちゃんにも聞いて貰おうと考えた。
新太郎に後で良い案が浮かんだから、と伝える。頷いたので判ったのだろう。それまでは二人にしてあげようと思った。
学食でコーヒーを飲んでいると、新太郎と露ちゃんがやって来た
「どう、前回と今日で大体見たいところは見学出来た?」
笑顔満面で露ちゃんは
「はい、ほとんど見せて戴きました。やはりこの大学に入学したいです。今日は本気でそう思いました」
「正直、俺もそうなってくれれば理想的だと思うんだ」
新太郎も露ちゃんも見つめ合いながら語る姿はホントわたしなんか必要ないかも知れない。
「で、良い案てなんだ?」
新太郎が我に返ったように尋ねて来たので
「あのね、来週の日曜は『キャンパスデー』でしょう。露ちゃんがこの大学に進学したいからその日に見学して資料を貰って来たいから出かけると言うのよ。あの景子なら、何だかんだと言ってもウンと言う気がするの」
「そうか! それはいい!」
新太郎が賛成して、わたしが飯島景子に言うことが決まった。露ちゃんが少し不安そうな表情をしていたので
「大丈夫よ。あの景子の性格は判ってるから上手く言い含めるわ」
そう言って不安を払拭させた。
「善は急げ」ではないが、早速今日交渉しようということになり、新太郎を近くの公園で待たせて、わたしと露ちゃんで飯島家に乗り込んだ。
飯島家に露ちゃんが帰ると景子が出て来て、用事を言いつけそうになる所だったが、わたしの姿を見つけ思い留まった。
「あら、麗子さんじゃないの。今日はどうしたの?」
皮肉そうな表情を浮かべた景子に
「今日は、露ちゃんの進学の事でお話があってやって来ました」
そう言うと景子はあからさまに不機嫌な顔をして
「何だか判らないけど、とりあえずどうぞ」
そう言って中に通された。まずはここまでは成功だ。
一応応接間に通される。勿論露ちゃんも一緒だ。わたし達の前に景子がどっかりと座り
「進学のことってどういう用件かしら」
わたしはここで考えていたことを話しだした。
「景子さん。露子さんは今年高校三年生です。所謂受験です。そこで進学のことなのですが、露子さんは今のままの持ち上がりで「聖華大学」には進学したくないそうなんです」
わたしが、まずそこまで話を持って来ると景子はあからさまに不機嫌になった。
「じゃあ、どこへ行きたいの、この娘は」
まるで捨て猫を見る様な嫌な目つきで露ちゃんを見ている。わたしはその目つきが難かった。
「景子さん。露子さんが進学したがってるのは、わたしが通う市立大です。レベルは「聖華」より高いですが、露子さんの学力なら何の問題も無いと思います。それと学費だって「聖華」に比べると格安です。それにいざとなったら公的な奨学金も期待出来ます」
そこまで、言うと景子は薄笑いを浮かべて
「そう、そうよねえ何て言っても『聖華』は今でも学費が掛かって大変なのよ。市立なら格安だものねえ。ウチだってこの娘の学費を出すのは大変なのよ。安い所へ行ってくれるなら大助かりだわ」
全く白々しいとはこのことだろう。莫大な露ちゃんの両親の遺産を好き勝手に使ってるくせに……
「それで、何なの?」
景子はわたしが来た理由が全く判っていない感じだった。
「今度の日曜なんですが、我が大学の『キャンパスデー』なんです。この日に来れば学内を見学出来ますし、色々と説明も聞けます。我が大学に進学を希望している露子さんを丸々一日連れて行きたいのです。当日は露子さんに色々な用事を言いつけないで下さい。わたし、余り酷ければ知り合いの弁護士に相談しようかと思っているんです」
最後は余計なことも付け加えた。景子はわたしが「法学部」に通ってるのを知っているのだ。
「何か勘違いしてるかも知れないけれど、ウチとしては露子さんに将来お嫁に行っても戸惑わない為に色々な経験をさせてあげているのよ。感謝されこそすれ、非難されることはないわ。でもそんな事情なら、出かけても良いわ」
そんなやり取りで露ちゃんが日曜に出かけることが出来るようになったのだ。だが、飯島の者は露ちゃんを家政婦以下の存在だと思ってるのが、これでハッキリした。今に本当に弁護士に相談して、その正体を白日の元に晒してやると思わずにはいられなかった。